アデリナが消えた。
私に何も言わずに。 勝手に離婚届を用意して。ホイットニーとレェーヴと共に。 あの夜、拘束を解いて部屋に来る様にと言ったのに、何故かアデリナは来なかった。 懲りずに熱を出してしまった私は仕方なく寝室にランドルフと調査官の官僚を呼び、容疑者のリジーを呼んだ。 彼らと共にリジーを尋問していたのに。 その場に、無実だと証言するようアデリナを呼んだのに。彼女は来なかった。その後も私はあの事件の捜査に忙しく、暫くアデリナに会えずにいた。
そうしたら……このザマだ。 離婚届と共にアデリナの……アオイの怒りの手紙が添えられていた。 《ローランド。 貴方がリジーに恋したのは分かっているのよ。 あの夜、彼女と一緒の寝室にいたわよね? だからもう私を捨てる気なのね。 いいわよ、そっちがその気なら離婚してあげる。 どうせ、ローランドは私の事なんか少しも好きじゃなかったものね? 今まで迷惑かけたわね。だけどもう自由よ。 これからは貴方が本当に愛するリジーと、末長くお幸せに。 アデリナ・フリーデル…… 元妻のアデリナより。》 名前を言い直した執筆の跡。 手紙と離婚届を受け取った私は怒りに震えた。 誰が……誰を愛してる、だって………!? 誰がお前の事を少しも好きじゃないだって!? 「アデリナ……いや、アオイ…… 私が愛してるのはお前だ………!! なのにどうして……! なぜ、私の元を去った!? 一体どこに行ったって言時は遡る——————。 リジーという平民の看護師が王宮に現れてから、妙な噂が流れ始めた。 「アデリナが…あのリジーとかいう看護師を虐《いじ》めている、だと?」 「はい……。何でも、あのリジーとかいう看護師を王妃陛下がお茶会に呼び出して、芝生に突き飛ばしたとか。 診察で、侍医が見ていない間に二人きりになると、王妃陛下がリジーに対して酷い罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせるのだそうです。 何でも陛下と親しくするのが許せないという理由で……」 自室に戻り、仕事着だった私の着替えを手伝いながらランドルフが報告を続ける。 「は………。馬鹿らしい。 親しくも何も、リジーはただの看護師だ。 診察時に侍医の側にいるだけ。 なのにそんなリジーにアデリナが嫉妬? そんな作り話。私が信じると思うか? ランドルフ。お前もその馬鹿げた噂を信じているのか?」 「いえ。 信じておりません。 ……以前の王妃陛下なら分かりませんが、今の王妃陛下はその様な低俗な真似は決してなされないはずです。」 「ふむ。ランドルフ。 お前もいつの間にかアデリナを信頼できるようになったのだな。」 「はい。恐れながら… 確かに以前は王妃陛下に対して不信感しかありませんでした。 ですがあの方は突然変わられました。 まるで別人のように……」 そうだ。アデリナは確かに変わった。 体はアデリナそのものだが、魂は別者だ。 アオイが入っている。 今もそれは、私だけの秘密だ。 それはアオイを守る上で必要な事だ。 「そうだろう。 だから、そんな噂は全くの作り話だというのだ。 それに…&h
アデリナが消えた。 私に何も言わずに。 勝手に離婚届を用意して。ホイットニーとレェーヴと共に。 あの夜、拘束を解いて部屋に来る様にと言ったのに、何故かアデリナは来なかった。 懲りずに熱を出してしまった私は仕方なく寝室にランドルフと調査官の官僚を呼び、容疑者のリジーを呼んだ。 彼らと共にリジーを尋問していたのに。 その場に、無実だと証言するようアデリナを呼んだのに。彼女は来なかった。 その後も私はあの事件の捜査に忙しく、暫くアデリナに会えずにいた。 そうしたら……このザマだ。 離婚届と共にアデリナの……アオイの怒りの手紙が添えられていた。 《ローランド。 貴方がリジーに恋したのは分かっているのよ。 あの夜、彼女と一緒の寝室にいたわよね? だからもう私を捨てる気なのね。 いいわよ、そっちがその気なら離婚してあげる。 どうせ、ローランドは私の事なんか少しも好きじゃなかったものね? 今まで迷惑かけたわね。だけどもう自由よ。 これからは貴方が本当に愛するリジーと、末長くお幸せに。 アデリナ・フリーデル…… 元妻のアデリナより。》 名前を言い直した執筆の跡。 手紙と離婚届を受け取った私は怒りに震えた。 誰が……誰を愛してる、だって………!? 誰がお前の事を少しも好きじゃないだって!? 「アデリナ……いや、アオイ…… 私が愛してるのはお前だ………!! なのにどうして……! なぜ、私の元を去った!? 一体どこに行ったって言
城を出た私達は、クブルク国の最も最南部・へルックという田舎町に移り住んでいた。 元王妃だとバレたら色々と面倒なので偽名を使い、平民を装いながらの生活。 赤い屋根の可愛い二階建ての家を買い、そこでヴァレンティンも合わせて四人で暮らし始めた。 ホイットニーは町の洋食屋で働き、レェーヴは自警団で雇われ警備の仕事をしていた。 私の貯金があるから仕事はいいと言ったのに、ホイットニーもレェーヴも、ヴァレンティンに可愛い服や靴を買ってやりたいと言う。 それに加えて子育てに不慣れな私を二人がサポートしてくれる。 もちろん二人も不慣れだったけど、三人いれば何とやらだ。楽しく育児ができた。 ありがたかった。 だけど私は時々、夢を見た。 「アデリナ。信じてくれるかは分からないが… 私にとってお前は大切な存在なんだ。 心から————」 初めて結ばれたあの夜の、ローランドの顔。 ローランドの声。 抱きしめてくれた腕の強さ。温かさ。 元々よく熱を出すから常に体温の高い男だったけど、すごく温かくて、なぜか守られているような気持ちになった。 それから毎晩のようにローランドは私を執拗に求めてきていた。 義務のはずなのに必ず私を大事な人みたいに扱ってくれた。 ヴァレンティンを妊娠したと言った時のあの、嬉しそうな顔。 妊娠中の子煩悩のような、おかしな行動…… リジーが現れてからの……… あの時のローランドの心底呆れたような瞳と溜息、態度……… 寝室でリジーを呼ぶ、ローランドの声……… あれ? 私……本当は傷ついていたの? あんな風にローランドに裏切られて、本当は悲しかったんだ。 「&hell
「さあ、アデリナさん……後もう一息ですよ!頑張って……!」 「アデリナ様!頑張って下さい……!」 頑張れ……ませんけど? とある一室のベッドで力む私。それを手助けする平民の助産師。 横でホイットニーが私の手を握って励ましてくれている。 出産は鼻からスイカを出すようなっ痛さって聞いたことあるけど……全然違う!! 痛い!!痛すぎるからあ!!! 「ひえっ、も、無理! 無痛分娩を……無痛分娩を希望します!!」 「何ですか、それ。出産には自然分娩しかありませんよ、アデリナさん。」 なんて事だ……! いくらここが中世ヨーロッパ風の世界観だからって、出産方法くらいは自由選択できるようにして欲しかったよ!! だが耐えた。推しのため。 私の推しのヴァレンティンのため……!! 「おぎゃああ」 そうしてついに誕生した………! ヴァレンティン。愛ラブ、ヴァレンティン! やっぱり想像通りに可愛いヴァレンティン! 私の推しのヴァレンティンがついに!! 「よく頑張りましたね、アデリナさん。」 出産の手伝いをしてくれた助産師がそう言って、産まれたばかりのヴァレンティンを私の腕に抱かせてくれた。 生きてる。呼吸してる。新しい命…… 私とローランドの子供……… ……って!私のバカ!! あんな不倫クズ野郎を思い出す必要なんかないわ!! 「ヴァレンティン。貴方は私が守るからね。」 ローランドがいなくても、私には愛しのヴァレンティンがいる。 二人で生きていけ
その後、私とグズ夫はスピード離婚。 優の紹介で優秀な弁護士に依頼できた上に、費用も良心的だったので、慰謝料請求もスムーズ。もちろんこっちの圧勝である。 後から聞いた話しだと、二人の不倫関係は会社で大問題となり、クズ男の方は事実上のクビになったんだとか。 葵と共通の友人、知人からも冷たい目で見られ、親からも縁を切られたという。 またクズ女の方も不倫女と周囲に叩かれて居辛くなり、結局会社を退職したらしい。 お互い高額な慰謝料の支払いに頭を悩ませ、しかも二人して次の就職先がなかなか決まらず、ケンカばかりしていると。 そして二人はすぐに破局を迎えた。 「お前は掃除も洗濯もできなければ、ご飯もろくに作れないんだな! そうと分かってれば、お前となんて不倫するんじゃなかった!」 「何よ! 私だって……あんたみたいに無職でカッコ悪い男、もういらない!!」 「ああ!お前とは終わりだ……! こんな事なら葵と……葵と別れるんじゃなかった!!」 町中で二人が酷いケンカをしている場面を、葵の友人が偶然目撃したらしい。 それからクズ男の方は、本当に後悔しているとか、葵とやり直したいとか、お酒に溺れてはほざいているんだとか。 ふん。愚か者が。 今さら後悔して何になる。 それに私は葵ではないから、お前に対する愛など微塵もない。 ザマァみろだ。永久にお前の元に戻る事はないだろう。 葵を蔑ろにし、苦しめた罰だ! もがき苦しめ!!クズ男め!! そうして無事に葵の復讐を果たした私はと言うと…… その後の生活まで色々とサポートしてくれた優が、今日もまた私の側で囁く。 元々フリーランスで仕事をしていた優が企業し、今ではネットの通販会社を運営している。 そこで私は優に雇われ、働いている。 「義姉さん。これからも側にいてもいい?」 甘い言
二人の声が絶妙に重なる。 それから、ベッドから起き上がった私を優が自然と支えてくれた。 まるでこちらが本物の夫みたいだ。 「とりあえず帰ろうか、義姉さん。 すぐにでも退院できるみたいだから、手続きはしておいたよ。」 「ええ、良くってよ。」 「……?」 「どうしたの?」 「え?いや……義姉さん、何か死にかけてから雰囲気変わったね……」 優が困ったようにふわりと笑う。 まあ、そうね。 残念だけれど、もう貴方の好きだった葵はこの世界にはいないのよ。 「おい、待て……お前ら!」 まだあのクズ夫が何かをほざいている。 愚か者め。 お前はもう終わりだ。 振り返り、私はまたポケットの中で再起動させていた動画の画面をクズ夫に見せた。 傲慢な笑みを浮かべながら。 「あなた、このスマホの前で暴力を振るう勇気があるんですか?」 「え!?……また動画を撮ってたのか!?」 画面は写ってなくても、生々しい音声は録音されている。 今、マヌケな格好をしているクズ夫にスマホを向けて録画ボタンを押せば、かなりいい絵が撮れるだろう。 またもやクズ夫は愕然とした。本当に学習しない奴だ。 そんなんでよく不倫なんかできたな。 「や、やだあ、どうしよう……上司から電話が……」 ずっと黙っていたクズ女が、スマホを手にしながら震えていた。 「うふふ。 上司に同僚、友人、知人から暫くは熱烈に問い詰められますわね? 自業自得なんですのよ? 葵を……私を裏切った罰なんです。 そして、あ・な・た。 私は貴方とは離婚します。 だから星乃さんとともに、慰謝料の準備