LOGIN大学生の双子姉妹、澪(みお)と莉央(りお)。 気が強く美しい姉・澪と、優しくおっとりした妹・莉央は、失踪した両親の手がかりを追い、「白い羽の村」へ向かう。そこは“鶴の恩返し”の伝説が残る、奇妙な村だった。 澪の恋人は頭脳派の大学首席・怜央(れお)。 莉央の恋人は穏やかな青年・真央(まお)。 しかし村に足を踏み入れた夜、四人の運命は静かに狂い始める。 夜空に舞う白い羽。絡み合う赤い糸。 それは救いの兆しか、それとも呪いの始まりなのか。 双子の姉妹と二人の恋人。 その夜、誰かの恋が奪われる。
View More車のドアを閉める音が、やけに大きく響いた。 もう、引き返さない。 そう決めたはずなのに、 体のどこかが、まだそれを疑っている。 「準備いい?」 運転席から、怜央が振り返る。 「うん」 澪は短く答える。 その声は、思ったよりも落ち着いていた。 隣では、莉央がシートベルトを締めている。 後部座席には、真央。 いつもと同じ配置。 変わらないはずの距離。 なのに、 全部が少しずつ違って見えた。 エンジンがかかる。 振動が、足元から伝わる。 車はゆっくりと走り出した。 見慣れた道。 見慣れた景色。 それなのに、 どこか遠い。 色が、少しだけ薄い。 「……静かだね」 莉央が言う。 窓の外を見ながら。 「そうだな」 真央が軽く返す。 でも、 その声も、少しだけ遠く聞こえた。 「澪、怖い?」 莉央が振り向く。 不安そうに笑う。 その顔を見て、 少しだけ、息が整う。 「……少しだけ」 正直に答える。 隠す意味は、もうない。 莉央は、小さく頷いた。 「私も」 それだけで、 十分だった。 前を向く。 山の影が、少しずつ近づいてくる。 あの場所。 全部が始まった場所。 「――はいっ」 唐突に、 明るい声が響く。 莉央だった。 「ミネラルウォーター! 炭酸ダメなんでしょ?」 ペットボトルを差し出す。 その仕草が、 どこか懐かしい。 「……ありがと」 受け取る。 その瞬間、 ほんの少しだけ、 時間が重なった気がした。 前にも、あった。 同じやり取り。 同じ声。 同じ距離。 でも―― 今は、違う。 私は知っている。 この先で、 何が起きるのかを。 それでも、 進むと決めた。 車は、山道へ入る。 カーブが増える。 森が深くなる。 音が、減っていく。 風の音だけが残る。 「……なんか、静かすぎない?」 真央が呟く。 その言葉に、 誰もすぐには答えなかった。
静かだった。 誰も、すぐには何も言わなかった。 “行くしかない” その一言で、 全部が決まってしまった気がしたから。 戻る、という選択肢は、 もう残っていない。 「……行くんだよね」 莉央が小さく言う。 確認するような声。 でも、 その目は、もう決まっていた。 「うん」 澪は頷く。 迷いはあった。 怖さも、ちゃんとある。 でも、 それ以上に、 放っておけなかった。 「お父さんと、お母さんを」 言葉にする。 それだけで、 少しだけ足元が固まる気がした。 「助ける」 はっきりと言う。 その声は、 思っていたよりも震えていなかった。 「……そっか」 莉央が頷く。 それだけで、 少しだけ空気が緩む。 「じゃあ、私も行く」 当たり前みたいに言う。 その言い方に、 少しだけ胸が痛くなる。 「危ないかもしれないよ」 思わず言う。 止めるつもりはないのに、 言葉が先に出た。 莉央は、少しだけ笑った。 「一人で行かせるわけないでしょ」 軽い口調。 でも、 その目は、真剣だった。 「私たち、双子なんだから」 その一言で、 何も言えなくなる。 昔から、そうだった。 どこまでも、 一緒に来る。 「……ありがとう」 小さく言う。 莉央は、少しだけ照れたように笑った。 その隣で、 真央が一歩前に出る。 「俺も行くよ」 短く言う。 迷いがない。 「莉央を一人で行かせるわけないし」 当たり前みたいに。 その言葉に、 莉央が少しだけ顔を赤くする。 「……ありがとう」 小さく返す。 その距離が、 自然に近い。 見ていると、 少しだけ、 胸の奥がざわつく。 ――でも。 もう、分かっている。 それをどうするかも。 視線を逸らす。 代わりに、 もうひとつの気配を見る。 怜央。 壁にもたれて、 黙ったままこちらを見ている。 「……来ないの?」 聞くと、 怜央は少しだけ笑った。 「行くに決
外に出ると、空気が少しだけ軽くなった。 茶室の中にあった重さが、 まだ体に残っている。 「……何あれ」 莉央が小さく言う。 声が、まだ震えている。 「雪女って……本当に?」 答えられなかった。 さっき見たものを、 どう言葉にすればいいのか分からない。 ただ、 現実じゃないとも言い切れなかった。 「信じるしかないっしょ」 真央が言う。 いつもより少しだけ強い口調。 無理にでも、現実にしようとしているのが分かる。 「でもさ」 続けようとして、 言葉を止める。 そのとき。 「全部は言ってないですよ」 声が落ちた。 振り返る。 まひろが立っていた。 さっきまでいなかった場所に。 「……いつからいたの」 「最初から」 軽く言う。 でも、 その目は笑っていない。 「聞いてた?」 「まあ、それなりに」 曖昧な返事。 でも、 隠すつもりはないらしい。 「……じゃあ、教えて」 澪が言う。 「全部」 逃げ場を作らない言い方。 まひろは、少しだけ考えるように目を細めた。 「全部は無理っすね」 あっさりと返す。 「でも、大事なとこだけなら」 そのまま、ゆっくりと視線を上げる。 「“向こう側”っていうのは、別の世界ってわけじゃないです」 静かな声。 「重なってるんですよ、こっちと」 その言葉に、 背筋が冷たくなる。 「境目があって」 まひろが続ける。 「そこを越えた人間は、戻るか、残るか、選ばされる」 「……選ばされるって」 莉央が呟く。 まひろは、小さく頷いた。 「自分で決めてるようで、そうじゃない」 「秤、みたいなもんです」 過去の言葉が、頭をよぎる。 恩返し。 選択。 全部が、繋がっていく。 「……両親は?」 澪が聞く。 まひろの視線が、少しだけ揺れる。 「境目を越えてる」 短い答え。 「戻るには、“選び直す”しかない」 その言い方が、 妙に重い。 「誰が?」 「本人か、近い人間か」 まひろが答える。 「だから、あなたたちなんですよ」 はっきりと。 逃げ道のない言い方で。 「……私たちが?」
茶室の空気は、やけに静かだった。 畳の匂い。 湯の立つ音。 それだけが、はっきりと聞こえる。 「……来ると思っていたわ」 声が落ちる。 正面に座る女性――絵里奈が、 静かにこちらを見ていた。 いつもと同じはずの姿。 なのに、 どこか違う。 「先生……」 莉央が小さく呼ぶ。 絵里奈は微笑んだ。 けれど、 その目だけが、冷たい。 「真耶さんのことね」 言い当てられる。 息が、詰まる。 「……どこにいるの」 澪が問う。 絵里奈は、少しだけ目を伏せた。 「すぐには、戻れない場所よ」 曖昧な言い方。 でも、 それが嘘ではないことだけは分かる。 「どういう意味」 声が強くなる。 「説明して」 静かな沈黙が落ちる。 湯の音だけが、間を埋める。 「……あなたのお母さんはね」 ゆっくりと、言葉が紡がれる。 「とても優しい人だった」 当たり前のこと。 でも、 その言い方が、どこか遠い。 「誰にでも手を差し出して、全部守ろうとして」 絵里奈の視線が、 ほんの一瞬だけ揺れる。 「……選べなかったの」 その言葉が、静かに落ちる。 「夫か、子か、それとも――」 言いかけて、 止まる。 「全部を守ろうとした」 「それの何がいけないの」 思わず言う。 正しいことのはずだ。 間違っているはずがない。 絵里奈は、ゆっくりと首を振った。 「“向こう側”では、それは許されない」 その一言で、 空気が変わる。 冷たくなる。 「……向こう側って」 知っている言葉。 でも、 まだ繋がらない。 「境目の向こう」 絵里奈が静かに言う。 「あなたたちが、もう触れてしまった場所」 羽のことを思い出す。 影のことを思い出す。 全部が、一本に繋がる。 「……先生、何なの」 問いかける。 逃げないように。 目を逸らさないように。 絵里奈は、少しだけ微笑んだ。 「私はね」 ゆっくりと、 言葉を選ぶように。 「選ばせる側の人間
「はいっ、ミネラルウォーター! 炭酸ダメなんでしょ?」 助手席から差し出されたペットボトルを受け取り、私は小さく息をつく。 莉央――私と同じ顔を持つ双子の妹は、相変わらず世話焼きで、そして無邪気だった。 けれど、ふと視線を上げたとき、彼女の膝に落ちていた“白い羽”に胸がざわつく。 「……どこから入ってきたんだろう、こんな羽」 私がつぶやくと、後部座席の怜央が笑いながら身を乗り出した。 「気にするなよ。山の上だし鳥だって飛んでる」 軽い口調。けれど私は知っている。 “この村で舞う羽は、ただの鳥のものじゃない”――そう語る怪談を、昔から。 後部座席のもう一人、真
雪の道の先で、光が爆ぜた。氷の回廊が崩れ、眩しいほどの白が私たちを包む。その中から、父と母の姿が現れた。生きている――息をして、私たちを見ている。「お父さん……!」「澪、莉央……大きくなったな」声が重なる。震える手を伸ばすと、温もりがあった。現実感のないほど柔らかい、けれど確かなぬくもり。私は泣きながら母に抱きつき、莉央も父の胸に飛び込んだ。凍っていた記憶が溶けていくようだった。「ここを……出よう。もう、この村には夜しかない」父の声は静かで、それでも強かった。その足元には、怜央と真央が倒れていた。二人とも気を失っているが、呼吸はある。私は怜央の手を握り、胸の奥で強
夜明けの気配はまだ遠い。祠の前で、私は怜央の体を抱き起こした。脈はある。けれど目は閉じたまま、白い羽の粉だけが髪に降り積もっている。「怜央くん……」莉央が震える声で名を呼ぶ。真央は私たちの背に立ち、周囲へ視線を走らせた。山の気配が変わっている。静かすぎる。鈴の音が、ひとつ。風のない空間に、雪が生まれるようにふわりと漂った。祠の石段の上に、白い影が形をとる。「――来てしまったのね」旅館の女将。けれど今日は暖簾の姿ではない。氷の光をまとう“巫女”の装束に、長い白髪が揺れた。雪明かりのような瞳が、私たちを一人ずつ撫でていく。「あなた…女将さん?」「この村を見守る者。多くを救えず、
「怜央くんっ!」夜の山道に、莉央の声が響いた。霧の中、真央が彼女の手を強く握る。「走れ、莉央! 戻るんだ、民宿まで!」「でも――お姉ちゃんたちが!」「澪さんは怜央さんを探してる。俺たちは生きて帰るんだ!」息が白く弾ける。空から降る白い羽が、まるで雪のように視界を奪っていく。一枚、また一枚――触れた羽が、肌の上で溶けるように消えた。「ねえ真央くん、これ……痛い」「羽に……血が混じってる……?」真央は莉央を庇い、羽を払った。指先が切れている。羽が刃物みたいに鋭い。「莉央、何があっても離れるな!」「うん……でも、お姉ちゃんたちが――」その頃。澪は怜央の名を呼びながら