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第5話

Author: 七月
最後に意識が遠のくとき、素良は私の耳元で低く囁いた。

「汐、気持ちよかったなら……もう二度と俺から離れないでくれないか」

……

周也の誕生日の夜。

私が香江市で買った贈り物は、友人を通じて彼の手に渡った。

冬生はソファに深く腰を下ろし、煙草をくゆらせていた。目の前の酒瓶はすでに半分以上空いていた。

周也への贈り物は、素良と一緒に選んだもの。

彼が好むハイブランドのカフスボタンだった。

「なかなか精巧な作りだな」

周也はやや引きつった笑みを浮かべ、冬生の顔色をうかがいながら、余計な言葉を語らずに自分の彼女に贈り物をしまわせようとした。

「持ってこい」

冬生が突然声を荒げた。

周也は驚いたが、反論せず、慌ててボックスを差し出した。

冬生はそのカフスボタンをじっと見つめた。

ブランドのロゴは控えめで目立たなかったが、彼はしばらく凝視していた。

「しまっておけ」

彼はボックスを閉じ、横に押しやった。

周也はほっと息をつき、すぐに手を伸ばそうとした。

だがその瞬間、冬生が手にしていた酒瓶を掴み、テーブルへ叩きつけた。

ガラスの破片が飛び散り、彼の手の甲には深い傷が走った。

個室は一気に騒然となった。

「どうしたんだよ、急に!」

「傷が深いぞ!血が止まらない、早く病院に……」

冬生はその場に立ち尽くし、顔は曇り、怒気が漂っていた。

「汐は、このブランドの物を買ったことなんて一度もない」

彼の低く掠れた声が響いた。

周也は慌てて笑った。

「それ普通じゃない、たまたま選んだだけだよ。深い意味なんてない。だって冬生の誕生日の時、汐は半年前から贈り物を準備してたじゃないか」

「そうだよ、冬生。汐の中でのお前の位置は、俺たちが何人集まっても敵わない。汐がお前をどれだけ大事にしてるか、誰もが知ってるだろ」

冬生はそれを聞くと、ふっと冷笑をもらした。

「大事にする?」

騒がしかった空気が、じわりと静まり返っていく。

「冬生……やっぱり、俺が汐に電話してみようか?とにかく先に手の傷を……」

周也は思い切って携帯を取り出し、冬生の傷だらけの手の写真を一枚撮った。

そしてそのまま、すぐに汐へメッセージで送った。

冬生は止めなかった。おそらく周也の動作が速すぎて、制止する間もなかったのだろう。

個室の中がぴたりと静まり、十数秒後
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