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第227話

Author: 藤崎 美咲
その後の二日間は、何事もなく穏やかに過ぎていった。

UMEの新型ロボットの内部テストも順調で、たまに細かいデータの不具合はあったものの、すぐに修正された。

仕事の合間も、星乃の胸の中には落ち着かない気持ちがくすぶっていた。

何度か遥生と連絡を取り合ったが、結局のところ結果は同じだった――沙耶は、あの日海に出てからずっと消息を絶っているという。

水野家では人を出して昼夜問わず捜索を続けていたが、手がかりは何ひとつ見つからず、最終的には捜索範囲を広げることになった。

待つというのは、想像以上に苦しいことだった。

星乃はスマホの通知音が鳴るたびに心臓が跳ね、眠っていても音がすれば飛び起きてしまう。

一刻も早く水野家に朗報が届いてほしいと思う一方で、何か悪い知らせが入るのも怖かった。

まるでそんな彼女の不安を察したかのように、この日、遥生からメッセージが届いた。【心配しなくていい。沙耶は無事だよ】

星乃は、何か新しい情報を掴んだのかと思い、胸を高鳴らせて返信した。【本当?どうしてそう言えるの?】

【地元に占いの巫女がいてね。沙耶の生年月日を持って行ってみたんだ。彼女が言うには、沙耶の人生は波乱万丈で、いくつもの試練に遭うけど、どれも致命的なものにはならないって。少なくとも八十までは生きられる運命らしい。

それに、この前お寺にお参りしたときに引いたおみくじ、大吉だったんだ】

遥生から届いた、どこか真剣味のあるメッセージを見て、星乃は思わず笑ってしまった。【あなた、ずっと科学を信じろ、占いなんか信じるなって言ってたじゃない】

【非常時には非常手段だよ】遥生から返事が来た。

星乃は昔から、幽霊とか神様とか、そういうものは信じていなかった。

でもこのときばかりは、どうかそれが本当であってほしいと願った。

張り詰めていた心が、ほんの少しだけ和らぐ。

【それより、君こそ気をつけて】と、遥生が続けた。

その意味をすぐに察した――圭吾のことだ。

圭吾のことを考えると、星乃は少し首をかしげた。

彼は自分を最も恨んでいるはずなのに、これまでなら、たとえ手を出せなくても、何らかの圧をかけてきた。

けれど今回は妙に静かだった。

しかも、圭吾は今朝早く、部下を連れて海辺へ向かい、沙耶の捜索に加わったという。

それが星乃には意外だった。

そのことを遥生に
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