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第1話

Author: 甘寧
last update Last Updated: 2025-09-13 16:00:00

「高瀬さん、高瀬結花ちゃん」

娘の名前が呼ばれ、柚が診察室に足を踏み入れた瞬間、世界が冷たい風に打たれたかのように凍りついた──7年前、自分を裏切ったあの男が、そこに座っている。白衣を身にまとい、医師として冷静に。

心臓が激しく跳ね、柚は立ちすくんで目を疑った。あの見覚えのあるようで見覚えのない顔──かつて全てを捧げても惜しくなかった相手が、今、目の前に冷静な医師として現れている。

胸を重いハンマーで打たれたかのような痛み。目の前の光景に体が震え、思考は瞬く間に混乱した――怒り、憎しみ、胸の痛みがほぼ同時に押し寄せてくる。

***

この日、6歳になったばかりの娘、結花の検診の日だった。結花には生まれつき心臓に疾患があり、定期的な検診が欠かせない。

「高瀬さん、すみません。本日から担当医がこちらの藤原先生に変更となりました」

急な担当医変更の説明を看護婦から受けるが、柚の耳には入ってこない。

新しくなった担当医を一目見た瞬間、奏だと気が付いた。

まさか、こんな場で再開するとは思っていなかった柚は、茫然としながら緊張と焦りでその場に立ち竦む事しか出来ない。

高校の時より大人びて色気が増しているが、生まれ持った雰囲気や整った目鼻立ちはそう変われるものじゃない。

「小児科医の藤原です。これから一緒に頑張っていきましょう」

一方の奏の方は、目の前いるのが自分の娘である事も、遥乃(柚)だという事にも気付かない。

それもそのはず、今の柚は名前も変わっている上、かつての太った少女ではない。

今の彼女は背が高くほっそりとして、肌は透けるほど白く、低い位置で束ねたポニーテールが肩に垂れている。マスクで顔の大半を覆いながら、垂れた涼やかな目で奏を淡く避けている。

「結花ちゃんですが、あまり数値がよくありません」

重々しい口調でカルテに目を向け、半年以内に手術を受ける必要があると告げた。

「そんな……」

このままでは命に関わると言われたが、手術だって簡単なものじゃない。手術中に容態が変わるとも言いきれないし、仮に上手くいったとしても副作用や合併症だって無いとは言いきれない。

柚が不安に思い、言葉を失っていると「大丈夫ですよ」優しい声が聞こえた。

「医療は日々進歩しています。執刀医も一人じゃありませんし、何より不安なのはお母さん一人じゃありません。一番不安なのは、結花ちゃん自身です。だからこそ、お母さんが勇気づけ、支えてあげてください」

ハッとした。

奏の言う通りだ。一番不安なのは結花自身であって、母親である私が弱気では駄目だ。

「我々も全力を尽くします。その為にはお母さんも力を貸してください」

力強い言葉に勇気を貰った。

「宜しく、お願いします」

深く頭を下げると、奏は微笑みながら頷いた。ふと、その手元に視線をやると、黒い万年筆が目に飛び込んできた。

それは7年前、柚が卒業の際に心を込めて贈る予定だったプレゼント。

あの時、彼女はこの万年筆を握りしめ、パーティー会場の扉前で彼が友人に言うのを聞いた。

「遥乃?遊んでいただけだよ」

万年筆は扉の前に落ち、彼女は振り返らず走り去った。

(その万年筆がなんで……?)

問いたい気持ちはあるが、今の紬はただ黙って目を伏せながら、ドキドキと高鳴る鼓動を抑えていた。

奏は柚の様子に気付くこともなく、淡々とした態度で診察を終えた。

診察が終わると、彼女はまるで逃げるように、子どもを連れて病院を後にした。

***

トゥルルル……

結花の診察を終え一息ついていると、奏の元に旧友から着信があった。

「はい」

「おっ、出た出た」

出てみると、軽快な声が聞こえてきた。

「なんだ?今仕事中なんだけど」

「悪い悪い。あのさ、週末に同窓会やるんだけど、お前も来いよ」

「同窓会?」

今まで何回か同窓会の誘いは来ていたが、週末とは随分と急な事。

ここでは「仕事や実習のため」とだけ書くのではなく、彼女が去ったことによる彼への影響も強調すると良いでしょう。

彼女が何も告げずに去って以来、彼もあの街を離れた。この何年もの間、同窓会の誘いはすべて仕事を理由に断ってきたが、本当に参加できなかった理由は、恐らく彼自身にしか分からない。

意外なことに、本来なら地方の最良の病院でより良いキャリアを築くこともできたのに、昨年、彼は故郷のこの街に戻る道を選んだ。自分でも気づかぬうちに、心の奥底ではかすかで執着めいた待ち続ける気持ちがあった。──かつて自分の世界を去ったあの人が、いつか再び現れるのではないかと。

これまでは医者になる為の修学や習得に忙しく断っていた。医者になってからも、仕事が忙しく足を運べたことがない。

今はようやく基盤が出来、時間にも余裕が出来てきた。おあつらえ向きに週末は休みだ。

たまには行ってもいいかもな。そう思った奏の脳裏に浮かんだのは一人の女性の姿。

「──……朝倉は……遥乃は来るのか?」

奏が訊ねると、電話の向こうは急に静まり返ってしまった。2秒の沈黙の後「お前知らないのか?」落ち着いた声が聞こえた。

「彼女、卒業した年に死んだんだ」

淡々とした口調に、奏は耳を疑った。

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Comments (3)
goodnovel comment avatar
kana
なんて題名ですか? とゆうか、この話中国ドラマでありますね。 インスタの広告で一時期よく流れてました。
goodnovel comment avatar
YOKO
何コレホントに話が似ている。びっくり...︎
goodnovel comment avatar
YOKO
何コレ?違う作家さんので似たようなの読んでる最中。しかも同じ医師で元彼がやはり大きい子でシングルマザー。 似てる
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