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第5話

Author: ゴブリン
煙月は電話を切った。

彼女は落ち着きを取り戻し、静かに散らかった部屋を片付け始めた。「青山先生のビザが切れてて、年配だから往復が大変でしょう?だから代わりに手続きをしてあげるの」

庭志は疑い深く尋ねた。「青山先生の娘は国内にいるんだろ?なぜ娘に頼まない?」

煙月は苛立ちを隠さず答えた。「じゃあ、彼の娘さんに直接聞けば?」

「そんな暇はない」

「なら余計な詮索はやめて」

煙月は一晩かけてようやく部屋を片付け終えた。

莉花が汚した服や靴は、持っていく気になれずクローゼットの隅にまとめておいた。

フィルムはなんとかいくつか救い出せた。

一度水に浸かってしまったネガは、すでにひどく劣化していて、もう使い物にならなかった。

化粧品は液体が漏れて、粉類も濡れて全て台無しだった。

【莉花:今日はただの警告よ】

莉花からメッセージが届いた。

表示されてから2分経つ直前で撤回された。

煙月が確実に目を通せるように、けれど証拠は残さないように。そんな姑息なやり口。

だが、前回の一件で、煙月も学んだ。

今度は、メッセージを受け取った瞬間に、すぐスクリーンショットを撮っていたのだ。

彼女は冷たく笑い、その画像を莉花に送り返した。

今回はしばらく莉花から返信がなかった。

煙月は、心の底から笑いたくなった。

自分の姑息な策略が、何度も何度も通用するとでも?しかも、まったく警戒していないとでも?

……莉花は、彼女のことを、甘く見すぎている。

10分ほど経ってから莉花から返信が来た。

【莉花:どういう意味?】

【煙月:別に。ただの警告よ】

煙月はそのままスマホを切った。

撤回しようがどうしようが、庭志が見てどう感じようが、もう関係ない。

離れると決めた日から、庭志には何も期待しないと心に決めていた。

翌朝の食事中、神崎おばさんが煙月の顔色を心配した。「煙月、一晩寝てないの?顔色がひどいわよ」

煙月は「うん」と小さくうなずいた。「あまり眠れなかった。でも大丈夫、少し休めば元気になる」

神崎おばさんは頷いた。「そうよ、数日はゆっくり休みなさいね。庭志の結婚式で忙しくなるから」

煙月は顔を上げた。「式の日程が決まったの?」

「そうよ、来週の週末にするって。え、庭志から聞いてないの? この子ったら、昔はどんな小さなことでも真っ先にあんたに話してたのに、大事な結婚のことを言わないなんて…まったくもう」

来週末。

煙月はカレンダーを確認した。

それは彼女が出発する日だった。

その時、庭志と莉花が寝室から出てきた。

莉花は何事もなかったかのように煙月に笑顔で話しかけた。「煙月、庭志と決めたんだけど、結婚式のメインカメラマンはあなたよ。綺麗に撮ってね」

煙月は即座に断った。「その日は都合が悪くて行けない」

莉花は唇を尖らせた。「まだ昨日のことを怒ってるの?ごめんなさい、本当に謝るから……許してくれないなら私、跪いて謝るわ」

そう言って、莉花は身をかがめ、膝をつこうとした。

それを庭志がすぐに引き止めた。「彼女なんかのために、君が跪く必要はない」

神崎おばさんも慌てて場を和ませた。「莉花さん、そこまでしなくていいわ。煙月はフィルムがとても大切だったの、怒るのも無理はないけど……だからって跪くほどじゃないよ」

莉花はしょんぼり言った。「私って本当に何をやってもダメね。煙月、本当にごめんなさい」

庭志が慰めるように言った。「気をつければいい。さあ、食事にしよう。さっきまでお腹が空いたって言ってただろ?」

莉花はいたずらっぽく舌を出した。「それもあなたのせいよ?朝からあんなにするから……お腹も空くわ」

「はいはい、悪かったよ。ほら、まずは座ってご飯にしよう」

庭志は彼女のために椅子を引いてあげ、丁寧にエスコートする。莉花が座ると、自らナプキンを手に取り、彼女の膝の上にやさしく広げた。

彼女の身の回りを整えてから、ようやく自分もその隣に腰を下ろした。

パンにジャムを塗りながら煙月に言った。「煙月、来週末は俺たちの結婚式だ。どんな予定もキャンセルしてカメラマンをしてくれ。二十年以上兄妹として過ごしてきた、その締めくくりとしてさ」

その時、玄関のベルが鳴った。

使用人がドアを開けると、見知らぬ人が立っていた。

「すみません、どちら様ですか?」

「「こんにちは。桐谷煙月さんはいらっしゃいますか?私は慈善団体の者です。桐谷さんからご連絡をいただいて、貧困地域に衣類を寄付したいと伺っております。今日はその受け取りに参りました」

煙月は立ち上がった。「私です。準備してありますので少々お待ちください」

煙月は階段を上がり、自分の持っている服をすべて大きな袋に詰めて、女性に渡した。

「本当にありがとうございます。最近ぐっと冷え込んできて、山間部では女の子たちが十分な冬服もなくて困っているんです。こうして頂いたお洋服があれば、きっとたくさんの子たちが冬を乗り越えられます」

「気にしないで。早めに届けてあげてください」

「ちょっと待て」

突然、庭志が疑わしげな声をあげながら近づいてきた。足元に並ぶ六、七袋の衣類を見て、眉をひそめる。

「待て。自分の服を全部寄付するつもりか?」
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