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廃コンビニ

Author: 東雲桃矢
last update Last Updated: 2025-12-21 13:30:05

 大学生の頃、私はボードゲームサークルに入っていた。ボードゲームサークルというのも名ばかりで、飲むかヤるかの猿の集まりみたいなサークルだった。

 今振り返るとただの黒歴史だけど、当時はそのダーティさがカッコいいと思っていたし、堕落を極めるのは楽しかった。

 夏になると憧れのA先輩に呼び出された。A先輩は身長180センチはあって、顔もいい。おまけに筋トレが趣味なおかげでいい身体をしている。遊びでもいいから先輩に抱いてもらえたら、それだけで満足すると、当時は本気で思っていた。

「いいところ見つけたから、肝試ししようと思っててさー。いっつもサークルメンバーってのも飽きちゃうじゃん? だから◯ちゃん(私)の友達呼んでよ。ほら、いっつも黒い服着てるカノジョ」

 A先輩が誰のことを言ってるのかすぐに分かった。R子だ。R子は黒くてサラサラした髪を腰まで伸ばして、いつも黒いワンピースやブラウスを着ている。化粧は軽くファンデーションをして、真っ赤なグロスを塗るだけの、シンプルながらR子の魅力を引き立てるものだった。

「分かりました。来るかどうか分からないけど、声かけてみます」

「よろしくねー。俺も別サークルのヤツに声かけとくから」

 じゃあね、と手をひらひらさせるA先輩を複雑な気持ちで見送った。A先輩、R子のことが気になるんだ――。

 特別に美人だったり可愛かったりするわけでもない私が、ミステリアス美女のR子に勝てるわけがないのは分かっていたけど、それでもつらい。

 だが、負けが決まったわけじゃない。R子が来る可能性は低いから。

 R子は霊感がある子で、面白半分に肝試しをする人を嫌う。きっと、A先輩を軽蔑してくれるはず。そう思いながら彼女に電話をかけると、すぐに出た。

「もしもし? ◯、どうしたの?」

 気だるげなR子に肝試しの誘いをすると、数秒ほど沈黙があった。

「で、どこ行くの?」

「え? 来るの?」

「分からない。とりあえず場所教えて」

「えっと――」

 R子に聞かれて、どこで肝試しするか教えてもらってないことに気づく。

「はぁ――、いいよ、行くよ。詳細分かったら教えて」

 R子はやれやれと言わんばかりの口調で言うと、電話を切った。

「行きたくないなら来なくてもいいのに」

 嫉妬とR子のぶっきらぼうさに嫌気が差し、舌打ちをする。

 幸いA先輩の連絡先は知っていたので、すぐに電話をした。

「なーに、どーしたの?」

「あの、A先輩。肝試しはいつどこでするんですか? 場所次第では、R子も来るみたいなんですけど――」

「お、マージで? んとね、商店街の端っこに潰れたコンビニあるんだよね。そこ。明日11時かなー」

 R子の名前を出した途端に弾むA先輩の声に胸を痛めながらも、お礼を言って電話を切ってから、R子にラインで場所と日時を教えると、すぐに既読がついて「行く」と来た。

 翌日夜10時50分。私とR子は言われた通り潰れたコンビニに来た。A先輩と連れの人はまだ来てない。

「ねぇ、どうして来たの?」

「アンタが心配だから」

 R子はしかめっ面でコンビニを見上げる。

「そう、ありがとう。でも、ここで肝試しできるかな? 山奥とかにあるならまだしも、街中にあるんだよ? セキュリティ面しっかりしてそうだけど」

「それは――」

「そんなに俺らに会いたかったぁ?」

 R子の声はA先輩にかき消された。A先輩は黒髪の男性と肩を組んで近づいてくる。お酒と香水が混じった匂いに、ドキドキする。

「へぇ、どっちも可愛いね。俺はB。よろしく」

 Bと名乗る黒髪の男性はホストみたいな服装で、耳だけじゃなく眉毛付近にもピアスがいっぱいついていた。

 危険でセクシーな男ふたりに、耳まで熱くなる。

「R子ちゃん来てくれたんだ。怖かったら抱きついてきていいよ。なんなら、肝試し終わった後に、ぜぇんぶ忘れるまで、ベッドにいてあげるから」

 A先輩はR子の肩を抱くけど、R子は汚いものを振り払うようにA先輩の手をはらった。

「あの、ここ、入れるんですか?」

「あー、どっかのバカが鍵ぶっ壊したみたいだから入れるよ」

「つーかこんなところ、肝試しになんの?」

 Bは私の質問に答えるA先輩に、悪態をつくように言い捨てた。

「ここ、呪われてるらしいよ。女の霊が居座るようになって売上落ちて、オーナーが首吊ったんだって」

「えぇ、こわーい!」

「大丈夫、忘れるまで腰振るから」

 精一杯ぶりっ子するけど、A先輩はR子に夢中。代わりにBが私の肩を抱いて、「俺でよかったら相手するよ?」と言ってくれた。

「ここで喋ってても仕方ないし、入ろーよ」

 A先輩に言われ、4人でコンビニに入る。今どきのコンビニにしては珍しく、手動ドアだった。中はうっすら埃っぽくて、くしゃみが出た。

「かわいーくしゃみだねぇ」

 Bは私の頭を撫で回す。

 スマホのライトで床を照らすと、ガラスの破片が飛び散っていた。どうやらA先輩の言う通り、どこかのバカが鍵を壊したらしい。

「お、めっちゃいいじゃん!」

 A先輩は陳列棚を照らしてテンションを上げる。つられて陳列棚を見ると、お菓子がずらりと並んでいた。

「普通、店が潰れたら、商品は引き取られるんじゃないですか?」

「うん、だと思う」

 私とBが小首をかしげてると、A先輩は数歩進んで振り返った。

「せっかくだし、二手に分かれて見て回ろうぜ。チーム1がドアから手前の棚2列と、レジの中ね。チーム2が奥の2列とバックヤード。最後に全員でトイレ行こ。R子ちゃん、俺と見て回ろ」

「私、◯とじゃないといや」

 R子は私の手を取ると、奥に進んでいく。残されたふたりは文句を言いながらガサゴソしていた。

 冷蔵棚に並んでいたおにぎりやお弁当は腐っていて、腐敗臭がして吐きそうだった。

 R子はバックヤードに私を連れて行くと、壁に立てかけてあったパイプ椅子を広げて座る。

「◯も座ったら?」

「え? あぁ、うん――」

 言い返す気力もなく、R子の向かい側に椅子を広げて座る。見回すとお菓子の在庫がある。

「R子、ここ、なんか変――」

「だって、いるもの」

「まぁ、いるんだろうけど――、そうじゃなくて」

「商品置きっぱなしなのはおかしいっていいたいんでしょ?」

「うん――」

「ここが閉店したのは1ヶ月前。この土地には地縛霊がいる。女の霊ね」

 R子は淡々と霊について話し始める。

 女が地縛霊になった経緯などは分からないが、騒がしいのが嫌いな霊らしい。このコンビニにはいわゆるDQNが群がっていた。

 それに耐えかねて人々を呪い、オーナーは追い込まれて首を吊ったのだろう、と。

「騒がしいのが嫌いなら、コンビニ建てることすら許さなそうだけど――」

「そんなの知らないわよ。私、霊じゃないもの。それに、雰囲気からの憶測だし」

「憶測――」

「なんにせよ、女の地縛霊はもう誰にもここに来てほしくないの。だからここに来た人達を呪うの」

「じゃあ、私達は――」

「あなたには私がいるから大丈夫」

 言葉の意味を聞こうとしたけど、悲鳴に遮られた。A先輩とBさんだ。

 急いでバックヤードから出ると、ジュースコーナーの前が酒瓶とお菓子の袋が散らばっていた。その奥のトイレ前で、ふたりが腰を抜かしている。

「どうしたんですか!?」

 駆け寄ると異臭がした。食べ物の腐敗臭ではなく、なんとも言えない生臭さ――。

「ひっ――! ひっ――!」

「く、来るな!」

 先輩達は私の声なんて聞こえないみたいで、なにかに怯えている。

「かぁええええぇしいいぃてえええぇぇっ!!!」

 地面を震わせるような男の叫び声が聞こえた。明らかに人ならざるものの声に肝が冷え、動きが固まる。

「かああああぁえええええぇっえっええええっ、し、ししでえええぇっ!」

 さっきよりも大きな叫び声と共に、トイレから手と思われるものが出てくる。かろうじて指を認識できるけど、赤黒いドロドロがまとわりついてて、ところどころ骨がむき出しだ。

 吐き気がこみ上げる。

「しっかりなさい!」

 R子に腕を引っ張られ、ようやく体が動き出す。

「先輩は!?」

「いいから!」

 R子に引っ張られ、外に出ると、夏の夜特有の生ぬるい風が私達の体を撫で回して気持ち悪い。

「先輩、助けに行かなきゃ!」

「アンタにできることなんてない!」

 頬に衝撃が走る。数秒遅れて彼女に叩かれたことに気づく。同時に恐怖が込み上げて来て、子どものように泣いた。

 それからどうやって帰ったのか、記憶にない。気がついたら自分の部屋にいて、R子が台所でおかゆを作ってくれてた。

 落ち着いてからR子に聞いた話だけど、A先輩達は病院に運ばれて未だに入院中。お見舞いに行ったら面会謝絶で会えないから、どうなったのかは分からない。

 R子いわく、地縛霊の女は寂しくてオーナーを死に追いやったらしい。それから愛の巣に誰かが入ってくるのが許せなかったとか。

 どうしてそんなことが分かるのか聞いても、彼女は答えてくれない。

「どうして肝試しについてきたの?」

 気になって、改めて聞いてみた。

「あなたが心配だったからよ」

 R子は静かに笑った。

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