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第18話

作者: こいのはな
公演の最後、出演者たちが客席の子供たちに花を贈った。

子供たちが目を輝かせて花束を受け取る姿を見て、知佳は「何かが次の世代へ受け継がれていく」ことに胸を打たれた。

知佳の席は最前列で、男性主役が降りてきたとき、にっこりと微笑みながら花を差し出してくれた。

知佳は少し驚き、しばらく反応できなかったが、隣の小野先生に背中を押されて、慌てて花を受け取り、「ありがとうございます」と男性主役に言った。

「公演を観に来てくださって、ありがとうございました」

主役は深々とお辞儀をして、舞台に戻っていった。

帰り道、小野先生が彼女に尋ねた。「覚えてる?あの男性主役」

知佳にはまったく記憶がなかった。

「私たちの学院の卒業生なのよ。あなたの二年後輩で、今は海城バレエ団のプリンシパル」

小野先生は笑いながら教えてくれた。

後輩だったのか。

「そういえば発表会で、あなたが女性主役で、彼が男性主役のBキャストだったことがあったでしょう?その時、男性主役が怪我で出られなくなって、彼が代役を務めたの。覚えてない?」

言われてみれば、確かにそんなことがあった気がする。

「彼、今はプリンシパルなのね……よかった」少し寂しさと悔しさはあったが、同級生たちが頑張っているのは本当に嬉しかった。

小野先生は知佳の肩を抱いた。「人生に終着点なんてないのよ、知佳」

知佳は力強く頷いた。「先生、分かってます」

彼女はもう再出発を決意していた。

これは心が躍る夜だった。五年ぶりに劇場で公演を観た夜だった。

家に帰っても心の高鳴りは収まらなかった。

知佳は花を花瓶に生け、写真を撮ってSNSに投稿した。「今夜は愛するもののために」

その後、化粧を落とし、身支度を整えて眠りについた。

拓海を離れるカウントダウン、第29日。今夜、夢を取り戻した。

拓海は今夜も帰らないと思っていた。だが、思いがけず深夜にドアが開く音で目が覚めた。

拓海が部屋に入ってきたとき、酒の匂いが漂ってきた。

また飲んでいる。

しかも、歩きながら椅子にぶつかってガタガタと音を立てている。どれほど飲んできたのか。

シャワーも浴びずに、そのままベッドに倒れ込んだ。

本当に強い酒の匂いだった。

知佳はもう、彼に何も言うつもりはなかった。酒を控えろとも、シャワーを浴びろとも。

ただ、この匂いには耐えら
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