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第5章

last update publish date: 2026-09-03 09:37:05

ジュリアが目を開けると、すでに朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。

反射的に、彼女はベッドの反対側へ手を伸ばした。

けれど、シーツは冷たかった。

ロドリゲスは、とっくに出て行ったようだった。

いつもの朝と同じように。

ジュリアは数秒間、横になったまま天井を見つめていた。

やがて、そっとお腹に手を添える。

唇に小さな笑みが浮かんだ。

「おはよう……」

あまりにも小さな声だった。

自分にしか聞こえないほどの声。

その思いだけが、彼女の心を少しだけ慰めてくれた。

しかし、その温もりはすぐに消えてしまった。

ジュリアは起き上がり、静かに身支度を整えると、食堂へ降りていった。

屋敷の中には、淹れたばかりのコーヒーの香りが漂っていた。

家政婦のマリアが彼女の前に料理を置く。

そして、心配そうにジュリアを見つめた。

「奥様……最近、ますます食事の量が減っていますよ。顔色もとても悪いです」

ジュリアは優しく微笑んだ。

「心配しないで、マリア。私は大丈夫よ」

その嘘を口にすることが、かえって彼女の胸を痛ませた。

自分が今、何を抱えているのか。

どうして説明できるだろう。

昨日から、彼女は人生を大きく変えてしまう秘密を抱えている。

お腹に手を触れるたび、胸の奥には大きな幸せが広がる。

けれど、その幸せはすぐに不安へと変わってしまう。

もう、彼女は一人ではない。

それなのに――

これほど孤独を感じたことはなかった。

そのとき、テーブルの上に置かれていたスマートフォンが振動した。

ロドリゲスからのメッセージだった。

「昼食には戻らない。ダイアナとの会議がある」

ジュリアは、数秒間その短い文章を見つめた。

「元気か?」

そんな言葉はない。

「身体に気をつけて」

そんな気遣いもない。

ハートも、笑顔の絵文字さえない。

ただ、事務的で冷たい一文だけ。

ジュリアは何も返信せず、画面を閉じた。

……返事をして、何になるのだろう。

---

一方、NLEグループ本社では、まったく違う空気が流れていた。

ダイアナの復帰は、社内の大きな話題になっていた。

彼女がエントランスを通り抜けた瞬間、何人もの社員が駆け寄ってくる。

「ケイタさん、お久しぶりです! またお会いできて嬉しいです!」

「以前よりさらにお綺麗になりましたね」

「お帰りなさい!」

ダイアナは一人一人に、完璧に整えられた笑顔を向けた。

まるで、最初からこの会社を離れていなかったかのように、彼女は自然にその場へ溶け込んでいた。

その様子を、ロドリゲスは自分のオフィスの窓から密かに見つめていた。

その瞳に、かすかな光が宿る。

そこへ、ノックもせずにドアが開いた。

クロード・ウォルターが、両手をポケットに入れたまま入ってきた。

「会社中、ダイアナの復帰の話でもちきりだな」

ロドリゲスは視線を窓から外し、机の上に積まれた書類へ向けた。

「当然だ。彼女は昔からここで人気があった」

クロードはしばらく黙っていた。

そして、静かに尋ねた。

「……ジュリアは?」

ロドリゲスが顔を上げる。

「ジュリアがどうした?」

クロードは腕を組んだ。

「本当に何も気づいていないのか?」

ロドリゲスは眉をひそめた。

「何が言いたい?」

クロードは小さく息を吐いた。

「この四年間、彼女は毎晩お前を待っている。お前が真夜中に帰ってきてもだ」

一度言葉を切る。

「すべてのパーティーや社交の場にも付き添っている。お前の家族から何を言われても、一度も言い返さない」

そして、まっすぐロドリゲスを見つめた。

「自分たちの結婚を守るために、彼女は何もかも我慢している」

短い沈黙が落ちた。

「それを、本当に普通だと思っているのか?」

ロドリゲスの表情は変わらなかった。

「彼女は俺の妻だ」

あまりにも当然のことのように答える。

「妻として、自分の役割を果たしているだけだ」

クロードはゆっくりと首を横に振った。

苦い笑みが浮かぶ。

「違うよ、ロドリゲス」

今度の声は低かった。

「女性がそばに残るのは、愛されていると感じるからだ」

クロードは一歩近づいた。

「苦しみを黙って耐えることを覚えたからじゃない」

その言葉に、ロドリゲスの胸の奥で奇妙な感覚が生まれた。

ほんの一瞬だけ。

自分でも理由の分からない、わずかな不快感だった。

しかし、彼がそれについて考えるより先に、スマートフォンが鳴った。

画面に表示された名前を見た瞬間、ロドリゲスは迷わず電話に出た。

ダイアナだった。

「今行く」

それだけ言うと、彼はジャケットを手に取り、クロードにそれ以上何も言わずにオフィスを出ていった。

クロードは、その背中を見つめた。

そして、誰に言うでもなく小さく呟いた。

「彼女がいなくなった日に、お前はようやく目を覚ますんだろうな……」

---

その頃、ジュリアは一人で診察を受けに来ていた。

診察室に入ると、医師がお腹に少量のジェルを塗り、超音波検査を始めた。

ほどなくして、画面に小さな姿が映し出された。

医師が微笑む。

「順調ですよ。赤ちゃんは正常に成長しています」

医師はモニターを少しジュリアのほうへ向けた。

「これからもできるだけストレスを避けて、十分に休んでください」

ジュリアは言葉を失った。

視線は、画面から離れない。

まだ、とても小さい。

それなのに――

この小さな命は、すでに彼女の心をこれまでとは違う形で動かしていた。

一筋の涙が頬を伝う。

ジュリアは、思わず微笑んだ。

「こんにちは……私の小さな赤ちゃん……」

声が震えていた。

医師は最初の超音波写真を彼女に手渡した。

ジュリアは、それを宝物のように大切に受け取った。

ほんの数秒間、彼女は想像の世界へ入り込んだ。

そこにはロドリゲスがいた。

隣に座り、彼女の手を握っている。

二人の子どもを見つめる彼の瞳は、喜びに満ちている。

彼の笑い声まで聞こえてくるようだった。

けれど――

その光景は突然消えた。

現実が戻ってくる。

彼女は一人だった。

いつものように。

クリニックを出ると、ジュリアは超音波写真を大切にバッグへしまった。

そして、数歩歩いたところで、一台の黒いセダンが彼女の前に止まった。

運転席の窓がゆっくり下がる。

中から、上品な雰囲気の男性が温かな笑顔を向けた。

「ジュリア……本当に久しぶりだね」

ジュリアは数秒間、その男性を見つめた。

そして、驚きに目を大きく見開いた。

「サム・ウィリアム?」

男性は車から降りた。

笑顔がさらに大きくなる。

「そうだよ……僕だ」

彼は、心から嬉しそうな表情でジュリアを見つめた。

「やっと君を見つけた」

ジュリアは、その場に立ち尽くした。

まさか、何年も会っていなかったサムと再会するなんて思ってもいなかった。

しかし彼女は、まだ知らなかった。

この偶然の再会が、自分の人生を大きく変えることになるなど――。

その頃、通りの反対側では、一人の女性が密かに二人の様子を見つめていた。

ダイアナだった。

彼女の視線は、ジュリアとサムの間を行き来している。

そして数分前まで浮かんでいた自信に満ちた笑顔は――

完全に消えていた。

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