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第7話

Author: こがね
一階。

奈々美は和紀を連れてロビーの方へ歩いていた。

彼が問いかける。

「この間、父が家に牛乳を一本持ち帰ったんですが、あれは先生が送ったものですか?」

唐突で、少し奇妙な質問だった。

奈々美は数秒沈黙してから、問い返した。

「美味しかった?」

和紀は首を振る。

「まだ飲めていません」

奈々美は推測した。

「じゃあ……あなたも飲みたかったの?」

今度は首を振らなかった。男の子は顔を上げ、漆黒の瞳で彼女を見つめた。

「いいですか?」

奈々美はふっと笑った。

「ここで待ってて」

二週間前、和紀は家のダイニングテーブルに大きなボトル入りの牛乳が置かれているのを見た。

使用人も出所を知らず、牛乳のブランドを確認すると、どこかの業者が置き忘れたのだと思っていた。

ブランドが悪いわけではない。ただ、当主は和紀のために食材を厳選しており、牛乳は決まった高級ブランドしか使わない。こんな市販品は、誰かが勝手に持ち込んだとしか考えられなかった。

使用人が片付けようとした時、秘書がそれを止め、触らないよう念を押した。

この二週間、和紀は出かけるたびに、その牛乳がまだそこに置かれているのを見ていた。

無性に、彼はその牛乳がどんな味なのか知りたかった。

ほどなくして奈々美が戻ってきた。手にはミニパンが入った袋を持っている。

「牛乳は売り切れだったの。パンしか残ってなかったけど、これも美味しいわよ。食べてみて」

和紀はうつむき、ポケットから貯めていたお小遣いを取り出した。くしゃくしゃになった千円札が数枚。

「ありがとうございます。これで足りますか?」

「お金はいらないわ」

奈々美はしゃがみ込み、彼の頭を撫でて優しく言った。

「私のおごり」

彼女からはとてもいい香りがした。ボディソープか何かの香りだろうか。和紀は嗅いだことのない香りだったが、太陽の匂いに似ていると思った。

ぽかぽかと暖かく、熱を帯びた香り。

頭を撫でられ、和紀は呼吸するのも忘れるほど緊張した。

*

その日の昼、通院を終えて帰宅した和紀は、別荘のリビングのソファに座り、閉まりきらないリュックのチャックを必死に閉めようとしていた。

だが中身が多すぎて、半分しか閉まらない。

台所から使用人・前田典子(まえだ のりこ)が呼ぶ。

「和紀様、何をなさってるんです?手を洗ってご飯ですよ」

チャックの隙間からは、黄色い透明なパッケージの膨らんだパンが見えている。和紀はこっそり耳を赤らめ、小さな声で答えた。

「うん、今行く」

だが手を洗って戻ると、リュックの中身は消え失せていた。

和紀は手を拭き終えたばかりだったが、ぺちゃんこになったリュックを見て、背筋が凍った。

「前田さん、僕のものは?」

典子が困った顔をし、どう説明しようか迷っていると。

「捨てたよ」

桑原真由紀(くわばら まゆき)の声がダイニングから響いた。見ると、祖母がテーブルについている。

和紀は慌ててうつむき、感情の揺れを悟られないようにした。

「……お祖母様」

真由紀は今年五十三歳。髪を上品に結い上げ、渋い色合いの大島紬を隙なく着こなしている。目尻にはうっすらと皺があるが、その佇まいは非凡で、若い頃は冷徹なまでに迅速な決断で、周囲を従わせた人物だ。

彼女は諭すように言った。

「和紀はもう七歳なのよ。いつまでも子供みたいに振る舞ってはだめ。あんな添加物だらけのジャンクフード、食べるべきものじゃないわ」

真由紀の和紀に対する要求は、常に厳格だった。

和紀はその場に立ち尽くし、珍しく素直に応じることなく、沈黙を選んだ。

典子が料理を運び、外から背の高い端正な男が戻ってくるのが見えた。

「明弘様」

和紀も規律正しく「お父様」と挨拶した。

明弘は会議を終えたばかりで、フォーマルなスーツに身を包んでいる。真由紀が彼を見る目には、称賛の色が濃い。

医療機器業界は闇が深い。正元メディカルが長年独占してきたが、各勢力が虎視眈々と狙っている。

ただ、当時桑原家には娘一人しかおらず、当主・桑原崇秀(くわばら たかひで)は早々に後継者を探さねばならなかった。

多くの子供たちが十歳から後継者候補として育成され、明弘は十数人のトップエリートを蹴落とし、頂点まで這い上がってきた一匹の狼だ。

事実、桑原家の賭けは勝った。

明弘は事業を引き継ぎ、桑原の土台を盤石なものにした。

彼は後継者であり、桑原夫妻が娘のために選んだ婿でもあった。

娘……

記憶の中の、あの青く澄んだ笑顔を思い出し、真由紀は箸を持つ手に力を込めた。話題を変える。

「明弘、ここ数年ご苦労だったわね。この時期が過ぎたら、少し休みを取りなさい。

ちょうどあと数日で梓紗の学業が終わって戻ってくるわ。そうしたら、あなたたちの結婚の話も進められる。和紀も大きくなってきたし、母親が必要よ。桑原家にも奥方が必要だわ。

これは和紀への責任でもあり、私たちへの責任でもあるの」

真由紀が何を言おうと、明弘はただ静かに食事を続けている。

逆に和紀が口を開いた。

「お父様はどうなんですか?」

彼は顔を上げて問う。

「お父様の妻を選ぶのに、お父様ご自身への責任はないのですか?」

真由紀の表情がわずかに曇る。

「桑原家の娘を娶ること、それこそが明弘が一生をかけて果たすべき責任よ」

明弘はこの一生、桑原家の娘を娶るしかない。相手が誰であろうと。

そうでなければ、正元メディカルを部外者に渡す道理などない。

「あなたが梓紗との婚約を先延ばしにしている理由が何かはわかっているわ。でもね明弘、あの人は冷酷よ。これほどの年月、少しでも情が残っているなら一度くらい顔を見せに来るはず。戻らないということは、私たちを家族だとも思っていない証拠……」

真由紀はついにあの人物に触れた。

二十年以上育て、たった一度の不遇を与えただけで、彼らから離れていった娘。

犬でさえ尻尾を振るというのに、あれほど長く育て、実の娘でないとわかった後も、衣食に不自由させた覚えはないし、娘として扱い続けると決めたのに。

彼女は恩を仇で返し、この街を去り、皆の心を冷え切らせた。

明弘が箸を茶碗の縁に置いた。

「用事がありますので、失礼します」

和紀もすぐに立ち上がり、リュックを掴んだ。

「お父様、学校へ行きます。途中まで送ってください」

父子は目の前から去り、真由紀だけが空っぽの食卓に残された。

ここ数年、いつもこうだ。

あの人がいた頃は、もう少し賑やかだった。

いや、随分と賑やかだった気がする。

小さい頃、家族は彼女を「ムードメーカー」と呼んだ。彼女はいつも甘えて人にくっつき、甘い声で「ママ」と呼んでいた。大きくなってからも、大量の買い物袋を提げて帰ってくると、あれやこれやと人にキスをして回ったものだ。

家の犬でさえ逃さなかった。帰宅するたびに、あの毛むくじゃらで薄汚い動物を抱き上げてキスをし、何がそんなに可愛いのかわからないが、溺愛していた。

あんな薄汚い獣には近づくなと、口を酸っぱくして言ったのに、彼女は聞かなかった。

「おもちは獣なんかじゃないわ」

彼女は犬の頭にぴたりと寄せ、愛おしそうに目を細めて笑った。

「おもちはママが私にくれた成人のお祝いだもの、私の宝物よ」

……

真由紀はふと思い出した。

「あの犬は?」

「犬?家に犬はいませんが」

典子は一瞬きょとんとして、ようやく理解した。

「ああ、おもちのことですか?あの子なら、二年前に死にましたよ」

あの可愛い犬は、寿命を全うして逝った。

今でも、屋根裏の鍵のかかった部屋の箱の中には、古い写真が残されている。あのモフモフな犬と、一人の少女の写真だ。

数少ない写真の中には、明弘の姿もあった。もっとも、彼はいつも無理やり撮られたものだ。彼女に首に抱きつかれ、花のような笑顔で強引に引き寄せられて。

唯一の家族写真は、とっくに行方不明になっていた。

典子は長い沈黙の後、真由紀が何も言わないのを見て、恐る恐る口を開いた。

「お料理が冷めてしまいます。温め直しましょうか?」

真由紀はなぜか、急に食欲を失っていた。

「下げて頂戴」

長く座ることもなく、真由紀は席を立った。

典子は彼女が誰を想っているのか察し、静かにため息をついた。

*

その日、ある医学フォーラムが開催されていた。

明弘は主催者として出席していた。

多くの来賓が集まる中、上村千明(うえむら ちあき)がシャンパンを片手に彼の側へ寄ってきた。

「アキさん。この二、三日どこ行ってたんだよ?全然見かけなかったけど」

「死んできた」

「……」

彼の機嫌が悪いことを察し、千明は触らぬ神に祟りなしとばかりにそそくさと離れた。

フォーラムの終わり際、業界の旧友数人で二階の個室へ移動した。

千明は窓際のソファに座り、彼らの雑談を適当に聞き流していたが、ふと一階にいる二つの人影に目が釘付けになった。

正確には、軒下の回廊の右側にいる、あの華奢な影に。

千明の表情が一変する。何度も瞬きをして、見間違いではないかと疑った。

奈々美は今日も化粧をしていない。グレーのスタンドカラーのコートを着て、元来の穏やかな気質がより際立ち、まるで静謐な沈香か、淡い薔薇のようだ。

彼女は一冊の本を抱え、向かいの中年男性と話している。

男が何か言ったのか、彼女は笑った。目を細め、とても機嫌が良さそうだ。

風が軽く吹き、彼女の髪を揺らす。

千明は突然、明弘の言った「死んできた」の意味を悟った。なんてこった、死んで幽霊にでも会ってきたってことか!?

奈々美……生きてる奈々美だ!

「千明さん、何見てるんです?」

数人が彼の視線を追って下を見ると、皆はあの女性を目にした。

「見間違いじゃないよな、あれ……あの人か?」

「間違いない、顔が変わってないもの、絶対そうだ……」

「奈々美?本当に奈々美か?」

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