神崎研究所は、街から少し離れた森の中にあった。「こんな所に研究所があったのか」総一が建物を見上げる。外見は普通の一軒家だが、中に入ると驚くほど広く、最新の設備が整っていた。「地下に本格的な研究室があるのよ」エリスが説明する。「悠人の研究の成果ね」「十年間、超常現象の研究を続けてきましたから」神崎が苦笑する。「まさか本物の悪魔が来るとは思いませんでしたが」リビングに集まった一同。総一、リリム、カイ、ヴェルダ、セラフィーネ、エリス、神崎。いつの間にか大所帯になっていた。「まずは状況を整理しましょう」ヴェルダがホワイトボードに向かう。「敵は地獄の回収部隊。目的はリリム様の回収と存在消去」「回収部隊って、どのくらい強いんですか?」カイが恐る恐る聞く。「先ほどの連中は前衛部隊ね」エリスが答える。「本隊はもっと強力よ。A級悪魔も含まれてる」「A級って……」「わたしと同格の悪魔よ」「うげ……」「でも」セラフィーネが口を開く。「天界も黙ってはいない」「どういうことですか?」「リリムの処分は天界と地獄の合意事項のはず。勝手に実行されるのは困る」「つまり?」「天界からも介入があるかもしれない」リリムが頭を抱える。「天界と地獄の両方を敵に回すなんて……」「大丈夫よ」エリスがリリムの肩を叩く。「わたしたちがついてる」「でも、先輩まで巻き込んで……」「気にしない」エリスが微笑む。「それより、対策を考えましょう」神崎がパソコンを操作する。「まず、彼らの行動パターンを分析しました」画面に地図が表示される。「回収部隊は組織的に行動している。街を区画分けして、順番に捜索してるようです」「組織的……」「はい。ということは、こちらも組織的に対抗する必要がある」「具体的には?」「情報収集、戦力分散、そして最終的には……」神崎が一呼吸置く。「地獄本部との直接交渉です」「直接交渉?」総一が眉をひそめる。「そんなことできるのか?」「理論上は可能です」ヴェルダが説明する。「地獄には『異議申し立て制度』がある。処分に納得がいかない場合、直接審議を求めることができる」「でも、それって危険じゃないですか?」「危険ね」エリスが頷く。「でも、他に方法がない」「じゃあ、それまでどうやって身を隠すんだ?」総
翌日の昼休み、総一は神崎の警告を思い出していた。『リリムを狙っている存在がいる』その言葉が頭から離れない。「総一、どうしたの? 元気ないわよ」リリムが心配そうに声をかけてくる。「いや、大丈夫だ」「嘘ね。顔に書いてあるわよ」「顔に書いてあるって……」「心配事があるでしょ?」やはりリリムには何も隠せない。「ちょっとな」「何のこと?」「最近、妙に平和すぎるだろ? 契約事件も起きてないし」「それっていいことじゃない?」「そうなんだけど……嵐の前の静けさって感じがして」その時、カイが慌てて屋上に駆け上がってきた。「おい、大変だ!」「どうした?」「街で変な噂が流れてる」カイがスマホを見せる。「『謎の黒い服の男たち』が街をうろついてるって」「黒い服?」「ああ。目撃者によると、何人かで行動してて、人を探してるみたいだって」リリムの顔が青ざめる。「まさか……」「知ってるのか?」「回収者よ」リリムの声が震える。「地獄の特殊部隊。規則違反者を回収する任務を負ってる」「回収って……」「文字通り、回収するの。そして、存在を消去する」総一の拳が握られる。「つまり、お前を殺しに来たってことか」「そういうこと」リリムが立ち上がる。「でも、なんで今になって……」「視察が終わって、安心してたからじゃないか?」カイが推測する。「でも視察の結果は問題なかったんだろ?」「表向きはね」リリムが不安そうに呟く。「でも、わたしの生活態度に疑問を持った人がいたのかも」「生活態度って?」「恋愛関係とか……」リリムが総一を見る。「わたしたちの関係がバレたのかもしれない」その時、学校の非常ベルが鳴り響いた。「何だ?」「火事か?」生徒たちがざわめく中、校内放送が流れる。『緊急事態です。不審者が校内に侵入しました。すべての生徒は教室で待機してください』「不審者……」三人は顔を見合わせる。「まさか、もう来たのか?」「急いで逃げましょう」リリムが立ち上がる。「でも、他の生徒たちは?」「大丈夫よ。回収者の目的はわたしだけ」屋上のドアが開く音がした。現れたのは、黒いスーツを着た三人の男たちだった。全員、サングラスをかけており、表情が見えない。「発見した。リリム=アズ=ナイトメア」中央の男が無感情な声で言う。
デートから三日後。普通なら幸せの余韻に浸っているはずだったが、総一は妙な違和感を覚えていた。「なんか変だな……」昼休みの屋上で、総一は街を見下ろしながら呟いた。「何が変なの?」リリムが弁当を食べながら聞く。「最近、契約事件が起きてない」「それっていいことじゃない?」「そうなんだけど……妙に静かすぎる」確かに、ここ一週間ほど契約関係の事件は一件も起きていなかった。「平和でいいじゃないか」カイが楽観的に言う。「せっかくだから、ゆっくりしようぜ」「でも……」総一の不安は的中した。放課後、学校を出ようとした時、見知らぬ男性が校門で待っていた。年齢は三十代前半。黒いスーツを着た、どこか陰のある男だった。「霧島総一君ですね」男が声をかけてくる。「はい、そうですが……」「初めまして。私、神崎と申します」神崎と名乗った男が名刺を差し出す。『神崎研究所 所長 神崎悠人』「研究所?」「はい。超常現象を研究している民間機関です」リリムが警戒したような表情を見せる。「何の用ですか?」「実は、あなたに協力をお願いしたいことがありまして」「協力って?」「最近この街で起きている不可解な事件について、情報をお持ちではないかと思いまして」総一とリリムが顔を見合わせる。「不可解な事件って……」「人が突然昏睡状態になったり、奇怪な現象が起きたり……そういった事件です」神崎の目が鋭くなる。「目撃者によると、そうした現場には決まって、美しい少女と高校生の男女が現れるとのこと」「それは……」「もちろん、疑っているわけではありません」神崎が手を上げる。「ただ、何かご存知のことがあれば、教えていただけないかと」「すみません、何も知りません」総一がきっぱりと答える。「そうですか……残念です」神崎は一瞬、失望したような表情を見せた。「では、もし何か思い出されたら、連絡をください」そう言って、神崎は去っていった。「……怪しい奴だったな」「ええ。明らかに何か知ってるわね」リリムが神崎の背中を見つめる。「でも今は追わない方がいいわ。相手の正体が分からないし」「そうだな」三人は家路についた。その夜、総一は一人で夜の街を歩いていた。神崎という男が気になって、眠れなかったのだ。「超常現象の研究って……」もし本当に研究者なら
日曜日の朝、総一は珍しく早起きしていた。今日はリリムとの初めての正式なデートの日。「うーん、何着てけばいいかな……」クローゼットを開けて悩む。普段は制服か適当な服しか着ないので、デート用の服なんて持っていない。「総一、起きてる?」リリムが部屋を覗く。「おはよう。って、もう着替えてるのか」「うん、早く起きちゃって」リリムを見て、総一は息を呑んだ。淡いピンクのワンピースに白いカーディガン。髪もいつもと違って巻いており、薄化粧もしている。まるで雑誌のモデルのように美しかった。「どう? 似合う?」「あ、ああ……すごく綺麗だ」「ありがとう♡」リリムが嬉しそうにくるりと回る。「わたし、人間界のファッション雑誌で勉強したのよ」「頑張ったんだな」「当然よ! 初デートなんだから」総一は自分の格好を見下ろす。いつものジーンズにTシャツ。あまりにも地味だった。「俺、もうちょっとマシな格好した方がいいかな……」「今のままで十分よ」リリムが総一の腕に抱きつく。「総一はそのままが一番かっこいいもの」「そうか?」「そうよ♡」朝食を食べながら、ヴェルダが微笑ましそうに二人を見ている。「お二人とも、お似合いですね」「そうですか?」「ええ。まさに恋人同士という感じです」「恋人同士かあ……」総一はまだその実感が薄い。「何時に出発されるんですか?」「十時よ」リリムが答える。「最初に映画を見て、それからランチして、午後は遊園地に行くの」「充実したスケジュールですね」「完璧でしょ?」リリムが得意げに言う。「雑誌に書いてあった『完璧デートプラン』を参考にしたのよ」「雑誌に頼りすぎじゃないか?」「いいのよ! 初心者は教科書通りにやるのが一番なの」十時ちょうどに家を出発。手を繋いで駅に向かう二人の姿は、誰が見ても恋人同士だった。「緊張する……」リリムが小声で呟く。「何が?」「だって、初めての正式なデートよ? 失敗したらどうしよう」「失敗なんてしないよ」総一がリリムの手を握り直す。「一緒にいるだけで楽しいから」「総一……」リリムの頬が赤くなる。「そういうこと、さらっと言うのずるいわよ」映画館に到着。「で、何の映画を見るんだ?」「『永遠の恋人』よ」「……やっぱり恋愛映画か」「文句ある?」「ないけど、俺そ
視察団が去ってから一週間。平和な日々が戻ったかに見えた。「ねえ、今度の日曜日、映画館行かない?」昼休みの屋上で、リリムが嬉しそうに提案する。「いいな。何を見るんだ?」「恋愛映画♡」「……やっぱりか」「何よ、文句あるの?」「ないけど、たまにはアクション映画とかも……」「だーめ! 恋人同士なら恋愛映画でしょ?」そんな他愛もない会話をしていると、カイが慌てて屋上に駆け上がってきた。「おい、大変だ!」「どうした?」「街で変な事件が起きてる」カイがスマホの画面を見せる。ニュースサイトには「連続昏睡事件発生」の文字が踊っていた。「昏睡事件?」「ああ。原因不明で意識を失う人が続出してるらしい」リリムの表情が急に真剣になる。「これ……契約関係の事件ね」「なんで分かるんだ?」「昏睡って症状が特徴的なの。精神系の契約能力によくある副作用よ」総一が立ち上がる。「調べに行こう」「でも今日は学校が……」「早退する」「え?」「人が危険にさらされてるんだ。授業なんてどうでもいい」リリムの目が輝く。「やっぱり総一は正義感強いのね」「当たり前だろ」三人は急いで学校を出た。事件現場は駅前の商店街。すでに救急車や警察車両が集まっている。「すごい騒ぎね」「被害者は何人だ?」カイがスマホで情報を確認する。「今のところ十五人。全員、突然意識を失って倒れたらしい」「共通点はあるのか?」「それが……全員、同じ店の前で倒れてる」カイが指差した先には、新しくオープンしたゲームセンターがあった。「『ドリームアーケード』……聞いたことない店名ね」リリムが魔力を探る。「うん、確実に魔力反応がある。それも、かなり強い」「中に入ってみるか?」「待って」リリムが総一の腕を掴む。「危険すぎる。まずは周囲から調べましょう」三人は慎重に店の周りを観察した。外見は普通のゲームセンターだが、確かに異様な雰囲気が漂っている。「あれ?」カイが店の看板を見上げる。「なんか文字が動いてない?」確かに、『ドリームアーケード』の文字がゆらゆらと揺れていた。「魔術的な看板ね」リリムが呟く。「人を引き寄せる効果がありそう」「つまり、この店が事件の原因か」「間違いないわ」その時、店から一人の少年が出てきた。年齢は総一たちと同じくらい。だが、
「緊張する……」月曜日の朝、リリムは鏡の前で身だしなみを整えながらぶつぶつ呟いていた。今日、地獄からの視察団が来る日だった。「大丈夫だよ。報告書もちゃんと作ったし」総一が後ろから声をかける。「でも、あの人たち厳しいのよ。特にアザゼル部長は、ちょっとしたミスも許してくれないの」「アザゼル?」「地獄人事部の部長よ。わたしの直属の上司でもある」リリムの表情が暗くなる。「昔から、わたしのことを良く思ってないのよね」「なんで?」「わたし、地獄にいた頃から規則破りばっかりしてたから」「……やっぱりな」制服に着替えながら、リリムは不安そうに呟く。「もし査定が悪かったら、強制送還されちゃうかも」「そんなことさせない」総一が断言する。「俺が守る」「総一……」リリムの目に涙が浮かぶ。「ありがとう。でも、相手は地獄の上層部よ? 人間が立ち向かえる相手じゃない」「それでもやる」総一の目に強い意志が宿る。「お前は俺の大切な恋人だ。そんな簡単に諦められるか」「恋人……」リリムが嬉しそうに微笑む。「その言葉を聞くと、勇気が出るわ」学校では、いつも通りの日常が流れていた。でも、リリムの心は落ち着かない。授業中もソワソワしている。「大丈夫か?」休み時間に総一が心配そうに聞く。「うん……たぶん」「たぶんって」「午後に来るのよ、視察団」「何時頃?」「三時頃。放課後すぐね」「なら俺も一緒にいる」「でも……」「お前一人じゃ心配だ」総一がリリムの手を握る。「二人で乗り越えよう」「……うん」リリムが小さく頷いた。昼休み、屋上でカイが心配そうに聞く。「で、その視察団ってどのくらいヤバいの?」「かなりヤバい」リリムが深刻な顔で答える。「地獄の中でも特に厳格な部署の人たちよ」「具体的には?」「アザゼル部長、ベルゼビート課長、それにモロク主任」「名前からしてヤバそうだな……」「全員、規則違反者を見つけるのが趣味みたいな人たちよ」総一が腕を組む。「どんな査定をするんだ?」「活動報告、成果の確認、そして……」リリムが言葉を濁す。「そして?」「人間界での生活態度のチェック」「生活態度?」「恋愛関係とか、私生活とか……全部バレちゃうのよ」カイが目を丸くする。「それって、お前らの関係もバレるってこと?」「