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第4話

Auteur: みかん茶太郎
退院の日、克己は自ら迎えに来ると言っていた。

午前10時まで待って、届いたのはメッセージ1通だけだった。

【彩也子が昨夜、火事の夢を見たらしくて、朝から呼吸発作を起こしているんだ。先にそっちに付き添うよ。

少し待っててくれ】

10時半、慎一からもメッセージが来た。

【お前はもう危険な状態は脱してるんだし、退院の手続きくらいひとりでできるだろ?

彩也子のメンタルが心配で、様子を見に行く】

11時、小織がグループLINEに彩也子の検査中の写真を送ってきた。

【遥華、あんまり深く考えないでね。

彩也子は体がどうこうというより、気持ちの整理がつかないだけなの。誰かがそばにいてあげないと】

私はグループLINEを退出し、杖をつきながら退院窓口へ向かった。

窓口に並んで精算のサインをし、薬局で薬を受け取り、次回の外来予約を取る。

すべての手続きを終えても、克己は現れなかった。

医師が私の背後にある、誰もいない空間に目をやった。

「おひとりですか?」

私は微笑んだ。

「ええ、慣れてますから」

病院のロビーには、明るい日差しが差し込んでいた。花束を抱えて入院病棟へ向かう人の姿もある。

薬の入った袋を提げて正面玄関を出て、階段のところでしばらく立ち止まった。

3年前、克己は役所の入り口で私を待っていた。白いシャツを着て、笑いながらこう言ってくれた。

「遥華、これからはお前は俺のものだ」

病院を出て、タクシーで家に帰った。

台所は真っ黒に焼け焦げ、リビングの天井にも大きな煤の跡が広がっていた。

玄関の収納棚の中に、防災用の非常持ち出し袋を見つけた。

中には彩也子の喘息用の吸入器と、彼女の病歴をびっしり書き込んだエマージェンシーカードが入っていた。

字は、克己の筆跡だった。

一方、私の肺の経過検査の報告書は、一番下に押し込まれていた。

紙はもう黄ばんでいる。

そこには、赤いペンで書いた自分の字があった。

【家族には、術後の緊急時対応を把握しておいてもらうこと】

その報告書を、私はここに丸2年、置き続けていた。

克己は毎日その前を通りながら、一度も開いたことがなかった。

その時、スマホが鳴った。

克己が、無事退院できたかと尋ねてきた。

答える前に、向こう側から慎一の声が聞こえた。

「遥華、機嫌悪いんじゃないか」

克己が声を落とし、少し困ったような口調で言う。

「帰ってから機嫌を取ればいいだろ。

あいつの人生で一番大事な人間は全員ここにいるんだ。いくら怒ったって、大したことにはならない」

私は電話を切った。

受付に申し出て、病院に登録されている克己の家族としての登録を外してもらい、慎一と小織も緊急連絡先から削除してもらった。

小織からメッセージが届いた。今夜、彩也子に着替えを届けてもらえないかと。

慎一からは、帰りに肺にいいからと、梨を買ってきてくれと頼まれた。

克己からは、今夜は帰らないという連絡。

私は、どれにも返信しなかった。

今日から、私はもう克己のためにこの家を守らない。

慎一が起こした後始末を、もう片付けてやらない。

小織の言う「文句ひとつ言わない都合のいい友達」も、もうやめる。

結婚後に買ったこの家を売るには、リフォームが必要だ。業者に手配を済ませ、キャリーケースを引いて家を出た。

廊下で、ゴミを出しに出てきた隣の田中さんとすれ違った。彼女が私の荷物にちらりと目をやる。

「あら遥華ちゃん、出張?」

私は微笑んだ。

「ええ、少し遠くまで」

「いつ戻るの?」

「わかりません」

エレベーターの扉が閉まった。

私はスマホの電源を切った。

あの扉、あの家、あの肩書き。妻、妹、親友。

全部、もう要らない。

私は静かに、彼らの知っている「遥華」のまま、取り乱すことなく去っていく。

ただ今回だけは、もう振り返るつもりはない。

そして彼らは、まだそれを知らない。

なぜなら彼らの世界では、一番物分かりのいい人間は、いつだってその場に留まり、みんなが忙しさから解放された頃に、自分たちが迎えに来てくれるものだと思っているから。

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