LOGIN木の上で降りられない猫を助けてあげよう。 そんな気持ちから不用意にも木に登り、手を伸ばす女子高生・東都明音。 しかし無情にも、枝は折れて明音は転落死してしまった……――から始まる異世界転生。 新たな世界は定期的に異世界転生者が現れる魔法の世界!?その名もフォス=カタリナ。 転生者には転生者免許というものが与えられて、原住民に似た生活ができるみたい。 魔法の代わりに一つのスキルを貰える転生者だけど、明音が貰ったスキルは一体なあに? そのスキルで何のお仕事をする? これは新たな世界で新しい人生を謳歌する、元女子高生のお仕事日記。 明音があなたを素敵なレストランに案内します!
View More静かな店内、明るい日差しが窓を通して室内を照らす。
モップや雑巾を使って清掃、お客様に出すお水の準備、備品の整頓や補充……。 厨房からは「あれ切って!」「ソースの準備はしたか!?」「もうそろそろ時間だぞ、揃えとけ!」と慌ただしい声と一緒にほんのりと美味しい匂いが漂ってくる。 カチリ、と時計の長い針がもうすぐオープン時刻であることを知らせると、厨房の人も接客係の人も、お店の責任者みたいな人も、皆が一人のお姉さんを囲むように並んだ。 私達の前に立ってこちらに振り向く女性は「おはようございます!」と元気で明るい声を上げると、両頬に人差し指を当てる。 そして、「朝礼最後の準備運動!ニッコリ笑顔で」と満面の笑みを見せた。 「――復唱!いらっしゃいませ!」 「いらっしゃいませ!」 「ありがとうございました!」 「ありがとうございました!」 「少々お待ちくださいませ」 「少々お待ちくださいませ」 「申し訳ございません」 「申し訳ございません」 「お待たせいたしました!」 「お待たせいたしました!」 「では今日も一日頑張っていきましょう!」 「よろしくお願いします!」 女性の掛け声に皆が同じ言葉を繰り返し、最後には頭を下げて挨拶を終える。 そのまま女性は私の手を引き、皆の前に立たせた。 「こちらのルシェット・サイファ=並ぶ従業員たちの前で深く頭を下げる。
纏め上げた髪、着慣れないフェイトレスの制服。 恥ずかしくて、不安で、緊張しちゃって。 それでも挨拶をすれば、皆も挨拶を返してくれる。 そんな、明るくて皆が真面目そうなこの雰囲気なら、お仕事頑張れそうな気がするって思ったんだ。 この世界、フォス=カタリナは私が生まれた世界じゃないけれど、落胆なんてしてられない、楽しそうな世界だと思った。 *** 「もう、ちょっと……大丈夫だからね、猫ちゃーん」 木の上にいた白い猫に向けて、私は手を伸ばしていた。 もうすぐ届く距離、まるで「助けて」と何度も無く子猫に向けて。 手が届けばもう大丈夫。 私が助けてあげる。 そんな気持ちで、ちょっとの高さに心臓を震わせながら、手を伸ばしていた。 でも。 「ほら、もうちょっとだよー。私が、助けてあげるから……あっ!」 パキパキ、と大きく響いた音は無情にも、私が求めた音じゃなかった。 届きそうだった手は離れて、視界は真っ逆さま。 最後に背中か腰あたりに何かが当たった感覚がして、私の視界は暗転した。 人生が終わった。 まだ、なんにもしてない高校生活。 ただ学校に通って、友達と喋りながら、お金が少ないからバイトしなきゃと言いながら、それでも遊んで帰った毎日。 本当に何もない、空虚な毎日でしかなかった。 「……ん、んん?」 「お、気がつきましたか。お嬢さん、大丈夫ですか?」 それから気付けば知らない場所で、海外の祭祀みたいな人が目の前に立っていた。 正面で分けた金色の長い髪を降ろしたまま、整った顔立ちは明らかに外国人。 それでも話す言葉は日本語で、ちゃんと聞き取れる声で心配を向けてくる。 「あれ、ここは……」 「ここは、フォス=カタリナと呼ばれる世界です。目が覚めて突然のことなので、中々頭には入らないかとは思いますが……ここは貴女がこれまで住んでいた世界とは、違う世界なのです」 「…………はい?」「ちょ、ラリエーヌ!?」「ほらほら、帰っておいでェー」 いつの間にか目の前が真っ暗になって、顔面に何かが当たった。 そのまま顔を柔らかいものでわさわさとされて、くすぐった、いや、そもそも息、息がっ……――。「――っぷああぁぁぁっ!!!」「ハイお帰りィ~」 目を開けるとにんまりと笑うラリエーヌさんの顔の横に真っ白でもわもわとした気持ちよさそうな棒があった。 何このもこもこ? 手を伸ばすと棒の方が寄って来て、また顔に当たる。「うりうり」「はわっ……!」 頬に当たると綿を撫でるような気持ち良さ。 先端の方に撫でると癖になる滑らかさがある。 撫でてるだけで癒しがすごいというか、あ、一生このままでもいい。 …………はっ!「な、なんですか?これ」「しっぽ」「しっぽ!?」「そう、アタシの」 ラリエーヌさんの言葉に棒の根元を辿っていくと、ラリエーヌさんのおしりに行き着いた。 やだ、私のハレンチ! 確かにしっぽ、しっぽがある。「そういえばラリエーヌさんは魔族って言ってました……!わぁ、本当にしっぽがある……!」「ちゃんと飾りじゃないよ、ホラ」 そう言ってラリエーヌさんは自分の体はそのままに、しっぽだけを操る。 うにうにと動いてつい手を出しそうになって……なんだか私の方が猫みたい。「あっはは、ルシーの食い
「んあ、おかえりィ。新人ちゃんお疲れ様ァ~」「あ、ルシーちゃんお疲れー!」 タイムカードの切り方を教えてもらって、マグサァさんと別れて更衣室に向かうと、ラリエーヌさんとエラさんに出迎えられた。 2人とも既に私服だけど、まさか待って貰ってると思っていなかった……いや、退店方法教えてもらわないとだもん!いてくれないと困る。「これで本日の新人仕事終了ォ?そんじゃまずはご褒美タイムだねェ」「その前にお店の出方を教えてからね」「ンもう、看板娘のケチー」 ニマニマと笑うラリエーヌさんとエラさんの会話を聞きながら着替えていく。 待たせてるのが悪いなと思って少しだけ急いで、「お待たせしました!」と声をかけた。「全然待ってないから安心して」「そんじゃ帰ろ〜」 エラさんの「帰り道はこっちだよ」という案内を受けて更衣室を出た私は廊下を真っ直ぐに歩いていく。 この先は事務室だけど……と思っていたら、2人は銀色の扉の前で立ち止まった。「ルシーちゃん、今日は表から来たでしょ?明日からはこっちの従業員用の入り口から入ってね」「従業員用の入り口があったんですか?」「逆にこんな店だから裏口ないと無理っショ?いくら部屋主がいるとはいえ、表の部屋から各部屋通される仕様じゃ部屋主休めんじゃん?」「はっ、確かに……!」 ラリエーヌさんの言葉にはたと気付く。 部屋主ってなんだろうと思ったけど、万来堂は表から入ると毎度お兄さんに行き先を告げる仕様だった。 確かに、従業員の相手までしてたらお兄さんずっと働くことになっちゃう……! 「ほらほら、いつまでも立ち止まってないで、行くよォ~」
「わわぁ、耳だ……!」「触ってもいいよん」「えっ、いいんですか!?」「こら、まだ仕事中!ラリエーヌにも乗らない!衛生問題!」 にんまりと笑って耳を近付けてくるラリエーヌさんに、つい頑張ってしまった。 途中眉皺を揃えたエラさんに指摘されて思わず「そうだった……」と思ってしまい私の目の前で、ラリエーヌさんは「ちぇー、看板娘めぇ」と口先を尖らせた。
少しずつお皿の重ね方を考えて、お皿を下げる時は落とさないよう注意しながら、厨房前へと運ぶ。 お皿はガラス製や木製、陶器、金属製と料理によって様々で、大皿のものや小皿、鉄板だったり。 それだけじゃなくて、取り分け用なら重ねやすいけど特殊な形をしたお皿もある。 それだと重ねにくいから少しだけどうやって重ねようか戸惑ってしまう。 あとは鉄板とか、汚れがすごいお皿とか、そういうのを重ねるのはちょっとやだな……っていう気持ちの問題。 エラさんもヴィラさんも素早く片付けているけど、そういうのは気にならないんだろうな……。 いや、でも早くテーブル準備しないとお客さん入れられないもんね。私も気にしないようにしなきゃ! それから運んだあとのテーブルの拭き方、お客さんからの要望があって出した調味料、その片付け場所も教えてもらって。 テーブルは木目に合わせて、ヘリも拭くとか。 テーブルの下や椅子の下も確認するとか。 どうしても汚い場合は洗浄魔法をかけてもらえるみたい。 ちなみにテーブルの下に落ちてるのがゴミとかならセレンさんが動いてくれるけど、これは忘れ物があった場合の話。 見つけたら全力ダッシュで追いかけてねって言われてしまった。 なお、それが危険物である場合が1階では多いみたい。 異世界、わりとものものしい。 そんなこんなで、異世界といえど学ぶことがいっぱいだ。 もしかしたらこっちの世界でもそれは変わらないかもだけど。「もうちょっと、色々経験しておけばよかったな……」 いくらお仕事と言えど、ご飯の準備をしたりお皿を片付けたりできたのに。 少しでも経験があればなにか違う考え方もあったかもしれない。 それが少しもったいない気がして、つい、口に漏れた。