Share

第215話

Author: 藤崎 美咲
番号を見て、星乃は数秒間止まったあと、着信を拒否することにした。

拒否すると、スマホは静かになり、二度目の着信はなかった。

星乃はスマホを見つめ、少し考えてから外に出た。そしてアパートの下の電話ボックスに入り、さっきの番号をかけた。

番号を押す手は震えていた。

沙耶が去った後も、心配は尽きず、この数年ずっと誰かに沙耶の行方を探させていた。

しかし沙耶は誰にも見つかりたくないし、水野家や圭吾にも自分の居場所を知られたくない。見つからないように、星乃はこっそり情報を集めるしかなかった。

調査を頼んでいたのは、昔から信頼している探偵だ。

沙耶に迷惑をかけないために、このことは遥生にも話していない。

探偵から連絡があれば、それは沙耶の情報を得たということだ。

以前なら、必要がない限り、情報を得てもすぐに知らせることはなかった。

探偵は翌日に会って、調べた内容を手渡すのが常だった。

しかし今夜、遥生が見せたあのイヤリングのせいで、星乃の心は落ち着かなかった。

情報を無視しているわけにはいかない。

「何かわかった?」電話がつながると、星乃は焦った声で尋ねた。

相手は、今回自分から電話してきたことに少し驚いたようで、一瞬言葉を止めた。だがすぐに自然な口調に戻った。「沙耶さんの行方を調べました。彼女は……」

探偵の言葉を待たず、星乃は遮った。「具体的な場所は言わなくていい。今どうしてる?無事?」

探偵は二秒ほど間を置いた。「私が調べたのは半年前の写真です。目撃情報によれば無事ですが、写真が撮られた翌日、沙耶さんは海に出て、それ以降行方がわかりません」

「海に?」星乃は体が硬直した。

あのイヤリングも、水野家が瑞原市の海辺で見つけたものだった。

いや……

きっと偶然だ。

星乃は自分を落ち着かせるように言った。「写真の中で、彼女はイヤリングをつけている?」

イヤリングの形、色、細部までを探偵に伝えた。

そのとき、まだ少しの望みを抱いていた。

もし写真の時点でイヤリングを落としていれば、沙耶は安全だ。

しかし、星乃が考えを巡らせる間もなく、探偵が言った。「つけていました」

「しかも、目撃者の話によれば、海に出た後、沙耶さんは戻っていません」

最後の言葉を聞いた瞬間、星乃の心臓は一瞬強く止まったように感じた。

頭は真っ白で、耳の奥には
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで   第219話

    星乃は階段を下りた。二度も追い返されたあとだったから、悠真がもう自分を追いかけてくることはないと星乃は思っていた。ところが、少しもしないうちに背後から足音が聞こえてきた。振り返ると、悠真が少し離れたところに立っていた。彼女が足を止めて振り向くのを見て、悠真も立ち止まり、何事もなかったように周囲を見回したり、横の植木を眺めたりしている。星乃はまた前を向いて歩き出した。けれど数秒後、背後から再び足音がついてくる。――どういうつもりなの?五年間の結婚生活で、星乃は悠真という男を誰よりも知っているつもりだった。彼はいつも高慢で冷たくて、これまで星乃のほうがどうにか距離を縮めようと必死になってきた。そのたびに彼は面倒くさそうに彼女を突き放してきた。けれど今は、彼が自分の後ろを歩いている。こんなふうに、ただ無意味な時間を過ごしている。でも、彼がついてきているのは分かっていても、星乃は自分の道を行き、悠真もまた自分のペースで歩いていた。邪魔をされているわけでもないし、文句を言う筋合いもない。星乃は見なかったふりをして、できるだけ意識しないようにした。すると、彼女がまた歩き出すのを見て、悠真もつられるように歩き出した。一瞬、彼自身も、自分がどうかしてると思った。昨夜、病院を出てから、彼の胸の奥はずっとざわついていた。星乃が結衣との事故で子どもを失ったと知ってから、一瞬たりとも心が休まらなかった。血まみれになって倒れていた彼女の姿、墓地のあの小さな墓碑。離婚して、別の男と一緒にいる彼女を思い浮かべるたび、どうしようもなく苛立ちが込み上げた。夜通し彼女の部屋の下で一晩中立ち尽くしていた。それでも結局、衝動に負けてドアを叩き、謝った。彼が謝るのは、これが初めてだった。許されないとしても、少しくらいは聞いてもらえると思っていた。けれど、いつもなら一言優しくすればすぐ折れていた星乃が、今日は驚くほど強気だった。それでも、ひとつだけ救いがあった。今朝、彼女の部屋には他の男の気配がなかったことだ。星乃は彼がそんなことを考えているとは知らず、幸の里の門を抜け、大通りへと歩き出す。ちょうどそのとき、一台の車が彼女の前に静かに停まった。「星乃さん、どうぞお乗りください」車から降りた誠司が、丁寧に頭を下げ

  • 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで   第218話

    離婚?彼氏?以前なら、悠真は星乃がわざと自分を怒らせようとしているのだと思っただろう。けれど昨日、あまりにも多くのことが起こって、彼はふと気づいた。自分は彼女のことを、何もわかっていなかったのだと。いつから本気で離婚を決めたのか。いつから自分を見限り、別の男を選んだのか。そのどれも、自分には分からない。ただ一つだけ、はっきりしていることがある――彼女と離婚したくない。もうこれ以上、距離が開いていくのを見たくない。彼女が自分を無視する姿も、他の男といる姿も、見たくない……怜司の言ったことは、もしかすると本当なのかもしれない。これもまた、星乃が自分を引き止めるための罠なのかもしれない。それでも、悠真は認めざるを得なかった。今回は、その罠に自ら進んで足を踏み入れようとしているのだと。怒りをぐっと飲み込んで、彼はため息まじりに言った。「……全部、お前の言う通りでいい。俺が今日来たのは、冬川グループの株のためでも、遺言のためでもない」「じゃあ、何のために?」星乃は不思議そうに眉を寄せた。そのふたつ以外に、話すことなんてもうないと思っていたからだ。悠真は何も言わず、手を伸ばして部屋のドアを押そうとした。それを見て、星乃は足でドアを押さえ、入らせまいとした。あまりにきっぱりと拒まれて、悠真の眉がぴくりと動いた。「……中に誰かいるのか?」星乃は冷たく返す。「誰がいようと、あなたが勝手に入っていい理由にはならない。忘れないで。私たちはもう離婚したの。あなたと私にはもう、何の関係もない」「俺は、離婚したくない」彼女の言葉が終わるより早く、悠真はきっぱりと言った。その声には揺らぎがなかった。「ひと月前の交通事故のこと、子どもを失ったこと、そしてお前が病院を追い出されたことも、全部知ってる。もしそれが理由で離婚したいっていうなら、謝る。ちゃんと償いもする。けど、結婚はふたりの問題だ。俺は離婚の話なんて聞いてなかったし、勝手に決められても納得できない。認めるつもりもない」星乃は黙って彼を見つめた。そして、ふっと笑って言った。「いいわ。じゃあ償うチャンスをあげる」その言葉に、悠真の表情がわずかに和らぐ。「言ってみて」星乃は淡々と答えた。「結衣を警察に突き出して。私の子を奪った責任を、きちんと

  • 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで   第217話

    その言葉を聞いて、星乃はそれ以上は強く言えず、その考えをあきらめるしかなかった。遥生の言うことは正しかった。瑞原市を離れ、もし圭吾と鉢合わせでもしたら、きっと足を引っ張るだけだ。星乃が落ち着いたのを見て、遥生は言った。「まずは上がって、自分の体を休めなさい。沙耶が今の君を見たら、きっと胸が痛むよ」そのときになってようやく、星乃は自分の体のあちこちに痛みを感じた。遥生は彼女を連れて階上へ行き、傷の手当てをしてくれた。立ち上がって部屋を出ようとしたとき、彼の服の裾が小さく引かれた。遥生が目を落とすと、星乃が不安そうに手を引っ込めるところだった。「ごめん」彼女はうつむいて言った。「沙耶のこと、あのとき私がもう少し勇気を出せていたら……」言い終える前に、遥生が穏やかな声で遮った。「あの件で君を責める人なんていない。君は十分すぎるほど頑張ったよ」母親を亡くした悲しみが癒えぬうちに、母の遺言をきっかけに白石家や世間から心ない中傷を浴びた。それでも彼女はその重圧に耐えながら、緻密な計画を立て、沙耶を圭吾の目の届かないところへ逃がしたのだ。あのときの星乃は、どれほどつらかっただろう。遥生は少しかがみ込み、彼女の額にかかる乱れた髪を指先で耳にかけてやった。「星乃、本当は謝らなきゃいけないのは、僕のほうなんだ」あのとき、もしもう少し星乃と沙耶に気を配っていれば。異変に早く気づいていれば。きっと、星乃がこんなにも苦しむことはなかったかもしれない。遥生はしばらく彼女を慰め、ようやく表情が落ち着いたのを見届けてから部屋を出た。その夜、星乃は一晩中うなされていた。目を閉じれば、浮かぶのは血の気のない沙耶の顔。全身を血に染めた沙耶の姿。ある夢の中では、濡れた髪を垂らし、虚ろな目でこちらを見つめる沙耶がいた。「星乃、あなたは幸せになって。私はもう行くね」「行かないで!」叫び声を上げて目を覚ますと、全身が汗でびっしょりになっていた。――夢でよかった。荒い息を整え、ベッドから降りようとしたとき、ドアを叩く音がした。この古い建物にはドアスコープなんてない。だが、こんな朝早くに来る人なんて心当たりがなかった。遥生から何か連絡があったのかと思い、ためらわずにドアを開けた。ところが、そこに立っていた

  • 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで   第216話

    「どうしたんだ?ぼんやりして」さっき遥生が見たのは星乃の後ろ姿だった。けれど正面を見て、ようやく彼女がどれほど激しく転んだのかを知った。顎には擦り傷があり、血が滲んでいる。手のひらと膝も擦りむけていた。それでも彼女は痛みを訴えることもなく、まるで何事もなかったかのように立っていた。「大丈夫……」星乃の声は震えていた。理由も分からないまま、遥生の顔を見た瞬間、さっきまで胸の中で膨らんでいた不安や恐怖、焦りが、一気に現実に落ちた気がした。鼻の奥がつんと痛み、堰を切ったように涙がこぼれ落ちる。頬を伝う温かい涙を感じながら、星乃はそっと拭おうとした。遥生がポケットからティッシュを取り出し、彼女に差し出す。受け取った瞬間、涙はさらに止まらなくなり、身体の震えもひどくなった。遥生は黙って、彼女の気持ちが落ち着くのを待った。どう見ても、何かあったのだ。――冬川家のことか?いや、違う。さっき花音と別れたばかりだが、花音は「もう星乃を狙ったりしない」と約束してくれた。雅信と佳代の二人は株の配分に不満を持っていたが、それは登世の決定だ。彼らは立場上、軽率に星乃を責めるような真似はしないはず。じゃあ悠真のことか?それも違う気がする。遥生は悠真と深く関わったことはないが、その性格は分かっている。もし株の件で不満があるなら、とっくに爆発しているだろう。彼は星乃が歩いてきた方向を見やり、少し先にある電話ボックスに気づいた。そのとき、星乃が涙を止め、かすれた声で言った。「……沙耶が、危ないかもしれない」遥生の背筋が強張る。「どうして分かる?」星乃は、さっきの電話の内容をすべて話した。そして、この数年間ずっと沙耶の行方を追っていたことも。遥生は拳を強く握りしめた。あの片方のイヤリングのことも知っている。昨夜、水野家から「イヤリングが見つかった」と連絡を受けたとき、最悪の事態を覚悟していた。だが、その時点ではまだ望みがあった。しかし今の話を聞く限り、沙耶はもう、ほとんど望みがないのかもしれない。胸の奥で心臓が激しく脈を打つ。けれどすぐに、遥生は無理やり気持ちを落ち着かせた。彼女の傷だらけの手足、震え続ける肩を見て、そっと腕を回し、優しく背中を撫でた。「大丈夫だ。きっと無事だ

  • 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで   第215話

    番号を見て、星乃は数秒間止まったあと、着信を拒否することにした。拒否すると、スマホは静かになり、二度目の着信はなかった。星乃はスマホを見つめ、少し考えてから外に出た。そしてアパートの下の電話ボックスに入り、さっきの番号をかけた。番号を押す手は震えていた。沙耶が去った後も、心配は尽きず、この数年ずっと誰かに沙耶の行方を探させていた。しかし沙耶は誰にも見つかりたくないし、水野家や圭吾にも自分の居場所を知られたくない。見つからないように、星乃はこっそり情報を集めるしかなかった。調査を頼んでいたのは、昔から信頼している探偵だ。沙耶に迷惑をかけないために、このことは遥生にも話していない。探偵から連絡があれば、それは沙耶の情報を得たということだ。以前なら、必要がない限り、情報を得てもすぐに知らせることはなかった。探偵は翌日に会って、調べた内容を手渡すのが常だった。しかし今夜、遥生が見せたあのイヤリングのせいで、星乃の心は落ち着かなかった。情報を無視しているわけにはいかない。「何かわかった?」電話がつながると、星乃は焦った声で尋ねた。相手は、今回自分から電話してきたことに少し驚いたようで、一瞬言葉を止めた。だがすぐに自然な口調に戻った。「沙耶さんの行方を調べました。彼女は……」探偵の言葉を待たず、星乃は遮った。「具体的な場所は言わなくていい。今どうしてる?無事?」探偵は二秒ほど間を置いた。「私が調べたのは半年前の写真です。目撃情報によれば無事ですが、写真が撮られた翌日、沙耶さんは海に出て、それ以降行方がわかりません」「海に?」星乃は体が硬直した。あのイヤリングも、水野家が瑞原市の海辺で見つけたものだった。いや……きっと偶然だ。星乃は自分を落ち着かせるように言った。「写真の中で、彼女はイヤリングをつけている?」イヤリングの形、色、細部までを探偵に伝えた。そのとき、まだ少しの望みを抱いていた。もし写真の時点でイヤリングを落としていれば、沙耶は安全だ。しかし、星乃が考えを巡らせる間もなく、探偵が言った。「つけていました」「しかも、目撃者の話によれば、海に出た後、沙耶さんは戻っていません」最後の言葉を聞いた瞬間、星乃の心臓は一瞬強く止まったように感じた。頭は真っ白で、耳の奥には

  • 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで   第214話

    「真偽はともかく、だからといってお前が俺を騙す理由にはならない」悠真は冷たく彼を見つめた。「それに、寿宴であの動画をアップしたのもお前だろう?」悠真はさらに問いかけた。怜司は弱々しく答えた。「俺も……悠真と結衣のためを思ってやったんだ。早く二人がうまくいけばって」誰が予想しただろう、離婚が本当に成立してしまった。だがそのあと、登世が株の話を持ち出して、悠真に復縁を迫った。彼らは防ぎようもなかった。やはり年の功には敵わない。だが、それはまだ大したことじゃなかった。怜司を最も驚かせたのは……怜司は痛む顔を押さえながら訊ねた。「悠真……まさか、結衣を放っておいて、星乃と復縁しようっていうんじゃないよな?」悠真の黒い瞳が一瞬光ったが、すぐに普段の冷静さを取り戻した。彼は怜司の手を放し、静かに立ち上がった。「これは俺の問題だ。誰も口出しは無用だ。今後、勝手に俺を騙そうとしたら、今日みたいに簡単に済むと思うな」そう言い残すと、悠真は怜司を無視して、そのまま部屋を出て行った。怜司はその冷たい背中を呆然と見つめ、口を大きく開けたまま立ち尽くした。ついさっきまで、彼は悠真が星乃と復縁することは絶対にないと信じていた。しかし、さっきの悠真の目が、彼の迷いを呼び起こした。得体の知れない不安が、怜司の胸を覆る。今回、星乃の策略は本当に成功してしまったのかもしれない。病院の外では、誠司が運転席に座り、悠真が病院から出てくるのを見ていた。夜の闇に溶け込むような大きな背中。冷たくて、どこか孤独だった。誠司がこうした悠真を見るのは初めてだった。以前の悠真はいつも揺るがず、自信に満ち、決断力に溢れ、我が道を行く人だった。けれど今の彼はまるで、広い海にひとり漂う小舟のように、進むべき方向を見失っているように見える。車に乗り込むと、悠真は一言も口を開かなかった。車内は凍りついたように静まり返った。誠司は落ち着かず、じっと座席に身を寄せる。しかも今夜の別荘までの道のりは異様に長く感じられ、普段なら十数分の道が、今日はまるで一時間かかったかのようだった。車が別荘の前で止まると、誠司の手のひらは汗でぐっしょりだった。「到着しました、悠真様」低く告げると、悠真はようやく我に返ったように冷たい視線を

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status