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第4話

Author: 青の波
「彼氏、大事にしなよ。性格もいいし、見た目もいいし。誰かに取られないようにね」

私は軽くうなずいただけで、何も言わなかった。

帰りの車の中は、妙に静かだった。渉は何度か口を開きかけたものの、そのたびに言葉を飲み込んでいた。

何か話そうとしているのはわかった。

もしかして、全部打ち明けるつもりなんだろうか。

もしそうなったら、私はどうすればいいんだろう。泣いて責めるのか、それとも何も知らないふりをして受け入れるのか。

どちらも、できる気がしなかった。

結局、家に着くまで、ほとんど会話はなかった。

玄関を開けた瞬間、思わず足が止まった。

部屋の中は、いつの間にかきれいに飾りつけられていた。壁にはやわらかな灯りがともり、私の好きな花がところどころに飾られていた。

まだ状況を飲み込めずにいるうちに、渉が私の前まで来て、その場で片膝をつき、まっすぐ私を見上げた。

「日菜、俺と結婚してくれ」

その声とほぼ同時に、綾香が花束を抱えて姿を見せた。目に涙を浮かべながら、嬉しそうに笑っていた。

「日菜、渉ならもう文句なしだよ。私もちゃんと認めたんだから、早く返事してあげて」

目の前に広がっていたのは、何度も夢見てきたはずの光景だった。

それなのに、どうしても「うん」と言えなかった。

私が返事をためらっていると、突然、壁の飾りパネルが外れてこちらへ落ちてきた。

とっさに動けずにいる私の前へ、渉と綾香が同時に飛び込んできた。

「日菜、危ない!」

私はかすり傷ひとつなかった。代わりに、2人は落ちてきたパネルで腕を切り、そのまま病院で手当てを受けることになった。

会計を済ませて2人のところへ戻ると、処置室にはもう看護師の姿がなかった。

中から、2人が声を潜めて言い合うのが聞こえてきた。

「綾香に言われた通り、日菜にプロポーズした。でも、あんなことが起きて、結局返事は聞けなかった」

渉は思いつめたような低い声で続けた。

「こんなときにあんなことまで起きるとさ……もうやめろって言われてる気がするんだ。

日菜も、結局返事してくれなかったし。もしかしたら、もう俺とは結婚したくないのかもしれない」

「そんなわけないでしょ!」

綾香はすぐに言い返した。

「日菜は、初めて渉を私に会わせた頃から、ずっと渉と結婚したいって思ってたんだよ。

返事できなかったのだって、気持ちが追いつかなかっただけかもしれないじゃん。もう1回、ちゃんと伝えてあげて」

「無理だよ!」

渉の声が急に大きくなった。

「日菜を大事にしなきゃって思ってるのに、気づくと綾香のことばっかり考えてる。

さっきだって、日菜にプロポーズしながら、頭に浮かんでたのは綾香だった。

なあ、綾香。俺、どうしたらいいんだよ」

しばらく黙っていた綾香が、震える声で言った。

「知らない……私だって、どうしたらいいのかわかんないよ。

私と日菜は7歳の頃から一緒だった。施設にいた頃も、ずっと2人で支え合ってきたの。

日菜は、私のためなら何だってしてくれる。なのに私、よりによって日菜の彼氏を好きになっちゃったんだよ。

もう無理だよ、渉。これ以上、日菜を裏切りたくない。

今だって、日菜に顔向けできないよ。

だから、もう私にどうしたらいいかなんて聞かないで……」

気づけば、会計でもらった領収書を、ぐしゃぐしゃになるほど握りしめていた。

その瞬間、ずっと胸の奥に押し込めていた記憶が、鮮明によみがえった。

18歳の頃、綾香には一度だけ、付き合っていた人がいた。

綾香はその人のことを本気で好きで、付き合い始めてすぐに私にも紹介してくれた。

けれど、その男は綾香がいない隙に、私の体に無理やり触れようとした。

そこへ戻ってきた綾香は、それを目にした途端に我を失い、その男を刃物で3回刺した。

あのときの綾香には、ただ私を守ることしか頭になかったんだと思う。

その後、相手への賠償や実刑の可能性まで出てきたのに、綾香が気にしていたのは私のことばかりだった。

「日菜、私は平気。それより、日菜に何もなくてよかった」

あのときの綾香の顔は、今でも覚えている。自分がどうなるかなんて、少しも気にしていないようだった。

私はあのとき、ただ綾香に守られていた。そして今も、2人に向き合うことさえできないまま、逃げるように病院を出て、そのまま空港へ向かった。

飛行機に乗り込み、出発を待っている間も、スマホは何度も震えた。渉からの着信が続き、そのあとには綾香からも電話がかかってきたが、私はどちらにも出なかった。

代わりにメッセージを書いては消した。最後に残った一文をしばらく見つめ、そのまま送った。

【渉、綾香。2人で幸せになってね】

送信したのを確認して、スマホの電源を切った。

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