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第3話

Author: 七月金
南緒が目を覚ましたのは、すでに翌日の昼だった。

記憶はまだ、昨日の個室で意識を失う直前……誰かが慌てた声で自分の名を呼んだ場面で止まっている。

……あれは、礼瑠だったのだろうか。

その思考を、ドアの開く音が遮った。

礼瑠がコップを手に入ってきて、彼女が目を覚ましているのを見ると、一瞬だけ表情を止めた。

「起きたのか。じゃあまず、この薬を飲め」

まだ頭がぼんやりしている中、「薬」という言葉を聞いた瞬間、南緒は反射的に彼のポケットへ手を伸ばした。

昔は毎日たくさんの薬を飲み、舌の根まで苦くなった。そのたびに礼瑠は、ポケットに飴をいくつか用意してくれていた。

しかし、その手ははたかれた。

彼は冷たい顔で一歩下がり、鋭い声を上げた。

「何をしてる」

手の甲の痛みで意識がはっきりし、南緒は慌てて手を引いた。

「……ごめんなさい、寝ぼけてた」

思わずこぼれた謝罪に、二人とも一瞬動きを止めた。

礼瑠は彼女の手の甲の赤みを見つめ、一瞬だけ後悔の色を浮かべたが、それもすぐ消えた。

「母さんにはちゃんと説明しておけ。昨日は俺が頼んで、お前に雨の中薬を届けさせた。月枝とは関係ないってな。意味は分かるな」

その言葉に、南緒は顔を上げた。

彼の瞳に宿る警告を見た瞬間、信じられない思いで包まれた。

礼瑠の母親の一条真由美(いちじょう まゆみ)は、月枝を妻として迎えることを絶対に許さないと明言していた。

今の言葉はつまり……礼瑠が、真由美が月枝を嫌う理由を、南緒のせいだと思っているということか。

……南緒が間に入って二人を引き裂こうとしている、と?

十年も共に過ごしてきて、彼の心の中で南緒はそんな卑劣な人間だったのか。

胸の奥から怒りが一気にこみ上げた。

南緒は視線を落とし、感情を隠しながら、冷え切った声で答えた。

「分かった」

答えは得られたはずなのに、南緒のあまりに静かな様子に、礼瑠の胸はなぜかざわついた。

「それと、寒吉に礼を言っておけ。昨日は俺、月枝と食事に行ってた。お前を送ったのは彼だ」

そう言い残し、彼は部屋を出て行った。

南緒は小さく息を吐いた。

やはり、あれは勘違いだった。

何しろ、わざと彼女を雨に濡らし、さらに酒を飲ませた男が、あんなふうに慌てて名を呼ぶはずがない。

むしろ、そうでないほうが余計な感情を抱かずに済んだ。

緒方寒吉(おがた かんきち)に礼を伝えると、彼女はスマホを置き、机へ向かった。

机の上には、礼瑠が世界中から持ち帰ってきた様々な土産が並んでいる。

中央には、二人で一緒に作ったマグカップが置かれていた。

南緒は淡々と、それらを一つ一つ箱に詰めていく。

最後に、引き出しから二人で編んだペアのミサンガを取り出し、ためらうことなくゴミ箱に投げ入れた。

もう離れると決めた以上、過去に未練を残す必要はない。

その後数日間、礼瑠の姿を見ることはなかった。

代わりに、月枝がほぼ毎日のように見舞いに訪れた。

もちろん、本当の目的は別にあることを南緒は分かっていた。

習慣のように、南緒は月枝のSNSを覗いた。

そこに並ぶ投稿は、すべて礼瑠との写真だった。

海辺で手をつないで歩く姿、スイーツ店で頬を寄せ合う写真、花火の下で甘く抱き合う瞬間まで……

写っている場所はすべて、かつて礼瑠が南緒を連れて訪れた場所だった。

当時、彼はこう言った……

「これは、俺たちだけの思い出だ」

だが月枝の投稿には、こう記されていた。

「彼は、過去の思い出すべてに私の存在を刻むと言ってくれた」

以前の南緒なら、胸が締めつけられるような寂しさを感じただろう。

今の彼女はただ、何の感情もなく「いいね」を押しただけだった。

数日かけて荷物をまとめ、部屋も随分空いてきた。

翌朝、彼女は礼瑠との写真を詰めた箱を抱え、部屋を出た。

リビングに足を踏み入れた途端、聞き慣れた声が耳に入った。

「何を持ってるんだ?」

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