LOGIN玖段玲奈(くだん れな)は、“隷嬢”として上市された。 隷嬢である少女の快楽は数値化され、 身体は市場で売買される。 快楽指数。 Pエネルギー。 隷価。 それらはすべて、玲奈の価値だった。 アニムスに抱かれ、 快楽に堕ち、 アニマと戦い、 生き残る。 勝てば価格は暴騰し、 負ければ壊れる。 そして地下では、 少女の失神、妊娠、死すら賭けの対象になっていた。 「もっと壊れて。もっと価値を上げて」 これは、 快楽を“市場”に変えられた少女が、 破滅と欲望の中で抗う物語――。 ――わたしの生と性を賭けて、この世界に復讐する――。
View More午後三時――。
鐘の音が五回鳴る。 ディスプレイに映った数字が止まる。 鐘は都市中央にある、教会に似た建物の屋上にあった。その建物の中を貫くのは一周50メートルほどの透明な円柱だ。
ガラスのようにも見えるが、その表面には光の文字と数字が浮かぶ。
その音と共に教会に似た証券取引所の透明な円柱――チッカーが、ゆっくりと減光していく。
文字が消え、ただ透明なリングになる。 遅れて、その場にいた人間が息を吐いた。 歓声と舌打ちが混ざり、端末を閉じる音が連なる。 誰かが笑い、誰かが罵り、誰かが黙って立ち上がる。――亡都の夜は、いつもこうして始まる。
◇◇◇
証券取引所から通りを一本外れた場所に、小さなバーがある。
テーブルやカウンター席に座るスーツを着た男たちは、グラスを傾けていた。 バーテンダーはシェイカーを丁寧に振り、時につまみをそっと出す。 このバーに訪れる年齢は様々だ。 二十代後半や三十代、五十代もいる。 お互い顔見知りなのか、気安く話し合う。三時を過ぎたとはいえ、まだ明るい中彼らは酒を楽しむ。
「……今日は荒れたな」 「俺は取れた。新人のCERES-03に目をつけていた甲斐があった」 カラン、とグラスの氷が鳴る。 男たちは今日の市場の感想や、利益、損失をつまみに談笑を始めた――。いつものように、自分の利益を誇り、損失で周りから慰めてもらう。
それが終われば、自分たち以外のトレーダーの話になっていく。 「踏み上げられた空売り筋は悲惨だったぞ」 三十代の男性がその光景を思い出したのか、クククっと笑う。 証拠金の強制決済が始まり、呆然とした表情だったのが見ていて笑えた。 「空売りなんかやるからだ。だから新人はいい。軽いし、動く」 五十代の男性は自業自得とばかりに、冷めた反応だった。仲間以外のトレーダーたちの反応を、酒のアテにしながら徐々に企業の動向へ話は向かう。
お互いが次の動きを読むために。「老舗の五州
沈黙が落ちる。
三十代と五十代の男たちが端末を取り出して、情報を確認する。 「……新人か」 銘柄を識別するために割り振られた符丁――『ティッカーコード』を五十代の男性が問う。「コードは?」
「RENA-09」三十代の男性が、トンっとグラスを置く。
取引所のサイトへ向かい、資料を確認する。 上場予定の一覧資料は、まだプロフィールくらいしかない。 「新人はいい。安いし、化けるときは化ける」 「ああ。いいな。処女らしいぞ」 「なら短期だな」 「若い処女、ですよね?」二十代後半の新人トレーダーが端末を見ながら呟く。
端末に表示されていたのは、十代後半の少女だった。ティッカーコード:RENA-09
身長:154センチメートル 髪色:黒 属性:処女 隷嬢ランク:1 スリーサイズ――一瞬その場の空気が固まり、誰も口を開かなかった。
五十代の年配ディーラーが静かに笑った。「俺たちが便利に使う電気、燃料の大本は、こいつらが生産している。化け物とセックスしてこいつらはエネルギーを産む。俺たちはそのエネルギーの数字を売買するだけ。素晴らしい社会じゃないか」
誰もそれを否定しなかった。
「まあ、若いとどうしても、『女』としてみてしまうが、隷嬢は所詮エネルギーを産みだす『モノ』だ」
「見た目もいいしな」 三十代のトレーダーがグラスに口を付ける。 アルコールがより口を滑らかにする。 「俺たちは隷嬢の喘ぎ声や腰遣いなんてどうでもいいんだよ。それより、エネルギーを産んで金にしたい。あるいはエネルギーを産むだろう銘柄に、投資したい。ただそれだけだ」 二十代の新人トレーダーは驚愕の表情になる。 それを見た五十代のディーラーが笑った。 「金が欲しくないのか?」 それを聞いた新人トレーダーは頷く。 「エネルギーを産む、銘柄ですからね」 こうして新人は市場に染まっていく。 銘柄はモノであり、人ではないと。新人銘柄の話は、いつも同じ流れになる。
暴騰、暴落する例。 そして、何も起きなかった例。 「処女はボラティリティが高すぎる」 「だからこそ儲かる」 「この銘柄はモデル外だ」誰も名前を言わない。
金は銘柄と数字だけが重要なのだから。◇◇◇
「ん……、あッ……」
――身体が重い。動かない。
――視界が揺れている。 ――喉が渇く……。包帯などは身体に巻かれているわけではないが、ピクリとも動かせない。
動け、と命じても指一本動かない。 玲奈は自分が今、全裸でベッドの上に寝かせられていることに気が付く。 白い光が玲奈の脳を刺激する。 記憶が呼び覚まされる――。――夕方、駅のホーム。
――片足を滑らせて、ホームから落下した。 ――誰かの叫び声とブレーキ音。 ――そして身体を貫いた、衝撃。――電車にはねられたけど、生きている?
玲奈はもう一度ゆっくりと身体を起こそうとした。
しかし、全身に鈍い痛みが走り、力が入らない。――自分の身体じゃないみたい……。
よく見れば点滴用の注射針が刺さっていて、その先には点滴スタンドに輸液バックがぶら下がっていた。
頭が朦朧として、自分の身体を作り替えられているような気がする。 電車にはねられたのであれば、大手術が敢行されただろう。――その時の麻酔が残っているから?
玲奈はぼんやりする頭で、そう考えることにした。――ここは、病院?
何一つ状況がつかめないで混乱しながら、一つ一つ確認をしていく。
――名前、玖段玲奈。
――性別、女。 ――年齢――。◇◇◇
玲奈はまだ点滴をしているために、気が付いていない。
玲奈の左肩に文字があることを。そこに刻まれていた。
RENA-09。第八週五日目夕方――。 「――んん……」 昏々と眠り続ける玲奈は身体を身じろぎさせた。 ベッドの隣にはトクガワ=ルリがノート型の端末を操作している。 アニムスの出産が近いのか、目を瞑りながら玲奈は手でベッドシーツを掴む。 ぎゅっと握りしめ、いきむ。 股をM字に開脚したのか、布団の形が変わる。 聖母が生の祝福を与えるように。 母胎としての宿命をこなすように。 玲奈の身体がビクン、ビクンと跳ね、ギシギシとベッドが軋んだ。「――んんッ――。――んああッ!」 自然とラマーズ呼吸法に近づく。「……今回は少し長いわね。個体が大きいのかしら?」 ルリがそう言うと、玲奈の手に力が籠った。 最後の波で。「んあああああッッ!」 玲奈が叫ぶと同時に、布団の中で膣から黄色い粘体がにゅるりと出る。 それはすぐに排気口を通って、部屋の外へ出ていく。 出産は命がけである、ということを思わせる。 玲奈の身体がガクッと力が抜け、息を荒らげる。「はぁ――ッ……。はぁ――ッ……」 ルリは玲奈から点滴の注射針を抜いた。 素早い動きでバンドエイドと止血バンドを付ける。 手慣れた様子だ。 数分後止血バンドをルリが外すと、玲奈が目覚めた。 玲奈は掛け布団を胸に支え、手で額を押さえた。「おめでとう。元気なアニムスよ。もう出ていったわ」「……ありがとうございます……」 玲奈はいきなり頭が痛くなった。 シーツには零れた汗を吸ったのか、染みになっている。 額から玉のような汗が零れ、髪の毛がぺったりとくっついていた。 そっと髪の毛を撫でて、一房髪の毛をくるくると弄る。――相変わらずの煽り運転だこと。
第七週五日目――前場。 チッカーの光が灯り、幻想的な光景を作る。 その下では快楽市場の暗部――金の亡者が蠢いていた。 いつも以上に、絶叫が上がり、怒号が飛び交う。「快楽指数2.82行ったぞッ! なんで取引できないんだッ」「それはこっちが知りたいッ!」「快楽市場のエラーかッ」 できればそうあってほしい、トレーダーたちはそう願っていた。 しかし――天には届かず、『RENA-09 取引休止』の文字が点灯した。 多くは隷価が上がると思い、ロングポジションのトレーダーが頭を抱えて叫ぶ。「RENA-09が取引休止だとッ!」「この状況でかッ!」「ヤバイ、買ってたやつ、飛ぶぞッ」 トレーダーはノート型端末を操作し、損失を計算していく。 焦りに頭が回らず、空回りながら。「損失いくらだよッ!」「隷価前日終値88.7JWL/org。取引再開後-20%、もしこれでさらに疑似妊娠していたらペナルティ-20%追加だ」 再開後のペナルティは都度発生する。 隷価取引基準値は失神だけであれば、約71JWL/org、疑似妊娠をしていれば約57JWL/orgとなる。 短期間での失神、あるいは疑似妊娠が起こった銘柄は……どんなに快楽指数が高くとも、隷価が下がる。 絶叫するトレーダーとは違い、中立の立場でそれを見ていたトレーダーは淡々と状況を把握していく。「取引に穴を開けた銘柄は、信用が無くなる。――ショートを積むチャンスでもある」 虎視眈々と狙うトレーダーは、隷価が下がる方向へ利益を見出した。 つまり――。「RENA-09は終わったな」 それがRENA-09へロングポジションを取っていたトレーダーたちの評価だった。 今は取引ができない。 しかし、再開後は続々と、彼らもショートポジションに態度を変えていくだろう。 隷価が急落するのは予想が容易い。「ああ
第七週五日目朝――。 目覚めた玲奈はいつものルーチンである、シャワーを浴びて汗を流す。 鏡に映るのは、メイクをしていない自分。「……」 身体に触れた雫は静かに、排水溝へと流れていく。 過去も、現在も、未来も。 汚れて堕ちていく、自分に諦めるように。 身体と髪をバスタオルで拭きながらシャワーから出ると、玲奈は自分の幻を見る――。 室内灯は消え失せ、ただ白い空間。 そこにあるのは、女子高生だった感情を封じ込めた禁断の箱と、絶対零度の冷気を纏う憎悪があった。――自分が隷嬢として堕ちていくと、この二つの感情の形も徐々にわたしへ近づいている……。 禁断の箱が徐々に大きくなっている。 人ひとりが入るほどに。 玲奈はその中身が何なのか、容易に想像できた。――女子高生だった過去の自分が、この中に入っている。――制服のまま、手足を縛られ身動きが取れないように……。 ガタンと禁断の箱が跳ねた。 玲奈の想像に頷くように。 もう一つ、憎悪を見るとそれは玲奈の姿を取りつつあった。 全裸で、炎と氷が同居する瞳。 それが何なのか、玲奈は理解している。――隷嬢として、この世界に適合した未来のわたし。 憎悪は玲奈に向けて、妖艶に微笑んだ。 早く来て、というように。――現在のわたし。 ハァっとため息を吐くと、幻は消え見慣れた自室となった。 玲奈は髪の毛をドライヤーで乾かしながら、玖段と雑談を始めた。 自分の心を確かめるかのように。「もう慣れたけど――、アニムスとのセックス、アニマとの戦闘の痕は消えてるわね」<Yes。RENA-09が隷嬢となったときの状態を維持しています。アニムスで処女膜を裂かれても、翌日には復元します> 玖段――刀型の玲奈をサポートするナビゲ
第七週三日目閉場時間近く――。 快楽市場のチッカーが光を灯し、数字と文字を更新し続ける。 それは魔法のように幻想的で、美しい。 しかし、その美しさとは対照的に、欲望に満ちた亡者たちの住処がある。 モニターに映る銘柄たちのセックスを、感情を数字にして、自分の利益を求め他人の損失を笑う――亡者。 そのトレーダーたちが思い思いに会話を繰り広げていた。「今の注目銘柄は二度も踏み上げを起こしたRENA-09だな」「やっぱり本物か?」 RENA-09へ強気のポジションを取るトレーダーは、チッカーや自分のノート型端末を見て周りへ語る。 チッカーの表示はRENA-09の隷価が65JWL/orgを超え始めていた。 手元の端末を見るとPエネルギーの生産量はいまだ上昇を続けている。 強気のポジションを取るトレーダーは嬉しそうに続けた。「快楽指数が2.00ごえ。生産量も増えている。430org……500が見えてきたな」「ああ。快楽指数は処女プレミアム持ちというのもあるが……、Bランクアニムスとの生産で突破のとっかかりを作ったようだな」 周りも同じポジションを取るトレーダー故か、意見が同調しやすい。 快楽市場でPエネルギーの生産実績の最低水準と言われるのが500orgだ。 この数字は――市場の価値の壁とも、銘柄の入り口ともいえる。 それは銘柄にとって、地獄の入り口だとしても。 だが、亡者には関係のないことだ。 彼らの興味は、極論すれば利益しかない。 まさに――金の亡者だ。「新人でここまで化けるのは久しぶりじゃないか?」「処女プレミアム込みで快楽指数2.17。一気に行くかもな」 快楽指数、Pエネルギー生産量。 隷嬢たちがアニムスとの行為で喘ぐ中、彼らは天を見つめ、罪を積み上げるのだ