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母の裁縫鋏

Penulis: 東雲桃矢
last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-21 13:29:27

子供の頃から、私が住んでる町は死人が多かった気がします。思い出しながら書くので、話が前後してしまったらごめんなさい。

 子供の頃の私はよく言えば感情豊か、悪く言えば癇癪持ちだったように思う。というのも、友達とすごくどうでもいいことで大喧嘩をしていたから。

 子供というのはそういうものかもしれないと思おうとしたけど、先生が私を問題児呼ばわりしてたから、間違いない。

 私達が住んでる町は田舎町で、朝起きてカーテンを開けたら、人の家の田んぼが広がってるほどだ。

 田舎にしては子供はそれなりにいて、地域の人達は私達を大事にしてて、事あるごとに公民館で行事を開いていた。

 行事は小学生が主役になることが多く、中学生以上の子達が参加できるのは、夏祭りと盆踊りくらいだったと思う。

 小学生はというと、春になると新入生や卒業生がいれば歓迎会やありがとう会。

 夏はお祭りに盆踊り。ラジオ体操、肝試し、花火大会などがあった。

 秋は落ち葉を集めて焼き芋を焼いて、冬はクリスマス会や餅つき大会と、イベント盛りだくさんだった。

 話を戻そう。確か、私がいかに問題児かってお話だった気がする。

 花火大会の話でもしよう。1,2年生は手持ち花火だけ。3,4年生は手持ち花火の他に手持ちの打ち上げ花火が許され、5,6年生は地面に置いて導火線に火をつける、あの派手な花火が許されていた。

 花火は子ども会の会費から出ていて、大人たちが買いに行く。

 私が3年生の頃、初めての手持ちの打ち上げ花火にワクワクしていた。夕方5時過ぎ、大きな車を持ってる誰かの親がたくさんの花火を持ってきた。私含め、群がる子供たちをなだめながら、親たちは学年ごとに花火を分けてくれる。

「私これー! 打ち上げ花火2本予約ー! って、当たり前だけど」

 同い年のAちゃんが、1本の手持ち打ち上げ花火を持って高々に言った。学年ごとに許されてる花火は、ひとり1本の決まり。つまり、Aちゃんはズルをして2本もやろうとしていたのだ。

「はぁ? 何言ってんの。ひとり1本だよ! Aちゃん最低!」

「え? 1本って言ったよ? 聞き間違えたんじゃない?」

「嘘つき! ズル! 絶対2本って言ってたから!」

「言ってない!」

「言った!」

 ついに手が出て、保護者達が間に入ったっけ。今思えばなんでこんなことでムキになってたんだろうって思うけど、当時は本当にAちゃんが花火を独り占めするズル女にしか思えなくて悔しかった。

 このように、思い込みが激しく、キレやすい子だった。そんな私の親をやってるんだから、母さんは大変だったに違いない。

 他の親が母の陰口を叩いているのも、母に嫌味を言ってるのも何度も見聞きした。

 それでも母はニコニコしていたし、私が「◯◯ムカつく!」って帰ってきたら、「そっかそっか、大変ねぇ」と聞いていた。

 そんな子沢山の田舎町は、どういうわけか死人が多かった。当時子供だったからあまり覚えてないけど、さっきの花火大会の話に出たAちゃん一家は海に出かけて、家族全員溺死したし、私や他の女の子にちょっかいを出すBくんは、食中毒で死んだ。

 俗に言うスピーカーおばさんと言われるCさんは、喉に食べ物を詰まらせて死んだ。

 他にも周りの人が何人か死んだけど、いちいち覚えていない。

 大人になった私は田舎町を飛び出して、車で1時間ちょっとの街に出て働き出した。東京と比べれば田舎だろうけど、私が住んでたところよりお店もあるし、ショッピングモールや駅があって、賑やかで楽しい。

 そんな都会ライフを6年ほど過ごした頃、父から電話があった。

「母さんが病気で入院したから、見舞いに来い」

 母さんが大好きな私は、急いで車を飛ばして病院に行った。母さんは少し顔色が悪い以外はいつもどおりで安堵したのを覚えている。

 母さんと少し話してから、父さんと一緒にお医者さんの話を聞きに行く。診断結果はガンだった。発見が遅く、余命1年半と言い渡された。

 私は母さんに悟られまいと机上に振る舞ったけど、母という存在は子供の事ならなんでもお見通しだったみたい。

 毎週末お見舞いに来る私に、「母さん、もう長くないんでしょ?」と言ってきた。まるで世間話をするように。

「そんなことないって。きっと良くなる」

「そういうの、いいから」

 母さんは私の言葉を遮るように言うと、枕の下から封筒を出して握らせた。中に固いものが入っている。

「母さんが死んだら、開けなさい。誰にも見せちゃいけないよ」

 母さんの目は、怖いほどまっすぐで、私は頷くしかなかった。

 余命1年半と言われた母さんは、半年で亡くなった。葬儀などを終えて一段落すると、母の言葉と封筒を思い出した。

 なんとなく、悪いことのような気がして、夜、部屋の隅で封筒をあける。中に入ってたのは古びた裁縫鋏と手紙だった。

 手紙には「あなたの邪魔をする者の名前はこの鋏で切ってしまいなさい。ただし、輪の限り」

 イマイチ意味が分からず、裁縫鋏を見る。この裁縫鋏には見覚えがあった。母が大事にしていたもので、決まったことにしか使わなかった。

 でも、その決まったことがなにかは分からない。

 昔、母に手提げ袋を作ってもらってる時、「糸切りバサミ取って」と言われてこの鋏を出したら、「これは特別な時にしか使わないの」と言われ、百均に売ってそうな安っぽい糸切りバサミを取るように言われたのを思い出した。

 この時、「私は特別じゃないんだ」と落ち込んだし、その後この鋏で何かを切る母を見るたびに、つまらないと思っていた。

「輪って、これ?」

 滑り止めに触れてみる。もとは白と思われるゴム製かなにかの紐が巻かれているのかと思っていたが、触って確かめるとひとつひとつ輪になっていた。年季が入っているせいか、輪はいくつかなくなり、握りにくい。

 変わってるけど母の形見ならと、私はその裁縫鋏を持ち歩くようになった。

「ちょっと、まだ仕事終わってないの!? あなた入社して何年だっけ? 去年入ってきたDさんのほうがよっぽどできるわ!」

 お局様が皆の前で怒鳴りつける。入社したての頃は可愛がってくれてたけど、ミスを指摘してからは、こうして事あるごとに私を怒鳴り散らし、新人と比べたがる。

「すいません」

「すいませんじゃないの! ちゃんとして!」

 お局様はこれみよがしに大きなため息をついて、近くのゴミ箱を蹴り飛ばし、「あー時間の無駄! 辞めればいいのに!」と叫ぶ。

 同情の視線で余計に自分が惨めになって、トイレに駆け込んで静かに泣く。

「あなたの邪魔をする者の名前はこの鋏で切ってしまいなさい」

 あの手紙と裁縫鋏を思い出す。私はポケットから裁縫鋏を出すと、トイレットペーパーにお局様の名前を書いて、切り刻んだ。

「死ね! 死ねクソババァ! いっつも言ってること変わってんだよ、認知症ババァ! 死ね死ね死ね!」

 こんなに感情的に暴言を吐いたのはいつ以来だろう?

 細切れになったトイレットペーパーを流すと、少しだけすっきりした。

「あ……」

 裁縫鋏についてる滑り止めの輪が、ひとつちぎれて便器に落ちた。タイミング悪く、流した後なので、プカプカ浮いている。黄ばんだ白であったはずのそれは、何故か真っ黒だ。

「あれ?」

 不思議に思って裁縫鋏を見るけど、輪は全部黄ばんだ白。黒いものなんてひとつもないし、あったら目立って気づくはずだ。

「ま、いいや」

 トイレから出てオフィスに戻って仕事を再開する。1時間もしないうちにお局様は苦しみだし、救急車騒ぎになった。

 翌日出社すると、お局様が亡くなったという話で持ち切りだった。私と同じくいじめられてた人は、「死んで当然」と声を潜めて言っていた。

 それから私は、気に入らない人に出会うたびにその人の名前を裁縫鋏で切り刻んだ。名前を切り刻まれた人は死ぬ。

 3人死んだところで思い出したことがある。

 今思えば、子供の頃周りで死んだのは私や母さんにひどいことをしたり、悪口を言った人ばかり。そして誰かが死ぬ前に、母さんはよく、この裁縫鋏で何かを細かく切り刻んでいた。

 何度も何度も、なにかに取り憑かれたように。

 裁縫鋏の輪はあとふたつ。全部なくなったら、もしくは、全部なくなっても使ったら、私はどうなってしまうのだろう?

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