تسجيل الدخول「隊長!医療班の女性隊員は全員異動になったのに、どうして田村先生だけ、また異動が認められないんですか?」 一方部屋の外で、ドアを開けようとしていた田村綾子(たむら あやこ)の手が、空中で止まった。部屋の中の会話が、ドア越しに耳に届いてきたからだ。 「これまで、田村先生の異動申請はあなたによって三回も差し戻されています!そのせいで去年、田村先生はお母さんの死に目に会えなかったんですよ!」 その言葉は、鋭い刃物のように綾子の鼓膜を貫き、一語一句が心に深く焼き付くようだった。 「それに、田村先生の体はもう限界です。このままじゃ、みすみす死なせるようなものですよ!」 「分かっている」夏川竜之介(なつかわ りゅうのすけ)の声が聞こえた。「綾子は俺の婚約者だ。俺は誰よりも、彼女の無事を願っている。 だが美咲の戦地レポートは、今が賞のかかった大事な時期なんだ。それに美咲のお兄さんが死んだのは俺の責任だ。だからこそ、この3ヶ月、彼女の安全は絶対に確保しなければいけない。綾子は最高の腕を持っている、彼女がいてくれてこそ、美咲の万全も保障されるってわけだ」
عرض المزيد1年後、とある国の国境近くの小さな町。戦火はこの辺鄙な場所から遠のき、人々の暮らしにもゆっくりと平穏が戻りつつあった。町のはずれには、最近できた小さな診療所があって、白い壁に青い屋根で、簡素ながらも清潔に整えられていた。そして、診療所の入り口には、英語と現地の言葉で書かれた看板が掲げられていた。【星と希望の診療所】そこで、綾子は清潔な白衣をまとい、熱を出した子供を診察していた。綾子の顔色は良く、その眼差しは穏やかで真剣で、左耳には、小さな補聴器がつけられているのだった。継続的な治療と休養のおかげで、彼女の心臓の状態は安定していて、PTSDの症状も、今ではほとんど見られないようになった。彼女はやっと母との約束を守り、しっかりと生きることができたのだ。そして、新たな人生の意義も見つけ出していた。慎吾は診療所の裏庭で、古いテーブルと椅子を修理していた。分厚い戦闘服は脱ぎ捨て、今はシンプルな麻のシャツと長ズボンを身につけている。袖は肘までまくり上げられ、がっしりとした肘より下と、そこに残る薄い傷跡がのぞいていた。その動きは相変わらず無駄がなく正確だった。でも、まとっている雰囲気はずっと柔らかくなっていた。たまに町の子供たちが、興味深そうに垣根の外から慎吾をのぞき込むことがある。そんなとき、慎吾は顔を上げると手元にある彫りかけの木の鳥を、子供たちに向かって振ってみせることもあった。彼のその灰緑色の瞳に、昔ほど険しさもなくなっているのだ。その日、最後の患者を見送ると、綾子はぐっと腕を伸ばした。夕日の残光が窓から差し込み、部屋を暖かく照らしていたのだった。綾子は裏庭へ向かい、ドアの枠に寄りかかった。そして、忙しそうに作業する慎吾の後ろ姿を見つめた。「今日の具合はどうだ?」慎吾は顔を向けずに尋ねた。彼の手は、作業を止めない。「まずまずね。マラリアが再発した人が何人かと、転んで縫合が必要な人が一人。薬はまだ足りてるわ」綾子は慎吾のそばへ歩み寄ると、ごく自然にそばにあった雑巾を手に取った。そして、修理が終わったテーブルの表面を拭き始めた。「あなたは?村長が言ってた、あの浄水装置は直せたの?」「ああ、午後に設置してきた。ついでに、メンテナンスのやり方も教えておいたよ」慎吾は道具を置くと、体を起こした。綾子の手
竜之介は、魂が抜けたように東F区の基地に戻ると、オフィスに丸二日間も閉じこもった。綾子の静かで、しかしきっぱりとした眼差しと、慎吾の落ち着いた守るような姿。それが二本の鈍いナイフとなって、ズタズタになった竜之介の心を繰り返し切り刻んでいた。竜之介はそこでようやく自分の本質に気が付いたようだった。自分は、見当違いの責任感と偽りの罪悪感に縛られていただけの、ただの愚か者だったと。いわゆる全体のため、そして約束のためと言いながら、愛する人を犠牲にし続けた臆病者。そして、何が正しくて、何が間違っているのか。そんな簡単な感情さえも見えなくなってしまった、盲目な男だった。そして、それに気が付くと、かつて命よりも大事だと思っていた名誉や指揮官としての責任、輝かしい未来、全てが、今となってはひどく皮肉なものに思えた。だって、それらは全て、綾子が流した血と涙、そして、何度も彼女を切り捨ててきた、その犠牲の上に築かれたものだったからだ。さらに、自分の胸につけている勲章は、どれもこれも、綾子の忍耐と苦しみによって得られたものだ。そう思いながら、竜之介は金庫を開けると、前から準備していた書類を取り出した。それは、自分の行いを全て告発する、詳細な報告書だった。そこには、私情を優先し、職権を乱用して綾子の正当な異動願いを却下したことが、正直に記されていた。個人的な約束を守るために、綾子を何度も危険な状況に追い込んだこと。そして、その過程で状況判断を大きく誤り、指揮官として不適切な判断を下したこと。そして、管理能力の欠如から、美咲の犯罪行為を長い間見過ごし、結果的にそれを助長してしまったこと。部隊に多大な損害と死傷者を出してしまったことまで、全てが書かれていた。そして、彼はそこに自分の名前を書き、拇印を押した。それから竜之介は、最も公式なルートを使い、この報告書を提出した。美咲の事件と、自らの職務怠慢に関する全ての証拠資料も一緒に、監察委員会本部と国連PKO部隊司令部へ送ったのだ。竜之介は自分のために一切弁解せず、ただ公平な判断が下されることだけを望んだ。この報告書は、大きな波紋を呼んだ。美咲の件で、竜之介の評判はすでに地に落ちていた。しかし、彼自身がこれほど徹底的に罪を告白したことで、誰もが衝撃を受けた。調査はすぐに始まり、ま
ついに美咲の裁判に決着がついた時、竜之介は、慎吾がわざと残した手がかりをたどり、綾子のおおよその居場所を突き止めた。そこはザンガラと言う国の紛争地帯にある、国際病院だった。竜之介はすぐさま緊急休暇を申請し、あらゆる手を尽くして、大急ぎで現地へ向かった。苦労の末、コンテナとテントでできたその戦場病院の前にたどり着いた時、もう姿は旅の疲れでぼろぼろになり、憔悴しきっていた。そして竜之介は、屋外の流しで医療器具を洗っている綾子の姿を見つけた。綾子は少し痩せていたが、記憶にあるどの瞬間よりも、ずっと顔色が良いように見えた。陽の光が綾子に降り注ぐ中、真剣で穏やかな表情をしていた。時々、隣の現地の看護師と簡単な言葉を交わし、その口元には自然な笑みが浮かんでいた。これほど内からにじみ出るような穏やかさと生命力溢れる綾子は、東F区にいた頃に決して目にすることができなかったのだ。「綾子……」乾いた唇から、かすれた声が漏れた。綾子の手が止まり、ゆっくりと顔を上げた。竜之介の姿を認めた瞬間、綾子の顔から笑みは消えた。しかし、竜之介が想像していたような怒りや恨み、苦しみといった表情は見られなかった。その眼差しはあまりに穏やかで、まるで知らない人か、もうどうでもいい昔の知り合いを見るかのようだった。そして、綾子は手にしていた器具を置くと、手を拭いてから歩み寄り、竜之介から数歩の距離で足を止めた。「何か用なの?」その口調は丁寧だが、よそよそしかった。綾子のその淡々とした態度が、竜之介の胸に棘のように突き刺さった。すると竜之介は一歩踏み出し、焦るように言った。「綾子、全部わかったんだ!美咲のこと、あいつがしたことは全部調べた!俺が馬鹿だった、俺の目が節穴だったんだ!本当にすまなかった!俺は……」だが、「竜之介」綾子は落ち着いた声で竜之介の言葉を遮った。「安西さんは法で裁かれ、罪は公になった。自業自得だわ。私たちについては……」彼女は少し間を置いた。「謝ってもらう必要はない。過去のことは、もう水に流したから」「水に流した?」竜之介は苦痛に顔を歪めた。「どうしてそんなことが言えるんだ?俺はお前にあれほどの仕打ちをして、殺しかけたも同然なんだぞ!綾子、一度だけチャンスをくれ。償わせてほしい、頼む……」「償い?」綾子はわずかに眉を上げ、
一方で、厳重に警備された取調室で、美咲は最初、まだ言い逃れようとしていた。涙ながらに戦場記者としての苦労を訴え、これは自分の功績を妬んだ誰かの罠だと非難した。さらに、綾子が愛憎の末に仕掛けた復讐だとまでほのめかした。しかし、通信記録、帳簿、証言、そして「邪魔な医者を始末する」という言葉が録音されたデータなど、動かぬ証拠が次々と目の前に突きつけられると、美咲の防御線は崩壊した。美咲はもうか弱いふりをするのをやめ、歪んで狂気に満ちた、まったく別の顔をのぞかせた。「ええ!私がやったわ!それが何か?」美咲は狂ったような目つきで、甲高い声で笑った。「あの血液や薬品なんて、倉庫に置いておいても期限が切れるだけ!売ればどれだけ儲かるか分かる?それでブランドバッグがいくつ買えて、豪華なホテルに何泊できると思ってるの?戦場記者?命を懸けてあくせく働いたって、はした金にしかならないわ」「それであなたは武装勢力と結託し、情報を売り渡し、その結果、巡回部隊が何度も奇襲を受け、多くの死傷者が出たのですね?」取調官は冷たく美咲を見つめた。「彼らが馬鹿なだけでしょ!」美咲は鼻で笑った。「戦場なんて、死ぬためにいるようなものでしょ?彼らの命にどれくらいの価値があるっていうの?私の独占取材や深層レポートと引き換えになれるんだから、むしろ光栄に思うべきよ!私が情報を提供しなければ、彼らが簡単に戦闘シーンを撮影できたとでも?国際的な賞を取れたと思う?」「田村先生の拉致と殺害を指示、あるいは計画したのはあなたですか?」「田村先生?」美咲の顔に根性の悪い笑みが浮かんだ。「あの自信過剰な女!なんなのは、なんで竜之介さんの隣にいるのよ?なんでみんなから尊敬されるわけ?ただの医者のくせに!彼女には死んでほしかったのよ!一回目で成功しなかったのは、運が良かっただけ!二回目の人質交換なんて、絶好のチャンスだったのに……あははは、残念ながら、また逃げられちゃった!本当にしぶとい女!」美咲は言うほどに興奮し、身振り手振りを交えてまくし立てた。「竜之介さんは本当に見る目がないわ!大馬鹿よ!私が兄の哀れな恩をちょっと利用しただけで、竜之介さんは私の言いなり!私が東と言えば西には行けないのよ!私が涙を少しこぼせば、彼は世界中が私に申し訳ないことをしたって思うの!田村先生な
المراجعات