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第178話

Author: 魚住 澄音
ゆきがお箸を顎に当てながら、不思議そうに言った。「駿さん、本当に篠原家に恨みでもあるみたいね」

「恨みがないわけないでしょ。典明は速水家の家業にまで手を伸ばしたんだから」

「確かに」ゆきはまた笑った。「とにかく寧々が相応の報いを受けるなら、私はそれだけで嬉しいわ」

ことはも嬉しかった。

ことはは通勤途中、駿から吉報が届いた。今回の件で東凌が一夜にして40億円を蒸発させたとのことだ。今、典明は会社でてんやわんやの状態で、寧々をどうやって救い出すかなんて考える余裕もなさそうだ。

ことはが会社に到着すると、同僚たちが駆け寄って心配しにきて、ことはは胸が熱くなった。

始業時間になって、ようやくみんなそれぞれの席に散っていった。直哉がことはに近寄ってきて言った。「篠原さん、一次選考のリストが出たよ。俺たち二人とも載ってる。主催者から連絡があって、リストに載ったメンバーは今夜7時にラグジュアリードリームで懇親会に参加するそうだ。いける?もし無理なら、神谷社長に一声かけておいた方がいいよ。俺は一人で行けばいいから」

「私、行くわ」

ことはにできないことなどなかった。離婚もしたし、篠原家ともあんな騒ぎを起こした。今は仕事にちゃんと集中すべきときだ。これから先、「篠原家の偽お嬢様」とか、「翔真の元カノ」なんて肩書きがついたまま外を歩くのは、もうごめんだ。

チームの朝礼で、隼人は姿を見せず、代わりに浩司が出席した。

浩司は上座に座り、説明した。「本日、神谷社長は私用があり、会社に来られる時間は未定です。用事がある方は私に直接お願いします。では、会議を始めましょう」

その時、神谷家では。

神谷慎之助(かみや しんのすけ)と彼の妻は飛行機から降りると、まずまだ夢の中にいる隼人に電話をかけた。

一言、即刻実家に戻れと命じた。

兄弟ふたりは昔から仲が良くて、あの手のドロドロした財閥ドラマみたいに、遺産の奪い合いで仲違いしたりなんてことはない。慎之助は早くに結婚し、妻と共に海外に定住して神谷家の海外事業を担当していた。

兄は外で弟は内と、役割分担が明確だった。むしろ会社を前人未到の領域にまで発展させ、前の代よりも優れた成果を上げていた。だから彼らの父親は早々に引退し、毎日忙しなく自分の庭や菜園をいじる生活を送っている。

慎之助が帰国したのは用事があったからで、それ
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