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第5話

Author: 月は沈む運命にある
振り返ると、そこには仕立ての良いスーツを纏い、気品漂う男性が立っていた。

彼は私に対し、軽く頷いた。

「紫藤グループの紫藤司(しどう つかさ)と申します。

篠原会長には心より敬意を抱いておりました。経営者の模範となり得る大先輩でした」

その名は覚えている。

父がかつて「手強いライバルだが、信義を重んじる男だ」と評していた人物だ。

彼は、蓮に庇われるように寄り添う優奈と、散乱した床の様子を静かに見つめ、状況を察したようだった。

「もしよろしければ、篠原会長のご葬儀、私にお任せいただけませんか?」

蓮が驚きと困惑の表情を浮かべる中、私は司に向かって軽く頷いた。

「ありがとうございます、紫藤さん」

司の手回しは迅速だった。

余計なことは一切聞かず、自身の人脈を使って、父の葬儀を滞りなく手配してくれた。

葬儀の日、空は重く曇っていた。

参列者は多くなかった。

生前、父と親交のあった数人の旧友だけだった。

蓮も、優奈も来なかった。

私は喪服に身を包み、父の遺影の前に虚ろな目で立ち尽くし、参列者のお悔やみの言葉を受けていた。

司はずっと私の側に控え、まるで寡黙で頼
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