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第237話

Auteur: 藤崎 美咲
結婚して五年、星乃の体にはすっかり彼の痕跡が刻まれていた。

他の男が、まるで何もなかったかのように、心の底から彼女を愛せるはずがない。

悠真は、徐々に蒼白になっていく星乃の顔を見つめる。

星乃もまた、同じく彼を見返していた。

指先に力が入り、心臓が細い針で何度も刺されるように締めつけられる。痛いというより、息が詰まるように苦しい。

たとえ悠真の言葉が真実だとわかっていても。

たとえ彼が言わなくても、律人が心のどこかで自分を嫌っていたかもしれないことも。

それでも、言葉にされると、羞恥と悲しみが一気に押し寄せた。

あの頃の星乃は、全身全霊で悠真を愛していた。彼の冷たさも屈辱も耐えてきた。結衣と別れさせたこと以外、彼女が悠真を裏切った覚えはない。

彼がかつて結衣を愛していたと知ったとき、彼女はきっぱりと離婚を選んだ。彼と結衣がやり直せるように。

穏やかに別れるつもりだった。

この間ずっと、彼の怒りにも耐えてきた。

まさか、こんなふうに人前で侮辱されるとは思いもしなかった。

あの愛が、いまは自分を傷つける刃になって返ってくるなんて。

唇を噛みしめ、指にさらに力をこ
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    電話を受けた星乃は、一瞬呆然とした。顔から笑みが少しずつ消えていく。「どうした?」電話を切ると、律人は星乃の様子がおかしいことに気づいた。星乃はぼんやりと彼を見つめた。「登世おばあちゃんが……亡くなった」……星乃は瑞原市へ戻る一番早い便のチケットを取った。エコノミークラスに空席がないと分かると、迷わず追加料金を払ってファーストクラスを取った。飛行機に乗ると、また悠真と鉢合わせた。悠真の目は少し赤くなっていて、悲しみを必死にこらえているようだ。いつも以上に険しい顔つきで、全身から人を寄せつけないような冷たさが漂っている。星乃が自分の席を確認すると、ちょうど悠真の隣だった。前の時は偶然なのか分からなかったが、今回は本当に偶然だった。ファーストクラスの二つの席はそれほど離れていない。星乃は隣にいる悠真の様子を、目の端で自然と捉えてしまう。悠真はずっと窓の外を見ていた。ぼんやりしているようにも見える。けれど星乃には分かっていた。これは、悠真がひどく悲しんでいる時に見せる反応だ。登世は本当に優しい人だった。たった五年間一緒に過ごした自分でさえ、こんなにも悲しい。悠真にとっては、なおさらつらいはずだ。大切な家族を亡くしたのだから。以前、雅信の容体が悪くなったときも、悠真は同じような状態だった。あの頃、悠真が辛そうにしていることに気づいて、なんとか気を紛らわせようと、いろいろと気を配った。その後、雅信は無事に危険な状態を脱した。けれどその一方で、母は手術中に容体が急変し、そのまま手術台の上で亡くなった。あの時、悠真はどうしてくれたっけ……悠真は何度も「ごめん」と繰り返してくれた。そして母が亡くなって間もない頃、父の正隆が綾子と美優を家に連れて帰ってきた。それを知った悠真は激怒し、何としてでも自分のために筋を通そうとしてくれた。あの頃、途方に暮れていた自分の前に、悠真は光のように現れてくれた。何度も、自分を温めてくれた。たとえ隣にいるのが見知らぬ人だったとしても、こんな状況にいると知れば、自分だって一言二言、声をかけていたはずだ。ましてや、相手はかつて本当に好きだった人なのだから。星乃は少し考え、悠真のほうへ顔を向けて小さな声で言った。「……大丈夫?あまり無理しないでね」悠真は振り向きも

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    星乃は少し驚いたように、首を傾げた。「どこで見つけたの?」そう聞いてから、彼女はその指輪が以前のものとほんの少し違うことに気づいた。前の指輪と比べると、ダイヤがほんのりピンクがかっている。ただ、よく見なければほとんど分からない程度の違いだった。律人は唇の端を上げ、彼女の指先にキスをした。「見つけたんじゃない。デザイン画をもとに、もう一度作ってもらった。でも、こういうダイヤはなかなか見つからなくて。少し時間も手間もかかったけど」星乃は一瞬、言葉を失った。胸の中は複雑だった。少し申し訳ない気持ちもあった。「ごめんね」星乃は小さな声で言った。「今度はちゃんと大事にする」前の指輪は律人が自分で作ったものだ。どれだけ手間と時間をかけたのか、考えなくても分かる。それを自分がなくしてしまった。どれだけ手をかけたかということだけでなく、ダイヤそのものの価値を考えても、星乃は申し訳ない気持ちになった。けれど、律人は笑って、彼女の髪を優しく撫でた。「なんで謝るんだよ。星乃のせいじゃないだろ。この指輪は、もともと君の身を守るために作ったものだから。なくしたなら、また作ればいい」それでも星乃が俯いたままでいるのを見て、律人は少し身をかがめ、彼女の頬を両手で包むと、額にそっとキスをした。「僕がいないときは、自分のことをちゃんと守れよ。何よりも、自分の身の安全を一番に考えて」星乃は笑って、彼の頬を軽くつまんだ。「律人もね。今回ここに来てから、前より顔色がよくない気がする」星乃は瞬きもせず、律人の顔をじっと見つめた。そして間近で彼の瞳を見た瞬間、わずかに目を見開いた。気のせいかもしれない。けれど、律人の目には赤い血管がいくつも浮かんでいて、瞳の感じも以前とは少し違って見えた。「目が……」星乃がもっとよく見ようとすると、律人は視線を逸らした。星乃は彼の顔を両手で押さえ、焦ったように言った。「やっぱり、目が前と少し違う気がする。ちょっと見せて」律人の顔が、再び星乃のほうへ向けられる。星乃がじっくり見ようとしたそのとき、律人が手を伸ばし、その手のひらで彼女の目を覆った。温かな手のひらの感触が、肌越しにまぶたへ伝わってくる。星乃は思わず息を止めた。律人は強く押さえているわけではない。指の隙間から、ぼんやりと光が差し込み、その

  • 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで   第553話

    そのあと、悠真は部屋の奥へ戻り、すぐにフロントへ電話をかけ、いきなり激しい口調で責任を追及した。フロント側は何度も謝罪し、二度と同じことがないと約束した。電話を切ると、悠真はようやく疲れ切ったようにベッドへ身を沈めた。ベッドに横になった悠真は、ぼんやりと天井を見つめていた。頭の中には、星乃と律人が一緒にいる場面ばかりが次々と浮かんでくる。星乃の優しく楽しそうな笑顔。律人の腕にそっと手を絡めたとき、二人が交わしていた甘い視線……突然、心も体も疲れ果ててしまったような気がした。会社の仕事に追われ、三日間ほとんど休まず働いた時よりも、ずっと疲れているように感じる。遥生とも律人とも、これまでに関わったことがある。遥生は理性的なタイプだが、恋愛になると引いてしまうところがある。もし星乃が選んだ相手が遥生なら、まだなんとか対処できる。だが、相手は律人だ。思っていた以上に手強い。自分が流させた記事はことごとく押さえ込まれ、律人もそんな噂などまるで気にしていないようだ。それどころか、今日の律人は何度も、自分を挑発してきた。そして星乃は……まるで律人しか見えていないかのように、自分の存在などまったく目に入っていない。そこまで考えたところで、悠真の胸にどうしようもない苛立ちが込み上げてきた。どれほど時間が経ったのか分からない。悠真は起き上がった。こめかみを揉みながら、独り言のように呟く。「だったら、もう諦めるか」世の中には女なんていくらでもいる。自分だって、星乃でなければならないわけじゃない。悠真は腹立たしさとやるせなさを抱えながらそう自分に言い聞かせ、スマホを取り出して誠司に連絡し、帰国便を手配してもらおうとした。だが、電話をかける前に、花音から着信が入った。……ホテルでは。星乃はスーツケースを床に広げ、そのそばで荷物を整理していた。ここ二日ほど街を歩き回って買った、遥生や遥香たちへの土産も、きちんとスーツケースの中にしまってある。「本当に、もう二日くらい延ばすつもりはないの?」寝室から出てきた律人は、星乃に荷物を渡しながら尋ねた。星乃の手が止まる。この二日間、律人とここで過ごしている間は、面倒なことも危険なことも何もなかった。まるで現実から切り離されたような場所だった。星乃も、正直なところ少

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    さっきまで悠真は、頭の中が星乃と律人のことでいっぱいで、部屋に誰かいることなどまったく気づいていなかった。「誰だ?」悠真は勢いよく身を起こし、警戒しながら声のしたほうを振り向いた。男がリビングの反対側から歩いてきて、悠真の前まで来ると、ソファに腰を下ろした。男は名刺を差し出した。「女はたいてい、自分より上だと思える男に惹かれるものです。復縁したいなら、ただ指をくわえて見ているだけじゃ何も変わりませんよ」悠真は目を細め、さらに警戒を強めた。「俺を尾けてきたのか?」目の前の男に心当たりはない。だが、相手は明らかに自分のことをよく知っている。とはいえ、相手の目的が分かるまでは、悠真も手を出すつもりはなかった。男は何も言わず、ただ口元に薄く笑みを浮かべ、名刺をもう一度悠真の前へ差し出した。悠真はそれを受け取り、目を落とした。「東條浩也……UMEの前の取引先か?」以前、UMEから人を引き抜こうとした際、悠真は誠司に遥生の情報をすべて調べさせていた。そのため、名刺に書かれた会社名を見ただけですぐに分かった。浩也は笑った。「俺のことをご存じとは光栄ですね。これなら、わざわざ詳しく説明する必要もなさそうです。このところ、冬川グループとUMEの間でいろいろあったことは俺も聞いてます。悠真社長もUMEにはかなり手を焼いているでしょう。俺も同じです。だから、悠真社長と一度、取引の話をしたいと思ってね」悠真は鼻で笑った。「どういう取引だ?」浩也は答えた。「悠真社長の会社が引き受けた案件の中に、UMEからの注文がいくつかあるはずです」それは、悠真が星乃への償いのつもりで、UMEの窮地を救うために別の会社を買収したときに引き受けたものだった。まさか、そこまで調べられているとは、悠真も思っていなかった。浩也は続けた。「俺が望んでいるのは、その注文にちょっとした問題を起こしてもらうことです。大した問題じゃありません」長年、ビジネスの世界に身を置いてきた悠真に、その言葉の意味が分からないはずがなかった。悠真は嘲るように笑った。「俺はそんな汚いやり方はしない。他を当たれ」悠真がそう答えることを予想していたのか、浩也は顔色一つ変えずに言った。「もう少し考えてみたほうがいい」「もちろん、UMEなんて相手にしてないことくらい

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    星乃が目を覚ましたときには、もう午後になっていた。空はどんよりと曇り、窓の外から差し込む光も、どこか薄暗く、黄みがかっている。寝室には彼女一人しかいなかった。星乃は時間を確認し、もう夕方が近いことに気づくと、慌ててベッドから飛び起きた。まず洗面所へ行って身支度を整え、寝室を出ると、リビングのソファに律人が仰向けになっていた。目を閉じているが、眠っているのかどうかは分からない。星乃は小さなブランケットを一枚持ってくると、そっと近づき、彼に掛けてやった。立ち上がろうとしたそのとき、律人が手を伸ばして彼女の手首をつかみ、少し力を込めた。不意を突かれた星乃はよろめき、そのまま彼の上に倒れ込んだ。驚いて起き上がろうとしたが、律人に腰を抱き寄せられ、そのまましっかりと腕の中に閉じ込められる。「ちょっとお腹空いたな。今は我慢するしかないし、もう少しこのままでいさせて」律人は小さく笑った。星乃は少し困ったような顔をしたが、それ以上動こうとはせず、顔を上げて彼を見つめた。目覚めたばかりだからだろうか、律人の瞳は少し潤んでいて、照明に照らされると、きれいな光を帯びていた。この顔は、本当に欠点のつけようがないほど整っている。「外に食べに行く?」星乃が言った。一日ほとんど何も食べていないので、彼女も少しお腹が空いていた。律人は頷いた。。「この辺、美味しい店が何軒かある。たぶん君の好みに合うと思う」「じゃあ、着替えてくる」そう言って、星乃は立ち上がって寝室へ戻り、黒いキャミソールワンピースに着替えた。少し考えてから、薄手のショールも羽織った。「ショールはないほうが似合う」律人はドア枠に軽く寄りかかりながら、そう勧めた。星乃は眉を上げた。「本当に?」「うん」律人は笑って頷いた。星乃は肌がとても白く、黒いキャミソールワンピースがその白さをいっそう際立たせていた。清楚な顔立ちに、どこか色っぽさを感じさせる雰囲気も相まって、思わず目を奪われるほど綺麗だ。まるで完成された芸術作品のようだった。ショールを羽織ってしまうと、かえって少し地味に見えてしまう。「こんな格好で出かけて、他の人に見られても、嫉妬しないの?」星乃は探るように尋ねた。律人は笑うと、彼女の前まで歩み寄り、身をかがめて首筋にキスをした。そして離れた

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