その後もなぜか、王宮では私がリジーに嫉妬から嫌がらせをしていると言う根も葉もない噂が広がっていった。
ただ、ホイットニーやレェーヴ、BL神殿長のイグナイトだけは違った。
「は?王妃陛下があの看護師に嫌がらせを?
この方が本当にそんな事をすると思いますか? するならこの方は正々堂々と、真正面から宣戦布告をなさるでしょう。ケンカ越しに。」「クックック。確かに。
アデリンはすぐ怒るからな。 間違いなく、すぐにグーで相手を殴るタイプだ。」……おいっ!
人がツッコミを入れる暇もなく、イグナイトの淡々とした発言に、レェーヴが面白そうに答える。「お二人とも失礼ですよ、アデリナ様はそんなお方ではありません……!」
ホイットニーが、ムッとして二人に抗議してくれている。
またもや王妃宮に遊びに来ているイグナイトは、今日も甘いケーキを食べて呑気に笑っていた。
「イグナイト?あなた、ここに陛下がいないのに、何で毎日のように来るの?」
「陛下がいなくても問題ありませんよね?」
「い、うん、まあ、ないけど……」
この所ローランドはまた忙しい。
雨季に向けた食糧の確保、毎年流行り出す病に備えるなど、様々な問題で常に走り回っている。 手伝いたいけど、今はジッとしておけと本人に言われてるし。また熱を出さないか心配だ………
そんな事を思っている間に、リジー登場によって事態はさらに深刻になっていく。 原作小説の強制力。元のストーリーに戻そうとする見えない大きな力が働く。 それは正に神の力と言ってもいい。リジーがヒロインの、彼女に優しい、この世界。
このままだと、予想以上に早くローランドとの別れが来てしまいそうだ。
だけど、せめてヴァレンティンだけは城で無事に出産したいのだけど………控え室に待たせていた二人をもう一度病室に呼び寄せた。 医者からの説明を受けた二人はいまだに信じられないという顔を晒している。このバカどもが。 「貴方達は、死にかけた私の側で、私が死んだ後の保険金の話をしてましたよね? 私が死ぬのがそんなに待ち遠しかったのですか?」 「お、お前……葵! さっきからその喋り方は何なんだよ!? 気持ち悪いっ!」 「あらあ。何が気持ち悪いのです? 翔。 二人が話してたのを私、聞いてますのよ。」 「は……!生き返ったとたん強気になりやがって! あのまま死ねば良かったのに!!」 「死ねば二人は再婚して、私の保険金で悠々自適に暮らす予定だったんですものね。 ああ……! なんてひどい人なの。 妻に死ねだなんて………」 「だから、その気持ち悪い喋り方はやめ…」 「二人は何年不倫してたかしら? 確か私と結婚して1年も経たないうちに不倫が発覚しているから……もう5年くらい? オフィスで体の関係を持ったり、ホテルでも数えきれないくらい……それに不倫旅行? でしたわよね。」 「……っ、だから何だ! そんなのお前だって了承済みだった筈だろう! 今言うことか!」 「了承済みだなんてそんな…… 愛する夫に《不倫を黙認したら離婚だけはしないでやる》なんて言われたら大人しく従うしかないわよね…… あなたは本当にひどい人だわ。妻にそんな苦痛を強いるだなんて。」 全く。気持ち悪いのは私だわ。 でも今は我慢よ?アデリナ。 可哀想で、悲劇的ヒロインを演じるの。 思惑通り、クズ夫は挑発に乗ってく
病室でバチっと目を覚ました上坂葵———— ではなく、アデリナ。 「あ、葵……お、お前、目を覚まして?」 呼吸器をし、ベッドに横になったままギロっとクズ夫の翔を睨みつける。 なるほど。これがあのクズ夫ね。 葵を散々泣かし、葵を苦しめた最低不倫男。 ふん……見た目もローランドに比べたら天と地ほどの差があるわね。 背も低いし、輝きもオーラも全くない。こんな奴、どんな男よりも下の下だわ。 葵は何でこんな男が好きだったの? 全く理解に苦しむわ。 それと…… 「あ、……奥さん。良かったあ。目を覚まされて……」 翔の隣にいる、略奪女の星乃麗。 確かに体つきは豊満だが、顔も性格も頭も下の下の下品なだけの女。 全く。こんな女の何がいいの? 良かったなんて、本心じゃないくせに。 翔が惚れてるのはこの、体だけでしょ? まさか顔とか言わないわよね? ふ。だとしたら大笑いだわ。 だってこの女、実はめちゃくちゃ整形してるわよね(浮気調査で発覚した、葵の記憶では)。 まあ、いい。 それにしても葵が住んでるこの国、いや、この時代は何と便利なのだろう。 葵の見てきたもの、知識は全てこの頭の中に入ってる。 さあ。そろそろ初めましょう。 葵に代わって、この元アデリナ・フリーデル・クブルクが、クズ二人に華麗なる復讐を。 まずは呼吸器をブチイッと外した。それに驚くクズ二人。ゆっくり起き上がる。 「あなた……私のバッグを取って下さる? 私の両親が持って来てくれていたでしょう? そこに置いてあるわよね。 化粧ポーチを……自分の顔を見たいの。」 にこりと私は二人に向
◇ 「一人で城を出る……? そんな身重な体で……?」 とぼとぼと自分の部屋に帰った私を、レェーヴが腕を組んで待ち構えていた。 ホイットニーもいる。さっきの話を聞いて泣いていた。 「うん……直ぐにでも出ようかなと。 ローランドがリジーに恋に落ちてしまったのなら、今後、セイディや大臣達の私に対する風当たりが強くなるはずよ。 毒の件で最悪、濡れ衣を着せられる可能性もあるわ。 そんな苦痛に絶えてまで、王妃でいる必要なんてない。 幸い、アデリナの預貯金はいっぱいあるし、暫くはどこに行っても暮らしていけると思うの。 実家には帰れないわ。お父様は離婚には反対みたいだし…… とにかくもう離婚届を準備するから。 ホイットニー。お願い。私が城を出たらそれをローランドに渡してくれる?」 「い、嫌です……!私はっ、私も一緒にアデリナ様と城を出ます……! お願いです、アデリナ様! どうか私も一緒に、連れて行って下さい…!」 そう言ってホイットニーは、私の隣で、子供みたいに泣いてしまった。 いや……私も泣きたい気分。 「……アデリン。 あんたがここを去るなら、俺がここにいる意味はない。 だから俺も一緒に行くぜ。」 それまで冷静に対話していたレェーヴまでもが、ぽつりと呟く。 「レェーヴ……私に着いて来たら、今みたいな贅沢はできないのよ?」 「…だから?言ったじゃないか。 俺はあんたの腹心だって。 自分の仕える主人に、腹心が着いて行くのは当然だろう?」 格好良くレェーヴが笑った。 まさか、そんな風に言ってくれるとは……&helli
……うん!!!そうだよ!??めちゃくちゃ戸惑ってるよ!?? あの、心優しいはずのヒロインが。 原作でローランドを献身的に支え、彼を愛し、彼に愛されたリジーがまるで悪女みたいに笑う。 「ご想像通りですよ……? 私、今夜はローランド様と過ごしています。 来てくれと頼まれたので…… 当然ですよね。本来ローランド様に愛されるのは、この私なのですから。 始めは焦ったんです。 王妃陛下のせいで、起きるべき戦争が起こらないと分かった時は…… でも、もう大丈夫です。 今夜……予定通り彼が私を愛してくれましたから。 だから王妃陛下はもう用済みなんですよ。」 [ヒロイン補正進行中▷▷▷…… ヒロインには敵わない] 意識してないのにウィンドウが勝手に開く。 中にローランドがいるの……? ウィンドウの文字が、ヒロインには敵わないとはっきり告げている。 まさかもう…ローランドはリジーに完全に落ちたの? だから私に会いにも来ず、あの時も心底疲れた様に溜息を吐いたの……? 「リジー?何をしている?」 それは紛れもなく、ローランドの声だった。 寝室から聞こえてきた彼の声。 確実にリジーを呼んでいた。 「あ、はあい、ローランド様。 今参ります……!」 可憐な声でリジーは返事をする。 それからもう一度私の方を見て心底優越感に浸ったような顔をした。 「王妃陛下……いえ、アデリナ様。 ご自分の立場を忘れないで下さいね? あなたは所詮は性悪妻。 私とローランド様の恋を盛り上げるための、いわゆる《悪役》。脇役なんです
塔に閉じ込められて約一週間。 退屈だ。 あの原作とは違って塔の部屋は快適だったし、頻繁に侍医が来てくれて、胎児の成長が順調かどうかを診てくれる。 結局お風呂の世話も好意的なメイド達がしてくれてるし、用意された食事が妊婦に優しい食事内容だったりする。 妊婦に優しいフカフカのベッドに、大判のブランケットに暖房完備。寒い思いもしてない。 毎回、部屋の掃除もメイド達が来て綺麗にしてくれる。 一応、まだローランドの妻として丁寧に扱われてるって事かな? 何と言ってもヴァレンティンを妊娠中な訳だし、ローランドにとっても初めての我が子だもんね。 そうやって思ったよりも北塔の部屋で快適ライフを満喫していたら、ホイットニーが私を迎えに来てくれた。 「アデリナ様……!お会いしたかったです! 大丈夫ですか?どこか体調が悪くなったりはしてないですか!?」 再会を喜び、ホイットニーは泣きながらは私に抱きつく。 「大丈夫よ、ホイットニー。むしろ動かないから太ったくらいだわ。それよりどうしたの?」 「あ……それが。リジー様が無事に目を覚まされて、ひとまず、それでローランド様が拘束を解く様にと」 「え?……犯人はまだ分かってないのに?」 「はい。……今王室を挙げて捜査中とのこと。 それとローランド様から、アデリナ様に、自分のお部屋に来る様にと伝言が……」 まだ疑いは晴れてないみたいだけど、とりあえず塔からは出して貰えた。 けど……あれからローランドは一度もこの場所に来ていない。 あの時、ローランドに見捨てられた様な気がした。 あれから一週間ぶりに会うけど…… ◇ 馴染みのある、ローランドの寝室までの長い通路を歩く。 暗いからと、近くまではホイットニーが連れ添ってくれた。 緊張する。 あの時のローランドの
どうやっても無理だった。 あのリジーとかいう看護師に心を奪われ、彼女を心底愛してしまったローランドを取り返す事など叶わなかった。 初めから。私はローランドに性悪妻だと思われ、その誤解を解けもしなかった。 ただ彼に愛されたかっただけなのに……… 私のせいで苦労させ、病床についたお父様に代わり、私のために自分の父親であるローランドに反旗を翻した、愛する息子、ヴァレンティン。 夫を取り戻したい一心でマレハユガ大帝国の強力な軍事力で挑んだ戦いにも関わらず、ヴァレンティンの率いた軍は大敗した。 そのまま私は捕らえられ、クブルクのこの北塔で監禁されている。 薄暗い部屋。鼠が這う床。 誰もが私の世話を嫌がり、誰も塔に近寄らない。 ローランドに会ったのは先週だった。 「私はリジーを愛してる。 アデリナ。もう私達は終わりだ。 お前とは離婚する。 もうニ度と…私がここに来ることはないだろう。」 そう言ってローランドは相変わらず私を冷たい瞳で睨み付け、リジーの肩を抱いてこの部屋から出て行った。 その後この戦争で、たくさんの人が死んだと報せを受けた。 私が大切に育てていた、あの精鋭部隊は全滅したと聞いた。 あのライリーさえも、ヴァレンティンを庇って自分が囮になり、討たれたと…… あの者はヴァレンティンのように、私にとても懐いてくれていた。 けどもう二度と、彼の明るい笑顔は見れないのだ。 「すまなかった……ライリー…… 私がお前達を買いさえしなければ…… 精鋭部隊になど育てなければ…… 死ぬこともなかっただろうに。」 罪の意識は絶えず溢れ続けた。 ローランドとの十数年に渡る結婚生活が終わり、戦争も終結した。 塔の中で私はずっと罪の意識に苛