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結婚決意で七年の彼が後悔した

結婚決意で七年の彼が後悔した

By:  ぷっちょCompleted
Language: Japanese
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江本翔太(えもと しょうた)と付き合って七年目、それでも彼はまだ私上原結衣(うえはら ゆい)を妻に迎えようとはしなかった。 ある日、私は彼に言った。 「翔太、私ね、結婚することにしたの」 彼は気だるそうに眉をひそめて、ちゃんと聞いていたのかどうかも分からなかった。 「結衣、今は会社が上場の段階に入っててな、もう手一杯なんだよ。だからそんなどうでもいい話をする気分じゃない!」 私は落ち着いたまま笑みを浮かべた。 きっと翔太の目には、私が彼に結婚を迫っているように映っただろう。 けれども、本当に私は結婚するつもりなのだ。 しかも、その相手は彼ではない。

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Chapter 1

第1話

江本翔太(えもと しょうた)と付き合って七年目、それでも彼はまだ私上原結衣(うえはら ゆい)を妻に迎えようとはしなかった。

ある日、私は彼に言った。

「翔太、私ね、結婚することにしたの」

彼は気だるそうに眉をひそめて、ちゃんと聞いていたのかどうかも分からなかった。

「結衣、今は会社が上場の段階に入っててな、もう手一杯なんだよ。だからそんなどうでもいい話をする気分じゃない!」

私は落ち着いたまま笑みを浮かべた。

きっと翔太の目には、私が彼に結婚を迫っているように映っただろう。

けれども、本当に私は結婚するつもりなのだ。

しかも、その相手は彼ではない。

……

「大丈夫よ、あなたは仕事を頑張って。今日はただ、知らせに来ただけだから」

私は淡々と笑みを浮かべながら、翔太の正面の椅子に腰を下ろした。

その言葉を聞いた途端、彼はようやく視線をこちらに向け、じっと長い間見つめてきた。

かつて、彼は同じように私だけを目に映していた。

ただ一つ違うのは、その瞳に宿っていた熱が、もうとうに消え失せていること。

私と翔太は大学の同級生。

今日という日は、ちょうど私たちが出会い、付き合い始めて七年目の記念日だった。

大学四年間、卒業してから三年間。

きっと彼はもう今日がどんな日なのか忘れている。

あの頃の燃えるような情熱は今ではすっかり冷め切って、薄まった水のようになってしまった。

七年も彼の彼女でいながら、結局まだ「結婚しよう」という一言さえもらえない。

私は馬鹿じゃない。何も分かっていない女でもない。

男が七年も答えを先延ばしにすること――その裏に何があるかなんて、考えなくても分かる。

翔太は一瞬だけ固まったが、やがて面倒そうに口を開いた。

「結衣、前にも言っただろ。会社が無事に上場したら、ちゃんとお前を嫁にもらうって。だからいつまでも同じ話を持ち出すなよ」

そう言って、冷ややかな視線を私に横目で投げた。

「そんなに結婚したい?もう嫁ぎ遅れるのが怖いのか?」

短い一言なのに、その刃のような言葉で全身に冷たいものが走った。

大学の四年間、今のように裕福ではなかったが、あの頃は心から満たされていた。

二人で未来を夢見て、アルバイトで小遣いを稼ぎ、ワンコイン弁当を一緒に分け合った日々。

彼は必ず肉や魚を私に譲り、自分は残った汁をかけて白ご飯をかき込んでいた。

あの頃の翔太は「卒業したら結婚しよう」と言っていた。

しかし卒業後、彼は会社を立ち上げた。

その後、夜道に並んで歩き、宝石店の前を通るたびに、彼はガラス越しに指輪を指しながら優しい声で言った。

「会社が安定したら、この店で一番高い指輪を買って、お前にプロポーズするから」

今、会社は軌道に乗り、お金も稼げるようになった。

すると、彼の言葉は「会社が上場したら結婚する」に変わった。

一度先延ばしにしたら、次も先延ばし。

翔太の「結婚」は、どこまでが本当で、どこからが嘘なのか。私にはもう分からない。

私は顔を上げて彼を見つめ、か細い声で呟いた。

「翔太、7年よ。私たち、一緒にいて7年になるのよ」

彼の冷たい顔に、ついに一筋の動揺が浮かんだ。

そして彼はデスク越しに私を強く抱きしめた。

「結衣、長い間待たせてごめん。でも今は会社の正念場なんだ。集中しないわけにはいかない!

俺はすべてのエネルギーを仕事に注がなきゃいけないんだ!

俺たちでやっと立ち上げて、ここまで育ててきた会社なんだ。お前なら分かってくれるだろ?」

私は何も答えなかった。

ただ胸の奥から込み上げる吐き気が、もう抑えきれそうになかった。

私は馬鹿じゃない。彼がいつまでもはぐらかす理由も分かっている。

そして彼の体から漂う、あの嗅ぎ慣れない香水の匂いの正体も分かっている。

幼馴染には勝てない、とよく言うけれど。

翔太の目には、幼馴染こそが一番大切な存在なのだ。

その小さな頃からの想い人のために、彼はどんな犠牲もいとわないだろう。
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第1話
江本翔太(えもと しょうた)と付き合って七年目、それでも彼はまだ私上原結衣(うえはら ゆい)を妻に迎えようとはしなかった。 ある日、私は彼に言った。 「翔太、私ね、結婚することにしたの」 彼は気だるそうに眉をひそめて、ちゃんと聞いていたのかどうかも分からなかった。 「結衣、今は会社が上場の段階に入っててな、もう手一杯なんだよ。だからそんなどうでもいい話をする気分じゃない!」 私は落ち着いたまま笑みを浮かべた。 きっと翔太の目には、私が彼に結婚を迫っているように映っただろう。 けれども、本当に私は結婚するつもりなのだ。 しかも、その相手は彼ではない。 ……「大丈夫よ、あなたは仕事を頑張って。今日はただ、知らせに来ただけだから」 私は淡々と笑みを浮かべながら、翔太の正面の椅子に腰を下ろした。 その言葉を聞いた途端、彼はようやく視線をこちらに向け、じっと長い間見つめてきた。 かつて、彼は同じように私だけを目に映していた。 ただ一つ違うのは、その瞳に宿っていた熱が、もうとうに消え失せていること。 私と翔太は大学の同級生。 今日という日は、ちょうど私たちが出会い、付き合い始めて七年目の記念日だった。 大学四年間、卒業してから三年間。 きっと彼はもう今日がどんな日なのか忘れている。 あの頃の燃えるような情熱は今ではすっかり冷め切って、薄まった水のようになってしまった。 七年も彼の彼女でいながら、結局まだ「結婚しよう」という一言さえもらえない。 私は馬鹿じゃない。何も分かっていない女でもない。 男が七年も答えを先延ばしにすること――その裏に何があるかなんて、考えなくても分かる。 翔太は一瞬だけ固まったが、やがて面倒そうに口を開いた。 「結衣、前にも言っただろ。会社が無事に上場したら、ちゃんとお前を嫁にもらうって。だからいつまでも同じ話を持ち出すなよ」 そう言って、冷ややかな視線を私に横目で投げた。 「そんなに結婚したい?もう嫁ぎ遅れるのが怖いのか?」 短い一言なのに、その刃のような言葉で全身に冷たいものが走った。 大学の四年間、今のように裕福ではなかったが、あの頃は心から満たされていた。 二人で未来を夢見て、アルバイトで小遣いを稼ぎ、ワンコイン弁当を一緒に分け合っ
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第2話
半年前、彼は突然女性秘書を雇った。 そのとき私はとても不思議だった。女に対していつも冷淡な翔太が、どんな女性に特別な関心を寄せるのかと。 それでも私は深く気にしなかった。翔太を信じ、そして私たちの絆を信じていたからだ。 だがその後すぐ、またその噂を耳にしたのは、取引先からの電話だった。翔太がその秘書のために取引先を怒らせたというのだ。 事が明るみに出たとき、私と翔太は珍しく激しく口論になった。 私は理解できずに彼に尋ねた。 「ただお酒を一杯飲むだけでしょ?そんなに大したことですか?田村社長だってそこまで失礼なことはしてなかったじゃない!それに、会社を立ち上げた頃、取引の話を進めるために、あなたが私に飲みに行けって言ったことだってあるじゃない!」 そう口にした瞬間、「バンッ」と大きな音が響いた。翔太が冷たい顔で、手にしていたスマホを私の目の前に叩きつけたのだ。 飛び散ったガラスの破片が私の足首をかすめ、血がにじんだ。 「それはお前がやるべきことだったんだ!世の中の女がみんなお前と同じだと思わないでくれ。女らしさが微塵もない。お前ってそんなに意地の悪い女なのか?乃愛(のあ)はまだ若いんだぞ。そんな悪い風潮に染めてどうするつもりだ!」 その瞬間、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受け、くらくらしながら立ち尽くした。翔太の冷たい言葉が頭の中で何度も繰り返される。 まさか翔太の心の中で、私がここまで卑しく思われていたとは夢にも思わなかった。 でも、もし私が必死に飲みの席で身体を張らなければ、今の会社の成長はあり得なかった。彼がこんなにも余裕ある生活を送れるはずがなかったのだ。 あの口論のあと、私と翔太は一か月近く、一言も口をきかなかった。 まるで氷が張ったような空気を破ったのは、彼の誕生日だった。私が折れて謝るしかなかった。 その日のために、私は自分でバースデーケーキを作った。 だが会社に届けたとき、目に映ったのはあの秘書と仲睦まじくケーキを囲む翔太の姿。彼の顔にはまだ拭き切れていないクリームが残っていた。 その日、やっと悟った。秘書の乃愛は、翔太が特別に想う幼なじみだったのだ。 ――彼はその幼なじみのために、私にすべての屈辱を与えるのだ。 オフィスに突然響いた足音で、私の思考は途切れた。
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第3話
彼女は一瞬ぼんやりしてから、翔太に向かって舌をちょこんと出し、お行儀よく愛らしい仕草を見せた。 「ごめんなさい、翔太、またノック忘れちゃった!」 翔太は甘やかすように微笑み、前に出て彼女の頭をぽんと叩いた。 「いいよ。で、今回は何の用?」 「もうお昼の時間だよ、翔太!すごく美味しい和食のお店を聞いたんだ、一緒に連れて行って?」 翔太は何の迷いもなく了承した。 彼はまだ、私が口にしていない言葉があることをすっかり忘れていた。 二人が出かける前、翔太はふと振り返った。 「結衣、昼ご飯だけど、一緒に食べないか?」私は呆然とし、少し心が揺れる。 思えば、最後に彼と一緒にご飯を食べたのはいつだっただろう。 乃愛が現れてから、彼の世界には彼女しかいなくなったように思える。 正気に戻り、私は微笑んで首を横に振った。 「いいえ、どうぞ二人で行って」 彼との関係、もう続ける余地なんて、もうとっくになかったのかもしれない。 会社を出た私は、そのまま駐車場へ向かった。 車に乗り込み、スマホを取り出した瞬間、知らぬ間に涙が頬を伝っていたことに気づく。 慌てて涙を拭き、深呼吸してから家に電話をかけた。 「結衣、今日はどうして急に電話してきたの?」 喉の奥が詰まっていたが、必死に声を整える。 「お母さん……私、いつでもお見合いしていい」 「本当!?」 母の驚きと喜びの声が響いたが、すぐにため息が重なり、諭すように続けられた。 「7年も付き合った彼氏がいるのは知っているけど、もう何年も結婚してくれないんだから。私たち女には、そんなにたくさんの7年はないのよ。若さがなくなったら、男はもっと結婚してくれないわ。でもね、そうは言っても、衝動的に決めるのはやめてね。結婚は人生の一大事だから……」その瞬間、私はもう涙をこらえることができず、声を出して泣き崩れた。「お母さん……分かってる。衝動的じゃない。今回は全部、お母さんの言う通りにするから…」 電話を切ったあと、しばらく泣き続けてやっと感情を落ち着けた。化粧を直し、目的地へと向かった。 レストランに着くと、私は眉をひそめた。指定された住所が、よりによってあの和食店だったとは。 まさか、会いたくない人たちと鉢合わせにはならないだろ
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第4話
その険しい雰囲気に、乃愛は思わず二歩後ずさりした。まさか私がこれほど強気な態度に出るとは、彼女も思っていなかったようだ。顔に泥を塗られたと感じたのか、彼女は唇を噛みしめ、強引に口を開いた。「私が言っているのは事実です。そんな当たり前のことさえ聞けないなら、あなたに会社の役員でいる資格なんてありません。それに、私と翔太さんは幼馴染で、彼は一生私だけを妻にすると言っていました。私は彼の妻ですよ。私が口出しして何が悪いんですか!」そう言って、彼女は私の後ろをちらりと見て、私が口を開く前に、かわいそうなフリをした。「私も全部会社のためを思って言っているんです。もしそれでも結衣さんが納得しないなら、私をクビにしてください!」「俺がいるのに、誰がお前をクビにできるんだ?」翔太が個室から出てきた。彼のオーラは冷たく、私を冷ややかに一瞥して言った。「結衣、乃愛はただの若い女の子なんだ。たった一人でこの街に出てきて働いている。お前はお嬢様気質を引っ込めて、彼女に八つ当たりするのをやめてくれ。もし不満があるなら、直接俺に言ってくれ。乃愛を困らせるな!」言いようのない屈辱感が私の心にこみ上げてきた。彼は何も尋ねずに、直接私が悪いだと決めつけたのだ。私は目を閉じ、心の中の苦々しさを無理やり抑え込み、深く息を吐いた。「翔太、どうして私が彼女をクビにしたいのか、聞いてみようとは思わないの?」私は彼がちゃんと話を聞いてくれると思っていた。しかし、まさか翔太は冷たく鼻で笑った。「お前のその傲慢で高飛車な態度を見て、俺が何を尋ねる必要があるんだ?乃愛は気が弱くて、子どもの頃からずっと可哀想な子だった。ここにいるのは俺というたった一人の身内しかいない。俺はお前に彼女を傷つけるような真似はさせない!」乃愛は哀れさを装いながら、翔太の服の裾をぎゅっと握り、涙をためた目で唇を噛み、健気に言った。「翔太、私のことで結衣さんと喧嘩しないで。会社はお二人で必死に築き上げたんだから。もし結衣さんが私をクビにすると決めたなら、きっと理由があるはず。小さい頃から誰にも好かれなかった私はもう慣れてる。明日、自分から退職届を出すから、翔太に迷惑をかけたくない」「駄目だ。俺は認めない!」その瞬間、翔太の目には隠しきれない痛々しいほどの
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第5話
東山光希(ひがしやま こうき)は翔太を押しのけ、私をそっと立たせながら、さりげなく言った。「江本社長は、ずいぶん気性が荒い方とお見受けしました。私どもの提携については、再考の余地がありそうですな」私の錯覚だったのだろうか。光希が私を立ち上がらせた時、彼の目に一瞬、冷たい光が宿った。まるで……まるで私のために怒ってくれているかのように!私が言葉を発する前に、後ろにいた翔太の顔色が変わった。光希という人物については、私も耳にしたことがあった。東山グループの社長で、今会社が上場を成功させるためには、東山グループとの大きな取引を獲得することが何よりも急務だった。この間、翔太が必死になって動いていたのも、東山グループとのパイプを作ろうとしていたからだ。だが、まさか今日、こんなアクシデントが起こるとは。「東山社長、誤解です。これは会社内の従業員間の些細な衝突でして、私が仲裁していただけです」翔太は恐る恐る光希にへつらった。乃愛も泣きながら口を挟んだ。「東山社長、どうか江本社長を責めないでください。全部私が悪いの。私が結衣さんを怒らせてしまったから、こんな大ごとに……どうか私のせいで、私たちの会社を悪く思わないでください。このところ、江本社長は会社のために奔走されていて、東山社長もご覧になっているはずです。私たちは心から御社との提携を望んでおります……」乃愛が話し終わる前に、光希は冷笑した。「お前に口を挟む権利があるのかね?お前の会社の社長と役員がここにいるのに、お前が俺にそんなことを言う資格があるのか?」その冷たい気迫に、泣き真似をしていた乃愛は、たまらず本当に泣き出した。翔太は一言も反論できず、慌てて乃愛を連れてその場を去った。私は呆然と、へつらった後に惨めに逃げていく男の背中を見ていた。この7年間は一体何だったのだろう、と虚しさを感じた。かつての翔太は、どれほど生き生きとしていただろう。今の彼は、どれほど見るに堪えない姿だろう。彼の去っていく後ろ姿を見つめながら、私の中の翔太は、この瞬間、完全に死んだ。私は光希に連れられて隣の個室へ行った。何とか涙を止めた後、光希に感謝の気持ちを伝えた。彼はゆっくりと私に水を注ぎ、何も言わなかった。10分ほど経ってから、ようやく口を開いた
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第6話
和食店を出た後、私は光希が送ってくれるのを断り、一人でタクシーに乗って家に帰った。この「家」と呼んでいる場所は、実は大学を卒業してから借りた賃貸マンションだ。当時、翔太と一緒にいることを決意した私は、母に頼み込んでこっそりお金を借り、翔太には内緒でこの部屋を買った。そのことがバレた日、翔太は嗚咽を漏らしながら私を強く抱きしめ、一生私を裏切らないと誓ってくれた。過去の思い出が頭の中を駆け巡る。私は笑いながら、テーブルの上のネクタイをゴミ箱に投げ入れた。それは少し前に、7周年の記念日に翔太に買ったプレゼントだ。もう、必要なくなった。ここを出ていく準備をするため、私は荷造りを始めた。持っていけるものはすべて持っていき、持っていけないものはすべて捨てた。なぜなら、ここを去った後も、ここに馬鹿げた思い出を残したくなかったし、私のものであったものが、第二の持ち主を持つことを望まなかったからだ。スーツケースを引いて二往復。息を切らしながら部屋に戻ると、翔太が帰ってきた。彼は包装されたギフトボックスを手に、申し訳なさそうな顔で私の前に現れた。近づいてきて、まるで深い愛情があるかのように私に謝った。「結衣、本当にごめん。今日は衝動的だった。怪我はなかったか?」翔太は手を伸ばし、彼が引っ張ったばかりの私の髪に触れようとした。私は無意識にその手を避け、無表情で彼の好意を拒絶した。「翔太、もうこの段階になってしまったら、謝る必要はないわ」この言葉の意味は、彼にも分かっているはずだ。彼は唇を固く結び、信じられないというような目で私を見た。私が彼の好意を拒絶するなんて、信じられないのだろう。かつて、彼が少しでも優しさを見せれば、私は火に飛び込む蛾のように、何もかも顧みず彼の懐に飛び込んでいった。きっとそれが、彼が何の躊躇もなく私を傷つける自信の源なのだろう。どんな状況でも、私を取り戻せるという自信。「結衣、そんなこと言わないでくれ。今日のことは全部俺のせいだと認める。もう二度と今日みたいなことはしないと誓う。今すぐこの手を切り落としてやりたいくらいだ。お前を傷つけるなんて、許されない!」翔太は熱心に誓いながら、私の髪を引っ張ったばかりの右手を振った。私は笑い、テーブルから果物ナイフを
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第7話
思いもしなかった。飛行機が着陸して、迎えに来てくれたのがまさかあの人だなんて。 昨日会ったばかりの――光希だった。 黒いカシミヤのコートを身にまとい、すらりとした体を真っ直ぐに立て、無表情のままそこにいた。 しかし私が出口から現れると、その冷たい空気の中にほんのわずかな温もりが滲む。 私がまだ状況を飲み込めないうちに、彼は大股で歩み寄ってきて、手に持っていたスーツケースをさっと取ってくれた。そして自分のコートを脱ぎ、私の肩にふわりとかける。 「ここは少し寒いので、もう少し着込んで」私はただ呆然と頷くしかなかった。 どう返事をすればいいのか分からず、思わず視線を落とす。けれど余所目で彼を盗み見た時、胸の奥にふっと温かさが広がった。 少なくとも、これこそ私がずっと求めていたものだった。 光希が私をマンションまで送ってくれたあと、何度も迷ったが、結局は部屋に招く勇気が出なかった。 困ったように彼を見上げると、彼は気にする様子もなく静かに言った。 「ゆっくり休んで。明日、改めて結婚の申し込みに行くから」その一言に顔が一気に熱くなる。夕焼けよりも赤く染まって、思わず声が飛び出した。 「えっ、そんなに早く?」 彼は笑みを浮かべ、愉快そうに返す。 「そうさ。急がないとな。遅れたらまた逃げちゃうでしょう?」 その意味を理解する前に、光希は車に乗り込み走り去ってしまった。 家に戻ると、母は嬉しそうに布団を整えながら、目尻の涙を拭っていた。 「私の可愛い娘……ついに帰ってきてくれた」 母の涙につられて、私も堪えきれず泣き出してしまう。 翔太と一緒に起業すると強く言い張って、家族と喧嘩したあの日から……ずっと帰ってこられなかった。 翔太は「成功したら必ず故郷に戻って、お前の両親にも許してもらおう」と何度も口にした。 だがその約束は後回しにされ続け、いまや会社が上場目前になっても、実行する気配などなかった。 老け込んだ母の横顔を見て、震える声で告げる。 「お母さん……もう二度とあなたたちのそばを離れないから」 私と仲違いしていた父も、リビングの隅で肩を震わせながら泣いていた。夜になり、ベッドに横たわると携帯が震えた。 見知らぬ番号からの着信。通話を繋ぐと、翔太の声が飛び込んできた。
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第8話
家では当然のように私の結婚の準備が始まった。 親戚や友人に向けて、賑やかに結婚式の招待状が配られていく。 翔太が私を見つけた時、私はちょうど飾りをドアに貼ろうとしていたところだった。「結衣、何をしてるんだ?」 聞き慣れた声に、私は振り返った。半月ぶりの彼は、ずいぶんやつれていた。 よくぞここまで私の実家を突き止めたものだ。「久しぶりね、翔太」 彼と再び顔を合わせる場面を何度も想像してきた。 けれど実際に向かい合ったとき、心の中にはほとんど波風が立たなかった。 まるで顔見知り程度の、よく知っているようで知らない他人を見ているようだった。 翔太はふらふらと私の目の前までやって来ると、貼られた飾りを見て、驚きとわずかな希望を混ぜた表情を浮かべた。 「結衣、お前の家で誰かが結婚するのか?おめでとう!」 わずかに揺れた心を押し隠し、私は穏やかに笑って答えた。 「もう言ったでしょう、私が結婚するって。でも、祝福してくれてありがとう」 その瞬間、翔太は稲妻に打たれたように身体を震わせ、支えを失ったようにその場へ崩れ落ちた。 そして短い茫然の後、私のズボンの裾を掴み、恐怖に震える声を途切れ途切れに発した。 「分かってる、結衣。待っててくれ。すぐにタキシードを買いに行くから。俺たち結婚しよう、今度こそ結婚しよう。誰にも邪魔させない!」 どうしてか――彼の必死の顔を見て、私は吐き気すら覚えた。 こんなに長く待たせておいて、今さら現れるなんて。 私は二歩ほど退き、彼の手を蹴り離した。 「翔太、ごめんなさい。私の花婿はあなたじゃないの」 空中に差し出された彼の手はそのまま固まり、やがてかすれた声が搾り出された。 「そんなはずない……お前は俺を愛してるんだ、他の男と結婚なんてあり得ない! 永遠に一緒にいるって、約束しただろ!」 「でもあなた自身だって、私を娶るって言いながら何度も先延ばしにして、結局守らなかったじゃない!」 私は容赦なく言葉を重ね、彼を遮った。 「あんたが先に約束を破ったでしょ?私のせいじゃない!」 その言葉を聞いた途端、翔太はまるでセメントで固められたように動かなくなり、見開いた瞳に恐怖だけが広がっていった。 これ以上争う気はなく、私は踵を返して家の中へ入った
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第9話
その後、翔太が私の前に姿を現すことはなかった。私が結婚式を挙げたその日、翔太は花婿衣装を身にまとい、式場に現れた。人混みの中、彼はよろめきながら私のもとに駆け寄り、手に持っていたのは、かつて彼が約束したはずのダイヤモンドの指輪だった。「結衣、見てくれ、この指輪を買ってきたんだ。結婚しよう、俺たちはまだ結婚できる!」私は冷笑しながら、彼の手に持たれた指輪を見た。そして、自分の左手の薬指にはまっている、もっと大きくて輝いている指輪を彼に見せつけた。「翔太、この指輪を捨てて、あなたを選ぶ理由がどこにあるの?」彼は一瞬で生気を失い、その場に崩れ落ち、ただひたすらつぶやき続けた。「どうして、どうして本当に俺を捨てたんだ……」その時、乃愛が慌てて式場に乱入してきた。彼女は翔太の腕を掴み、顔を歪め、ヒステリックに叫んだ。「翔太!まだこの女が好きなのね!?遊びだって言ったじゃない!一番好きなのは私だって!忘れたの?ベッドで私を抱いた時、結婚するって言ったじゃない!」その衝撃的な告白に、会場にいた全員が凍りついた。「この男は最低だ。二股をかけるつもりだったなんて!」「結衣さんは、早く気づいてよかったわ。さもなければ、一生後悔するところだった!」私自身、薄々感づいてはいたが、実際にこの事実を目の当たりにすると、怒りが込み上げてきた。「翔太、本当に多情な男だったのね。そんな言葉を軽々しく何人もの女に贈るなんて。重婚罪を犯すことを恐れていないのかしら!」自尊心が高い翔太は、完全に理性を失った。彼は乃愛の腕を掴み、怒りで顔を赤くして、彼女を引きずり上げた。「お前、どうかしているのか?!俺が今まで養ってやったのに、今になって俺の邪魔をするのか?本気で殴れないとでも思っているのか!お前なんてただの庶民だ。俺がお前と結婚するなんて、なぜそう思えるんだ!すぐに自分を結衣と比べるが、お前はどこが結衣に勝っているんだか見てみろ。その顔じゃなかったら、俺のそばにいる資格さえないんだぞ!」翔太の言葉が聞こえ終わると、乃愛は完全に狂ってしまった。悲鳴を上げながら彼の顔を引っ掻こうとしたが、翔太は先回りして彼女を蹴り飛ばした。しかし、彼は乃愛が用意周到だったことを知らなかった。彼女は懐から果物ナイフを取り出し
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