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拾、縁は異なもの味なもの

Auteur: Mirai
last update Date de publication: 2026-09-15 04:02:27

 臨時休校だった学校が再開したのは、あの夜から三日後のことだった。教室へ続く廊下も、教室の中も、いつもよりちょっと騒がしいように思える。

「はよ、成海」

 鞄とは別に学ランを小脇に抱えた晴己が、シャツの袖を捲った状態で教室へ入って来た。そして席に着くなり鞄から下敷きを出しては、パタパタと団扇代わりに顔を仰ぐ。

「暑くないか、今日」

「お前が暑苦しいだけだろ。朝練した上に、筋肉あるんだから」

 そう言って俺は窓の外に視線を向けた。学校を囲うフェンスに沿うように植えられた低木並木。そこにある濃いピンクと真っ白な花が、遠くからでもそこだけ浮き上がるみたいによく見える。

「……それで、どうするんだ?」

「どうもこうも、やっぱり渡しに行く。俺にくれるって言われたけど、俺が持っていても何もならないし」

「じゃあ、俺もついて行く。昼休憩で良いよな?」

 いや、別についてこなくて良いけど……。

 遠慮ではなく本当にそう思ったが、それを言って引き下がるような男じゃないのはよく分かっている。だから、仕方なく「好きにしろよ」とだけ答えておいた。

 俺は鞄から午前中に使う教科書類を引き出しに入れながら、そっ
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  • 徒然奇縁堂日和   拾-②

     一通りノートを見終わって、静かに机の上に置いた。 何十年と経った今でも、この控えめな筆跡を覚えていた。あの子達がどうやってこのノートを見つけたのか気にはなったが、何となく聞かない方がいいと思った。「にゃあ」 カリカリ、と窓を引っ掻く音がした。音がした方を見ると、いつもの場所で白猫が爪を立てて窓を引っ掻いている。「やあ、ミー子」 窓を開けると、外の換気扇の上から覗いていた体が、ひょいと室内へ飛び込んだ。体の動きに合わせて揺れる尻尾の先は、二股に裂けるように分かれている。「ミー子、ごらん」 白猫を優しく抱き上げると、布団を干したような陽の匂いがした。机の上に置いたノートの横に降ろすと、すぐに鼻を近づけて匂いを嗅いだ。「懐かしい匂いがするかな。……君は市川さんと仲が良かったからね。君なら視えたりするのかもしれないな」「みゃーお」 白猫は機嫌良く声を上げた。それから喉をゴロゴロと鳴らして、皺だらけのカサついた手で与えられる心地良さを享受した。 心ゆくまで堪能した後は、行くべきところがあった。撫でてくれた優しい手に体を擦り寄せた後、白猫は動いた。 開けたままにされていた窓から外へ出て、換気扇の上を経由して地面へ。花の甘い香りと、わずかに湿気を含んだ土の匂い。視界を横切る小さな虫。植木鉢の隙間からこちらを伺う野生の気配。 このままのんびりと散歩をしたい気持ちにもなったが、人を待たせているからそうにもいかない。ミー子は少々先を急いだ。 外に弁当を食べに来た生徒たちが賑わう中庭を抜け、日当たりのあまり良くない壁沿いを小走りで通る。見えてきた塀へ助走をつけてひとっ飛び。目的地はもうそこだ。「よう、ミー子」 先に待っていた髪の長い男が、ミー子の名前を呼んだ。白壇の少し苦味のある甘い香りは、ミー子にとって普段は嗅ぎ慣れない独特な匂いに感じられた。『店主さん、この度はどうもありがとう。学校に平穏が戻ってきたわ』「それは何より。七不思議の連中は?」『そちらも大丈夫よ。人体模型たちはしばらく休まないといけないでしょうけど、時間が癒してくれるわ』 元気にお互いのパーツの名前を言い合っていた人体模型と、その時に散々撫でられたのを思い出して、てしてしと前足で風で乱れた顔の毛並みを整えた。『代筆童……だったかしら。あんなものがこの学校に湧くなんてね』『他

  • 徒然奇縁堂日和   拾、縁は異なもの味なもの

     臨時休校だった学校が再開したのは、あの夜から三日後のことだった。教室へ続く廊下も、教室の中も、いつもよりちょっと騒がしいように思える。「はよ、成海」 鞄とは別に学ランを小脇に抱えた晴己が、シャツの袖を捲った状態で教室へ入って来た。そして席に着くなり鞄から下敷きを出しては、パタパタと団扇代わりに顔を仰ぐ。「暑くないか、今日」「お前が暑苦しいだけだろ。朝練した上に、筋肉あるんだから」 そう言って俺は窓の外に視線を向けた。学校を囲うフェンスに沿うように植えられた低木並木。そこにある濃いピンクと真っ白な花が、遠くからでもそこだけ浮き上がるみたいによく見える。「……それで、どうするんだ?」「どうもこうも、やっぱり渡しに行く。俺にくれるって言われたけど、俺が持っていても何もならないし」「じゃあ、俺もついて行く。昼休憩で良いよな?」 いや、別についてこなくて良いけど……。 遠慮ではなく本当にそう思ったが、それを言って引き下がるような男じゃないのはよく分かっている。だから、仕方なく「好きにしろよ」とだけ答えておいた。 俺は鞄から午前中に使う教科書類を引き出しに入れながら、そっと一冊のノートを周りに見えないように、そして折り目がつかないように入れ直した。 しばらくして、朝のホームルームが始まった。例の飛び降り事件のことは、そう多くは触れられなかった。ただ、飛び降りた畑本が意識を取り戻したことだけ伝えられた。 ――あの騒動の後、俺と晴己は奇縁堂に泊まることになった。『よう、お疲れさん』 侵入経路だった裏口から出ると、なんと店主が待ち構えていた。暗い視界の中でもよく分かる、あの朱色の羽織と扇子を身に付けて。『お迎えに来てやったんだよ。夜道は危ないからな』『結局店主が来るなら俺行かなくて良かったじゃん! ……はあ、もういいよ。この子送ってくるから』 西山を小脇に抱えた隠神は、目にも留まらぬ速さでその場から消えた。 こうして俺は当たり前のように奇縁堂に連行され、何故か晴己もしっかりお泊まりの用意をナップサックに入れてきていて驚いた。『何で泊まる準備万端なんだよ』『いや、楽しそうだったから』 相変わらず意味が分からない奴だ。店主もからからと笑って奇縁堂に部屋を用意させると言っていたし、帰ったら俺の隣の部屋が増えていた。 ……にも関わらず、こいつ

  • 徒然奇縁堂日和   玖-④

    「先輩! ……ッ?」「おいっ⁉︎」 反射的に駆け寄ろうとして、途端に俺も身体の力が抜けて無様に転んだ。蛇口を全開にして中身を絞り出したような、脳の奥が痺れるほどの虚脱感だ。 咄嗟に晴己が腕を掴んでくれたお陰で、間一髪濡れたのが膝だけで済んだ。濡れたり乾いたり、確実に生乾きだ。返ったら速攻で洗濯しないと。「根こそぎあたしが霊力を貰ったからね。こんなに渡したの初めてなんじゃない? 全力って言ったけど、まだちょっと持て余してるもの」「渡したって、何すか。成海に取り憑いた時点で奪ってたんじゃないんですか?」「キミね……奪ってたなんて人聞きの悪いこと言わないで。取り憑いたからって、宿主の霊力を好き勝手使えるわけじゃないのよ。それは宿主の精神を乗っ取った場合だけなんだから」 つまり、理論上は可能だったと。今更ながら、取り憑かれているという事実が恐ろしくなったような。 俺は倒れたまま動かない西山を見た。「……あの化け物はどうなったんだ?」「もう居ないわ。無事に祓えたと思う。そうよね、隠神さん?」「そうだね、奴の気配はもう何処にもない。あとはこのびしょ濡れの体育館の証拠隠滅だけど……えいっ」 隠神がまるで虫を退けるくらいの軽さで手を振った。すると締め切っているはずの体育館の中に強い風が吹いて、それに思わず顔を覆った次の瞬間、水浸しだった床が乾いていた。「規格外過ぎるだろ……あ、膝乾いてる」「こんだけ凄いのに、今回全然役に立たなかったぞ」「何か晴己、俺に当たり強くない?」「まあ、それなりに」「それなりに⁉︎」 でも晴己の言う通りだと思う。これだけの力がありながら、隠神は超序盤で俺たちを見捨てて何処かへ行った。結果として回収したノートは全然関係なかったし。 ……ノートと言えば、これはどうするべきなんだろう。「あげるよ、それ」「……!」 背後から声を掛けられた。振り向くと、花子……じゃない、市川茉里が浮いていた。「ね、あたしのこと、『トイレの花子さーん』って言ってくれない?」「と、トイレの花子さーん……」 ふっ、と冷たい空気が和らいだ。代わりに、また息が詰まるような重たさが満ちる。「……よし、これで戻れたかな。というか、強くなったかも? キミ、本当にすごいね」「いや、というか何が起きたんですか?」 何がどういうシステムなのか、全く

  • 徒然奇縁堂日和   玖-③

     目の前で、西山の姿が消えた。 俺たちが化け物と対峙している間、突然ふらふらと西山が歩き出して、自らあの化け物へと向かって行った。何かを探しているような様子にも見えたけれど、あの無数の黒い手に阻まれて、ついに彼女は取り込まれてしまった。「くそっ、花子さん、あれどういう状態なんですか⁉︎」「やるじゃない。書き手を直接食べちゃうなんて」「冷静に言ってる場合か⁉︎」 この大怨霊、いま食べられたって言ったか⁉︎ 慌てる俺をよそに、隠神と花子さんは冷静だ。晴己は……良し、あいつもびっくりしてる。「どうするんだよ……!」「とりあえずこれ、焼こうか」 そう言って隠神は三冊のノートを取り出した。一瞬、花子さんが目を細めたが頷いた。隠神の見立てでは、このノートこそが奴の力の源らしい。だから全てを破棄すれば倒すことができるのだと。「まずこれから」 隠神は適当に一番上にあったピンク色のノートを燃やした。もちろんライターなんて物があるわけもなく、隠神が何かの術で火を点けた。紙のノートはよく燃えて、あっという間に煤になって消える。「さあ、効いたかな?」 どこかワクワクした様子で隠神が化け物を見た。 しかし奴は悲鳴を上げるどころか、微動だにしない。「……効いてなくね?」「あ、あれ? 一冊だけだからかな」 次いで、その下にあった青色のノートを同じ手法で燃やした。しかし、やはり変わらない。 晴己は隠神を見上げた。「それ、関係ないんじゃね……?」「嘘でしょ」 隠神の顔が引き攣った。それを見て、俺の顔も引き攣った。隣を見ると、花子さんも口元だけが笑った顔のままぴたりと止まっていた。「……もう一回聞くけど、どうするんだよ」「……どうしようか!」「このクソ狸!」 俺の怒鳴り声が体育館中に響き渡った。ほぼ同時に、晴己の拳が隠神の腰にクリーンヒットした。「あいたっ! いや本当にどうしよう! このノートで弱らせられるから、人間が食べられてもまあいいかって思ってたからさぁ!」「ごめん正直あたしも全く同じこと考えてたわ!」「これだから大妖怪は!」 俺の盛大なツッコミが響いた途端、化け物がそれに負けないくらいの咆哮を轟かせた。「来るよ!」 花子さんの警戒を促す言葉に続くように、化け物から黒いヘドロのような物体がいくつも飛来した。 花子さんは俺の前に出る

  • 徒然奇縁堂日和   玖-②

     ぞくりとした隙間風が私たちを覆う。それが重たくて寒いくらいだ。なのに、不思議と嫌な感じはしなかった。「たのもう、たのもう〜」「さっさと出てきなさい、この厄介者!」 火の玉と隠神さんが私たちの前へ進む。 明かりのない体育館の中は、暗く奥まで見えない。そこに、ちょうど月明かりが雲から顔を出した。「何かいる。成海、気を付けろよ」「分かってる」 体育館の真ん中に、何か黒いモノがいる。『ある』ではなく『いる』と分かったのは、それが動いているからだ。 頭の大きなコケシのような形をしていて、出来損ないの千手観音のように無数の手がボコボコと飛び出ていた。「きゃああっ! なに、何なの、あれ……⁉︎」 気持ち悪い! 気持ち悪い!気持ち悪い! 私は思わず吐きそうになって口元を抑えた。「アレがキミに憑いていたものよ」「あ、あんなのが……⁉︎」「そう、そしてキミが呼び出したモノでもあるの」「し、知らない! あんなの知らない!」「知らないはずがないでしょ。……キミたち、『こっくりさん』をやったじゃない」「えっ……」 ——何で、それを知っているの。私は火の玉を見たが、そこから読み取れるものは何もない。「こっくりさんって、降霊術の? 今時そんなのする奴いるんだ」「『ばずり』がどうとか言ってたわよ。そういうのが流行ってるんだって」「……あー、なるほど」 嘘、その時の会話まで知っているなんて! 私は冷たくなった両手を握りしめる。力を入れているはずなのに、手が震えている。「で、でもあれは……あれは私がやり始めたんじゃない。私はただ、巻き込まれただけで」「そうね。キミはどっちかって言うとただの被害者。……いじめでしょう、アレ」 小鳥遊くんと、生徒会の彼が同時に私を振り返った。いや、生徒会の彼はずっと私から目を離してなどいなかった。「飛び降りた女子生徒は、その時にいた子よね?」「……ッ」 私は咄嗟に否定できなかった。それが、彼らに確信を与えたようだった。ぎり、と自分が歯軋りをした音が脳によく響いた。 ……思い出すのは、いつだって醜い彼女たちの嗤い声だ。 およそ三週間前の放課後。部活が自主練になった日に、私はいつものように畑本たちに呼び出された。 でも、その日は呼び出される場所が違っていた。『あの、何で教室……? しかもここ、使ってない教室

  • 徒然奇縁堂日和   玖、覆水盆に返らず

     揺れている。……地震かな。 そう思ったら目が開いた。「あっ、起きたみたい」「ぜえ、はあ……お、起きた……?」 揺れがおさまった。頬に当たるシャツ生地の布越しに伝わる体温がぬくい。それに反して背中はひんやりと冷たくて、服が濡れているような気持ち悪さを覚えた。 そして身体を起こそうとして、私はそこでようやく自分が誰かに背負われていることに気が付いた。「え……えっ⁉︎ 何で、誰⁉︎」「ぐえっ!」 咄嗟に目の前の襟を掴んだせいで、私をおぶっている人が潰れたカエルみたいな声を出した。私の足を支えていた手が緩んで、落ちるようにその背中から急いで降りた。 せ、制服じゃなくて良かった。ジャージで良かった!「あ、あああの、どちら様ですか?」 私をおぶっていたのは、黒髪の少し猫っ毛の男子生徒だ。全く見覚えのない外見の彼は、締まった襟元を直しながら答えた。「げほっ……二年の小鳥遊です。先輩、途中で倒れて……もしかして覚えてない?」「覚えてないって、何を?」 小鳥遊くんは何とも言えない微妙な顔をした。あからさまに困っているような様子に、私は一体何を忘れたのか恐ろしくなった。「忘れていた方がいいこともあるのよ」 透けるような女の子の声が、小鳥遊くんのすぐ近くから聞こえた。しかしそれらしい姿はどこにも見当たらない。「これはちょっと……貸しにしたいくらいには、覚えておいてほしいけど……はあ、疲れた……」「ご苦労様。あたしが触れると良くないからね。さっすが男子高校生!」 独り言のように話す小鳥遊くんの前に、青白い光が浮いている。女の子の声はそこから聞こえていた。それを理解した瞬間、さあっと血の気が引いた。「ひっ……ゆ、幽霊⁉︎」「あら、視えるの?」「ひひひ、ひの、火の玉が……!」 顔なんて見えるはずもないが、その火の玉と『目が合った』ような気がして、私はいよいよ全身の鳥肌が止まらなくなった。「こ、来ないでっ、こっちに来ないで!」「落ち着きなさい。別に今更取って食ったりしないわ。あたしたちが探しているのは、ノートの方だし」「……!」 ノート、と聞いて胸がどくんと波打った。血の気が引いたまま眩暈が止まらず、思わずジャージのポケットに手を入れた。しかし、無い。ポケットに入れて持って来ていたはずのお気に入りのシャーペンが無い。「あれ、ない。ない…

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