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第3話

Author: こがね
「お父様」

背後で和紀の声がした。

「終わりました。行きますか」

その声は重く沈んでいる。

「ああ」

……

外来が終わり、奈々美が医局に戻ると、机の上に高級そうな漆塗りの弁当箱が包まれた風呂敷包みが、所狭しと並べられているのが見えた。

「医長、戻りましたね!早く食べましょう!」

「いい匂いね」

奈々美は医局のドアを背中で閉めた。

「今日は誰が注文したの?どうしてこんなにたくさん」

当直の蛍子が風呂敷を解きながら言った。

「事務局からですよ。『正元メディカル』からの特別慰労品だそうです。連日の激務に対する差し入れだって」

「正元メディカル……?」

「ええ、例の荒井さんですよ。さすがは桁違いのお金持ちですね。これ、ただの弁当じゃないですよ。あの完全予約制の老舗『川上(かわかみ)』の鰻重です。お重一つで五、六千円はする特上ですよ、これ!」

ドアを閉めようとしていた奈々美の動きが止まる。

「公的な寄付扱いだから、遠慮なく食べていいって院長許可も出てるそうです。医長も早く自分の分を取ってください。今ならまだ温かいですから」

「いらないわ」

あまりに疲れていたせいか、奈々美の声は少し冷淡に聞こえた。すぐに笑って言った。

「先に食べてて、あまりお腹空いてないの」

医師たちが盛り上がりながら食べる中、彼女は一人離れた席に座って報告書を書いていた。途中で誰かが、音を立てないように気遣いながら、奈々美の手元へ鰻重を一つ置いた。

彼女は小声で礼を言ったが、その箱には手を触れなかった。

医局にはいつの間にか誰もいなくなっていた。

モニターが薄暗い冷たい光を放っている。奈々美は眼鏡を押し上げ、袖をまくり、引き出しから食べかけの食パンを取り出して適当に腹に詰め込み、残りの報告書を急いで仕上げた。

完全に書き終えた時には、すでに深夜近くになっていた。

深夜の雁取市はまた大雨に見舞われていた。

彼女は疲れ切って凝り固まった首筋を揉みほぐし、帰ろうとして、再び机の上の冷めきった鰻重に気づいた。

冷めた蒲焼は一塊になり、脂が表面で白く凝固していたが、その香りは記憶の中のものと同じだった。

川上。

かつて奈々美が最も愛した、山奥にある隠れ家的な鰻屋だ。当時、雁取市にはまだ支店がなく、唯一の本店は県境の山間部にあり、車で行くと往復三時間はかかった。

妊娠中、彼女はひどく気難しくなり、週七日のうち五日はそれを食べたがった。

食べなくても、食卓の上に見えていないと気が済まなかった。

往復三時間。明弘は文句一つ言わず、ほぼ毎日通った。

あの頃、奈々美は自分が世界で一番幸せな人間だと思っていた。

一番愛してくれる両親がいて、幼馴染の夫がいて、そしてもうすぐ生まれてくる子供がいる。

その後、その美しい夢は音を立てて砕け散った。

すべてが偽りだったと知った。

あの愛も、あの誓いも、すべて嘘だった。

長い沈黙の後、奈々美は目を伏せ、自嘲気味に唇を曲げると、その冷めきった鰻重を捨てた。

重たい箱がゴミ箱の底に落ち、ガシャンと鈍い音を立てた。

退勤し、駐車場へ歩いて自分のボルボに乗り込む。

助手席の背もたれポケットには、男の子が遊んだおもちゃがたくさん詰め込まれている。腕の取れたウルトラマン、パーツだけになったトランスフォーマー、半分使いかけのウェットティッシュ、開けたばかりのティッシュ箱、そしてまだ少し水が残っている子供用の水筒。

車が夜の道路を走る中、ハンドルを握る指にある真新しい婚約指輪が、街灯の下で一瞬煌めいた。

八年が過ぎた。

奈々美にはすでに自分の新しい生活があり、新しい家庭がある。

過去のこと、過去の人は、永遠に過去に置いておくべきだ。

*

忙しくしていると、あらゆる煩わしいことを忘れられる。

奈々美は一週間、オーバーワーク気味に働いた。

毎日変わらず疲労し、髪は乱れ、医局の椅子に座った瞬間にようやく生き返るような日々だ。

そんな中、机の上には時折、誰が送ったのかわからないバナナやリンゴが置かれていることがあった。

彼女は不思議がった。

「誰からの差し入れ?」

「知りませんよ」

周囲の机には何もない。蛍子が言った。

「どこかのお子さんが持ってきたんじゃないですか?」

送り主がわからないため、奈々美は手をつけず、ナースステーションのカウンターへ置いた。

ようやくあまり忙しくない早番の日が訪れ、奈々美は寮に住んでいる菊池涼平(きくち りょうへい)に荷物を届けに行った。

涼平は袋の中のインスタント食品をあさりながら、文句を言う。

「なんだよ、鶏むね肉とパンばっかりじゃん。ポテトチップスは?僕のゼリーは?」

「もう体重オーバーよ、涼平。だから鶏むね肉だけ」

奈々美はまるでじゃれつく子犬のような彼の頭を撫でた。

「これ以上ダイエットしないなら、うちの生活習慣病外来でハードトレーニングさせるわよ」

涼平は自分が太っていると言われるのが嫌で、口を尖らせた。

「バカ奈々美」

当時、奈々美が一人で雁取市を離れた後、ハストン王国へ渡った時のことだ。

異国の地で不運にも肺結核を患い、最も惨めな時は路地裏でゴミを漁り、橋の下で寝ていたことさえあった。最後は現地の支援団体に助けられたが、その数年間、彼女を最も支えてくれたのが一人の弁護士だった。その後、彼が前妻と息子の親権を争った際、奈々美はその恩返しとして彼を助けた。

二人は互いに寄り添い、そうして今日まで歩んできた。

ちょうど今年、彼らが仕事のために国内へ戻ることになり、彼がしばらく出張している間、奈々美が涼平の面倒を見ている。

「パパと話しなさい」

彼女がスマホを涼平に向けると、涼平は不承不承、小言をいくつか聞いてから電話を返した。

「奈々美」

向こうから菊池稔(きくち みのる)の穏やかな声が聞こえ、彼女は「うん」と応じた。

それからいくつかの小言を聞くことになった。寒くなったから暖かくしろだの、パンを食事代わりにするなだの、階下のスープ専門店のカードを使えだのといったことだ。

奈々美は慣れた。

「わかったわかった、自分の世話はちゃんとするから、稔も自分の体を大事にしてね」

稔は軽く笑った。

「そうするよ。でもやっぱり奈々美に会いたいな。この案件が早く終われば、予定通り君と涼平に会いに行くよ」

二人の会話に涼平は鳥肌を立て、「ベタベタすんなよ」と嫌がった。

今の時間はちょうど寮生が学校へ戻る時間で、校門付近はとても賑やかだった。涼平はふと、ある視線がこちらを注視しているのを感じた。

彼が見ると、送迎用の高級車の傍らで、同じ私立学校のグレーのブレザーを着た男の子が、こちらをじっと見ていた。気質は際立っており、いかにも礼儀正しい王子様のようだ。

「おい!何見てんだよ!」

涼平が大声で相手に叫んだ。

奈々美は彼の頭を軽く叩いた。

「礼儀はどうしたの、涼平?」

涼平は不満げに呟く。

「……だってあいつ、さっきからずっとママのこと見てるんだもん。なんか変だよ、僕がちょっと叫んで何が悪いんだよ」

振り返った奈々美は、それが和紀だと気づき、わずかに目を見張った。彼女がすぐに礼儀正しく会釈を送ると、和紀もまた、律儀に小さく頭を下げて応じた。

その後、和紀は運転手から渡されたランドセルを背負い、校舎の方へと歩いていった。

涼平は拗ねた口調で言った。

「僕にはそんなに優しくしたことないくせに。一体僕のママなのかあいつのママなのか」

「はいはい、涼平は私の一番大事な息子でしょ?」

奈々美は彼の襟を整えた。

「学校戻ったら水たくさん飲むのよ、のぼせないように」

「わかってるよ、パパと同じくらい口うるさいな」

涼平は去り際にやはり彼女をぎゅっと抱きしめ、適当に「僕も奈々美大好きだよ」と言い残し、満足げに大量の荷物を抱えて寮へと戻っていった。

奈々美は彼が去るのを見送った後、背を向けて車へ戻ろうとした時、さっき和紀を送ってきた運転手が車から降りてきて、呆然とした目で彼女を見つめているのに気づいた。

土井貫之助(つちい かんのすけ)は目を細め、どこか確信が持てない様子で尋ねてきた。

「……お嬢様?」

奈々美の動きがわずかに止まり、淡く微笑んだ。

「土井さん」

貫之助の目が、一瞬で真っ赤になった。

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