เข้าสู่ระบบ執務室で山積みの書類に目を通していると、遠くからドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。やがてその音が耳元に迫るほど大きくなる。このような足音は、ろくな知らせでないことの証だ。何か懸念すべき事態かと、私は身構えた。
――バンッ!
「お父様!私を、もう一度バギーニャ王国へ行かせてくださいっ!!」
現れたのは第二王女のアンナだった。息を切らし、肩でハアハアと呼吸を整えている。
「アンナ?一体どうしたと言うのだ?そんなに慌てて」
あまりにも唐突な発言に、私は思わず椅子から立ち上がりアンナに駆け寄った。
「バギーニャ王国に、怪しい女が入り込んでいると聞きまして。バギーニャは隣国ですし、もしや我々の国に脅威をもたらす存在ではと…ぜひ、私が偵察に伺いたいのです!」
アンナは、もっともらしい理由を付け加え再訪を懇願してきた。しかし、アンナがバギーニャのルシアン王子に夢中だということは王宮では今や誰もが知る公然の秘密だ。私も当然、その熱烈な恋心を知悉している。
(なるほど。偵察、か。建前としては悪くない。だが、真の目的はルシアン王子に会うことだな)
アンナの顔には、隠しきれない焦燥とルシアン王子への一途な想いが渦巻いている。だが、これを利用しない手はない。バギ
葵side翌年、私たちは結婚して二十年が経った。バギーニャ王国の広大な庭園に植えられた古い樫の木が、季節ごとに葉を茂らせるのを、私たちは共に見てきた。子どもたちはすっかり成長して成人を迎え旅立っていき、私たち夫婦の夜の時間は、以前のように静かで穏やかなものへと戻っていた。ある夕暮れ時、サラリオ様と二人で王宮の図書室で過ごしていると、彼は手に持っていた古びた文献を閉じ、私に向かって静かに尋ねた。「葵、この国に伝わる神話の話を、今でも覚えているか?」彼の声は穏やかだったが、その碧い瞳は、私と出会った頃の情熱的な光を帯びていた。「ええ、もちろん覚えています。女神が降臨するという言い伝えでしょう?そして、あなたは初めて私に会った日から、それが私だと言ってくれていたわ。」私は微笑みながら、その神話の核心を諳んじた。『バギーニャ王国──女神の王国。危機が訪れる時、聖なる滝より女神が降臨し混迷を極める国を導く。その者は異邦の地から来たる純粋なる魂を持ち、知と愛をもって国を繁栄させるであろう』
葵sideこの日、私たちの一番下の子どもが『十七の儀』を終え、愛する子どもたちが晴れて全員成人となったのだ。「庭で遊んでいたあの子どもたちが、もう全員成人したのね。なんだか感慨深いわ。」私が、そう呟くと、サラリオ様が私の手をそっと握りしめた。その手は、出会った頃と同じくらい温かく、そして国を導いてきた者の力強さに満ちていた。「ああ。長かったな。」私は、隣に立つサラリオ様と共に、王宮のテラスから夕暮れに染まる広大な庭園を見渡しいた。そこでは、成長した子どもたちが、昔と同じように賑やかに笑い合い、新しい未来について語り合っている。子どもたちは、それぞれの愛の形や使命を背負って生き始めている。外交官として他国へ渡った者もいれば、学者としてキリアンの研究を継いだ者もいた。「この十七の儀が終わって、本当に肩の荷が下りたよ。これで、ようやく子どもたちの未来へと繋がった。」「ええ。でもサラリオ様、私たちの物語はまだまだ終わりませんよ。そのうち、孫たちの物語が始まります。」私が茶目っ気たっぷりに言うと、サラリオ様は苦笑いをしながら、私の頭をそっと撫でた。
葵sideサラリオ様がバギーニャ国王に即位して以来、私たちの宮殿は以前にも増して活気に満ちた場所になった。単に公務が増えたからではない。三つの隣国が、兄弟によって血縁と深い信頼で結ばれたからだ。サラリオ様は、温かさと誠実さで国を統治している。彼は人の意見に耳を傾ける優しさと、王としての断固たる決断力を兼ね備えていた。私自身も王妃として彼の隣に立ち、特に医療の分野で力を尽くした。あれから薬学は少しずつ普及をして、今では各家庭の家の前には用途に応じた薬草が栽培されるようになっていた。私たちは、国の資源を活用し、隣国に販売することで揺るぎない安心感を国民に与えている。毎晩、寝室でその日の出来事を語り合う時間が、私にとっての最大の支えであり、内政の基盤だった。一方、ルーウェン国王となったアゼルとリリアーナ王女の統治は、激しくも美しい火花を散らしていた。彼らの統治は、情熱と挑戦に満ちている。リリアーナ王女が持つ卓越した外交の才能と、アゼルの大胆な行動力が組み合わさることで、ルーウェン王国は驚異的な速度で改革を進めた結果が功を奏し、経済成長をしていた。二人は公務中も互いに意見をぶつけ合い、その結果、最も最適で迅速な政策を導き出す。そして、失敗を恐れずに挑戦をし、他国への外交や取引にも力を入れて経済力を高めていった。彼らの統治の仕方は、私たちとは違うけれど、強い使命と知的な共鳴に満ちた、彼らならではの形だった。
葵sideそして迎えた戴冠式当日。その日は、バギーニャ王国の空が澄み渡るような晴天に恵まれた。王宮の大聖堂には、国外からの使節、国内の全貴族、そしてアゼルとリリアーナ王女、ルシアンとアンナ王女、そしてキリアンとエレナの家族全員が集まっていた。私は、白と金を基調とした最も格式高い王妃の衣装を纏い、サラリオ様の隣に立っていた。大聖堂を埋め尽くす人々の視線、そして厳粛な静寂がこの儀式の歴史的な重みを物語っていた。私は深呼吸し、王妃としての覚悟を胸に刻んだ。もう、かつてのように緊張で震える私ではない。私は、彼の強さを信じ、彼の隣に立つために今、この場所にいる。父上である先代国王が玉座から立ち上がり、重厚な声でサラリオ様の名を呼んだ。「サラリオ第一陛下を、本日をもって次期国王に任命する。サラリオ陛下は前へ」「はい―――――」サラリオ様は、力強く一歩を踏み出して壇上へと上がって行った。彼の背中は、この国の歴史と未来、そして家族の期待すべてを背負っているように見えた。式典は粛々と進み、歴代の国王が宣誓を行った古い誓いの言葉をサラリオ様が力強く、そして穏やかな声で読み上げる。その声には、情熱と知性が均衡し、彼ならではの威厳があった。
葵sideルシアンが正式にゼフィリア国王に就任してから、さらに二年が過ぎた。アゼルはルーウェン国王として、ルシアンはゼフィリア国王として国を導いている。そして、ついに私たちの番が来た――――。バギーニャ国王である父上が、長年の責務を終え、サラリオ様に王位を譲る日が決まったのだ。アゼルやルシアンの時のような切迫した事情はなく、平和裡にそして満場一致の承認をもって、その日がやってきた。戴冠式を控え、サラリオ様はいつも以上に厳格な表情をしていた。彼は長兄として、次期国王として幼い頃からずっと国の重責を誰よりも深く背負ってきた。その彼の決意と重圧が、私にも痛いほど伝わってきた。ある日、私は彼の執務室を訪ねると、サラリオ様は膨大な書類の山を前に疲れた顔でペンを動かしていた。「サラリオ様、少し休まれたらいかがですか?」「葵か。大丈夫だ。だが、少し話し相手になってもらえるか。正直に言うと、少し怖いんだ。」彼は、私にだけ見せる弱さを露わにした。「父上から託される重責、国民の期待、そして君とこの国の子どもたちの未来。すべてを背負いきれるのか、不安になる。」
葵sideアゼルがルーウェン国王に就任してから、半年が経った。サラリオ様は兄として新しい国王となったアゼルを懸命に支え続けた。バギーニャ王国も国王は健在だが、実質の会議など公務はサラリオ様が行っており、アゼルと一緒になる場ではサポートをしていた。国内の政治だけでなく、他国との関係も今は極めて安定している。そしてついに、ルシアンとその王妃アンナの番が来た―――――ルシアンの戴冠は、アゼルの時のように突然の報ではなかった。ゼフィリア王国の国王は、結婚して早い段階でルシアンが実質的に国政を担うように指導していたのだ。だからこそ、正式な発表に私たちは驚きよりも安堵をもたらした。ルシアンの戴冠式は、厳かで荘厳なものだった。ルシアンは、太陽のように明るい微笑みの中で、いつも冷静に物事を判断する一面があるが、王冠を戴くその瞬間、アンナ王女と目を合わせた一瞬の深い優しさを見た。アンナ王女の顔には、夫が国王となることへの深い喜びと、その重責を共に担う揺るぎない覚悟が滲んでいた。二人の間には私たち夫婦の温かさとはまた違う、信頼に裏打ちされた深い絆がある。彼らが国を治める姿は、最も模範的な王族の姿だろう。式典後、用意された部屋に入るとサラリオ様は静かに私の手を握