LOGIN大学生の双子姉妹、澪(みお)と莉央(りお)。 気が強く美しい姉・澪と、優しくおっとりした妹・莉央は、失踪した両親の手がかりを追い、「白い羽の村」へ向かう。そこは“鶴の恩返し”の伝説が残る、奇妙な村だった。 澪の恋人は頭脳派の大学首席・怜央(れお)。 莉央の恋人は穏やかな青年・真央(まお)。 しかし村に足を踏み入れた夜、四人の運命は静かに狂い始める。 夜空に舞う白い羽。絡み合う赤い糸。 それは救いの兆しか、それとも呪いの始まりなのか。 双子の姉妹と二人の恋人。 その夜、誰かの恋が奪われる。
View More「はいっ、ミネラルウォーター! 炭酸ダメなんでしょ?」
助手席から差し出されたペットボトルを受け取り、私は小さく息をつく。 莉央――私と同じ顔を持つ双子の妹は、相変わらず世話焼きで、そして無邪気だった。 けれど、ふと視線を上げたとき、彼女の膝に落ちていた“白い羽”に胸がざわつく。 「……どこから入ってきたんだろう、こんな羽」 私がつぶやくと、後部座席の怜央が笑いながら身を乗り出した。 「気にするなよ。山の上だし鳥だって飛んでる」 軽い口調。けれど私は知っている。 “この村で舞う羽は、ただの鳥のものじゃない”――そう語る怪談を、昔から。 後部座席のもう一人、真央が窓の外を覗き込む。 「……なんか、静かすぎない? 鳥の声も、虫の音もしない」 車は山道を登り、森の奥へと進んでいく。 風も止まり、葉擦れの音すら消えた世界に、ただエンジン音だけが響いた。 「澪……やっぱり怖くない?」莉央が不安そうに笑う。 私も笑い返すけれど、胸の奥に広がるのは、不思議な寒気だった。 私と全く同じ顔の、一卵性双生児の双子の妹の莉央(りお)は、気の強い美人の私と顔こそ同じものの、優しくて気が弱くておっとりしている。 私達は名前の似ているのだが、まさかの彼氏の名前もお互いに似ている。私の彼は運転手もしている怜央(れお)、同じ大学3年生だ。 「あははっ。澪は莉央ちゃんに頭が上がらないよな。俺もだけど。尻に敷かれまくってるよ。大学首席のこの俺様が」 「首席自慢されてもね?運動全然じゃん!喧嘩も弱いし、頭脳戦だけじゃん怜央は」 「あー?そういうこという?頭がいいのって大事でしょ?頭脳戦も。戦闘ならほら莉央ちゃんの彼氏、真央(まお)くんがいるからこのチームは」 急に話題を振られ、スマホゲームをしていた爽やかなショートヘアの男性は、はにかみながら、へへっと笑った。 「怜央さんには叶わないよね!俺、頭は良くないし。莉央が気が利くし、頭もいいから莉央のおかげで人に騙されないだけで。ただ、そうだね。運動神経に自信があるので、莉央も澪さんも怜央さんも守れる自信あるけど?」 「うわぁ、真央くん頼もしい!ほらー怜央しっかりしてよ!」 真央くんのはにかむ笑顔も、気まぐれな性格も、猫系男子。 莉央は、真央くんの彼女にお似合いのふわっとした大人しくて優しい女性らしい女の子。 そして、私は気の強そうな美人に見えてるし、怜央はガラの悪い頭だけいいウルフカットの学年首席。 大人っぽいカップルと、爽やかなカップルのダブルデートって感じ。 ……ほんとは、真央くんを気になっていた時期もあるけど、真央くんが莉央を好きだと気づいてからすぐに莉央の良いお姉ちゃんとなった。 脈ナシ。いままで百戦錬磨で狙った男はみんな手に入れられたけど。彼女に一途で落ちそうもない。その彼女は同じ顔した妹。 ところが、大学一、モテる「学園の皇帝」という異名の、怜央が私を好きになるという天変地異のような展開が私を待っていた。 そして、この学園の皇帝の怜央を、莉央がずっと憧れていた推しという、複雑な関係である。 推し……推しって。莉央は付き合いたいわけじゃないから、推しがお兄ちゃんになったって喜んでいるから問題ないけど、どうなのかな、この関係は。 好きだった人は姉妹の彼氏。 顔が同じだから、両想いになれない複雑さ。 「澪、この村の言い伝えの鶴の恩返しの都市伝説、確認しにいくの本当に危なくないんだな?まあ。もう現地ついちゃうけど……」 「鶴の恩返しって、助けてもらった鶴が、恩返しに猟師の家に行って機織りをするんだよね?」 「怜央、莉央。この村は鶴に恩返しるか奉仕するか選ばせたっていう都市伝説のような、嘘か本当かわからない伝説がある」 「そう、この鶴の恩返しの怖い話は、動物はじめ、助けられた人を村に集めて、孤立したひとたちを強制労働させていたさもしれないってことよ」 「ホラー話好きだもんね、澪は。人が行方不明になるっていう村、に彼氏や妹とその彼氏つれてく?」 莉央は、目が笑っていなかったが、声は笑っている。 それは、そう。 「そうね。私たちの両親の行方がわからなくなった村だからね。怪談や伝承を調べに行くと言って。孤児になって、叔母さんの養子になって。だから」 「ほら、峠だ。……村の看板だ。人も住んでいる。物騒なことを言うもんじゃないよ。民宿に泊まるんだし。」 山沿いをうねりながらカーブが続いていく。山を登りきって、さらに降りていくと 小さな村が、見えてくる。 鶴の恩返しの伝承のある、小さな村。 やがて視界に現れる赤い鳥居。 その足元には、いくつもの白い羽が散らばっていた――。雪の道の先で、光が爆ぜた。氷の回廊が崩れ、眩しいほどの白が私たちを包む。その中から、父と母の姿が現れた。生きている――息をして、私たちを見ている。「お父さん……!」「澪、莉央……大きくなったな」声が重なる。震える手を伸ばすと、温もりがあった。現実感のないほど柔らかい、けれど確かなぬくもり。私は泣きながら母に抱きつき、莉央も父の胸に飛び込んだ。凍っていた記憶が溶けていくようだった。「ここを……出よう。もう、この村には夜しかない」父の声は静かで、それでも強かった。その足元には、怜央と真央が倒れていた。二人とも気を失っているが、呼吸はある。私は怜央の手を握り、胸の奥で強く祈った。――もう誰も失わせない。その瞬間、祠の奥で鈴の音が鳴った。白い狐の青年が姿を現す。その背後には、雪女将――氷の巫女――そして村の青年が並んで立っていた。「門が、開く」村の青年が手にしていた古びた鍵を掲げた。「俺の祖父が“門番”だった。この村が現世とつながる最後の道を、今、開く」白狐の青年が微笑む。「俺たちはここまでだ。お前たちが愛を“渡した”時点で、秤は止まった。もう、贖いは終わりだ」「行け。生きる場所に戻れ」雪女将の声は、凍るようで、どこまでも優しい。彼女の頬を一筋の涙が伝うと、それは雪になって消えた。「女将さん……」「私は、ここに残る。罪を見届けるために。けれど、もう孤独じゃない。あなたたちの母が、私の中にいるから」母が一歩、彼女のそばに立つ。二人の影が重なり、雪の光になって溶けていく。「お母さん……!」「澪。莉央。生きて。“恩返し”は、もういらないわ。生きることが、それ以上の贈り物だから」涙が頬を伝う。母の声が風になり、雪を押しのけていく。その瞬間、白狐が私の肩に手を置いた。「もう一度、会える日が来る。その時、お前はもう迷わないだろう」「あなたは?」「俺は、ここで終わる。けれど“導き”は、お前たちの中に残る」微笑む白狐の姿が風に散る。村の青年も最後にうなずき、鍵を地面に突き立てた。轟音。鳥居が光り、裂けるように空が開いた。「走れ!」真央が莉央の手を取り、怜央を担ぎ上げた。私は父と並んで走る。光の向こうに、確かに空があった。夜ではない、朝の色だ。駆け抜ける瞬間、背後で女将の声が響いた。
夜明けの気配はまだ遠い。祠の前で、私は怜央の体を抱き起こした。脈はある。けれど目は閉じたまま、白い羽の粉だけが髪に降り積もっている。「怜央くん……」莉央が震える声で名を呼ぶ。真央は私たちの背に立ち、周囲へ視線を走らせた。山の気配が変わっている。静かすぎる。鈴の音が、ひとつ。風のない空間に、雪が生まれるようにふわりと漂った。祠の石段の上に、白い影が形をとる。「――来てしまったのね」旅館の女将。けれど今日は暖簾の姿ではない。氷の光をまとう“巫女”の装束に、長い白髪が揺れた。雪明かりのような瞳が、私たちを一人ずつ撫でていく。「あなた…女将さん?」「この村を見守る者。多くを救えず、ただ“残す”ことだけを選んだ者。人々は私を雪女と呼ぶ」背筋が冷たくなる。女将は祠に手を添え、戸口の紙垂を鳴らした。「恩返しは贈り物ではない。贖いの形だわ。与えられた愛を、間違えずに返すための“秤”。重さを違えれば、人は雪に埋もれる」「両親は、どこ?」私は一歩、踏み出した。女将のまつげが震える。「ここにいる。まだ、完全には失われていない」その声に重なるように、白い狐の尾が雪面を掃いた。赤い紐を襟に結んだ白装束の青年が、祠の影から現れる。肌は冬の月のように青白く、目元には笑みとも諦めともつかぬ影。「やっと会えたね、澪」「……誰?」「稲荷の眷属。人の恋慕に火がつくと、時に里が燃える。俺は、その火の行方を見張る役目だ。君たちの父と母の“借り”も」青年の指先が弾くと、雪が舞い、祠の奥で氷が割れる音がした。薄氷の向こうに、人影が二つ。「――お父さん?」声が喉に突き刺さる。氷の幕越しに、父が笑った。若い頃のままの顔だ。『澪、莉央。来るなといったのに、君たちはいつも強情だ』音にならない唇の動きが、確かにそう告げた。女将がそっと目を伏せる。「取材者はこの村の“裂け目”を見た。助けると言い、境界を越えた。愛は尊い。けれど規を破れば、雪が罰を与える」「罰じゃない」白狐の青年が首を振る。「秤だよ。――返す相手を間違えたのさ」氷片が柔く光り、もうひとつの影が揺れた。長い髪、細い肩。『……ごめんね』母の声が、雪の中から滲み出る。次の瞬間、女将の胸元に同じ光が宿り、彼女の頬を一筋の涙が伝った。「私の中に、あなたの母の半分が眠っている」女将の声は、ひどく人間のそれ
「怜央くんっ!」夜の山道に、莉央の声が響いた。霧の中、真央が彼女の手を強く握る。「走れ、莉央! 戻るんだ、民宿まで!」「でも――お姉ちゃんたちが!」「澪さんは怜央さんを探してる。俺たちは生きて帰るんだ!」息が白く弾ける。空から降る白い羽が、まるで雪のように視界を奪っていく。一枚、また一枚――触れた羽が、肌の上で溶けるように消えた。「ねえ真央くん、これ……痛い」「羽に……血が混じってる……?」真央は莉央を庇い、羽を払った。指先が切れている。羽が刃物みたいに鋭い。「莉央、何があっても離れるな!」「うん……でも、お姉ちゃんたちが――」その頃。澪は怜央の名を呼びながら、山道を駆け上がっていた。懐中電灯の光が揺れ、倒木の影を映し出す。「怜央っ! お願い、返事して!」耳に届くのは、風でも鳥でもない。――鈴の音。そして、怜央の声。「……澪、戻れ!」声のした方に走ると、そこに怜央が立っていた。白い羽に包まれて、まるで光に溶けていくように。「やっと……見つけた……」「来るな! 俺は――もう、戻れない!」「何言ってるの!? 戻るの! 一緒に!」「違う。……俺、気づいたんだ。恩返しって“命の貸し”なんだよ」「どういうこと……?」怜央の手には、あの祠の封印札。そこには、“多鶴”の文字。「この村の恩返しは、“愛された者”が“愛した者”を救う代償に消える仕組みだ。 俺はもう選ばれた。……たぶん、澪を守るために」「そんなの、ふざけないで!」澪は怜央に駆け寄り、胸ぐらを掴んだ。「勝手に決めないでよ! 私だって――怜央がいない世界なんて要らない!」「バカ、泣くなよ……」怜央が微笑む。指先で澪の涙を拭った瞬間、羽が彼の肩に降り注いだ。――身体が、透けていく。「怜央!!」「澪……俺がいなくても、強く生きろ。お前ならできる。……莉央を、頼む」「嫌だ、そんなの絶対に……!」羽嵐が巻き起こる。風が吹き抜け、視界が真っ白になった。怜央の姿が霧のように崩れていく。その瞬間、莉央の叫びが響いた。「お姉ちゃああん!!!」真央に抱きしめられた莉央が、両手を合わせて祈るように叫ぶ。「お願い……怜央くんを連れて帰って! みんなで帰るの!」涙が地に落ち、白い羽に染み込む。次の瞬間、羽が一斉に燃えるように光り、山の空気が震え
夜が終わらない。時計の針は二時を指したまま、微動だにしない。民宿の外は、風すら止んでいた。まるで、この村だけが世界から切り離されてしまったように。「怜央くん……どこに行ったの……」莉央がかすれた声でつぶやく。その横顔を見つめながら、私は唇を噛んだ。泣いている妹の頬を撫でる指先が震える。この子を守りたい。だけど――心の奥で、別の痛みが蠢く。怜央が消えたと聞いた時、胸の奥に一瞬、安堵のような影が走ったのを私は知っている。「お姉ちゃん……私、怖い」「大丈夫。私がいる」そう言いながらも、声が震えていた。怖いのは幽霊でも、恩返しの呪いでもない。“自分の心”だった。囲炉裏の火が、ふいに揺れた。外から誰かの足音がする。思わず立ち上がり、襖を開ける。そこに立っていたのは――怜央だった。「怜央っ……!」駆け寄ると、冷たい夜気と一緒に彼の匂いが胸に広がる。無事だったという安堵に、身体が勝手に震えた。怜央は静かに笑って、私の頬に触れた。「ごめん。遅くなった。少し、見たんだ……例の祠を」「祠?」「白い羽が、山の奥まで続いてた。導かれるように……それで――」彼の瞳が揺れる。そこに、言葉にならない恐怖と、何かを隠している影が見えた。怜央は何かを見た。けれど、それを言えない。その沈黙が、逆に胸をざわつかせる。「怜央、怖かった?」「怖いのは……澪がいなくなることだよ」一瞬、息が止まった。心臓の音が、自分の声よりも大きく聞こえる。冗談めかした笑い方なのに、瞳はまっすぐだった。そのまま、怜央の手が私の頬から髪へとすべる。――抱きしめられる寸前、私は後ろへ一歩下がった。「……ごめん。莉央が、見てる」怜央は一瞬、表情を固め、そして笑った。「そうだな。……俺、たぶん嫉妬してる」「嫉妬?」「お前の中で、まだ“誰か”を探してる目をしてる。……父さんか、母さんか、真央か……誰でもいい、けど俺の知らない誰かを見てる顔だ」図星だった。言葉が出ない。胸の奥に、絡まった糸のような感情が溢れる。恋と、恐怖と、罪悪感。その全部が、白い羽のように絡み合って、離れなくなっていく。――コン。障子の外から、また鈴の音が響いた。音は一度、二度……そして止む。怜央と目を合わせた瞬間、羽がひとひら、床に落ちた。濡れている。血ではない