INICIAR SESIÓN
正直、俺も気になっていた。俺と遥はもう離婚したというのに、辰也はまだ何を企んでいるのか。電話を切った遥は、慌てた様子で俺を見た。「誠、子どもがまた熱を出して、今は意識不明なの……」それを聞いて、俺は唇の端を上げ、理解がある口調で言った。「早く行ってあげなよ。病状が悪化したら大変だからね」遥は感謝に満ちた顔で俺を見つめた。「誠、待ってて。今日は絶対デートするからね!」俺は何も言わず、頷きもせず、ただ無造作にドアを閉めた。もう愛していないのに、どうして待たなきゃいけないんだ?意識がすっきりしてきたところで、俺は荷物をまとめ、自分で昼食を作った。昼食を済ませると、スーツケースを引きずって一人で空港へ向かった。搭乗直前、遥からメッセージが届いた。【あなた、こっちは終わったの。今からそっちに行くから、デートしましょ!】俺は無表情でSIMカードを取り出すと、そばのゴミ箱に放り込んだ。これで終わりだ。新しい人生が始まる。帰国すると、すぐに会社の年末業務に没頭した。毎日早朝から深夜まで働き詰めで、疲れてはいたが充実した日々だった。礼から時々電話がかかってきて、愚痴をこぼしていた。俺が帰国した後、遥は俺と連絡が取れなくなったらしく、毎日のように礼のところに押しかけて、俺の居場所をしつこく聞き出そうとしているという。そのうち礼もうんざりして、仕方なく引っ越しまでする羽目になったそうだ。礼は他にも、病院で遥と辰也が喧嘩しているのを見かけたと言っていた。どうやら子供の医療費のことで揉めているらしい。電話口で礼がまくし立てる愚痴を聞きながら、俺はただ笑うだけで、何も言わなかった。結局のところ、すべて自業自得なのだから。だが、まさか遥と再会することになるとは思ってもいなかった。3年後の業界トップ企業の発表会で、俺は企業代表としてステージに上がり、挨拶をした。質疑応答の時間になると、会場の隅に座っていた女性が突然手を挙げた。そちらに目をやると、なんと遥だった。たった3年で、遥は随分と変わっていた。髪はぼさぼさで、目の下には深い隈ができており、げっそりと痩せこけていた。遥は司会者から渡されたマイクを受け取ると、目を赤くして震える声で言った。「お聞きしたいんですが、神谷誠さん、私たち、もう一度
「俺はただ、俺のものをこの手で奪い返すだけだ」そう言い放つと、俺は遥と辰也の顔色を気にすることなく、背を向けてその場を後にした。礼の家へ戻る道すがら、遥からひっきりなしに電話がかかってきた。俺が出ないと分かると、彼女はまた狂ったようにメッセージを送りつけてきた。【あなた、これって冗談よね?分かってる、あなたが怒ってるのは分かってるから。でも私だって、恩を返したかっただけなの。ねえ、許してくれない?お願いだから電話に出て。もう辰也の芝居には付き合わないから。ね、一緒に帰って、ちゃんとやり直そうよ】次々と届くメッセージを眺めながら、俺は苛立ちを抑えきれず、そのまま遥をブロックした。それから航空券の予約サイトを開き、明日の午後の便を取った。礼の家に戻ると、俺は一部始終を親友に話した。それを聞いた礼は、痛快だとばかりに大笑いしていた。引き継いだ遥の会社は礼に任せることにし、今後の段取りを伝え終えると、俺は寝室に入ってベッドに横たわった。帰国してからたった一週間で、俺の生活は天地がひっくり返るほど一変してしまった。俺はもう、本当に疲れ果てていた。とろとろと眠りに落ちていったその時、俺はどういうわけか両親の夢を見た。夢の中で、父と母は目を赤くしながら俺を抱きしめ、「よく頑張ったね」と言ってくれた。それから、いつかまた光が俺の上に降り注ぐ日が来るはずだと、そう言ってくれた。目が覚めると、窓の外はちょうど朝日が昇るところだった。木々の茂った葉の間から差し込む朝の光が、カーテンの上で無数の光の粒となって揺れ、影と光が入り混じっていた。その瞬間、俺は確かに光の存在を感じ取っていた。もう一度二度寝しようかと思っていたところ、突然、礼の家のドアが叩かれた。礼はすでに仕事に出ていた。ドアを叩く音が鳴り止まないので、仕方なく寝ぼけたまま階下に降りて応対に出た。ドアを開けた瞬間、目に入ったのは遥だった。俺を見るなり、遥は感情を抑えられないように駆け寄ってきて、いきなり抱きついてきた。「誠……会いたかった」思わず笑いそうになった。7年も一緒にいて、俺が海外にいた何年間、彼女は一度も「会いたい」なんて言葉を口にしたことがなかった。それなのに、離婚した今、たった一日会わなかっただけで「会いたかった」と言うのか。
俺はその得意げな顔を見つめ、思わず笑ってしまった。「俺だって離婚したいさ。でも遥が泣いて縋って、『愛してる』『離れたくない』って、どうしても応じようとしないんだ。どうしろって言うんだ?」そう言い残して立ち去ると、案の定、辰也の顔色は見る見るうちに悪くなっていた。彼の反応など気にも留めず、俺はその場を後にした。――これで済むはずがない。あいつが近いうちに次の行動に出てくる。俺はそんな予感はしていた。案の定、その翌日、遥から電話がかかってきた。「誠……あのね」どこか言いづらそうな声だった。「辰也のお父さんが、また入院したの。今度はかなり容体が悪いみたいで……。それでね、お父さんが私たちの結婚を見届けたいと言っているらしいよ。それを見たら安心できるから、きっと回復にもいいんじゃないかって……」俺は何も言わず、黙って聞いていた。「だから、離婚協議書にはちゃんとサインする。その代わり、辰也のお父さんの前で夫婦のふりをするのが終わったら、また復縁しよう?誠も知ってるでしょう? 辰也は私の命の恩人なの。これは、その恩返しだから」少し甘えるような口調になり、遥は続けた。「住所を教えて? サインした離婚協議書、私が届けに行くから」あまりにも稚拙な言い訳に、思わず笑いそうになった。もう反論する気にもならない。どうせ、俺が望んでいた結末は、もうすぐ手に入るのだから。電話を切ると、隣で一部始終を聞いていた礼が呆れたように立ち上がった。「はぁ!? 何だよ、それ!結婚を見るだけで病気が治る? そんなもんで治るなら、俺たち医者はいらねぇよ。手術も薬も全部やめて、患者全員に結婚させたら?」俺は思わず苦笑した。そのとき、スマホに一件のメッセージが届いた。送り主は見覚えのない番号だった。【ほらな。俺が何を言っても、遥は全部信じるんだ】俺は礼と一緒に、再び病院へ向かった。今度の目的は、離婚協議書を受け取ることだった。離婚が決まったと思ったのか、俺を見つけた辰也は、得意げに遥を引き寄せ、そのまま俺の目の前で唇を重ねた。目の前で熱く唇を重ねる二人を見ながら、俺はスマホを取り出し、その様子を一枚写真に収めた。シャッター音に気づいた遥が振り返り、俺と目が合った。遥は慌てて辰也を突き放すと、乱れた髪や服
「誠! やっと出てくれた……!ねぇ、家に帰ったら知らない人がいたの。しかも、この家はもう自分たちのものだって言うのよ。誠、これってどういうこと?」「家は売った」俺は眉間を押さえながら、淡々と答えた。「それと遥。これが最後だ。離婚してくれ」その瞬間、電話の向こうで遥が声を荒らげた。「嫌よ! 私は離婚なんてしない! 離婚協議書なら破って捨てたから! 絶対に離婚しないわ!誠、今どこにいるの? お願い、会って話そう。ちゃんと話し合おうよ」込み上げる感情を押し殺し、俺は短く答えた。「……分かった」通話を切ると、俺はすぐに中里弁護士へ電話をかけ、離婚協議書をもう一部用意してもらうよう頼んだ。書類を受け取ると、一人で待ち合わせのカフェへ向かった。店に入ると、遥は俺を見つけるなり、大きく手を振った。俺は何も言わずに向かいの席に腰を下ろし、持ってきた封筒から離婚協議書を取り出してテーブルへ差し出した。「サインしてくれ」遥は書類をひったくると、その場で勢いよく破り捨てた。「私は絶対に離婚しない!……そうよ。嘘をついてたのは認める。あの子は辰也との娘だわ。でも、それは五年前、辰也に命を助けてもらったからなの。その恩返しがしたくて……子どもを産んだだけ。あんただって言ってたでしょう? 人は恩を返さなきゃいけないって」遥は必死に首を振った。「お願い、信じて。それ以外は、本当に何もないの。私と辰也は、何も――」俺の視線は、遥の首筋から胸元へと落ちた。露わになった肌には、隠しきれない赤い痕がいくつも残っていた。あの二人の間に何があったのかなど、今さら説明されるまでもない。俺は乾いた笑みを浮かべた。「そうだな。ただの『セフレ』だったってことだろ」俺の視線に気づいた遥は一瞬動きを止めた。何を見られたのか察したのだろう。慌てて服の襟元を引き上げ、赤い痕を隠そうとした。俺はそんな仕草には目もくれず、封筒からもう一部の離婚協議書を取り出してテーブルへ置いた。「好きなだけ破ればいい。まだ予備はある。何枚破ろうが、俺の気持ちは変わらない」そう言って立ち上がると、遥は慌てて俺の前へ回り込み、行く手を塞いだ。「誠、お願い。せっかくあなたも戻ってきたのに! これからは毎日一緒にいられるじゃ
胸の奥に押し込めていた感情が、ついに堰を切った。俺は遥の手を強く振り払い、その目をまっすぐ見据えた。「遥。本気で、俺が何も知らないとでも思ってるのか。ここは病院だ。だったら、その『子役』と親子鑑定でもしてみるか?」言葉を重ねるたびに、遥の顔から血の気が引いていた。俺はさらに口を開こうとした。その瞬間、乾いた音が廊下に響き、遥の平手が俺の頬を打った。「誠! だから違うって言ってるじゃない! 私と辰也の間には本当に何もないの!帰ってきたばかりなのに、どうしてそんなに私を責めるの? 帰ったらちゃんと説明するって言ったでしょう!?」俺はただ呆然と遥を見つめていた。気がつけば、礼に腕をつかまれ、その場を離れていた。礼は俺を医局まで連れて行くと、救急箱を取り出し、黙って頬の手当てを始めた。しばらくして呆れたようにため息をついた。「おい、まさかとは思うけど……今の遥の泣き芝居で、まだ信じようとしてるんじゃないだろうな?」俺は何も答えられなかった。そんな俺を見て何か思い出したように、礼はポケットからスマホを取り出すと、画面を何度か操作して俺へ差し出した。「これを見ろ。前に遥が入院したとき、入院書類を旦那に送りたいって言ってたんだ。でもスマホの充電が切れててさ。代わりに俺が写真を撮って送ってやったんだ」俺はスマホを受け取り、画面へ目を落とした。そこに映っていた診療記録には、母親の欄に遥の名前がはっきり記されていた。あの子は、間違いなく遥の娘だ。さっき、涙を浮かべて必死に弁解する遥を見たとき、俺の心がほんの一瞬だけ揺らいだのは事実だった。もしかしたら何か事情があるのかもしれない。そんな言い訳ばかりが、頭の中を巡っていた。礼は俺の様子を見つめ、小さく息を吐く。「お前と遥が子どもの頃からずっと一緒だったことくらい、俺だって知ってる。あいつがお前にとって大きな支えだったこともな。でも、それは昔のお前の知ってる遥だ。今の遥じゃない。7年だぞ。人は変わる」そうだ。結局、一番冷静に見えていたのは礼だった。7年という歳月は、一人の人間を別人のように変えてしまうには十分すぎる時間だった。そのとき、ポケットの中のスマホが震えた。画面には、弁護士の中里からのメッセージが表示されている。離婚協議書の作
俺は自分の世界に浸って、結局は運転手さんに声をかけられて我に返った。「お客さん、病院に着きましたよ」俺は目元をそっと拭い、車を降りた。ドアを閉めようとしたそのとき、運転手が俺を呼び止めた。「お客さん。人生、越えられない壁なんてないですよ。起きたことは全部、ちゃんと意味があるんですから」見ず知らずの人から向けられた優しさに、俺は思わず足を止めた。胸の奥が、少しだけ温かくなった。「……ありがとうございます」自然と笑みがこぼれた。そうだ。起きた出来事には、きっと意味がある。これは神様が俺に与えた試練なのかもしれない。俺は病院へ入り、そのまま礼の医局へ向かった。エレベーターの前まで来たところで、不意に見覚えのある背中が目に入った。……本当に、世間は狭い。A市には病院がいくつもあるというのに、また遥と鉢合わせるなんて。でも、もうこれ以上、彼女に関わる気はなかった。俺は踵を返し、別のエレベーターへ向かおうとした。だが、その瞬間だった。遥が振り返り、俺と目が合った。「え? 誠? こんな時間にどうしたの? なんで病院なんかに来てるの?」俺が答える前に、遥は困ったようにため息をついた。「だから言ったじゃない。子役の子の付き添いで来てるだけだって。誠、なんで信じてくれないの?帰ってきてから、なんだか疑ってばっかり。こんな夜中に病院まで追いかけてくるなんて、さすがに考えすぎだよ」俺が黙ったままでいると、遥は何かを思い出したように表情を変えた。「あっ、そうだった。病人食持ってきてって頼んでたよね」期待するように俺の手元を見回した。「弁当箱とかは? 早くちょうだい。渡したらもう帰って寝ていいから」だが、弁当箱などはどこにも見当たらない。遥はあからさまに顔をしかめた。「えっ、持ってきてないの? たったこれだけの頼み事すらできないわけ?病人食も作ってこないで、何しに来たのよ……やっぱり私を尾行しに来たってこと? もう、本当に意味分かんない!」そのとき、一人の男が子どもを抱いてこちらへ歩いてきた。子どもは遥の姿を見つけるなり、両手を広げて甘えるように叫んだ。「ママー、だっこ!」その声を聞いた瞬間、遥の表情がふっと和らいだ。男の腕から子どもを優しく抱き上げ、その頬に何度も口づけを落とし