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第3話

Author: ちょうどよい
私は直樹に返信せず、自分のものだけを全て片付けた。

ソファや靴箱のような大きな家具は、業者に頼んで運び出してもらった。最近ネットで買ったティッシュペーパーの箱さえも、置いていかなかった。

半日かけて片付けた家は、がらんとして広く感じられた。

私は鍵をドアの前に置き、大きなスーツケースを二つ持って、まず自分の小さなアパートに立ち寄ってから、母の家に向かう車に乗った。

母の家に到着したのは、もう昼過ぎだった。

母と義妹が食事をしていた。ドアを開けた私を見て、母の表情はあまり良くなかった。

「よくこんな都合のいい時に来るわね。ご飯は食べたの?」

本当は食べていなかったけれど、母の顔色をうかがうのも嫌で、食べた、と嘘をついた。

母は私が得をするのを恐れていたので、その言葉を聞いて表情が少し和らいだ。

「座ってなさい。後で中尾家の息子が迎えに来るから」

母はそう言いながら、また文句を言った。

「あんなに条件のいい人が、よりによってこんな中古品を欲しがるなんて」

私は聞こえないふりをして、静かにソファに座った。

まもなく、ドアが再びノックされた。

私が家に入ってからずっと無反応だった義妹は、すぐに立ち上がり、親切そうにドアを開けに走った。

「健吾、いらっしゃい!」

健吾は軽く頷いたが、中に入るつもりはないようだった。

「琴音はいるか?」

その短い言葉に、義妹の顔は真っ黒になった。

彼女は不機嫌に私を振り返り、怒鳴った。「呼ばれてるわよ、聞こえないの?」

私が出ていくとき、彼女はわざと肩をぶつけてきて、悔しそうにそっぽを向いた。

私は彼女に構うこともせず、中尾健吾(なかお けんご)と一緒に階下に降りた。

健吾は紳士的に車のドアを開けてくれた。車に乗り込むと、彼は世間話を始めた。

「琴音、随分と久しぶりだね」

ハンドルを握る彼の手は、少し震えているようだった。

私は瞬きした。

「本当に久しぶりね」

私と健吾は、ある意味で幼なじみだった。

彼は外祖父の家の隣に住む子供で、私たちは小さい頃から一緒に遊んでいた。

高校で私が地元のトップ校に進み、健吾が海外に出てから、少しずつ連絡が途絶えた。

考えてみれば、もう10年以上も会っていない。

だが、私たちはそれほどよそよそしくはなかった。

彼は私を外祖父の家があった通りに連れて行き、子供の頃の思い出を一つ一つ語ってくれた。

夜、食事の時間になっても、私たちは話が弾み、話が尽きなかった。

健吾が予約してくれたのは、予約がなかなか取れない高級なイタリアンレストランだった。

彼が車を停めに行っている間に、私がレストランのドアを開けると、見たくない二人が目に入った。

出張だと言っていた直樹と、彼の女性アシスタントだ。

彼の顔には、私がよく知っている優しい笑みが浮かんでおり、向かいの彼女のために丁寧にステーキを切ってあげていた。

そして、その彼女は目をキラキラさせ、恥ずかしそうに彼を見ていた。

もし私と直樹がまだ別れていなければ、私もきっと「お似合いのカップルだ」と褒めたたえていただろう。

私の視線があまりにも熱かったからだろうか、直樹はふと顔を上げて、たくさんの人ごみを通して、私と視線を合わせた。

その瞬間、彼の顔には様々な感情が浮かんだ。

驚き、後ろめたさ、そして最終的には怒り。

「琴音、俺を尾行したのか?」
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