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第88話

作者: 魚住 澄音
「ありがとうございます……神谷社長」ことはは恐縮しながら席に着くと、隼人がもう一つのラーメン丼を持って現れた。

「どうした、俺が食べないと思ったのか」

「いいえ」ことはは麺を啜りながら俯いた。なかなかの味だった。

「どうだ?」

「とても美味しいです」これは本心だ。

「今覚えたばかりだ」

「???」ことはは2秒間驚愕し、すぐに賞賛した。「神谷社長は本当にお上手ですね」

隼人が口元を緩めた。「食べて。さっき連絡があった。村井がバスターミナルで捕まった」

ことはは麺を啜る速度を上げ、10分後には隼人と共に警察署へ向かった。

状況が特殊なため、二人は会議室に案内された。

またも二人が一緒に来るのを見て、涼介の陰鬱な目が怒りに燃えた。

今日の件は副署長自らが指揮を執っていた。彼は隼人を見るなり、三分の敬意を払った。「神谷社長、ご無沙汰しております」

「ご無沙汰です、副署長」隼人は軽く頷いた。

神谷家は帝都で絶大な勢力を持ち、毎年数億円規模の貧困支援も行っているため、誰もが顔を立てざるを得ない。

まさに今晩隼人も関わっていると知り、遠方にいた署長は戻れないため、副署長に代行させたのだった。

副署長は隼人の隣に座ることはを意味深げに見やり、軽く咳払いして本題に入った。

「当方の者から村井恒彦を取り調べたところ、ことはさんを雇った者に拉致させ、動画撮影で脅迫した一連の事実を自供しています」

典明は慈父のような表情を浮かべた。「ことは、苦しかっただろう。こんなひどい目に遭わせてしまって。父さんもあの男がこんな狂ったことをするとは思わなかった」

彼の演技を見て、ことはは作り笑いで言った。「捕まってよかった。でも脱税の件はまだ気にかかっているよ。父さん、あなたと兄さんは監査側と協力して調査を進めたか?脱税や税金逃れの件はあったの?」

「今回は村井さんだったが、次は誰かわからない。何度も誘拐されるようなことがあれば、私も耐えられないのよ」

案の定、典明の顔には明らかな硬直が見て取れた。

「東凌に脱税や税金逃れなどない」涼介が口を開き、見つめる目は、深い思いを湛えていた。「ことは、心配しないで。こんなことは二度と起こさない。外に出たら、君のそばに何人かボディーガードを付けるつもりだ」

ことはの目に、冷たい光が浮かぶ。

彼は彼女の予想どおり、ボディ
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