Masukこれは人から聞いた話。カンナ様。字は俺の予想だけど、「髪無様」だと思う。かみなし→かみな→かんなって変化してったんじゃないかって勝手に思ってる。
俺の知り合いの理容師に、Aという女がいる。そいつから聞いた話。Aがまだ理容学校(?)を卒業したてで、就職したばかりの頃。学校で仲良くなったB子がいた。
B子の親が理髪店を営んでいて、一緒に働くために理容学校で学んでいたらしい。そんなB子の自慢は毎日せっせと手入れをしている腰まで長い黒髪。B子の両親はちょっと古い人間で、「仕事をするのにそんな髪は邪魔」って思ってるらしい。B子としては「ここのシャンプー使えばこんなに綺麗な髪になりますよ」っていう宣伝も兼ねているし、スーパーロングヘアは子供の頃からのあこがれで、ばっさり切るつもりはなかった。
AとB子は修行も兼ねて同じ店で働いた。今どきのおしゃれな店で、美容室っていうのか? 男の俺にはそういうのよく分かんねぇ。
新社会人のふたりは、それぞれ安いアパートに住んでたらしい、Aは駅チカのボロアパート。 B子はお店に近い小綺麗なアパートだけど、隣には墓地というかなんというか、石造りの墓っぽいなにかがあったらしい。Aの下手な説明を、語彙力のない俺なりに書くから分かりにくいかもしれないが、大人の腰くらいの高さのでっかい石に、しめ縄が巻かれていて、木製の囲いに囲まれていて、門の代わりにしめ縄で封鎖されているらしい。
それだけでも不気味なのに、石、囲い、しめ縄全てに御札がびっしりはられているとか。 そんなのが隣にあるから、B子のアパートは安かったのだろう。定休日前日の夜、ふたりはB子の部屋で飲むことにした。B子の部屋のほうが職場もコンビニも近いし、内装も綺麗だから。
なによりB子はAにしか頼めないことを頼むつもりでいた。ふたりはコンビニで缶チューハイやおつまみを買うと、駄弁りながらB子のアパートに向かった。その時のB子はやたら上機嫌で、自分だけ缶チューハイを飲みながらふらふら歩いてたらしい。
「私も飲みたいのに」 「Aはまだダメー。重大なミッションがあるんだから」 「ちぇ――」 AはB子の髪を切る約束をしていた。いくら大事にしていても毛先は傷みやすいらしく、定期的に毛先だけ切りそろえてるらしい。 ふたりが働いてる店の先輩達は怖いし、スーパーロングヘアをよく思わない両親には任せられないので、Aが時々切りそろえていた。B子は珍しくベロベロで、酒に弱いのに缶チューハイを2本も開けたらしい。ずっこけて例の墓みたいなところに突っ込んでしまい、出入り口を閉鎖していたしめ縄を突き破って御札まみれの石に激突した。
「痛いし気味悪いし最悪!」 「呪われてもしーらない」 「その時は道連れだー!」なんてはしゃぎながら、部屋に入った。Aは酔っ払ったB子に水を飲ませて、鏡の前に座らせた。酔っ払った状態で、カット中にいきなり動かれてばっさり切らないように、B子の酔いを少しでもさまさせたかったらしい。
「なんであんなに飲んでたの」 「だってー、イライラしてるんだもーん。先輩ちょー怖いし、親も髪を切れ切れうるさいし、ほーんとうざーい。お給料もやっすいし、やってられるかー!」 Aは苦情を恐れてB子を必死になだめながら、何杯もお水を飲ませて、トイレに行かせるというのを、何回も繰り返していた。何杯目の水をB子に持っていった時だろう? なにかが焦げるような、生焼けしたような、そんな臭いがした。
コンロを見たけどなにもない。隣の部屋の人が料理失敗したんだろうって思って気にしないことにしたけど、臭いはどんどん濃くなっていく。ベタッ――ベタッ――、ぴちゃ、ぴちゃ――。
音と共に異臭が強くなる。
「なんか変な臭いしない?」 酔っ払いB子も流石に気づいて、キョロキョロしだした。「ぎゃああああああああっ!!!!」
B子がいきなり叫びだした。
「B子!? どうしたの!?」 「ぎゃ、あああっ! 来るな来るな! キモいキモいキモい!びゃあああ!!」 Aが何を聞いても、B子はなにかを拒絶するように腕をぶん回して叫ぶ。Aはあの墓みたいなやつにあたったのが原因だと思い、暴れるB子を外に連れ出した。隣に住んでる若い男(C)が出てきて、何事かと聞いてきたから、とにかくお祓いしてくれるところに行かないとやばいと答えたらしい。
Cは車を持っていて、ふたりでB子を後部座席に押し込むと、寺に行った。AはCと一緒にお坊さんのところに行って説明すると、Cに協力してもらい、B子を車から出して木製の小さな小屋に押し込んだ。
小屋は本当に小さくて、大人が4人入れるかどうかだそうだ。 Aいわく、ラブホのエレベーターサイズとのことだけど、俺はエレベーターがあるほどでかいラブホに行ったことないから分かんねぇ。小屋は高さもそんなに高くなくて、Aは150センチくらいかもって言ってた。Aはモデル体型で身長170センチくらいあるから、屋根が見えた。
壁はもちろんのこと、屋根にも御札がびっしり貼られていたらしい。「B子さん、大丈夫。私が助けてあげますからね」
お坊さんは小屋の中に向かって叫ぶと、いつの間にか来ていたお弟子さんと思われる若いお坊さん(全員2,30代くらいらしい)数人が酒を小屋にぶっかけてお経を唱えていた。若い巫女さんがAとCを広い和室に案内すると、ここで待つように言われたらしい。
しばらくしてお坊さんが戻ってきて、ふたりをお祓いすると、帰っていいって言った。Cは隣に住んでるだけでB子と関わりもないから、すぐに帰った。 AはB子を待つことにした。「B子は助かるんですか?」
「えぇ、お祓い箱の中にいれば問題ありません」 B子が押し込められた小屋はお祓い箱と言って、悪霊に取り憑かれた人なんかを閉じ込めて、お祓いするらしい。「B子は何に取り憑かれたんですか? というか、あれは何なんですか?」
「あれはカンナ様を鎮めるために要石です」 「カンナ様?」お坊さんはカンナ様とやらについて教えてくれた。簡単にまとめると、
・大昔にいた美しい髪を持った娘のこと ・娘は身分が低かったが、金持ちに見初められて結婚するはずだった ・嫉妬した村娘達が「あの髪さえなければ結婚はなくなる」と思い、娘の髪に油を塗りたくって燃やした ・髪だけ綺麗に燃えることなんてもちろんなく、娘は焼け死んだ ・村の女達はもちろんのこと、村に立ち寄る女は全員髪が燃えたり、何かに引っかかって引きずられて死んだ ・娘の怨念だと気づいた村人達は当時力のあるお坊さんに頼んで要石で娘を封印した ・人々は娘を恐れてカンナ様と呼んでいたB子がお祓い箱から出てきたのは翌朝のこと。B子は改めてお祓いをしてもらうと、Aが聞いたことと同じことを聞いた。
「私、あのアパートから引っ越したほうがいいですか?」 「そうですね。できるだけはやく、遠くに引っ越したほうがいいでしょう。それと――」 お坊さんは一瞬B子から目をそらした。「なんですか? 言ってください!」
「カンナ様はまだ、あなたをお許しになっておられません」 「じゃあ、どうすればいいんですか?」 聞き返したB子は、可哀想なくらい震えていた。「その美しい髪をカンナ様に捧げてください」
カンナ様というのは、自慢の髪を燃やされて殺された。特にB子みたいな美しい髪を持つ娘を見ると、怒りが湧き上がるらしい。 B子はAに泣きながら断髪を頼んだ。お坊さんに言われた通り、AはB子の髪を綺麗に剃り落とした。B子はツルツル頭になってしまった。
お坊さんはAからB子の髪を受け取ると、カンナ様に捧げたらしい。けど、具体的にどう捧げたのかは、AもB子も知らなかった。 というより、知りたくなかった。自分や知り合いの髪が石に巻き付いてたり、しめ縄のようにされてたとしたら、見たくもないし聞きたくもない。
男の俺でも、この辺の気持ちはなんとなく分かる。B子はその後Aの部屋に一時的に転がり込んだあと、ふたりそろって店をやめ、違う美容室で働き出した。Aの部屋からでも、美容室に行く時に要石の前を通らないといけないからだ。
B子は数日Aの部屋で休むと、県外に行って部屋と新しい職場を見つけ、Aを誘ったらしい。ふたりは数年修行すると、B子は実家へ、Aは東京の有名な店に行った。
その事件があって以来、B子は怖くて髪を伸ばすことができず、ショートカットらしい。これは不倫した元夫がひどい目にあった話。 私と夫は社内恋愛で結婚しました。夫は私の3つ上で、役職もあって給料がいいので、結婚してすぐ妊娠したというのもあり、私は寿退社しました。 つわりが落ち着き、安定期に入ると、母と姑に連れられ、安産祈願で有名な近くの神社に行きました。 ふたりは何故か私と夫が結婚式の時に撮ってたツーショットの写真を持ってきてて、本堂(?)に写真をむけながら、夫と私の人柄や馴れ初めについて話していました。 何故そんなことをしたのか聞いても、ふたりは教えてくれません。 うちの母と姑は同級生だったらしく、とても仲が良くて、ふたりとも妊娠中の私に寄り添ってくれてました。 一方夫は、子どものために稼がないといけないと言い、毎日残業で、休日出勤もしてました。私は夫の体が心配になり、「無理しないで」と言いましたが、「大丈夫、心配しないで」と言いました。 母と買い物をしてる時に、夫が知らない女性と歩いてるのを見かけ、私はショックのあまり動けなくなりました。母は姑に連絡すると、夫達を尾行しに行きます。 姑が迎えに来てくれて、私は姑と一緒に帰りました。 姑は、「うちのバカ息子がごめんね。絶対にバチが当たるから、安心して子供を産んでね」と言います。 その時はただの慰めだろうなと思っていました。 出産をした2ヶ月後、夫は知らない女を連れてきて、「この人と一緒になるから離婚してほしい。妊娠してるから、子供が産まれる前に結婚したい」と言いました。その時母が遊びに来て、別室で子供を寝かしつけていました。 話を聞きつけた母が、テーブルの上に不倫の証拠写真を並べ、「この子と離婚するなら、けじめをつけなさい」と言ってくれて、私は慰謝料をふたりからもらって離婚しました。 SNSを見てると、おすすめに夫の不倫相手が出てきたのでなんとなく覗いたら、私も行った安産祈願の神社に行ったようで、夫とのツーショットが――。 ショックだったし、神聖な場所を穢された気がして、悔しくてしばらく泣いてました。 不倫相手のアカウントをブロックして、忘れようとしました。 離婚のゴタゴタが終わると、私は母の実家がある隣県に引っ越して、そこで母と祖父母に子育てを手伝ってもらいながら、穏やかに暮らしていました。 離婚して半年後、姑から連絡があったので母と行くと、元夫について色
僕が大学受験の勉強をしていた頃の話。父からラジオを借りて、夜遅くまで勉強してた。 ラジオはかなり年季の入ってるもので、父が初給料で買ったものらしい。ラジオを聞きながら勉強すると意外と捗るし、結構楽しいから気に入ってた。 ある晩、ラジオがおかしなことになった。 触ってないのに、勝手にチャンネルがコロコロ変わる。どこを押しても、コードを抜いても止まらない。 よく聞くと、ラジオはチャンネルを変えながら、ひとつの言葉を作っていた。【A、キケン、チュウイセヨ】 その言葉を聞き取ると、ラジオはもとに戻った。 Aというのは同じ大学志望のクラスメイトだ。彼は塾に通って毎日勉強しているらしい。 Aとは特に絡みもない。何故注意しなくてはならないのか、イマイチ理解できなかった。 学校でなんとなくAを見ても、彼は僕に興味があるようには見えない。授業は真面目に聞いてるし、休み時間も友達と話している。 あれはなんだったのだろう? 故障にしては気味が悪い。 夜、またラジオがおかしくなった。【◯✕ジンジャ、ウラテ】 ◯✕神社は、この辺で1番大きな神社で、樹齢1000年と言われる御神木が有名だ。 なんとなくそこに行かなきゃいけないと思って、懐中電灯を片手に行く。 夜の神社は不気味で、来たことを後悔した。なにもないし帰ろうと思ったら、足音が近づいてくる。咄嗟に隠れると、Aが御神木に近づき、釘で何かを打ち付けてる。 不気味だし、帰りたいけど、見つかったらまずい気がする。それにAが何を打ち付けてるのか気になった。 満足したのか、Aは10分くらいで帰ってった。階段を降りる音が聞こえなくなってから御神木に近づき、ゾッとした。 御神木に打ち付けられてるのは、藁人形と僕の写真。「そこで何をしてる?」 驚いて振り返ると神主さんがいた。僕が事情を説明すると、神主さんは社務所に入れてくれた。「そのAくんとやらは、君を恨んでたようだね」「僕、Aくんとほとんど話したことないんですけど――」「恨みっていうのは、どこで買ってるか分からないものだよ。特に君達はまだ高校生。精神が未熟だ。他の人にとってはしょうもないことで恨みや憎しみを抱くことが多い。 例えば、自分は親に買ってもらえないのに、他の人は買ってもらえてるとか、自分より成績がいいとか、自分より目立ってるとかね」「言わ
郊外のマンションに住み始めた頃の話。 独身貴族の私は、ひとりでのんびりしたくて、郊外のマンションに引っ越しました。回りは少し自然があって、お店も家も適度にあって、都心のような忙しなさとかけ離れた落ち着く場所でした。 引っ越してから毎晩同じような夢を見るのです。背の高い男性に抱きしめられ、髪を撫でられる夢で、男性は私の髪を撫でなから、「綺麗な髪だね」と言ってくれます。 声はイケボっていうより、落ち着く声で、すべて委ねたくなるような声でした。 恋愛もほとんどしてなかった私は、その夢に夢中になり、夜が待ち遠しくなりました。 男性の夢ですっかり気分が良くなった私は、今まで以上に髪の手入れをしたり、新しい服を買ってイメチェンしたりしてました。 心は今までにないくらい元気なのに、こころなしか体が重くなっていきます。引っ越し疲れのせいだろうと思い、あまり気にしませんでした。 そんなことより、夢の中の彼に会いたい。そのことで頭がいっぱいだったのです。 1ヶ月後、体調が悪化して、会社を休みがちになりました。それでも病院に行こうと思いませんでした。 だって、昼も寝れるということは、彼との時間が増えるということだから。 休日の日中、これから寝ようと睡眠薬を準備していると、友達のAが遊びに来ました。Aは霊感がある子で、私の部屋に入るなり、顔をしかめます。「相当やばいよ――。一旦ここ出よう」 私は彼に会いたいのに、Aは無理やり私を引っ張って、Aの家に行きました。「もう、彼の夢を見たいのに」「彼って?」 私は夢の中でいつも抱きしめ、髪を褒めてくれる愛しい彼の話をAに聞かせました。「それ、悪霊の類だと思うよ」「まさか! あんなにいい人が?」「だって、引っ越してきてから体調崩してるんでしょ? それに、眠剤飲んでまで昼寝しようとするなんて、普通じゃないでしょ」 Aに言われ、ようやく自分の異常性に気づき、鳥肌が立ちました。でも、彼と離れたくないという気持ちも強いまま。「知り合いの祓い師に連絡するから」 Aは誰かに電話をした。彼女は電話を終えると、ため息を付きながら私を見た。「明日来てくれるって。今日はうちに泊まって」 Aは客用の布団を用意してくれました。 真夜中。どうしても彼に会いたくて、こっそり抜け出し、マンションに戻りました。さっきまであんなに目
子供の頃、田舎に住んでいました。田んぼや畑が沢山あって、軽トラなどが通る道が何本もありました。軽トラもトラクターもそんなに頻繁に通るわけではないので、散歩道としてよく使われています。 少なくとも、私達がふだん使うのは、田んぼがある道で、畑側の道は通りませんでした。児童館も駄菓子屋も、田んぼ道で行くからです。それに畑側の道に行っても、何もありませんでしたし。 子供というのは好奇心旺盛なもので、「そういえば、あの道行ったことないから行ってみよう」と誰かが言い出しました。 私は嫌がりましたが、年下の子達も行こう行こうとしつこいし、ついてこなかったら絶交だって言うんです。 子供って思い通りにならないと、すぐ絶交って言いますよね。 それで渋々ついて行ったんですけど、道を進む度にゾワゾワして、嫌な感じが強くなって、私はついに泣き出してしまいました。 年下の子達にもなだめられる始末です。でも、恥ずかしいって思う余裕なんてありませんでした。 男女どちらかわからない顔が、怖い顔をして睨んできてたのですから。他の子達には見えなかったようで、何故私が怖がっているのか、誰も理解できません。 限界が来て泣きながら田んぼ道に引き返していると、ちょうど祖母が散歩に来ていて、事情を聞いたら他の子達を叱ってくれました。 叱ってくれたと言っても、霊的な話がどうとかじゃなくて、「嫌がる子を無理やり連れてくとは何事だ」といった内容でしたが。 成長して霊感がなくなったのか、数年もすると見えなくなりました。すると不思議なもので、その道を通ってもなんとも思わないし、体が重くなったり、高熱が出たりということもありません。 あの霊は成仏したのか。それとも普段行かないところへ行きたくないという強い思いが見せた幻覚なのか――。
これは私が片想いした相手の話。彼は私のふたつ上で、頭が良くて面倒見が良くて、子供の頃から彼のことが大好きでした。彼のことはFとしましょう。 Fは背も高いし、顔もそれなりに整ってるので、どの学年の女子からもモテました。同じ通学班の子なら、ほとんどの子はFを好きになったことがあったと思います。 幸い、Fとは家族ぐるみの付き合いがあったので、Fが中学生や高校生になっても、付き合いはありましたし、学校やバイトの帰りに会うと、送ってくれました。 臆病な私は、Fに告白することもできず、彼は県外の大学に行ってしまいました。 Fと再会できたのは、私が大学4年生になってから。 それまで親戚や近所の集まりがあったのですが、Fは年末年始やお盆に帰ってくることさえありませんでした。Fのご両親に聞くと、夏休みのような長期休暇は、勉強や自主留学みたいなことをしてると言ってました。 なので時々Fから海外からのお土産を、Fの両親経由でもらうこともありました。 私が大学4年生の頃の夏休み、Fは久しぶりに姿を見せに来ました。数年ぶりに見たFは、前より大人っぽくて、かっこよくなっていましたが、目の下にクマがあって、目が虚ろというか、遠いところにある別の何かを見ているような、そんな目をしていました。 近況を聞くと、エンバーマーになったと言ってて驚きました。Fは外科医になるために医大に行ったと聞いてたので、他の職業に就いてるとは思わなかったのです。「エンバーマーって何?」「ご遺体を綺麗にする仕事だよ。傷を縫合したり、化粧を施したりするんだ」 怖い仕事だと思いましたが、誇らしげに話すFにそんなこと言えるはずありません。 久しぶりにFの家族と一緒に、バーベキューをすることになり、私とFは買い出しに行くことになりました。 この機会を逃したら、もう告白するチャンスがなくなると思い、思い切ってFに告白しました。「あの、Fさん――」「どうしたんだい?」「私、ずっと昔から、Fさんのことが、好きです――」 Fさんは一瞬目を見開いた後、悲しそうに笑いました。「気持ちは嬉しいけど、ごめんね。僕には愛する妻がいるんだよ」「え?」 鈍器で頭を殴られた気分でした。Fが結婚したなんて、聞いてません。それどころか、Fの両親が、「あの子、仕事のためにあちこち飛び回っててなかなか落ち着かないんだ。
社会人になって、地元から出た人って、年末年始とお盆に帰るでしょ? 私は年末年始には帰れるけど、お盆は怖くて帰れない。 小さい頃から、お盆になると怖い夢を見る。お盆の期間、ずっと。 夢の内容はいつも同じ。私は重たい何かを引きずっている。重いし辛いし、もう休みたい。けど、休んじゃいけないって本能的に思って、安休むことはできない。 見回すと、他にも私と同じように重たいものを引きずってる人がたくさんいる。皆大きな石にくくりつけた縄を引っ張っているんだ。振り返れないから分からないけど、多分私もそう。 斜め前に、歳の近い女の子がいて、女の子にひとりの少女が近づく。背格好は少女だけど、顔は老婆だ。老婆は女の子に「大変そうだね、代わろうか?」と優しく声をかける。 女の子が「お願い、代わって!」と言うと、女の子が消えて、老婆が女の子と同じ姿になって、石の上に座る。 これを見て、どんなに辛くても代わっちゃいけないんだと悟って、泣きたくなった。 私のところに、少年が来る。顔も年相応だけど、もしかしたら他の人から見たら、おじいちゃんなのかもしれない。「大変そうだね、代わろうか?」 男の子は人の良さそうな笑顔で腕を差し伸べる。「大丈夫、自分でやる」と言うと、舌打ちをしてどこかに行った。 時々、少年少女が私のところに来ては、私と代わろうとする。私が断ると、舌打ちをしたり、暴言を吐いたりする。 周りの人のところには、顔が年寄りの子供が寄ってくる。代わってほしいと言うと消え、私のように断ると、舌打ちや暴言を浴びせられる。 両親に話してもまともに取り合ってくれなくて、悲しかった。 歳を重ねるにつれ、その夢を見るのはお盆だけだと気づき、更に歳を重ねて、代わろうとしてくる少年少女の正体がご先祖様なんじゃないかと思うようになった。 というのも、うちは一戸建てで和室があるんだけど、和室にはご先祖様の写真や肖像画が飾ってある。 思い返してみると、あの子達はご先祖様と瓜二つなんだ。 小学4年生から、お盆の時期にお泊り会が開かれた。どこかの施設が開催してるもので、子供達だけで夕飯を作ったり、冒険をしたりする催しだ。普段ならこういうイベントに参加したいと思わないけど、すがる思いで参加した。 不思議なことに、お泊り会の間はあの夢を見ることはなかった。それ以来中学3年生まで、お