LOGIN学校のホールは、先週よりずっと騒がしかった。――いや、比べものにならないほどだった。入口の近くでは父親たちが何人かずつ集まり、コーヒーを片手に少し途方に暮れたような顔をしている。子供たちはあちこちを走り回っていた。今日は土曜日。学校全体が、子供たちにとって巨大な遊び場になっている。壁にはポスターボードが立てかけられ、テーブルの上には会場のレイアウト図が広げられている。学校の見取り図は、空いている壁という壁に貼られていた。コーヒーとマーカー、それから混沌とした空気の匂いがする。ネリッサはゆっくりとホールへ入った。お腹にそっと手を添える。まだ身体は少し重い。けれど、吐き気は少しずつ落ち着いてきていた。自分なりに、うまく付き合えるようになってきている。辺りを見回す。フードバザー委員会のテーブルが目に入った。すでに何人もの母親が集まり、話し合いを始めている。そして、その少し離れた場所にはヴァンスがいた。何人かの父親たちと一緒に立ち、学校の平面図を真剣に覗き込んでいる。その視線を少し動かした先に――ジョヴィがいた。ステージ発表委員会のテーブルのそばで、何人もの母親に囲まれている。何かに笑い、身振りを交えながら楽しそうに話していた。まるで、最初からそこにいることが決まっていたかのように自然だった。ネリッサは視線を逸らした。 ***教師がホールの前へ立ち、手を叩く。「それでは皆さん、始めましょう!」ざわめきが少しずつ静まっていく。「今日やるのは、実際の作業ではありません」教師は笑った。「今日は、どんな一日にしたいのかを考える日です」大きな学校の見取り図をテーブルいっぱいに広げる。保護者たちが、その周りへ集まった。 ***フードバザー委員会も、自分たちのテーブルを囲んだ。さっそく、何人もの母親がアイデアを出し始める。「韓国料理にしない?」「いえ、やっぱり昔ながらの料理がいいわ」「デザートも必要よ」「いっそ、ブースごとに違う国の料理にしましょう」意見が一気に飛び交う。声が重なり、どんどん大きくなっていく。ネリッサは黙って聞いていた。すると、一人の母親が気づく。「ブラックウッドさん、まだ何も言ってないわね」ネリッサは微笑んだ。自分が主導権を握ろうとしているわけではない。ただ、一つだけ問い
夕食のテーブルには、穏やかな空気が流れていた。シャンデリアの金色の光が磨き上げられた木のテーブルに反射している。食器が触れ合う小さな音と、家族の柔らかな話し声が部屋を満たしていた。その夜、ヴァンスとネリッサはずっと静かだった。食事をしながら、何度も視線を交わす。誰にも気づかれないような、小さな合図。二人とも笑っていた。早く、この素晴らしい知らせをみんなに伝えたくて仕方がなかった。マヤは学校であったことを夢中で話している。セレナのこと。オースティンのこと。遊び場で何をしたか。ウィリアムは黙って聞き、リリーは微笑みながらその話に耳を傾けていた。いつもと変わらない、穏やかな夕食だった。やがてネリッサはフォークを置いた。一度、息を整える。そしてテーブルの下でヴァンスの手を探した。ヴァンスが、その手をぎゅっと握り返す。「みんなに、話したいことがあるの」ネリッサが静かに言った。テーブルの空気が止まる。「先生に言われたんだけど……」そこで一度言葉を切る。どうしても笑顔を隠せなかった。「……私、妊娠したの」沈黙。ヴァンスが彼女を見る。午後に一度、同じ言葉を聞いている。それでも、こうして彼女自身の口から聞くと、胸の奥が痛いほど締めつけられた。握っていた手に、さらに力がこもる。マヤの目が大きく見開かれた。フォークが皿に落ちる。「本当に!?」勢いよく立ち上がり、椅子が床を大きく擦った。「私、やっとお姉ちゃんになれるの!?」ネリッサが笑う。「実はね……」ちらりとヴァンスを見る。その笑顔がさらに深くなる。「マヤはただお姉ちゃんになるだけじゃないの」ほんの一瞬、間を置く。「……三倍、お姉ちゃんになるのよ」静寂。「三人の弟か妹ができるの」ヴァンスの笑顔が深くなる。リリーが息を呑む。ウィリアムまで息を止めた。マヤは椅子の上で跳ねていた身体をぴたりと止めた。「……三人!?」小さな指を三本立てる。それからネリッサのお腹を見る。自分の指を見る。もう一度、お腹を見る。次の瞬間には、完全に椅子の上へ立っていた。「パパ! 三人も赤ちゃんが来るの!?」ヴァンスは笑いを堪えきれない。「嬉しいだろ?」「すっごく嬉しい!」マヤはもう未来のことまで考えている。「女の子がいい!」「女の子がいいのか?」
ヴァンスは車を停めると、すぐに降りた。助手席側へ回り、ネリッサがドアノブに手を伸ばすより先にドアを開ける。ネリッサが顔を上げた。何か言おうとした、その前に。「文句はなし」ヴァンスが淡々と言った。ネリッサは呆れたように目を回す。「重病人みたいに扱わないで」ヴァンスは手を差し出した。「昨日からずっと顔色が悪い」ネリッサは小さく息を吐き、それでもその手を取った。車を降りるとき、ほんの少しだけ彼に体重を預ける。ヴァンスはすぐに気づいた。何も言わず、腕を彼女の腰へ回して支える。気づいていないふりをする彼。頼っていないふりをする彼女。二人とも、そのことには触れなかった。 ***待合室は明るく、いかにも病院らしい空気に包まれていた。消毒液の匂いが漂い、何人かの患者がプラスチックの椅子に座って雑誌をめくったり、スマートフォンを眺めたりしている。ネリッサが腰を下ろす。その隣にヴァンスも座った。彼の膝が一度、二度と落ち着きなく動く。気づいたのか、ヴァンスは自分で止めた。「何か変なものを食べたのかも」ネリッサが言う。ヴァンスが眉を寄せた。「俺たち、同じものを食べただろ」「……そうね」「じゃあ、ストレスかもしれない」ネリッサがそう言うと、ヴァンスも頷いた。「たぶん」ここ数週間、ネリッサは仕事に追われていた。ヴァンスも会社の統合に追われていた。二人とも、ろくに休むことなく走り続けていたのだ。そのとき、看護師が彼女の名前を呼んだ。 ***診察室は小さく、明るかった。白い紙が敷かれた診察台。隅に置かれた椅子。デスクの上のパソコン。そして、壁際には超音波検査の機械がある。ネリッサは診察台に座り、片足を軽く揺らしていた。ヴァンスは隣に立っている。腕を組んでは解き、また超音波の機械を確認する。どう見ても落ち着いていない。やがて、医師が入ってきた。四十代後半くらいの女性で、穏やかな笑顔と優しい目をしていた。カルテを確認してから、二人を見る。「今日はどうされましたか?」ネリッサが説明する。「吐き気と疲れがあります。少しふらつくのと……お腹のあたりも変な感じがして」医師が頷く。「いつからですか?」「昨日から」「熱は?」「ありません」「咳は?」「ないです」「吐きましたか?」
ネリッサは蛇口を閉めた。ペーパータオルをもう一枚取り、指先をゆっくり拭く。湿った紙を一度折り、さらにもう一度折ってから、ごみ箱へ落とした。そしてようやく、ジョヴィを見る。「もう、ほとんど六年になるわね」静かな声だった。ネリッサは少しだけ首を傾ける。「そろそろ……何か一つくらい、分かっていてもいい頃だと思ってた」ジョヴィの笑顔は消えなかった。ただ、その笑みがわずかに薄くなっただけだった。「何を分かれっていうの?」ネリッサは洗面台に両手を軽くついた。「何をしようとしてるの?」怒っているわけではない。本当に知りたいだけというような声だった。「私にヴァンスを疑わせて……何になるの?」「それくらい、彼を信じてるの?」ネリッサは小さく笑った。勝ち誇った笑みではない。どこか懐かしむような、静かな笑みだった。「ええ」ジョヴィではなく、鏡に映る自分を見つめる。「何年も前にも、そう言ったでしょう?」そして鏡の中のジョヴィと目を合わせる。「ヴァンスは冷たい人じゃないわ」一拍。「昔から、そうだったわけじゃない」ジョヴィの顎がわずかに強張った。「何度もそう言うのね」「だって、本当のことだから」ネリッサは落ち着いた声で続けた。「あなたが見ていたヴァンスは、あなたと一緒にいたときの彼だった」ほんの少し息を吸う。「冷たくて、距離があって、何でも忘れてしまうような人」そして、静かに言った。「あなたといたから、そうなっていたのよ」ジョヴィの指が、洗面台の縁で強く握られる。「誤解しないで。あなたを傷つけるために言ってるんじゃない」ネリッサの声は穏やかだった。「ただ、あなたがずっと向き合おうとしなかった真実を言ってるだけ」「……どんな真実よ?」ジョヴィは歯を食いしばるように言った。感情が顔に出ないように、必死に抑えているのが分かる。ネリッサは少し間を置いた。「二人の人間がいれば、お互いにまったく違う一面を引き出すことがあるってこと」ジョヴィは何も言わない。「あなたといたヴァンスは、冷たくて、距離があって、何かを忘れてばかりだった」ネリッサは続けた。「でも彼自身は、責任感があって、相手を守ろうとして、きちんと相手を尊重する人だった」ジョヴィと目を合わせる。「そして、私といるときの彼は……また違う」ジョヴィ
教室の中は暖かかった。窓から差し込む陽射しが、床や小さな机を明るく照らしている。保護者たちは子供用の椅子に並んで座り、机の下では膝が窮屈そうにぶつかり合っていた。子供たちのために作られた部屋。けれど今日は、大人たちで埋め尽くされている。ネリッサは教室の後ろのほうにある窓際の席を選んだ。光が入るから、と自分には言い聞かせた。けれど本当は、ドアに近い場所にいたかった。胃のあたりがまた重く波打つ。ネリッサはそっとお腹を押さえ、ゆっくり息を吐いた。――これだけ終われば帰れる。――家に帰って、休めばいい。そう自分に言い聞かせる。教室の前には、優しそうな目をした若い担任教師が立っていた。柔らかな笑顔を浮かべ、保護者たちを見渡す。「皆さん、おはようございます。今日はお越しいただいて、ありがとうございます」ざわめきが少しずつ収まっていく。「始める前に、皆さんがここに来てくださったことにお礼を言わせてください。保護者の皆さんがこうして参加してくださることは、お子さんたちの教育をどれだけ大切に考えているかの表れです」教師は微笑んだ。「ご存じの通り、本校の創立記念祭は四週間後に開催されます」何人かの母親が頷く。興味深そうに教師を見る人もいた。「そして、この学校では保護者の皆さんはお客様ではありません」教師は一度言葉を切った。「お子さんたちの教育を支える一員です。ですから毎年、創立記念祭も保護者の皆さんと一緒に作り上げています」そして、にこりと笑う。「プロのイベント会社にお願いする代わりに――」少しの間。「保護者の皆さん一人ひとりが、運営スタッフになります」教室が静まり返った。「……待って。全員ですか?」一人の母親が思わず尋ねる。教師は笑顔で頷いた。「はい。全員です」別の母親が目を見開く。「飾りつけも? 全部、私たちで?」「全部です」教師は指を折りながら説明していく。「装飾、フードバザー、子供たちのステージ発表、ゲーム、受付、舞台設営、警備、会計、清掃、写真撮影、救護、それから広報まで」前列に座っていた母親が手を挙げた。「私、イベントなんて一度も企画したことがないんですけど……」教師はにっこり笑う。「これから覚えていきましょう」別の母親が、期待を込めた声で尋ねる。「じゃあ……お金だけ出すっていうのは?」
ヴァンスが先に目を覚ました。部屋はまだ暗い。カーテンは閉じられたままだった。窓の外から、ブラックウッド邸の庭で鳴く鳥の声が聞こえてくる。ヴァンスは隣へ顔を向けた。ネリッサはまだ眠っている。彼に背を向けたまま、規則正しい呼吸を繰り返していた。しばらく、彼は黙って彼女を見つめた。肩の丸み。枕の上に広がる髪。呼吸に合わせて、ゆっくり上下する胸元。昨夜のことが蘇る。やんわりと拒まれたこと。「今日は、やめて」そして、眠そうな声。「本当に眠いの、ヴァンス」拒絶されたとは思っていなかった。むしろ、胸に残っていたのは罪悪感だった。――やっぱり、俺は焦りすぎたのかもしれない。彼女は疲れ切っていた。身体の調子が悪いとも言っていた。それなのに自分は――。ヴァンスは小さく首を振った。彼女を抱きしめたかった。性的な意味ではない。ただ、もう一度近くにいたかった。触れ合っていたかった。自分たちがちゃんと繋がっていると、感じたかった。手を伸ばす。彼女を腕の中へ引き寄せるためだけに。肩へ顎を乗せて、その温もりを感じるために。彼の手が、ネリッサの腕の上で止まった。その瞬間――ネリッサが動いた。突然、身体を起こす。そして慌てて口元を押さえた。目を見開き、青ざめた顔で彼から離れるように身体を向ける。肩が大きく上下していた。吐き気を堪えているのだと、すぐに分かった。ヴァンスは凍りついた。伸ばしかけた手は、そのまま宙に残っている。さっきまで近かったはずの二人の間が、突然ひどく遠く感じられた。ゆっくりと。彼は手をベッドへ戻した。――拒んだわけじゃない。ただ、気分が悪いだけだ。頭では分かっている。それでも、傷ついた心は勝手に別の答えを作ってしまう。――俺に触れられたくないんだ。理屈に合わないことくらい、自分でも分かっていた。彼女が具合を悪くしている。それだけだ。けれど、一度浮かんだ考えは簡単には消えてくれない。「大丈夫か?」そう声をかけるために、手を伸ばしかける。肩に触れようとして――やめた。今は、そっとしておこう。無理に近づかないほうがいい。そう自分に言い聞かせ、ヴァンスは手を膝へ戻した。ネリッサは額に手を当て、ゆっくりと息を吐いた。しばらくすると、吐き気が少しずつ引いていく。ヴァンスも身体を