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第2話

Author: みっつ
紀子は小さくため息をつくと、パソコンで私の人事データを呼び出した。

「雲嶺市での5年間だけど、人事記録には、本人の希望により地方支援プロジェクトへ参加し、厳しい環境を乗り越えて任務を完遂したと記載されています」

「本当にその通りです」

「でも」彼女は声を潜めた。

「あなたが中心となって進めた3つのプロジェクト、成果報告書の責任者が全部美穂になっているんです」

私は呆然とした。

「そんな、あれは私が……」

「でも、同意のサインもしてるんですよ」

紀子は書類を開いて、私に見せた。

「ほら、これは5年前の合意書です。プロジェクトの成果をチーム共有扱いにするって内容にサインしてます」

そこには、確かに私の署名があった。

けれど、そんな書類にサインした覚えはまったくなかった。

「あの時、出発まで時間がなくて、手続きの大半を社長が代行していたでしょ?」

紀子は何か言いたげだったが、結局飲み込んだ。

「光希さん、色々あるんでしょうけど……とりあえず、席に行ってください」

私の席は、隅っこにあるプリンターの隣だった。デスクの上には荷物が積まれている。

同僚たちは私の横を通り過ぎながら、見て見ぬふりをする者もいれば、軽く会釈だけする者もいた。

その中で、小林恵(こばやし めぐみ)だけが私のそばに寄ってきて、そっと囁いた。

「どうして戻ってきたの?」

「プロジェクトが終わったんです」

「それじゃ、あなた……」

彼女は美穂のオフィスへ視線を向けた。

「気をつけてね。今は彼女が部長だし、何より、社長が旦那さんだから」

私はカバンを下ろした。

「わかっています」

午後、私のスマホが鳴った。

靖也からだった。

私は出なかった。

さらに連続で、何回もかかってきた。

私は結局電話に出た。

「光希、少し話そう」

「話すことなんてないわ」

「美穂がまた妊娠したんだ。医者からも安静にするよう言われている」

疲れ切った声だった。

「だから……しばらくの間、俺たちの前に現れないでくれないか?」

電話の向こうから、子供の声が聞こえてきた。

「パパ、ママが吐いちゃった!」

「すぐ行く」靖也は慌てて応じた。

そして、「そういうことだから、頼む」と、一方的に私に言った。

そこで通話は切れた。

私は画面を見つめながら、5年前のことを思い出した。

異動辞令が出たあの日、私は泣きながら彼に電話をかけた。すると、彼はこう言った。

「待ってて、すぐに行くから」

そして、私を抱きしめて優しく語りかけた。

「行っておいで、良い経験になるはずだ。戻って来たら、結婚しよう」

あの日、彼からは、いつもと違うほのかな香水の匂いがしていた。

今ならわかる。あれは、美穂の香りだったのだ。

……

私は病院で精密検査を受けた。

医者は診断書を見ながら、眉間にシワを寄せた。

「千葉さん、現在の状態ですが……」

「率直にお願いします」

「子宮内膜症に加え、卵巣機能の低下がかなり進んでいます」

医者はメガネをそっと直した。

「妊娠の可能性は、極めて低いと言わざるを得ません」

私は診断書を強く握りしめた。紙の角が指に食い込んで、痛みを感じるほどだった。

「やはり、これまでの仕事の環境が原因でしょうか」

「長期間の過重労働や精神的ストレス、それに、雲嶺市での厳しい気候も影響しているでしょう……」

医者はそこで少し言葉を切った。

「でも、まだお若い。今から治療を始めれば、可能性が全くないわけではありません」

診察室を出ると、廊下の待合スペースには何人もの妊婦が座っていた。

みんな、お腹を優しく撫でながら、幸せな笑みを浮かべている。

その中には、しゃがみ込んで妻のお腹に耳を当てている男性の姿もあった。

私はそっと視線を逸らし、その脇を通り過ぎ、非常階段のドアを押し開けた。

階段には誰もいなかった。

私はその場にしゃがみこみ、膝を抱えるように身を縮めた。

泣いちゃだめ。

今ここで泣いたら、負けた気がするから。

3日後、会社の親睦会の日がやってきた。

出席するつもりはなかったが、「古参社員なんだから、顔を出さないのもよくないわよ」と恵に言われた。

黒のワンピースを身にまとい、私は会場の隅に立つ。

眩しい照明、耳障りな音楽。

そこへ、靖也が美穂を連れて入ってきた。周囲にいた社員たちが一斉に彼らに群がる。

「社長、森下さん、おめでとうございます!」

「二人目なんて、本当におめでたい!」

美穂は穏やかに笑いながらお礼をし、その手は優しくお腹に添えられていた。

靖也は彼女の腰を抱き寄せ、見つめる眼差しはどこまでも優しかった。

誰かが私に気づき、口をしゃくった。

一瞬だけ場が静まり返ったが、何事もなかったかのように賑わいが戻る。

美穂が大きなお腹を抱えながら、こちらに歩み寄ってくる。

「光希さん、お久しぶりね」

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