تسجيل الدخول祐一が帰ると、入れ替わるように勲が姿を見せた。「ヴィニーさんと、ぜひ一度お話がしたい」そう取り次がれたものの、ヴィニーは秘書の報告を聞くなり、迷うことなく首を横に振る。「断ってくれ。松本家の人間とは、もう誰にも会うつもりはない。厄介事に巻き込まれるのは御免だし、あの一家とは二度と関わりたくない」その意思は固く、秘書は適当な理由を伝えて勲を帰した。会うことすらかなわなかった勲は、淳平と親しかった友人たちを訪ね歩き、遠回しに事情を探り始める。やがて断片的な証言をつなぎ合わせるうちに、一つの事実が浮かび上がった。淳平は2人の女性を攫っていた。しかも、その2人はどちらも、並の人間では到底手を出せないほどの人間だった。……心愛は大学で後輩たちへの授業を終え、校舎を出ようとしたところで、突然行く手を塞がれた。前回の一件以来、警戒心はずっと強くなっている。彼女は気づかれないようスマホで録画を開始した。少しでも様子がおかしければ、すぐに証拠として動画を送信するつもりだった。やがて一台の車から男が降りてくる。「弟が2年間も口説いていた女性って、あなたですよね?」弟……?心愛は眉をひそめた。「……松本勲さんですか?」心愛にとって勲と顔を合わせるのは、これが初めてだった。だが、名前は以前から何度も耳にしている。乱暴者として知られる淳平には、兄である勲という強力な後ろ盾がいる――そんな話は嫌というほど聞かされていた。勲は心愛を頭の先から足元まで眺め、やがて納得する。――弟が2年も彼女に執着した理由が分かった。確かに滅多に見ない美人だ。自分まで欲が湧きそうになる。「あ、誤解しないでください。今日は弟のために来たわけではありません。ただ、あなたと少し話がしたくて」柔らかな笑みを浮かべながら、勲は自ら手を差し出し、握手を促した。しかし心愛は、その手を取ろうとしなかった。こういう笑みを浮かべる男を、彼女は嫌というほど見てきたのだ。反射的に一歩後ずさる。「お話しすることは何もありません。弟さんが何をしたのか知りたいなら、警察に聞いてください」そう言い残し、彼の横を通り抜けようとする。もちろん勲が簡単に逃がすはずもない。すぐさま彼女の前へ回り込み、笑みを浮かべたまま、その奥にわずかな威圧
夜遅く、シャワーを浴び終えた由奈は、ベッドに寄りかかりながらタブレットを眺めていた。しばらくすると、寝室のドアがノックされる。「どうぞ」由奈が返事すると、心愛がドアを少しだけ開け、枕を抱えたまま顔をのぞかせた。「今晩、一緒に寝てもいいですか?」「もちろん。古澤さんを待ってたんですよ」由奈はタブレットを脇へ置き、笑みを浮かべた。「私の話を聞きたいって言ってたでしょ?」頷くと、心愛はそのまま由奈のベッドへもぐり込む。「ふふ、詮索好きだなんて思わないでね。約束してくれたのは池上さんの方だから」心愛は枕を整え、ベッドの背にもたれて、すっかりお話を聞く体勢を整えた。由奈は少し考え込み、無意識にタブレットの縁を指でなぞる。「じゃあ……彼と初めて出会った頃から話そうかな」……智宏が水を飲みに一階へ降りた頃には、すでに深夜になっていた。由奈の部屋から漏れる明かりが、ドアの隙間から廊下へ細長い淡い光の帯を落としている。階段の前で足を止めた智宏は、コップを片手にその部屋へ歩み寄った。ドアの前まで来ると、中から小さな話し声が聞こえてくる。由奈の穏やかで柔らかな声は、まるで遠い昔の夢を語っているようだった。その合間には、心愛が笑いをこらえながら質問を挟む声も混じっている。智宏はその場に数秒静かに立ち尽くし、小さく苦笑すると、踵を返して立ち去った。……一方その頃――勲は一連の騒動を知り、その日のうちに実家へ帰った。「お父さん、一体何があったんですか?どうして淳平が逮捕なんてされたんです?」義孝はソファに腰掛け、痛むこめかみを押さえていた。短時間のうちに一気に老け込んだようで、髪には白いものが目立っている。「あいつの性格は分かっていた……もっと早く手を打っていれば、こんな愚かな真似はさせずに済んだのに……」その口調に滲むのは、息子を甘やかしたことへの後悔ではない。取り返しのつかない事件を起こす前に止められなかった、自分への苛立ちだった。勲は父親の前まで歩み寄る。弟が事件を起こしたことは分かっていたが、松本家にとって警察沙汰は決して初めてではない。「捕まったのなら、俺を呼び戻さなくても、保釈金を払えば済む話じゃないんですか?」「保釈できるわけがない!」義孝は声を荒らげた。「一般人を攫って、しかも銃を持ったボデ
智宏と心愛は、夕食の食材を買うため近くのスーパーへ来ていた。智宏がショッピングカートを押し、その後ろを心愛が歩く。野菜売り場で足を止めた彼女は、ブロッコリーにニンジン、キュウリをカートへ入れた。「中道さんは苦手な野菜とかありますか?」「玉ねぎ以外なら」智宏がそう答えると、心愛は意外そうに目を丸くした。「えっ、玉ねぎが苦手なんですか?」そう言って玉ねぎを一つ手に取り、いたずらっぽく彼の目の前へ差し出す。「玉ねぎって、炒めるとすごくいい匂いがするんですよ」智宏は避けることもせず、ただ静かに彼女を見つめ返した。その視線に気づき、心愛は気まずそうに手を引っ込める。「……すみません、戻します」智宏はゆっくり口を開いた。「食べるのが苦手なだけで、匂いまで嫌いというわけではありません」「そ、そうなんですね」心愛は鼻先を軽くかいた。ふと気が緩んだその瞬間、ショッピングカートの車輪につまずく。前へ倒れそうになった体を、隣にいた智宏が慌てることなく受け止めた。勢いのまま、彼女は彼の胸へ飛び込むような格好になる。心愛は思わず顔を上げ、そのまま固まった。これほど近くで智宏の顔を見たのは初めてだ。整った顔立ちだということは以前から分かっていた。だが、美しい容姿の人間など世の中にはいくらでもいる。彼女は見た目だけで人を判断するタイプではない。それでも、何度か接するうちに分かった。容姿だけでなく、人柄まで含めて――彼は初めて「一緒にいても嫌だと思わなかった男性」だ。しばらくすると、智宏を見つめたままになっていたことに気づき、心愛ははっと我に返った。無遠慮に見すぎてしまった――そう思うと、慌てて視線を逸らす。そのとき、視界の端で智宏の喉仏が小さく上下するのが見えた。彼はすぐには手を離さず、心愛がしっかり体勢を立て直したのを確認すると、ようやく手を下ろす。その際、指先がふわりと彼女の髪をかすめた。「気をつけてください」「ありがとうございます……」小さく礼を言うと、心愛は一歩身を引いた。頬がじんわりと熱を帯びる。もう智宏の顔を見ることができず、ごまかすように小松菜をひと束つかみ、そそくさとカートへ入れた。――なんだろう、この感覚。胸の奥が落ち着かない。さっき、ほんの一瞬だけ、鼓動が速くなった
相手の声を聞いた瞬間、義孝は顔色を変えた。「ヴィニーさん、お待ちください、どうか説明だけでも――」しかし相手は言い訳を聞く気などなく、一方的に通話を切った。ツーツーという無機質な音だけが響くスマホを握り締める義孝の指先には、知らず知らずのうちに力がこもる。その直後、彼の身体がぐらりと傾いた。「社長!」秘書が慌てて支える。「だ、大丈夫ですか……?」「どうして……こんなことに……」ヴィニーは、M国で進める事業における最大の出資者だ。彼なくして今の義孝の地位はなく、業界で築き上げた名声も存在しなかったと言っていい。そのヴィニーが、松本家を切った。立て続けのアクシデントに義孝の心身は限界を迎え、激しい頭痛とめまいに襲われる。秘書に肩を支えられながら、ようやく車へ乗り込んだ。一方、無事家へ戻った由奈たちの間に重苦しい沈黙が流れていた。なかでも由奈と祐一は、それぞれ少し離れて腰を下ろしたまま、一言も言わない。張り詰めた空気に耐えかねた心愛は、ぎこちなく笑って切り出した。「えっと……私、買い物に行ってきます。今夜は私が晩ご飯を作るので、何か食べたいものありますか?」「何でも大丈夫です」「何でも」二人はぴたりと声を揃え、思わず目を合わせると、気まずそうに顔をそらした。心愛は引きつった笑みを浮かべる。その時、智宏が立ち上がった。「僕も一緒に行きます」「え?」一瞬きょとんとした心愛だったが、この場にいる方がよほど心地悪い。「……はい」小さく頷き、智宏の後を追って部屋を出て行った。二人の姿が見えなくなると、由奈は頬をぷくっと膨らませ、横目で祐一を盗み見る。……やっぱり怒っている。心配をかけたのは事実だし、それは仕方ない。でも、ここまで黙り込むことないじゃない。――よし、少し機嫌を取ってみよう。そう思って彼の服の裾をちょこんとつまむ。すると祐一はその手をそっと外し、拗ねたように低く言った。「別に怒ってない、機嫌なんか取らなくていい」由奈は呆れたように目を丸くした。「何それ、本気で拗ねてるの?」「由奈」祐一は正面から彼女を見つめる。その表情はこれまでになく真剣だった。「ここは国内ではない。もし今回、俺がたまたまM国へ来ていなかったら。もし、智宏さんがあと少し遅れていたら……君は殺されて
由奈はぼんやりと顔を上げた。逆光の中からこちらへ駆けてくる人影が、人混みの中で少しずつ輪郭を帯びていく。その姿を認めた瞬間、胸が小さく震えた。反応する間もなく、力強い腕に引き寄せられる。温かく、確かな体温に包まれ、由奈はその胸に抱き締められた。「祐一……?」彼の腕の中で、由奈はしばらく呆然としていた。信じられなかった。これは、幻覚なのではないかと疑った。何も言えず固まる由奈を見て、祐一は抱き締める腕にさらに力を込め、呆れたように小さく笑う。「海外まで来ても、やっぱり君は手がかかるな。こんなことになるってわかってたら、もっと早く迎えにくるべきだった」本当に、祐一だった。耳元で響く声も、抱き締める腕の温もりも、すべて現実だった。張り詰め続けていた緊張の糸が、一気に切れる。鼻の奥がつんと痛み、熱い涙が堰を切ったように溢れ出した。恐怖も、不安も、そして募り続けていた恋しさも――すべて涙となって、祐一の胸元を濡らしていく。祐一は一瞬目を見開いたが、何も言わず、そっと由奈の背中を撫でた。その様子を見ていた心愛は、すべてを察したように静かにその場を離れた。一方、人垣の外では律と智宏が現場を見守っていたが、警察に連行される淳平の姿を見つけた途端、智宏は怒りに任せて駆け出そうとする。「おい、待て!」律が慌てて彼の腕を掴む。「今はやめろ!」智宏の胸は激しく上下し、握り締めた拳は血の気を失うほど白くなっていた。連行される淳平を睨みつける目には、抑え切れない怒りが宿っている。律が止めていなければ、本当に殴りかかっていただろう。「とりあえず落ち着けって。今回の一件で、あいつもしばらくは大人しくしていてくれるだろう。それより、まず妹さんと古澤さんを――」そこでふと、律は由奈を抱き締めている祐一へ目を向けた。「あれ……あの男は?」智宏は何も答えなかった。祐一がM国へ来ていることは、すでに知っていたからだ。その頃、心愛は女性警察官の事情聴取に応じていた。調書を取り終えたところで、智宏が近づいてくる。「古澤さん、怪我はないですか?」心愛は少し驚いたように目を瞬かせ、それから首を横に振った。「……大丈夫です」すると律が横から覗き込み、苦笑する。「どこが大丈夫なんですか?その手、腫れてるじゃないで
淳平は鼻を鳴らすと、ボディーガードたちに顎をしゃくった。「あの二人を捕まえろ」由奈と心愛は立ち尽くした。目の前の男たちは拳銃を手にしている。先ほどすぐそばで人が撃ち殺された光景もあり、二人は完全に追い詰められていた。逃げ場はない。それでも由奈は、混乱の最中にどうにか電話を発信していた。通話は切らず、そのままつないである。ボディーガードが迫ってくると同時に、彼女はスマホを袖口の中へ隠し、固く握りしめた。淳平は心愛の前まで歩み寄ると、乱暴に髪をつかみ上げる。「お前……結局は俺の手の中じゃねぇか。今日こそ逃がさないぞ!」「松本さん!」由奈は思わず叫んだ。「私たちを攫ったのは、告白を断られた腹いせですか?」淳平はようやく由奈へ目を向ける。「ああ、お前もいたな」心愛から手を離し、そのまま由奈へ向かおうとする。「松本さん!」心愛が慌てて声を張り上げた。「恨みがあるのは私だけでしょ?彼女を傷つけないで!」「落ち着けって」淳平は冷たく笑う。「今日は二人とも帰さない」そして、その笑みをさらに歪めた。「最近ネットで騒ぎになってた件……あれ、お前らの仕業だろ?ずいぶん楽しかったようだな。そんなに注目されるのが好きなら、俺がもっとデカいニュースを作ってやる」視線が二人の身体を舐め回す。「お前らを裸にひん剥いてネットに流したら……どれだけ盛り上がるだろうな?」由奈の背中を冷たい汗が伝う。スマホを握る指先は、力が入りすぎて白くなっていた。それでも必死に平静を装う。「松本さん……あなたのお父様は、今あなたが何をしているかご存じなんですか?こんなことをすれば、松本家は取り返しのつかないことになりますよ!」「取り返しがつかないだと?」淳平は吐き捨てるように笑った。「笑わせるな」由奈を指差し、嘲る。「中道家の人間だからって、俺がビビるとでも思ったか?だいたい、中道家だろうが何だろうが、ここはやつらの庭じゃない。やつらが駆けつける頃には、お前はとっくに冷たくなってるよ」淳平はボディーガードへ顎をしゃくった。「まずはこいつを可愛がってやれ。中道家のお嬢様が裸にされてネットへ晒されたら、さぞ話題になるだろうな」ボディーガードたちが一斉に由奈を押さえつける。由奈は必死に抵抗したが、その拍子にスマホが袖から滑り落ち、地面







