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第13話

Auteur: 福まみれ
凛音が海外に来て、もう三ヶ月が経った。

失恋したばかりで、見知らぬ土地での生活、それも礼司のようなスーパースターと仕事をするなんて、彼女は、絶対に慣れないだろうと思っていた。

けれど、実際のところ、この三ヶ月は想像以上に楽しかった。

インスピレーションが湧きまくって、脚本を書くスピードも普段よりずっと速かった。

コンコンコン。

ノックの音が響いた。

凛音がドアを開けると、そこにははっきりとした輪郭に深い目元、そして驚くほど整った顔立ちの若い男性が立っていた。

彼女の新しい雇い主、礼司だった。

国際的な映画賞を受賞した初めてのアジア俳優でもある。

凛音はこの三ヶ月間、彼と一緒に過ごしてきたけれど、それでも毎日、その美貌に驚かされていた。

顔だけで芸能界を制覇できると言われるのも納得だ。

彼女は心の中でぐちゃぐちゃと湧き上がる雑念を押し込めた。「市村さん?どうぞ、お入りください」

「こんな時間に来ちゃって、邪魔だった?」

「ううん、ちょうどランニングから戻ったところだ」

「ならよかった。今朝、肉まんとおかゆを作ってみたんだけど、口に合うかどうか、ちょっと試してみてよ」

礼司は保温容器を置き、料理を一つひとつ丁寧に取り出していった。

あの人間離れしたクールな顔で、こんな家庭的なことをしてるなんて……最初は衝撃だった。

でも、今ではもう慣れてしまった。

「ありがとう、市村さん」

凛音には断る理由なんてない。

なにより、彼の料理は本当に美味しい。

礼司は少し彼女の方に近づいて、さりげなく言った。「遠慮しないで。これくらいの料理しかできないからさ。今は僕が君にご飯を届けてるけど、そのうち君の手料理を楽しみにしてるよ」

凛音は苦笑した。「でもマネージャーさんも監督も、撮影が終わるまで間食禁止って言ってたよ?私を買収してもダメだ」

礼司は全く動じなかった。「ってことは、撮影が終わったらOKってことだよね?」

「うん」

そんな軽いやり取りを経て、二人は仲良く食事を始めた。

食後、彼らは車に乗ってレッドカーペット用のスタイリングに向かった。

着替えとメイクを終えた凛音は、ドレスの裾を持ち上げながら出てきた。だが内心では、まだ緊張していた。

半月前、礼司にレッドカーペットの同伴をお願いされたときは、心底驚いた。

拓斗の言葉を借りる
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