捨てられた私を拾ったのは、元夫のライバル御曹司でした。

捨てられた私を拾ったのは、元夫のライバル御曹司でした。

last updateHuling Na-update : 2026-10-30
By:  玉置寿んIn-update ngayon lang
Language: Japanese
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【毎週金曜日 朝8時更新】 結婚から3年。 小川美琴は、ようやくお腹に命が宿ったことを報告しようと、晴れやかな気分で家に帰った。 しかしそこで待っていたのは、夫とその不倫相手。 「子どもを産めない嫁はいらない」と、義母に家を追い出されてしまう。 打ちひしがれた美琴に手を差し伸べたのは、学生時代の友人であり、名家の御曹司である鈴之宮司沙だった。 「小川美琴、俺と契約結婚しないか———?」

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第1話・報われない結婚記念日
 自然と軽くなる足取りが、百貨店のショーウィンドウに映る。ガラス越しに目が合った自分の顔は久しぶりに晴れやかで、家までの道のりがじれったい。 3回目の結婚記念日が今までで1番のものになる気が、美琴にはしていた。やっと、待ちわびた日が来た。きっと千尋もお義母さんも喜んでくれるはず、きっと……。 そう、長かった。大槻千尋と結婚して以来、家業—— 『jewelry otsuki』の跡継ぎはまだかと催促される日々。会社の宝石デザイナーとして活躍しながら不妊治療を続けて、ようやく宿った命。これまで美琴を冷たくあしらってきた義母も、認めてくれるかもしれない。 やっと報われるのだ、そんな期待を込めて、身長を超える大きな鉄製の門を開ける。「ただいま帰りました!」 弾むような足取りでリビングに覗かせた美琴の笑顔は、一瞬のうちに凍りついた。 夫・千尋の横にいたのは、赤井このは。jewelry otsukiの宣伝部の新人だった。それまで笑い合っていたのであろう二人の表情が固まる。ぎこちなく視線を逸らしながら「お、おかえり美琴」千尋はそれだけ口にした。 美琴はゆっくり二人を見比べた。千尋はjewelry otsukiの若き社長だ。何か理由があって社員を家に招くこともあるのかもしれない。だが、肩が触れ合うほどのこの距離感は——。 「あら、帰ったのね」 背後から声がした。ふり向くと、千尋の母・優子が立っていた。「ずいぶん遅かったじゃないですか」「す、すみません。少し病院に……」「そう。なら連絡のひとつでもくださればよかったのにねえ。これだからあなたは」 美琴を一瞥しただけで、千尋とこのはのほうに歩み寄る。言葉を失う美琴の前で、優子は追い打ちをかけるように、このはに微笑みかけた。「このはさん、ずっと立っていては疲れない? どうぞ座ってちょうだい」 美琴には決して向けたことのない穏やかな声。このはも上目遣いに優子を見上げ、片手を握って口もとに当てた。「大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」 彼女のもう片方の手がすっとお腹を撫でたのを、美琴は見逃さなかった。 手が震える。千尋とこのはの関係は、社内でも噂になっていた。もちろん美琴の耳にも入っていたし、同僚から、二人がホテルに入っていく写真を見せられたこともあった。 それでも信じていた。千尋が「誤
last updateHuling Na-update : 2026-09-11
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第2話・「せめて、今なら」
 最初に感じたのは消毒液の匂い。目を開くと、白い天井が映った。 そろそろと手を伸ばし、白く薄いシーツの上から腹部をなでた。やけに淋しかった。 ふと、ベッドサイドの椅子に気配を感じた。目だけを動かして横を見やる。そこに座っているのは、千尋ではなかった。「……鈴之宮くん?」 そこにいたのは、大学時代に美琴と千尋と同じサークルに所属していた、鈴之宮司沙。少し開けた膝の間で両手を組み、感情の読み取れない表情で美琴を見つめていた。壁には黒い傘が立てかけられている。 司沙は学生の頃から表情が乏しく、冷たい奴だとサークル仲間から敬遠されることもあった。しかし美琴は、学園祭で親とはぐれた子どもを受け付けに連れて行く司沙の姿を見たことがあった。 なぜ、自分はここ——病院にいるのか。なぜ司沙がここにいるのか。訊きたいことはたくさんあったが、最初に美琴の口から出た問いは「わたし……わたしの、子は——?」 司沙は表情を崩さない。しかしわずかなその間が答えを示していた。司沙はゆっくりと口を開いた。「助けられなかった」 美琴は唇を噛んだ。胸までかかっているシーツを引っぱり上げ、顔を覆った。司沙は何も言わず、シーツの端を握る震えた美琴の手に、じっと自分の手を重ねていた。 やがて美琴はまだ赤い目を覗かせ、無理にほほ笑んだ。「ありがとう。鈴之宮くんが病院まで連れてきてくれたんだね」「……今、気にすることじゃない」「ううん。ありがとう」 司沙は目を伏せた。指を組み直す。「ここは鈴之宮のメディカルセンターだ。だが、救えなかった。申し訳ない——」 司沙が頭を下げたとき、病室のドアがノックされた。入ってきたのは若い女性だった。白衣をまとい、きっちりとした所作で静かにスライドドアを閉めたあと、美琴に近づいて来る。 司沙が椅子を立って場所を譲った。女性はそこにしゃがみ、起き上がろうとした美琴を制止して目線を合わせた。「小川美琴さん。産婦人科医の大槻麻衣です」 オオツキという苗字に美琴の目が揺れた。麻衣はうなずく。「はい。jewelry otsukiの社長、大槻千尋のいとこです」 首から下げた名札を持ち上げて見せる。確かに『大槻』の文字があった。 身体が強張るのが分かった。言葉の出ない美琴に、麻衣は今度は首を振った。「大槻家の代わりに謝らせてください」 立ち上が
last updateHuling Na-update : 2026-09-11
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第3話・「私なんかのために」
 「ごめんなさい、千尋さん。赤ちゃん大丈夫かな……」 病室のベッドの上でしおらしく頭を垂れるこのはに、千尋はその薄い背中を撫でた。「お前は悪くない。な? 大丈夫だ、大丈夫」 木目のクロスが張られた扉を開け、優子が部屋に入ってきた。「このはさん、少し検査入院になるのでしょう? 入院中に必要そうなものを買ってきたわ」「お義母さま……わざわざありがとうございます。私のためなんかに」「何を言っているの」 優子は大きな紙袋を2つ、ベッドの足もとにおいた。「このはさんはもう大槻家の一員も同然よ。遠慮はしないでちょうだいね」 袋を改めながら、優子は「あっ」と声を出した。「羽織るもの、ひとつしかなかったわ。ごめんなさいね。今買って来させるから」「いいえ、大丈夫です。お義母さまのお心だけで、私は幸せです」 母とこのはの会話を聞きながら、千尋はかすかにうなずいた。こういうところが、このはの美点だ。まだ社会人としての幼さを残しているが、慎み深く、純粋な女性。 このはと親しくなったときを思い出す。美琴は大槻家の一員として家でも会社でもよく働いていたが、優秀がゆえに、千尋を頼ることはなかった。 多くの人が美琴を評価し、「あんな奥さんがいて鼻が高いでしょう」と千尋の肩をたたいた。千尋は曖昧にほほ笑んだ。 確かに美琴がジュエリーデザインを手掛けるようになってから、顧客層が変化した。若い女性が増え、jewelry otsukiの名はさらに高みに上った。そして褒め言葉はいつも美琴のデザインに向いていた。 親から受け継いだ座にいる自分と、自力で駆け上がってくる妻。美琴の実力が認められるたび、千尋の自尊心は揺らいだ。いつしかそれは、美琴への淡い恨みにまで膨らんでいった。 そんなとき、このはの大きな黒目が彼を見上げた。当たり前にこなしていた自分の業務と責務を、尊敬の眼差しで見つめる彼女に、千尋の心は満たされていった。 病室のノックで我に返った。医師が入って来て、このはと優子も喋るのをやめた。「赤井このはさん、検査のことですが」 いくつか書類を見せながら説明する。「もちろんうちで受けていただくことは可能です。しかし、より精密な検査を行うために、鈴之宮メディカルセンターに移られることを推奨しております」 医師の言葉に、千尋と優子は顔を歪めた。「どうしてもここでは
last updateHuling Na-update : 2026-09-11
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第4話・「あんたは絶対後悔する」
 翌日、退院の準備を整えている美琴のもとに、麻衣がやって来た。「お伝えしようか悩んだのですが……」 千尋に頼まれ、このはを診察することになったと説明する。「すみません。こんな話をしたって、困らせてしまいますよね」「気にしないでください。それに、赤ちゃんに罪はありませんから」 麻衣は昨日のように頭を下げ、美琴も応えた。顔を上げた2人はほほ笑み合った。「あ、大槻先生、お願いをひとついいですか?」 美琴の言葉に首を傾ける。「ええ。何でしょう」「千尋には、わたしのこと——妊娠していたけれど、その子を失ってしまったことを、言わないでください」 麻衣の目が大きく開く。「いいんですか? せめて千尋に罪の意識を——」「いいんです。昨日先生がおっしゃっていたように、謝ってもらえたとしても、命は帰ってこない。それにもし謝られなかったら、そっちのほうが惨めです。だから、いいんです」 麻衣は唇の内側を噛んだ。何もかももどかしかったが、美琴の意思にうなずいた。  午後になって、鈴之宮メディカルセンターに千尋とこのはがやって来た。「彼女がこのはだ。今日は頼むな」 千尋はあっけらかんと麻衣に紹介した。このはも上目遣いに麻衣を見上げる。 白衣のポケットの中では麻衣の拳が握られていた。それでも患者は患者だ。邪険に扱うことはできない。「……どうぞ、こちらへ」 千尋と一緒に診察室に案内した。 今日と明日で行う検査の内容を簡単に説明しながら、麻衣は、千尋がこのはの手を握っているのを視界に入れないよう努めた。それでも、時折見上げるこのはに応じる千尋に、思わず書類を持つ手に力が入った。「麻衣?」 千尋の声ではっとする。紙にはくしゃりとシワが寄っていた。「ごめんなさい。少しぼーっとして」 出来るだけ平静を装い、このはに検査着を渡した。千尋には先に病室に行くよう指示をした。 心が複雑なぶん
last updateHuling Na-update : 2026-09-25
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第5話・「俺と結婚してくれないか」
 「美琴」 病棟の談話室の椅子から千尋が片手を挙げた。「検査が終わったばっかりのこのはを置いて来てるんだ。早く終わらせよう」「終わらせるって……何を?」 テーブルを挟んで千尋と向かい合った。クリアファイルに入った1枚の紙が差しだされる。 そこに書かれた文字はファイルの反射に遮られることなく、真っ直ぐ美琴の目に届いた。それでも尋ねずにはいられない。「……これは?」「電話でも言っただろ。離婚協議書だよ。さ、サインしてくれ」「本気だったんだ……」 千尋は突きつけるようにボールペンを寄越した。「このはのことは遊びだって言いたいのか? 俺は本気だよ」 美琴はボールペンは受け取らず、テーブルの書類に目を落とした。そこある言葉は、ふたりの3年間をすべて否定するかのようだった。「……どういうこと?」「その通りだよ。会社の持分は返して、これまでデザインした宝石の権利も放棄してもらう。離婚するんだから当然だろ」「でもっ、あのデザインは——」 思わず身を乗り出した。美琴が必死に、ひたむきに、自分にできることに向き合って作り出したもの。それを簡単に手放して、置いていけと言うのか。 美琴の手が膝の上で握られる。千尋はボールペンの頭でテーブルをコツコツと叩いた。「なあ、もういいだろ。早くこのはのところに戻ってやりたいんだ」「待って、待って……」 美琴は声を震わせながら片手で協議書を示した。「これだけ、せめてこれだけは消して。離婚も持分の返還も分かった。受け入れる。だからデザインまで、わたしから——」 『奪わないで』。 そんな美琴の願いは、千尋のため息に吹き飛ばされた。 「自分が特別だとでも思ってるのか?」 その声はいつになく平坦だ。「デザイナーなんてこの世にごまんといるんだ。美琴の代わりくらい簡単に見つかる」 耳の奥がキィンと鳴った。テーブルの上で握りしめた美琴の手の甲に、千尋の
last updateHuling Na-update : 2026-10-02
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第6話・「1年間だけの契約結婚」
 「……あは。なに、結婚って。冗談でしょう?」 思わず笑いながら司沙と目を合わせた。司沙はイエスともノーとも言わずに、かたわらに立て掛けた杖に視線をやった。「……継母が、自分の息子を跡継ぎにしようとしている。1年以内に結婚しなければ、俺は鈴之宮グループの重要株式を得ることができない。そうしたら、継母の思うつぼだ」 静かな声だった。ラウンジを流れる控えめなBGMにさえ紛れてしまいそうなほど。美琴は自然とうなずく。 司沙の視線はまた正面に戻った。3本の指を立てる。「条件はある。まず、これは1年間だけの契約結婚だ。夫婦らしいことは何も求めない。1年後、綺麗に離婚する」 3本のうち、人さし指を折る。「第2に、君の母上をうちの病院で診る。費用はもちろん受け持つ」 美琴は目を見開いた。司沙はさらに中指を折る。「最後に、君には鈴之宮の百貨店で行われるジュエリー展のメインデザインを担当してもらいたい」 すべての指を折り、司沙はかすかに頭を前に傾けた。「どうだろうか」 美琴は言葉を失った。疑うほうが簡単だ、こんな虫のいい話。 疲れているはずの頭を回転させる。1年だけの、形だけの結婚なら、確かに問題はない。母にも治療を受けさせられる。それに——。「わたしが、デザインを? どうして……」「価値がある」 躊躇いもなく司沙はそう口にした。「2年前から、『jewelry otsuki』の宝石デザインが一新した。業績も伸びた。君の活躍があったんだろう? 名前が表に出ることはほとんどなかったが」 真面目な瞳で言う。「その才能を発揮する場を提供したい」 美琴は胸の奥が震えるのを感じていた。 大槻家では当たり前のように利用され、たったさっき当たり前のように奪われた力を、この人は認めてくれる。それは美琴にとっての心の救済だった。 母の医療費という金銭的な問題は、この先どこかで働けば、時間はかかっても解決できるだろう。 しかし美琴が大槻家
last updateHuling Na-update : 2026-10-09
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第7話・「このままじゃダメだ」
 母からの、「来てくれていたのに気づけなくてごめんね。おかげでよくなりました」のメッセージで、美琴はやっとほほ笑むことができた。心が少しだけ落ち着く。 大槻家を追い出され、病院からも出た美琴は、長らく留守になっている実家に帰ることにした。司沙のくれたお金は充分過ぎた。 家に着いたとき、もう日は暮れかかっていた。夕日を受けてオレンジ色に染まる玄関ドアを撫でる。カバンから鍵を取り出し、ゆっくりと差し込んで回した。「……ただいま」 返ってくる声はない。 父親は美琴が物心つく前に死んでしまったと聞かされている。家の管理を頼める兄弟も、親戚もいない。久しぶりの実家は、あちこちに埃が溜まっていた。 美琴はリビングの1番大きな窓を開けた。薄いカーテンがふわりとなびいて風を誘いこむ。 ふっと力が抜けてそこに座り込んだ。しばらくの間、美琴は、カーテンが揺れながら家に新しい風を通しているのを眺めていた。  翌日、道中でお見舞いのゼリーを買って、母のいる病院に向かった。実家からは決して近くはないが、歩いて行くことにした。節約にもなるし、その時間で頭の中を整理しておきたかった。 いくらか落ち着いた思考で病院に着き、受付を済ませる。 母の病室の前まで来たとき、中から話し声が聞こえた。母の声ではなく、無遠慮な笑い方は、看護師のものとも思えない。 ノックをしてドアを開けた。ベッドの傍らのスツールにいたのは、院内着を身につけた、母と同年代らしい女性だ。彼女は入ってきた美琴を見とめるなり、まるでここが自分の部屋だとでも言いたげに眉をひそめた。母が焦ったように紹介する。「わたしの娘です。美琴、こちらは同じ病棟の赤井弘美さん」「はじめまして。娘の小川美琴です」 頭を下げながら、美琴の心臓はドクンと鳴った。『赤井』という苗字がやけに響いてしまう。特別珍しい名前ではないのだからと、弘美の見覚えのある目もとを気にしないようにした。 しかし、弘美はパチンと手を叩くと「じゃああなたが、わたしの娘の恋人にちょっかいをかけた人ね?」
last updateHuling Na-update : 2026-10-16
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第8話・「わたしは自分で選びます」
 HCUが見えるソファに美琴は座っていた。 時計は見ていないが、長い時間が経ったことは、美琴を心配して声をかけてくれる看護師たちの様子で分かった。 やがて医師に呼ばれた。最初に「ひとまずは安心です」と前置きされ、ずっと力んでいた肩がすとんと落ちた。 涙をこらえる美琴に、医師はゆっくりと告げた。「でもね、ここからの回復は、お母さまの頑張り次第です。うちも小さい病院ではありませんが、正直限度があります。昨日お話ししたことは覚えていますか?」 美琴はうなずいた。鈴之宮メディカルセンターに移ったほうがいいという話だろう。「今回のようなことをくり返すと、お母さまのお身体にも負担がかかりますからね。出来るだけ早めにご決断いただいたほうが……」 医師との話を終え、部屋から出たところへ、誰かが小走りで駆け寄ってきた。「美琴さん、大丈夫ですか?」「麻衣さん……どうして」「鈴之宮メディカルセンターで、小川さんを受け入れる準備が始まったんです。わたしは午後から非番なので、もしかしたらと、居ても立っても……」 美琴は視線を落とした。かすかに唇の端を上げる。「今、何時ですか?」「えっと、14時半です」 やはり午後になっていたのか。それほどの時間、自分はただ治療室の外で祈るしかできなかった。「美琴さん」 麻衣が美琴の手に触れた。「あなたは1人で頑張り過ぎです。よければ聞かせてください。好きなだけ、吐き出してください」 麻衣は美琴の手をとったまま近くのソファに誘導した。しばらく黙っていたが、麻衣は手を離さなかった。 ぼんやりと、天井の蛍光灯を反射するライトグレーの床を眺めながら、美琴は口を開いた。「今朝……母の病室に、赤井このはの母親が来たんです」 麻衣はやはり何も言わず、ただ首を縦に動かす。「偶然、入院中に仲良くなったのなら、別にいいんです。でもあの人は……娘さんから、千尋やわたしたちのことを聞いて、わざとその話を母に聞かせたんだと思います」
last updateHuling Na-update : 2026-10-23
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第9話・「受け取ってくれるか?」
 次の日、美琴と司沙は病院の談話室で会った。できるだけ母のそばを離れたくないという美琴の気持ちを汲んで、司沙が足を運んでくれたのだ。奇しくも千尋に離婚協議書を渡されたのと同じテーブルだった。「条件があります」 向かい合って座り、美琴は人さし指を立てた。「まず、1年後には必ず離婚すること」 司沙が首を縦に振る。「2つめに、母の治療費は借金という形をとらせてほしいの。いつか絶対に返すから」 司沙の動作も表情も変わらない。美琴は3本目の指を立てた。「3つめ、今後のデザインにはわたしの名前を入れること」「もちろんだ」 司沙は深くうなずいた。 最後の条件をあっさり呑まれ、美琴は拍子抜けした。拒まれるか、気乗りしない返事が返ってくることを覚悟していた。 美琴の心に気がついたのか、司沙が少し顔を寄せて言った。「デザイナーの名を記すのは当然のことだ。気にしなくていい」「でも、どうしてそんなに……」 弱気になってしまう美琴のほうに、司沙はわずかに手を動かした。が、すぐに引っ込め、テーブルの上で指を組んだ。「言っただろう、君のデザインには価値があると。jewelry otsukiの業績からも明らかだ」 それから少し迷うように間を置き、司沙は言った。「俺は……ずっと分かっていたよ」 温かいものが広がる。表情を緩め、美琴はうなずいた。千尋に、デザイナーとしての矜持を傷つけられたあとだからだろうか、司沙の言葉は真っ直ぐ胸に届く。 信じよう、そう思えるのだ。 美琴はカバンから、預かっていた契約書を取り出した。手帳に挟んでいたペンで丁寧に署名する。それをくるりと司沙のほうに回し、差し出した。 司沙は表情を変えることなく受け取った。ファイルに挟んでカバンに入れ、代わりに書類を2つ出して美琴の前に並べた。「母上の転院の準備はすでに始めている。少しばかり態勢を整える時間が必要だったんだ。明日にでも移れる」 美琴はダブルクリップで綴じら
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