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Author: 妄夢
last update publish date: 2026-07-02 17:25:07

「アーシュ、どうして……?」

ディートハルトは眉をハの字にして、苦しそうな表情を向けてきた。

そんな顔しないで……。

私は奥歯をぐっと噛んだ。

ちゃんと言わないと……。

 「もっ、もともと、親同士が好き合ってると勘違いして婚約しっちゃったじゃない? うちは貧乏男爵家で、あなたの家は伯爵家……。それにもう騎士団に入るんだし、女性除けも必要ないわ。あなたの人生がかかってるんだもの、結婚は釣り合った人とした方がいいわ……」

私は息も忘れて、彼への気持ちを吐き出した。

「嫌だ……」

「えっ……?」

「僕は、アーシュ以外となんて嫌だ!」

腕を掴まれ彼に引き寄せられる。

気がつけば、また逞しい腕の中に包まれる。

「ちょっ、ディー! きついわ、離して……」

渾身の力で分厚い胸板を押しても、びくともしなかった。

「嫌だ!離さないよ。だって、離したらアーシュは逃げてしまうだろう?もう、このまま僕の腕の中に閉じ込めてしまいたい……」

ディートハルトはどうしてしまったのだろう……。

「に、逃げないから……。お願い、離して?」

私は上を向いて懇願した。

夕日に照らされて、オレンジがかった翡翠の瞳と目が合う。

その瞳からは熱い何かを感じた。

幼い頃とは違い、もう大人の男性なのだと……。

視線をそらしたいのに、その瞳から目が離せなかった。

私たちの距離はどんどん近づき、ディートハルトの顔がぼやけていく。

「っ……!」

唇がほんの少し——触れる。

少し距離を離して、彼が私の顔を覗き込む。

前髪がまた触れ合う。

何度も角度を変えて、彼の柔らかい唇が降ってきた。

息もできず、気持ちも胸も苦しくなる。

ようやく唇が離れ、私は肩で息をした。

顔に血液が集まり、火照っているのが分かった。

「アーシュ、耳まで真っ赤だよ」

ディートハルトの吐息が耳にかかり、赤く染まる。

私はディートハルトの胸を力いっぱい押して、ようやく腕の中から離れられた。

「ディー……、どうしてこんなこと……」

ディートハルトは悪びれた様子もなく、首を傾げた。

「ずっとしたかったから……?」

「えっ……、何言って……」

「君は魔道具に夢中で、僕と二人きりの時間を作ってくれなかっただろう?」

「うっ……」

魔道具課に確実に内定をもらうために、王家が発行する特許を取る必要があった。

魔力量が少なく、派手さに欠ける私には努力量でしかその壁を越えられなかった。

平日も授業が終われば、研究部に行き、週末もイヴェッタと共に魔道具の研究に勤しんでいた。

婚約者とは名ばかりで、食堂で会えば話す程度となっていた。

まして、二人きりで会うなど……。

はぁ……とディートハルトが溜息をついた。

「君が昔から魔道具作りが好きで、内定をもらうために努力していることもしっていたよ。だから、会いたいとかデートしたいとか言わなかった」

「うん……」

「本当は君を抱き寄せたかったし、キスだってしたかった。それ以上だって……」

 「……っ」

それ以上って……。

私は心臓が早鐘を打ち、うつむいた。

てっきり騎士課の訓練が忙しいから、声をかけてこないのかと思っていた。

だから、もう私は必要ないのかと……。

「でも、まさか婚約解消したいなんて言われると思わなかった。だから、もう——我慢するのはやめた」

ディートハルトが私の腰に手を回し、ぐっと引いた。

ラベンダーの香りが鼻孔をくすぐる。

反対の手で顎を持ち上げられて、強制的に上を向かせられた。

ディートハルトの親指が私の唇をなぞった。

 「まるで、さくらんぼみたいな唇だね……。すごくおいしそう……」

今日のディートハルトはおかしい。

ラベンダーの粉に何か変な物でも混ぜてしまっただろうか……。

ゴーン、ゴーンと寮の門限を知らせる鐘が鳴り響いた。

私は勢いよく立ち上がり、「戻らないと!」と言って寮まで走り抜けた。

ディートハルトの様子をうかがう余裕はなかった。

あれは誰……?

寮の自室に入り、ドアを閉めた所で腰が抜けてヘナヘナと座り込んでしまった。

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