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第4話

Author: こがね
校舎から始業のチャイムが鳴り響き、校門の周りからは人影がまばらになった。

奈々美は、これから始まる三日連続の夜勤を乗り切るために何を買い食いしようかと考えていたが、嗚咽交じりの声がその思考を遮った。

「奥様はずっとお嬢様のことを案じておられました。もしお戻りになったと知ったら、どれほどお喜びになるか……」

貫之助は涙もろく、ボロボロと涙をこぼし続けている。

「外でご苦労なさったでしょう。さあ、今すぐお屋敷へお送りします……」

「いいえ、土井さん」

涙に濡れる貫之助とは対照的に、彼女の声はあまりに静かだった。

「今さら戻っても、お互い気まずいだけでしょう?」

それに、あそこは一度も彼女の家ではなかったのだから。

奈々美は二十年以上もの間、桑原家の令嬢として生きてきたが、ある日突然、自分が偽物だと知らされた。

父は父ではなく、母は母ではなかった。

幼馴染の夫である明弘でさえ、彼女の「令嬢」という身分のためだけに近づいてきた。

あの日、桑原家の別荘で火災が起きた。

妊娠中だった奈々美は真っ先に火事に気づき、命がけで両親を救い出したが、自分は燃え落ちた梁の下敷きになった。

燃え盛る火の海の向こうで、奈々美は見た。

両親が見つかったばかりの実の娘・桑原梓紗(くわばら あずさ)を抱きしめて号泣している姿を。

死の淵から生還した一家は、互いの無事を確かめ合うように、固く抱き合っていた。

そして奈々美だけが、唯一炎の中に置き去りにされた。

煙を吸いすぎた彼女の視界は霞み、世界はそこで暗転した。

あれは本当にただの事故だったのかもしれない。

だが両親は、実の娘が放火犯だと誤解し、警察の尋問に対して娘を庇った。

そして、病床で意識を取り戻したばかりの奈々美に、彼らは涙ながらに縋りつき、かと思えば半ば脅迫するようにこう迫った。

「奈々美が梓紗の人生を奪ったから……あの子は不公平さに心を病んでこんなことをしたんだ。だから許してやってくれ」

そして明弘……

彼女の夫である明弘は、その時、桑原夫妻の依頼を受けて奈々美の身辺調査をしていた。

彼らは疑っていたのだ。奈々美はずっと前から自分が偽物だと知っていながら、栄華を極めるために事実を隠蔽し、実の娘を外で苦しませていたのではないかと。

明弘が戻ってきた時、焼け死ぬ寸前だった奈々美は一度死んだも同然だった。

自分は他人の人生を奪った悪人であり、奸計を巡らせたふしだらな女であり、両親と夫に疑われる罪人となった。

もう何でもよかった、奈々美はただ去りたかった。

だが明弘はそれを許さず、彼女を別邸に軟禁した。

その時だ。壁一枚隔てた向こうで、明弘と梓紗の会話を耳にしてしまった。

「心痛めたの?明弘、まさか本当に愛してしまったわけじゃないでしょうね?

あんな女、本当は虫唾が走るほど嫌いなはずでしょ。キスした後、いつだって口の皮が剥けるほど拭ってたじゃない!

初心を忘れないで。明弘が十歳で桑原家に入り込み、屈辱に耐えてあいつのそばにいたのは今日のためでしょ?

私が実の両親に認められた今、私と結婚すれば、正元メディカルはあなたのものになる……」

天国から地獄へ、一瞬で突き落とされた。

奈々美はその日、愛と憎しみが紙一重であることを身をもって知った。

あの温もりも、情熱も、すべて偽りだった。彼女の人生の前半にあった幸福な時間はすべて、明弘の陰謀に過ぎなかった。

奈々美は腹部をきつく押さえ、体の震えが止まらず、地面に崩れ落ちた。

血が床に広がる。難産、そして流産。子供は助からなかった。

心は粉々に砕け散り、その苦しみは身を裂くほどだった。奈々美は割れたガラスの破片を明弘の肩に突き立て、その騒ぎに紛れてこの街から逃げ出した。

あの日、すべての真相が白日の下に晒された。

二十年間、栄華を極めた令嬢・桑原奈々美は偽物だった。彼女はそのショックで流産し、正気を失って逃亡、そのまま行方不明になった。

その後、大衆の前に現れたのは、正真正銘の桑原家令嬢、梓紗だった。

あれから八年が過ぎた……

年老いた運転手の前に立っているのは、ただ穏やかで静かな顔の女性だけだ。

貫之助は言い淀んだ。

「あの時のこと、奥様はずっと後悔されており、お嬢様に償いたいと……」

「償う必要なんて、何もありませんよ」

奈々美は地面を這う蟻をしばらく見つめ、ふっと笑った。

「結局のところ、私が他人の人生を盗んで、二十年もいい思いをしただけですもの。償うどころか、利益を得た私としては感謝したいくらいですね。

あの時は若くてわからなかったけれど、本来私のものじゃない優越した生活をさせてくれたこと、彼らに感謝すべきなのかもしれませんね」

彼女は本当に変わってしまった。貫之助の記憶にある奈々美とはまるで別人で、まったく違う人間になってしまったようだ。

毛玉だらけのセーター、色褪せたジーンズ、化粧っ気のないすっぴんの顔。

小太りの男の子に食べ物を届けに来ただけの、どこにでもいる普通の女性。

貫之助はふと気づいた。

「再婚……されたのですか?」

その言葉に、奈々美は無意識に自分の左手の婚約指輪を見た。

今年の四月、稔のプロポーズを受けた。

「ええ。でも、まだ正式な手続きはできていないんです。

ちょうどよかったです。荒井さんに伝えてくれますか?いつ離婚届を出しに行けるか、と」

当時、明弘に監禁され、命からがら逃げ出した彼女に離婚を切り出す余裕などなかった。だから二人は法的にはまだ夫婦のままだ。

これほどの時が経った。

この積年の因縁にも、そろそろ終止符を打つべきだろう。

奈々美は他人行儀に言った。

「荒井さんのお子さんも大きくなったようですし、早く手続きを済ませましょう、と。私のことで、お互いに迷惑をかけたくありませんから。

もう随分昔のことです。私たちにはそれぞれの新しい生活があるんですから、いつまでも引きずるのは良くありませんね」

貫之助は返す言葉もなかった。

*

その夜、貫之助は明弘を迎えに行った際、この言葉を一字一句違わず彼に伝えた。

明弘の表情には何の変化もなかった。

だが夜の会食の席で、彼は何度か上の空だった。

主催者である東瑞建設の秋山宗一郎(あきやま そういちろう)が近づいてくる。

「荒井さん、お口に合いませんでしたか?」

淡い灰色の煙が明弘の顔を覆う。彼の考えは誰にも読めない。

宗一郎の娘・秋山明美(あきやま あけみ)がちょうど近くで買い物を終え、父親の意図で呼び出されていた。明弘を見て呆然とし、驚きと共に少し頬を染め、恥ずかしそうにうつむいた。

明美は手入れが行き届き、髪の先から肌まで洗練されている。

まだ成人したばかりの、青春の初々しさがあった。

「いつも荒井さん荒井さんと騒いで、アイドルだと言っていたくせに、ご本人を前にすると黙りこくるんだな」

宗一郎は立ち上がり、自分の席を娘に譲って無理やり座らせた。

「気の利かない子だ、荒井さんのグラスが空いているのが見えないのか?」

明美はおずおずと明弘の前の酒瓶を手に取り、ぎこちなく緊張した手つきで注ごうとする。

明弘が口を開く。

「秋山さん、必要ない」

「まさか」

宗一郎は目を細めて笑う。

「お酌をさせていただけるなんて、明美の幸せです」

明美が体を屈めて酒を注ぎ終わると、宗一郎は待ちきれない様子でさらに彼女を明弘の方へ押しやった。

「この機会に、荒井さんに経験談でも伺ったらどうだ。荒井さんの一言二言があれば、卒論なんてすぐ書けちまうぞ」

明弘が体をわずかに後ろに逸らしたため、押し出された娘は彼に倒れ込むことなく、手でテーブルを支える格好になった。

「急かしているのは娘か、それともお前か?」

不機嫌な口調に、その場の空気が一瞬凍りつく。宗一郎が笑って誤魔化そうとした矢先だった。

明弘は立ち上がり、無造作にコートを掴んだ。

「送らなくていい」

宗一郎が慌てて追いかける。

「もうお帰りですか、もう少しゆっくりされては。料理もまだ……」

秘書の大谷政彦(おおたに まさひこ)がそれを遮る。

「そこまでで。こちら、もう食欲が失せましたので」

宗一郎は立ち止まるしかなかった。

振り返り、恨めしげに娘を睨む。

「パパ、なんであんな風に押したりしたのよ」

娘は逆に不満げで、自分が売り出される商品のように扱われたことに腹を立てていた。

「荒井さんはあんな人じゃないわ。あんなことしたら私が安っぽく見えるだけじゃない、もう顔向けできない」

宗一郎は不機嫌に言う。

「安っぽいだと?チャンスを掴めないのを馬鹿というんだ。荒井さんの隣の席をどれだけの女が狙ってると思ってる。今回印象に残せなきゃ、次はいつ会えるかわからんぞ」

「婚約するって噂じゃない。愛人になれってこと?それに息子もいるし、継母なんてごめんよ。なりたいならパパがなればいいじゃない」

「まだ婚約だ、結婚じゃない」

宗一郎はため息をつく。

「なんでこんな向上心のない娘に育ったんだか」

明美は父が見ていない隙に、こっそり白目をむいた。

宗一郎はしつこく明弘の秘書にメッセージを送り、今日のもてなしの不備を詫び続けていた。

……

雁取市の夜。

通りは車の波とネオンの光で溢れている。

明弘は車の後部座席で目を閉じて休憩していたが、ある交差点の赤信号で車が止まった時、秘書の政彦が何かを見て、不自然に咳払いをした。

明弘がゆっくりと目を開けると、向かいのコンビニの中にいる人影に気づいた。

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