Share

第6話

Auteur: 乱拳で地球を粉々に
辰哉は私の手を離すと、どこか自嘲的に笑った。

「ああ、そうか。愛せなくなったのか。お前ってそういうところだよ。本当に冷酷非情な女だな!」

去り際の彼の目には、私を食いちぎるような憎しみが宿っていた。

「薫、離婚しよう。ただ、2年前に俺が味わったあの苦み、今度はお前が味わう番だ」

--------------------------------------------

この以上病院にいても意味がないと分かった私は、自宅に戻った。

頭痛がひどい時は、睡眠薬を飲んで、辰哉が残していった日記帳を抱きしめながらソファで眠った。

どれほど眠っていたのか分からない。外の騒がしいざわめきに目を覚ました。裸足のままカーテンを開けると、大勢の人がこの部屋を取り囲んでいた。この人たちが誰なのかも、どうやって敷地に入ってきたのかもさっぱり分からない。

私の姿を見つけた途端、まるで獲物に飛びかかる獣のように凄まじい勢いで押し寄せてくる。細くて狭い窓ガラスの向こうに、数人の顔がびっしりと並び、口々に同じ言葉を繰り返している。

窓越しで声がよく聞き取れなかった。押し合いの中で誰かが窓ガラスを叩き割り、冷たい風が吹き込むと同時に、声もはっきりと届いた。

「湯浅さん、ご主人が人気上昇中の若手女優・林奈々さんと不倫している件について、どう思われますか?」

私はぼう然と立ち尽くした。ガラス越しにカメラのフラッシュが何度も目を刺す。

これが、辰哉の復讐なのだろうか?自ら不倫関係を公表し、私を世間の笑いものにするのか?

その時、低いエンジン音が響き渡り、人々がざわめいた。

「高梨社長だ!高梨社長が戻ってきた!」──誰かがそう叫ぶと、人々は一斉に視線をそちらに向けた。

辰哉が奈々を支えて車から降りてくると、周りの人々はすぐに道を開けた。

鳴り止まぬフラッシュが二人の顔を照らす。辰哉は、まるで壊れやすい宝物を守るように、奈々を大事そうに腕の中へ抱き寄せた。

まるで映画に出てくる主人公カップルのようだった。

ライトに照らされた辰哉の顔は、ぼんやりと霞んで見えた。かつての面影など、どこにも残っていなかった。

「高梨社長!婚姻生活が続く中で不倫を公表するとは、奥様の気持ちについては考えられましたか?」

記者の質問に、辰哉は冷たく笑った。

玄関の収納棚から取り出したのは――私が
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 情が深まるとき、愛は離れて   第10話

    蒼は悲しみの涙に満ちた目で振り返って辰哉の方を見る。迷いの中、誰かの低い声が響く。「お悔やみ申し上げます。薫さん、お亡くなりになりました」辰哉は固まったまま一歩前へ、何も聞こえていないようにベッドに近づく。数日来ないだけで、彼女はまた痩せ細くなった。相変わらず顔色は青白く、唇にさえ血色が見えない。よく見ると、唇の端に血の跡が残っている。微かに寄せた眉が、彼女がどれほどの苦痛を受けていたかを物語っている。「彼女は死んでいない」辰哉は彼女の髪に手を触れ、落ち着いた声で言う。「ただ、痛みに耐えられなかっただけだ。出ていってくれないか。二人きりになりたいんだ」蒼は反論しようとしたが、辰哉のボロボロな姿を見て、結局主治医と一緒に病室を後にした。病室の扉が再び閉まった。辰哉は胸元から数珠を取り出した。そこにはびっしりと経文が刻まれている。この数日、彼は何度も額を地面につけるように拝み、何度も経文を唱えてきた。これを身につければ、きっと目を覚ますはずだ。辰哉は彼女の手首を持ち上げようとしたが、自分の手が血だらけであることに気づいた。眉をひそめ、服の裾で血を丁寧に拭き取る。優しく手を添え、手首に数珠をそっと通す。そして希望に満ちた眼差しで、そっと彼女の顔を見つめる。しかし何も起こらなかった。まつ毛でさえ、一瞬たりとも震えなかった。心の奥で一瞬鋭い痛みが走ったが、必死に鎮めた。まだ早すぎる――焦りすぎたのだ。もう少し待とう。辰哉はベッドの横に座り込み、彼女の手首を握ったまま、忍耐強く、そして敬虔に待ち続けた。やがて全身が痛み出した。膝と手の痛みが一気に押し寄せ、大きな波になって彼を覆い尽くした。もう限界がくると感じたその時、薫の手首にあった数珠が消えていることに気づき、どん底に突き落とされたような気分になった。数珠が消えるなんてありえない!これがないと、彼女は助からない。辰哉が恐怖を押し殺しながらゆっくり顔を上げると、薫が何事も無かったかのようにベッドに座っていた。彼女が握りしめられている手元を見ながら、少し呆れた声で言った。「ねえ。私が起きなかったら、ずっと握ってるつもり?」辰哉はぼう然と彼女を見つめる。次の瞬間、大きな喜びが湧き上がった。薫が戻ってきた!彼は飛び上が

  • 情が深まるとき、愛は離れて   第9話

    舞台メイクがめちゃくちゃで、親しい友達から「こんな格好、彼氏さんに見られたら捨てられちゃうよ」と言われるほどだった。好きな人に格好悪い姿を見られたくない。私はこのひどい姿を辰哉に見られないようにずっと内緒にしていた。しかしその年の舞台は、なぜか全校生徒に披露されることになった。ステージに立つと、すぐ客席の辰哉を見つけた。彼の隣に座る誰かが私を指さして、面白そうに笑っているのも見えた。穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。公演が終わると、私は泣きながらステージ裏から逃げるように飛び出した。でも辰哉がすぐ見つけてくれて、しゃがみこむ私をそっと抱きしめてくれた。私は辰哉を押しのけ、彼の服に触れながら言った。「メイクで汚れちゃう」彼は気にする様子もなく、上着の袖で私の涙を拭ってくれた。「お前がどんな姿になっても構わない。どんなお前もかわいいに決まっている」--------------------------------------------寒さが増してきた頃、日差しの暖かい日を選び、私たちは離婚届を出した。手続きが済んでも、辰哉は変わらず病院に見舞いに来てくれた。来てほしくなかった。最近、頭痛がどんどん酷くなり、発熱や吐血、時折意識が飛ぶこともあった。彼は一晩中私のそばにいてくれた。夜中に何度も私の顔に手をかざし、息を確かめる。必死に国内外の医療チームに連絡を取るが、良い返事はなかった。この状況で、誰も甘い嘘で彼を騙すつもりはないのだ。ある日、目が覚めると辰哉の姿がいなかった。寝ているときによく、彼の微かなすすり泣きが聞こえてくるから、むしろここに居ない方が、気持ちが楽でよく眠れる。ベッドの横で、蒼は皮の剥いた半分のみかんをそっと私の手に乗せた。顔色の悪い私を心配そうに見つめながら口を開く。「居ないほうがいい。見てるだけで腹が立つし」私は無言で手元のみかんを見つめる。怒っているわけではなく、ただほっとしただけ。今の自分の姿がどれほど恐ろしいかを、よく知っているから。辰哉もきっと怖い思いをしているだろう。病に苦しみ、生気が少しずつ削られていく私の姿は、きっと見るに堪えないものに違いない。自分でも驚くことがある。起き抜けに鏡を見ると、自分の顔にぞっとしてしまう。死が迫るとき、覚悟していたは

  • 情が深まるとき、愛は離れて   第8話

    一連の質問が辰哉の神経を容赦なく突き刺さった。その答えのひとつひとつが、彼の胸にえぐるほどの痛みを与えた。「最後やっと、あなたを理由に薫を帰国させて治療を受けさせた。彼女はいつもネットでこっそりあなたのことを調べていた。病気が治ったら、きれいな装いで会いに行くって言っていた。すべてがうまくいくと思ってたんだ。でも、私は致命的なミスをしてしまった。彼女を、あのチャリティイベントに連れて行ったことだ!」辰哉の目が突然赤くなる。彼は知っている。あのチャリティイベントで、薫に再会したのだ。そして運命の歯車が動き出し、もう止められなくなった。辰哉は無理やり薫を妻にし、彼女が蒼と会うことも拒んだ。薫は、何か話そうとしていたのだろうか。辰哉は必死に思い出そうとした。やがて、記憶の隙間から溢れ出した何かが、彼の喉を締めつけた。思い出した。喧嘩のたび、薫は何度も過去の話をしようとしたが、いつも彼の言葉に遮られた。自分のくだらないプライドのせいで、蒼の名前を聞きたくないという理由で、この手で彼女を突き放したのだ。確か、こう言っていた。「薫、お前の過去なんて知りたくもない。吐き気がする」言い終わると、彼女の苦しみに歪む顔を見てなぜか心がすっと軽くなるのだった。「この2年間、みんな知っていたよ。あなたは復讐のために薫と結婚した。彼女も、自分のせいだから耐えるべきだと思っていた。あなたに憎しみを向けられ、彼女は何をされても抵抗しなかったんだ」蒼は喉を詰まらせた。「知っているか?あなたが彼女を憎むように、彼女も自分のことを憎んでいる!その何千倍もな!」辰哉の胸が締め付けられ、呼吸さえも痛むほどに。蒼が少し心を落ち着かせた。「ここまでして、満足したか?薫はもう長くない。最後くらい自由にさせてやってくれ」辰哉は自分の体の中で何かが音を立てて崩れるのを感じた。もう、薫を自分のそばに置く権利なんて無いと悟った。--------------------------------------------あの夜、蒼が帰った後、辰哉は私の横に座って泣いた。目を覚ますと、彼は目を真っ赤にして、まつげも濡れていた。あの夜の雪が、そのまま溶けたかのようだった。彼は私の手を握り、頬に当てた。「奈々の妊娠は俺と関係ない。俺たちの間は何

  • 情が深まるとき、愛は離れて   第7話

    「高梨社長、奥さんが結婚前に、海外で暴行を受け、その後刑務所に入れられたことをご存じですか?」辰哉はふらつきながら顔を上げ、信じられないといった目で私を見つめる。この瞬間、私の全てのプライドが音を立てて崩れ落ちた。「薫さん、前科を隠したまま入籍するのは、結婚詐欺に当たると思いますか?」「獄中で不治の病を患ったのは因果応報だと思いますか?」「林奈々さんがすでに、高梨社長の子どもを妊娠していることはご存じですか?」「……」四方八方から飛んでくる質問が鋭い刃のように私を責め立てる。息ができなくなり、めまいに襲われた私は、その場に座り込み体を縮こませた。喉の奥から生臭い感覚がこみ上げ、思わず大量の血を吐いてしまった。「違うんだ!薫!薫!」辰哉が叫びながら駆け寄ろうとするが、押し寄せる記者たちに阻まれ、彼の姿はどんどん遠ざかっていく。「早く撮れ!これ表紙に使えるぞ!」「アップで!顔と血に寄れ!」記者たちは容赦なく近づき、思いのままにシャッターを切り続けた。あの夜、私を脅すために写真を残そうとしたあの男の姿が蘇る。ふと思った。あの時、ナイフはあの男ではなく、自分の喉に向けるべきだったかもしれない。--------------------------------------------消毒液の匂いがかすかに鼻をかすめる。また病院に運ばれた。ぼんやりした意識の中で、辰哉が医師と口論している声が耳に届く。「打つ手がありません。長い間放置されてもう手遅れです。この2年間、ずっとそばにいた高梨さんなら、一番分かっているはずです。彼女の体はもう限界なんです」「ふざけるな!ここで治せないなら病院を変えるだけだ!国内が無理なら海外に行く!もう出ていけ。彼女を連れて行くから。ここで黙って死なせるものか!」辰哉は怒鳴り散らした。そして私を抱き上げて連れ去ろうとする。医師たちは必死に止めに入り、私の体はもう耐えられないと説得しようとしたが、聞き入れてもらえなかった。その時、蒼の声が聞こえた。「辰哉、そんな衝動的にならないで。薫が痛むよ」その一言で、辰哉が一瞬で我に返った。蒼は辰哉の腕を支えながら、そっと私をベッドに置いた。足音が響き、ドアが静かに閉まった。病室に残されたのは、あの二人だけだった

  • 情が深まるとき、愛は離れて   第6話

    辰哉は私の手を離すと、どこか自嘲的に笑った。「ああ、そうか。愛せなくなったのか。お前ってそういうところだよ。本当に冷酷非情な女だな!」去り際の彼の目には、私を食いちぎるような憎しみが宿っていた。「薫、離婚しよう。ただ、2年前に俺が味わったあの苦み、今度はお前が味わう番だ」--------------------------------------------この以上病院にいても意味がないと分かった私は、自宅に戻った。頭痛がひどい時は、睡眠薬を飲んで、辰哉が残していった日記帳を抱きしめながらソファで眠った。どれほど眠っていたのか分からない。外の騒がしいざわめきに目を覚ました。裸足のままカーテンを開けると、大勢の人がこの部屋を取り囲んでいた。この人たちが誰なのかも、どうやって敷地に入ってきたのかもさっぱり分からない。私の姿を見つけた途端、まるで獲物に飛びかかる獣のように凄まじい勢いで押し寄せてくる。細くて狭い窓ガラスの向こうに、数人の顔がびっしりと並び、口々に同じ言葉を繰り返している。窓越しで声がよく聞き取れなかった。押し合いの中で誰かが窓ガラスを叩き割り、冷たい風が吹き込むと同時に、声もはっきりと届いた。「湯浅さん、ご主人が人気上昇中の若手女優・林奈々さんと不倫している件について、どう思われますか?」私はぼう然と立ち尽くした。ガラス越しにカメラのフラッシュが何度も目を刺す。これが、辰哉の復讐なのだろうか?自ら不倫関係を公表し、私を世間の笑いものにするのか?その時、低いエンジン音が響き渡り、人々がざわめいた。「高梨社長だ!高梨社長が戻ってきた!」──誰かがそう叫ぶと、人々は一斉に視線をそちらに向けた。辰哉が奈々を支えて車から降りてくると、周りの人々はすぐに道を開けた。鳴り止まぬフラッシュが二人の顔を照らす。辰哉は、まるで壊れやすい宝物を守るように、奈々を大事そうに腕の中へ抱き寄せた。まるで映画に出てくる主人公カップルのようだった。ライトに照らされた辰哉の顔は、ぼんやりと霞んで見えた。かつての面影など、どこにも残っていなかった。「高梨社長!婚姻生活が続く中で不倫を公表するとは、奥様の気持ちについては考えられましたか?」記者の質問に、辰哉は冷たく笑った。玄関の収納棚から取り出したのは――私が

  • 情が深まるとき、愛は離れて   第5話

    私は視線を下げたまま、小さく笑って見上げた。「本当のことを教えて下さい。あと、どれくらい生きられますか?とっくに覚悟はできていますので、ご心配なく」黒沢先生はカルテを見ながら淡々と答えた。「持って、半年だ」半年。周囲から同情の目が向けられたが、私は意外にも長いと感じた。心残りがあるとすれば、必死に私を助けようとした蒼には、少し申し訳ない気持ちがあった。「携帯を借りてもいいですか?友達に電話したいです」辰哉に閉じ込められていた間、きっと蒼は何度も私に電話をかけてきたでしょう。電話は繋がらなかった。きっとカウンセリングや病院の仕事で忙しいのだろうと思った。私は軽く笑って携帯を返した。「もし、この古川蒼という人から折り返しの電話があったら、『私は元気だから心配しないで』と伝えておいてください」黒沢先生は一瞬動きを止め、迷いながら慎重に口を開いた。「湯浅さん、そのお友達……もしかして中央総合病院の心療内科の方ですか?」私は一瞬固まり、戸惑いながら頷いた。「その方……患者との不適切な関係で停職処分を受け、現在調査中だそうです」ニュースでも報じられていたと。蒼が停職処分を受けたのは、ちょうど私の誕生日の翌日だった。辰哉に携帯を取り上げられ、外との連絡手段を断たれた、あの日。あまりにも、タイミングが良すぎる。--------------------------------------------窓の外は真っ暗で何も見えない。目に入るのはガラスに映る生気のない顔だけ。青白くやつれて、見ているだけで嫌気が差すほどだ。「起きたら駄目だろ」いつの間にか辰哉が入ってきた。眉をきつく寄せながら私の足元を見つめ、勢いよく歩み寄ってくる。そのまま私を抱き上げ、ベッドへと運んだ。「こんなに痩せてしまって……退院したら、ちゃんと栄養をつけないと」彼は俯きながら耳元に顔を寄せ、乱れた髪を直してくれた。唇が触れそうになり、私は思わず体を引いた。そこにあったのは、見知らぬ恐ろしい顔だった。私は目を合わせず、静かに問いかける。「蒼のこと、あなたがやったの?」彼は一瞬固まり、何も答えなかった。重苦しい空気が一気に部屋の中で広がる。私は泣きそうになるのを抑えながら続けた。「蒼は医者なのよ!こう

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status