All Chapters of 忘れられた初恋、君を絶対に手放さない: Chapter 1 - Chapter 10

36 Chapters

第0話

幸せなんてものはこの世にはない。あるのは残酷な現実だけ。それを知ったのは高校の卒業パーティだった──…… *** 朝倉遥乃には、付き合いたての彼がいた。その人の名は、藤原奏。 目鼻立ちの整った顔に豪門の御曹司。更には学力、運動共に学年トップで文武両道。まさに御伽噺の絵本から飛び出した王子様のような人。 それに比べ遥乃は、ふくよかな体系でお世辞にもお似合いというカップルではなかった。遥乃自身もそれは重々承知している。 それでも自分の気持ちに嘘は付けず、ことある事に奏に自分の存在をアピールし、如何に奏のことを想っているかを伝え続けた。 最初の内は冷たくあしらっていた奏も、日が経つにつれ笑顔を浮かべるようになっていた。 その結果── 「いいよ」 何度目かの告白で想いが届き、付き合う事が出来た。 周りからは批判や嫉妬、嫌がらせなどもあったが、交際は順調だった。奏が傍に居て、笑いかけてくれる。そんな毎日が幸せだった。 そして18歳の誕生日、私は奏の家に呼ばれた。 「誕生日おめでとう」 「ありがとう」 手渡されたのは、小さな箱に入ったネックレス。ハートのモチーフに小さなアメジストがはめられている。 「貸して。付けてあげる」 「え」 奏の手が首に触れる度に心臓が飛び跳ねる。心臓の音が耳について煩い。 カチッ 金具の留まった音が聞こえ「出来たよ」そう耳元で囁かれた。
last updateLast Updated : 2025-09-12
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第1話

「高瀬さん、高瀬結花ちゃん」 娘の名前が呼ばれ、柚が診察室に足を踏み入れた瞬間、世界が冷たい風に打たれたかのように凍りついた──7年前、自分を裏切ったあの男が、そこに座っている。白衣を身にまとい、医師として冷静に。 心臓が激しく跳ね、柚は立ちすくんで目を疑った。あの見覚えのあるようで見覚えのない顔──かつて全てを捧げても惜しくなかった相手が、今、目の前に冷静な医師として現れている。 胸を重いハンマーで打たれたかのような痛み。目の前の光景に体が震え、思考は瞬く間に混乱した――怒り、憎しみ、胸の痛みがほぼ同時に押し寄せてくる。 *** この日、6歳になったばかりの娘、結花の検診の日だった。結花には生まれつき心臓に疾患があり、定期的な検診が欠かせない。 「高瀬さん、すみません。本日から担当医がこちらの藤原先生に変更となりました」 急な担当医変更の説明を看護婦から受けるが、柚の耳には入ってこない。 新しくなった担当医を一目見た瞬間、奏だと気が付いた。 まさか、こんな場で再開するとは思っていなかった柚は、茫然としながら緊張と焦りでその場に立ち竦む事しか出来ない。 高校の時より大人びて色気が増しているが、生まれ持った雰囲気や整った目鼻立ちはそう変われるものじゃない。 「小児科医の藤原です。これから一緒に頑張っていきましょう」 一方の奏の方は、目の前いるのが自分の娘である事も、遥乃(柚)だという事にも気付かない。 それもそのはず、今の柚は名前も変わっている上、かつての太った少女ではない。 今の彼女は背が高くほっそりとし
last updateLast Updated : 2025-09-13
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第2話

奏は呆然としたまま、スマホが手から滑り落ちた。 (死んだ……?遥乃が……?) 何度も混乱する頭で理解しようとするが、理解も納得も出来ない。 「おい、奏!?大丈夫か!?おい!もしもーし!」 その場には、スピーカーから流れる心配する声だけが響き渡っていた。 *** 同じ頃、柚もまた電話を取っていた。 相手は、柚の親友である新井瑞希。遥乃(柚)と奏、二人の過去を知る唯一の人物。 「藤原が同窓会に出るって聞いたけど、一緒に行かない?」 「行かない」 考えるまでもなく、即答で答えた。 「遥乃…じゃない、今は柚だったわね。いつまでも過去に囚われてちゃ前に進めないわよ?大丈夫よ、絶対に気付かれないから」 そんな事は言われなくても分かってる。 「余計なお世話よ。なんて言われようと私は行かない。今病院だから切るわよ」 「あ、ちょっと待って!もし、気が変わったら連絡してよ!絶対よ!」 電話口で何やら言っていたが、気付かぬフリをして電話を切ってやった。 柚は待合室の椅子に腰掛けながら、ふぅと深く息を吐くと、遠い昔を思い出すように天を仰いだ。 7年前のあの日、奏の為に数ヶ月小遣いを貯めてあの万年筆を買った。 奏の喜ぶ顔を思い浮かべながら、卒業パーティーの会場まで走って行った。息を整え、扉を開けようとした時に聞こえた絶望とも言える言葉。
last updateLast Updated : 2025-09-14
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第3話

柚は高校時代に撮った奏との写真を捨てられずに持っている。その写真を結花に見られてしまったことがあった。 子供ながらに写真に写っているのが父だと直感したのだろう。何度も「パパは何処にいるの?」と聞かれた。その度に「パパはね、結花の生まれる前に亡くなってしまったの」と伝えてきた。 それが、今回奏と出会ってしまったことで、写真の人物と同一人物だと気付かれてしまった。 柚は焦る素振りを見せず、極めて冷静に結花と向き合った。 「あのね、結花のパパはもうこの世にはいないのよ。残念だけど、あの先生は結花のパパじゃない」 しっかりと目を見つめながら言い聞かせるように伝えると、結花は黙って頷いた。 悲しい顔で俯く娘の姿を見る度に心が痛む。素直に聞き入れてくれるから尚更だ…… だが、今はそんな事を言っている場合では無い。これから急ぎの会議があるので、会社へと急がなければならない。結花を送って行く時間もなく、このまま会社へ連れて行くしかなかった。 「あっ!」 会社のロビーで結花が声を上げたかと思えば、顔を輝かせて走り出した。その視線の先には、柚の上司である神谷煌がいた。 煌は飛びつく結花を受け止めると、嬉しそうに抱き上げた。 「お転婆娘!重くなったな!」 「もう6歳だもん!」 傍から見れば仲の良い親子のような光景に、周りの目も暖かい。 上司である煌は柚の命の恩人でもある。 7年前、煌は仕事の都合で訪れていた国で、道端に倒れている柚を見つけ病院へと運んだ。すぐに処置をされ大事には至らなかったが、身寄りのない
last updateLast Updated : 2025-09-15
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第4話

土曜の夜。 この日、会社の祝賀会があり、柚は仕方なく出席していた。 居酒屋に入るとすぐに、煌が手を振りながら「こっちだ」と合図を送ってくれる。 土曜の夜ということもあり、店内は随分と賑わっていて、人を掻き分けながら煌が手招きする方へと向かった。 「よう!久しぶり!」 その声に柚は、思わず足を止めて声のした方へ視線を向けた。その声には聞き覚えがある。高校時代、奏と一緒にいた内の一人。 男が入っていた個室の中には数人の男女の姿もあった。スーツを着たサラリーマンらしき男もいれば、小綺麗な格好をした、いかにも港区女子らしき女性ら……どの顔も見た事がある者らばかり。 そこで瑞希との会話を思い出した。 『同窓会』 その言葉が浮かび上がる。 (同窓会って…まさか……) 偶然にも、同窓会の開かれている店と祝賀会が同じ店だと言う事に気が付き、足早に煌の元へ。 「どうした?」 「い、いえ、なんでも…」 慌てた様子の柚を見て煌が声をかけるが、素早く通り過ぎた。こういった場が苦手な柚は、自然と壁際に足が進み座り込んだ。 隣には煌が座り、メニュー表を差し出してくれたり、注文を聞いたりと世話を焼いてくれる。 だが、柚の耳は隣の部屋が気になって仕方ない。 この店は防音には気を利かせていないらしく、隣の声がダダ漏れ状態。先程から笑い声や乾杯の音が筒抜けて聞こえてくる。 「おい、本当に大丈夫か?」 「ん?うん。大
last updateLast Updated : 2025-09-16
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第5話

翌朝、目を覚ました奏はゆっくり体を起こし、隣で眠る柚へ視線を向けた。 寝惚けたままの頭で昨日の事を思い返しながら、しばらく見つめていた。酔った勢いとはいえ、衝動的な行動だった。自分の受け持つ患者《子》の母親と一線を超えてしまったが、不思議と後悔はなかった。 そっと軽く柚の頬に触れ、起こさないように服を取ろうと手を伸ばした。 「あ」 トサッと柚のバッグを倒してしまった。すぐに拾おうとしたが、その手がある物を見て止まる。 それは7年前、彼女の誕生日にプレゼントしたネックレスと同じものだった。 (何故これが……?) 驚きのあまり、一気に眠気が吹き飛んだ。 震える手でネックレスを手に取ってみる。間違いない、自分が贈ったものだ。そう確信した。 思えば、最初に会った時から彼女の面影と重なる。見た目は変わっていても、面影はそう変わることは無い。何より、ずっと探していた彼女の面影を見間違えるはずがない。 ドクドクと心臓が激しく脈を打つ。もしかして、隣で眠る彼女が自分の探し求めていた遥乃《彼女》ではないかと、疑いの念が強くなった。 そんな時、トゥルルル…と奏のスマホが鳴った。その音に柚も目を覚ました。 「もしもし?」 誰だ?と鬱陶しそうに電話に出ると、相手は奏の母親からだった。 内容は決まって結婚の事。 毎度はぐらかしてきたが、いい加減心配になった両親が見合いの場を設けたと言う連絡だった。 「勝手に話を進めないでくれ!こっちにも都合ってのがあるんだぞ!」 「そう言っていつもはぐらかすでし
last updateLast Updated : 2025-09-17
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第6話

その後、見合いの場は滞りなく終了した。……と言いたい所だったが、やはりそうはいかなかった。 奏の両親は柚の存在に驚いたが、どこの誰とも知らない女より、しっかりとした家柄で身分の知れた者の方がいいに決まっている。 ご両親は怒りを内面に隠し、努めて冷静を装いながらその場をやり過ごした。 「お疲れ様。助かったよ」 「え、あぁ、いいえ…」 帰りの車の中、笑顔で缶コーヒーを手渡された柚は、顔を引き攣らせながら受けとった。 「どうした?」 ぼーっと放心状態の柚を心配した奏が顔を覗かせてきた。 柚は驚いて飛び退いた。その様子に奏は眉を歪めていたが、綺麗な顔が目の前に飛び込んでくれば、誰でも驚いて飛び跳ねてしまう。 「ご、ごめんなさい」 真っ赤に染まる顔を逸らし、取り繕いながらコーヒーを口に運んだ。苦いはずなのに、味がよく分からない。 「それじゃぁ、私の役目も済みましたし……」 私の役目は、この人に彼女がいるとご両親に認識させること。その役目は十分に担えたと思っている。 「待って」 ドアを開けようとするのを阻むように手を掴まれた。息がかかりそうなほど近い距離で見つめられ、柚の心臓は驚く程に脈打っている。 「もう少し、もう少しだけこの関係を続けてくれないか?」 「え?」 「一度顔を見せた程度じゃ両親《あの人》達は納得しない。周囲に君の事を認識させる必要があるんだ」 切実な想いは伝わったが、これ以上は危険な気がする。身元が知られてしまう不安もあるが、忘れていた熱が再熱してしまうのではという恐怖の方が大きい。 断らなきゃ… 「えっと」そう口にしたところで、ポスンッと奏の頭が肩に落ちてきた。
last updateLast Updated : 2025-09-18
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第7話

仮初の恋人となったが、所詮は契約で結ばれた関係。勘違いはしない。だけど報酬を貰う以上は、しっかりとその務めを果たす。そう心に誓った。 どうせ、彼の方もそのつもりでいるはず。そう思っていた…… 『明日、会える?』 スマホの画面に表示されるメッセージに、仕事中だというのに釘付けになってしまった。 この間から週末になると必ず奏から連絡がある。 学会での集まりがあるから付き添ってくれという誘いや、ご両親との会食で呼ばれるのは仕方ないと思って付き添っているが、毎週そんな集まりがあるはずない。 呼ばれて行ってみれば、ただ彼と食事をして終わる事が多くなっていた。そんなこともあり、今日の誘いはどっちなのだろうと眉間に皺を寄せ、睨みつけるように画面を見ていた。 「なんだ?トラブルか?」 ポンと肩を叩かれ振り返ると、煌が心配そうに声をかけて来た。 「ああ、ごめん。なんでもない」 ははっと乾いた笑いを浮かべながらスマホを隠すようにポケットへ。あきらかに何かを隠しているのは明白だったが、気付かないフリをして会話を続けた。 「最近変だぞ?」 「そう?」 「ああ、変と言えば桜も様子がおかしいんだよな」 「!!」 煌の言葉に柚の顔色が変わったのを見逃さなかった。 「なにかあったのか?あいつに聞いても『その内分かる』の一転張りで教えてくれないんだよ」 困ったように頭を掻く煌は、二人の妹を想うお兄ちゃんそのもの。 例のお見合いの後、柚は桜に連絡を取り二人で会っている。その時に一連の経緯を説明した。 「それって、柚を捨てた男でしょ?」 「……」 「そいつは自分の子がいることも、貴女がどれだけ悩んで苦労して
last updateLast Updated : 2025-09-19
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第8話

仕事を終え、会社を出ると奏が車の中から手を振っているのが見えた。 「お待たせ。待たせちゃった?」 「いいえ。私も今来たところです」 助手席のドアを開け、スマートにエスコートしてくれる。会社の前と言うこともあり、チラホラ知った顔が視界に入る。その顔は、驚きと興味で輝いていた。 (……場所を間違えたな……) これは週明け面倒くさそうだと、今から頭が痛い。 「ははっ。次、会社に来るのが憂鬱って顔してる」 「……次は場所を考えます」 奏の方は楽しそうに笑っているが、柚の方はとても笑える状況じゃない。本当の恋人ならまだしも、この人は仮初の恋人……下手な誤解は招きたくない。 「僕と一緒なのを観られたらまずい人でもいるの?」 「い、いませんよ!」 「そうなんだ。良かった」 揶揄ったような口ぶりに慌てて否定の言葉をかけると、柔らかな笑顔が返って来た。その表情にドキッと胸が鳴る。 熱くなる顔を誤魔化すように窓の外に視線を向けた。 「あ」 窓越しに煌と目が合った。 煌は驚いた表情をしながら茫然と立ちすくんでいた。 「どうした?」 「いえ、何でもありません。早く行きましょう」 「そうだね」 そうして走り出した車を、煌は見えなくなるまでそのまま見つめていた。 「誰だ……あいつ」 *** 「ご馳走様」 柚は目の前の空になった皿を見ながら満足気に微笑んだ。 奏の連れて行ってくれる店はどれも美味しくて良かったんだが、何て言うか庶民の味からはかけ離れていた。料理一つ一つ盛
last updateLast Updated : 2025-09-22
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第9話

数日後、柚は結花を連れて病院を訪れていた。今日は恋人ではなく、医者と患者として顔を合わせている。 「やはりあまり良くないですね」 「そうですか……」 奏の強張った表情を見れば、事の重大さが分かる。 「先生。私、死んじゃう?」 この重苦しい空気を真っ先に感じ取ったのが結花だった。 不安と恐怖を滲ませながら奏に問いかける。子供ながらに自分の身体と向き合おうと必死なのだろう。 「大丈夫だよ。結花ちゃんの病気を治すために先生たちがいるんだから」 「そうよ。早く治して遊園地で遊ぶんでしょう?そんな弱気じゃ駄目よ」 柚も優しく諭すように伝えると、結花は安心した様に微笑んだ。 「結花がいなくなったらママも死んじゃうわよ。いいの?」 「それは駄目。ママは私のことばかりで、恋愛なんて二の次だったじゃない。これからは恋愛も楽しんで欲しいの」 「え!?」 その言葉には柚は元より、奏も驚いた。 「煌おじさんもいいけど……あ、そうだ!先生って独身でしょ!?うちのママなんてどう!?」 「な、何言ってんの!?」 慌てて柚が止めたが、結花は執拗く奏に迫っている。奏は困ったように顔を引き攣らせながら笑っているだけ。 (嘘の恋人なんて言えないものね……) 診察室で話すような内容でもないし、早いとこ結花を黙らせようと口を開きかけた。 「僕も結花ちゃんのママは魅力的だと思うけど、ママは僕なんかでいいのかなぁ?」 柚が発するより早く、奏が声をかけていた。 「全然いいよ!先生ってママのタイプそのものだもん!」 「──ンなッ!」 流石の柚も、この発言には狼狽えた。奏の
last updateLast Updated : 2025-09-24
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