LOGINその後私たちは慌ただしく学園を卒業した。
私は王宮の魔道具課に就職し、ディートハルトは王宮騎士団に入った。
騎士団に入ると最初の3年は強制的に、騎士団寮に入れられ朝から晩までひたすら訓練に明け暮れるようだ。
魔物討伐の際は遠征になるため、身の回りの事や簡単な炊事洗濯も騎士団の寮生活で学び、貴族出身の男性にはなかなか過酷な3年間になる。
私も実家から通うのは大変なため、王宮の社員寮に住んでいる。
ディートハルトとは一応、隔週で手紙のやり取りはしていた。
しかし、婚約解消の話はあれからうやむやになり、なんとなくの婚約関係が続いていた。
ディートハルトは本当に好きな人がいないのだろうか……。
女の子が苦手ではあるけれど……。
このままじゃ、うちみたいな貧乏男爵家と結婚することになってしまう。
伯爵家の嫡男なのに……。
特にディートハルトの母はこの婚約に対して好意的ではなかった。
婚約するまでは優しかったのだが、婚約が決まってからは視線が刺さる……。
きっと他の令嬢との婚約を望んでいるだろうに……。
「はぁ~。どうしよう……」
ボンッ!!と大きな音がしたと思ったら目の前が真っ黒になった。
「あ、アーシュ!火を使ってるときに考え事はダメだよ!金属真っ黒じゃん」
後ろを通りかかったイヴェッタがそう言ってきた。
「ははは……、本当だね……。でも大丈夫、耐熱の白衣に帽子を被ってるから!」
「アーシュは本当に発明王だね」
細々としたものばかりだけどね……と心の中で呟いた。
小さい頃に髪を燃やしてから、耐熱の帽子と白衣を作った。
魔道具とまではいかないが、魔道具課でも重宝していて先輩方からもほしいと言われて何人かに差し上げた。
「ねぇ、アーシュ。今度の王家主催の夜会はどうするの?私たち王宮に勤めているから、欠席は出来ないわよ……」「あー……、それもあったかぁ……。どうしよう……」
日々の業務が充実しすぎて、完全に忘れていた。
父か弟にお願いするしかないかな……。
「イヴェッタは誰と行くの?」
「私はお兄様と行くわ」
「そっかぁ……。いいなぁ……」
イヴェッタのお兄様は3歳上で王立学園を首席で卒業し、今は魔法省に勤めている。
かなり魔力も強くて、さすがイヴェッタの兄という感じだ。
しかしこの兄妹は、仕事優先のあまり婚約者もおらず、夜会や舞踏会はいつも二人で出席している。
兄妹仲が極めてよいという感じでもなく、他を探すのが面倒だからという事らしい。
私は陰ながら、イヴェッタの兄を尊敬している。
イヴェッタと同じピンクの髪に黒い瞳でスラリとした長身。
耳にかかるくらいの髪の毛で、イヴェッタと同じ丸眼鏡をかけている。
クールなイケメンだ。
何よりすごいのが、防御魔法も攻撃魔法も得意で魔力切れを起こした事がないという。
そんな力が私にあったら、大きな魔道具も簡単に作れるのになと思ってしまう。
「ディートハルトはどうなの?まだ婚約してるんでしょ?」「うん。手紙は来てるけど、夜会の事は書いてなかったかな。多分騎士団が忙しいんだと思う……」
「そうだね……。でも、もう三年たったし、そろそろ寮生活も明けるんじゃない?そしたら……」
イヴェッタが口角を片方だけ上げ、「とうとう結婚かぁ~?」と言ってきた。
私は苦笑いをした。
イヴェッタ、絶対面白がってる……。
「……どうだろう……」
正直今は仕事が楽しい……。
だからまだ結婚はしたくない。
お互いのためにも婚約解消できたらいいのにな……。
そのことも含めて、そろそろ話し合わないと……。
◇◇◇ 「アーシュレイ様、荷物が届いておりました。お部屋にお運びしてもよろしいでしょうか?」仕事を終えて、王宮の社員寮に帰ってきた。
もう21時を回っている。
一階にはフロントがあり、コンシェルジュが荷物や郵便物を預かってくれている。
「あ、はい……お願いいたします」
何かしら、母から食べ物とか……?洋服もいらないと言ってあるし……。
部屋に運び込まれたのは、大小あわせて5個の箱だった。
「お荷物の送り主様からのお手紙です」
私に手紙を渡すと、3名のコンシェルジュは一礼して、下がっていった。
差出人を見ると『ディートハルト』と書いてあった。
「あー、また来てる! 騎士団ってそんなに暇なの?」アルディがディートハルトに食ってかかる。ディートハルトは、あれから毎日のように顔を出すようになった。見回りという名目もあるため、邪険にもできない。カウンターに座るディートハルトを見る。目が合い、優しく微笑みを返され、私は視線を外した。ハーブティーをティーカップに注いで、カウンターの上に置いた。「騎士様、どうぞ……」「ありがとう、アーシュ……」その形の良い唇にカップが触れる。所作が——美しい。視線に気づいたディートハルトが、私を見る。私は、また視線を外してうつむいた。顔が——熱い。「おいしいよ、アーシュ」「ちょっと、おじさん! アーシュ、アーシュって、お母様になれなれしいよ! お母様と親しくなりたいんだろ!」アルディがディートハルトに詰め寄る。彼は愛おしいものを愛でるようにアルディを見る。「ああ、そうなんだ。でも、俺はアルとも仲良くなりたい。できれば、お父さんになりたいと思っている……」ディートハルトがアルディの頭にポンと手を乗せた。アルディの頬がどんどん赤くなる。そして、ディートハルトの手を払った。「毎日、そんなこと言って! お断りだって言ってるじゃないか!」アルディは息をするたびに、肩が動いた。「あははは。これは手ごわいな……」ディートハルトが子どもみたいに笑った。 「――どういうことですか!? お父さんになりたいって……」声の方を向くと、入口で苦笑いしているエクリアさんと青白い顔のルシアンが立っていた。「あ、いらっしゃい!」私は二人に笑いかけた。乱暴な足音を立てて、ルシアンがディートハルトに近づく。
アルディの声がして、私は急いで外に出た。「アルディ!」アルディが大きな男性を木に追い詰めていた。「アルディ! どうしたの?」私はアルディに駆け寄る。「この人が、窓からお母様を覗いていました! 不審者だ!」アルディは木の棒を振り回し、その男の人に向けた。「アルディ! まず、話を聞きましょう……」私は、その人に目を向けた。 所々汚れてほつれた衣類。日焼けした肌に白いシャツ、厚い胸板。金色の髪が肩まで伸び、無精髭が生えている。ドクン。私を優しく見つめる。――翡翠色の瞳。見間違えるはずがない——この子と同じその瞳。 「あ、あああ……」私は言葉にならなかった。「……お母様?」アルディが眉を下げて、私を覗き込む。「こんな、身なりで……、ごめん。久しぶり、アーシュ……」「ディー……。どう――して」「そんなの、――決まっている」ディートハルトが、一歩ずつ近づく。私は、後ずさりする。アルディが私の前に立ち、木の棒をディートハルトに向ける。「近寄るな! お母様は、――ボクが守るんだ!」「お母……様?」彼の瞳が大きく見開かれ、じっとアルディを見る。「その瞳……。この子は……」アルディが木の棒を振りまわしながら、ディートハルトに向かっていく。ディートハルトは避けずに全て受け止める。そして、尻もちをついた——目には涙をためて。「どうだ! 参ったか! これにこりて、二度と来るな!」アルディは私の手を引いて、店に入った。閉まる扉の隙間から、顔を押さえ、うずくまる彼
「アルディ、何か変わったことはなかった?」「うん、何もなかったよ!」私と同じ色の髪が揺れ、翡翠色の瞳が私を見た。「いつも、警備ご苦労様。何か飲む?」「うん! 冷たいの!」「はーい」私はカウンターに座る我が子を見て、目を細めた。髪は私に似たけど、幼い頃の彼にそっくりだわ。カランコロン。「いらっしゃい……、あっエクリアさん、ルシアンも!」「アルディ~! また、大きくなったな~」ルシアンが親戚の伯父のように優しく声をかける。アルディが二人にお辞儀をした。私が道具課を辞めて、この店を開いた。二人は常連さんだ。「何か飲みますか? いつものでいい?」「じゃあ、お言葉に甘えて……」ルシアンが笑った。その頭を、容赦なくはたかれる。「いたっ」「ちょっと、ルシアン。ここはカフェじゃないのよ? 魔道具店!」「分かってますよ~」二人のいつものやり取りに、私の頬が緩む。「ふふふ。いいんですよ、ちょうどアルディの分も作るところですし……。それに、お客さんのは魔道具を作っている間、お茶をしてのんびり待っていてほしかったんです……」アルディにフルーツジュースを置く。「そうだったんだね。うん、いいねぇ。お客さんはどう? やっていけそう?」「はい……。少しずつ、街の人も増えてきて、なんとかなりそうです……」エクリアさんがホッと息を吐いた。「そう……。良かった……」エクリアさんは目尻に優しいシワを作る。「忙しくなったら、俺がいつでも手伝いに来ますからね! なんなら、雇ってもらっても……」エクリアさんが、ルシアンの耳をひっぱった……。「いてててて……。最近、エクリアさんひ
――退団届。「どうしても、見つけないといけない人がいます」「地位も名誉もよりもか……。今までの努力が……」俺は爪が食い込むほど、手を握った。「構いません。俺には、その人の方が大事だからです」「はあ……。お前も頑固だからな……。でも、退団だけはするな」「――しかし」団長が机に置いた封筒を持って、俺の胸に押し付けた。「落ち着いたら、手紙をくれ。俺がその地域の騎士団に異動させてやるから……」俺は退団届をクシャッと握り込む。団長の大きな手が、俺の頭を撫でて髪が乱れる。その手はとても重かった。「――はい。感謝します、団長」団長は白い歯を見せて笑った。 ◇◇◇ 騎士団の荷物は意外と少なかった。まぁ、ほとんど討伐でこの事務所にはいなかったから……。訓練場を見渡す。青い空に緑の芝が揺れる。息を吸いこめば、青々とした香りが胸に広がる。俺は前を向いて、出口を急いだ。——その時。後ろから芝を駆ける音がした。振り向く間もなく、お腹に手を回された。その手はひどく震えて、冷たかった。子どもみたいに小さな手。その手に俺は幾度も助けられてきた。「なんでだよ! なんで……。ひどいよ、ディー……」――レイン。「すまない。急いでいたんだ。お前にはたくさん世話になったのに……」「そうだよ! 相棒だったじゃん。それなのに、何の相談もなく、休団するなんて!」「……」胸が痛かった。「あの、アーシュレイって女が原因なんだろう? あんなひどいことされたのに、なんで? もう、離婚だってできるじゃないか!」
イヴェッタに会議室に通される。「なんか飲む?」その声に感情が見えなかった。「いや、大丈夫だ」「……」イヴェッタが自分の紅茶をカップに入れて、飲みながらテーブルの椅子に座った。俺も彼女の向かいに座った。「で、今さら、何しに来たの?」「は? それは、どういうことだ……? 討伐が終わったから帰ってきたんだ。」彼女の言葉にはいつも、棘がある。「そうね。副団長様だもんね。就任おめでとうございます」祝う気のない顔で、イヴェッタはそう言った。「ありがとう……」「昨日、家に帰った。アーシュがいた痕跡がなかった。よく着ていたワンピースもなかった。俺からの手紙も……」「魔道具課にはもう、アーシュはいないわよ。あなたが討伐に出発して、すぐに辺境の地に異動になったのよ」――異動?あんな時期に?イヴェッタが口元を歪めた。「自分で異動願いを出してね……」「アーシュが自分で!? いったいなぜ……。彼女は今どこにいるんだ!」イヴェッタの眉に深い皺ができる。「言うわけないじゃない。アーシュがあなたに手紙の一つも残さないで行ったのよ。それって、――分かるわよね?自分のことばかり考えているから、こうなるのよ。ま、一つ言えることは、アーシュは今、幸せに暮らしているわ……」「幸せ……?」俺のいないところで……?丸眼鏡の奥の瞳がいたずらに、微笑む。「そうよ。とーってもね」「4年別居なら、片方だけの署名で離婚できるわね」――離婚。イヴェッタが優雅に紅茶を飲む。「ま、婚姻を結んだまま、その――レインって子と一緒になるでもいいし。どこかの、貴族女性と再婚するでもいいんじゃない? きっと熱心なあなたのお母様が見つけてくれるわよ。なんたって、―
「副団長!お疲れ様です。 もう、お帰りになるのですか?」俺は騎士団本部で、帰りの支度をしていた。魔獣討伐に出て、――4年。やっと、帰ってこられた。俺は今回の討伐中に、副団長に就任した。アーシュは喜んでくれるだろうか。赤い髪をなびかせて、花のように笑う彼女が頭に浮かんだ。俺は口元が緩んだ。「副団長、にやけてますよ……。奥様、魅惑的ですもんね~!うらやましいですよ。奥様が食堂に来る時間は男性職員で混んでるって言いますからね!」「は……?」「ちょっと、副団長! 俺を睨まないでくださいよ。噂ですよ、噂……。今日は熱い夜になりそうですね~。では、失礼します!」そう言って、なかば逃げるように、若い団員は事務所を出ていった。食堂での様子を想像し、俺は奥歯に力が入った。あんなに清らかなアーシュに……。俺は頭を振る。――今日会えるんだから。俺は荷物をまとめ、足早に事務所を出た。手紙の返事がなかったことなど、忘れて……。 早く着きたくて、馬で伯爵邸に帰ってきた。夜も更け、屋敷も静かになっていた。扉を開けると誰かが立っていた。「おかえり……」さらに細くなった母の手が、俺の顔をなでた。「ディートハルト、またやせたんじゃない? 肌の色もこんなに焼けてしまって……。――体は? ケガはしていない?」母が俺の周りを回り、体を確認する。「また、一段と逞しくなったわね。でも、伯爵家当主になるんだから、そんなに鍛えなくても大丈夫よ?」――また、その話か。「でも、若い貴族女性には好ましいかもしれないわね……。何人かに声をかけてみようかしら……」母が何やら独り言を言った。「母さん、心配ありが







