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第9話

作者: 安田徹
「タイミングが悪かっただけだ。あとでちゃんと償う。彼女とは結婚するし、『結城家の妻』という肩書きも与える」

「じゃあ和歌奈さんとは?このままずっとこの関係を続けるつもりか?」

翔悟は一瞬言葉に詰まり、それから続けた。

「彼女はもう俺を受け入れてる。もう付き合い始めてる。肩書きなんて気にしないって彼女が言ってた。

それに、ばあさんだって絶対に和歌奈を認めないだろうから......だからこの形が一番いいんだ、誰にとっても」

――ドン。

雷が耳元で炸裂したようだった。

静野の目から涙があふれ出す。

信じられないという思いで、少し離れた場所にいる男を見つめる。

――今、何を言った?

自分たちの子どもを――堕ろした?

それに和歌奈と、もう付き合い始めてる?

全身が震え止まらない。

指先は掌に食い込むほど握りしめられ、目は真っ赤に染まる。

胸が引き裂かれるように痛む。

あの女のために、本当にここまでするのか。

昨日まで、あんなに嬉しそうだったのに。

あんなに優しくて、子どもの誕生を楽しみにしていると言っていたのに。

たった一晩で、自分の腹の中から命を奪ったのか。

「翔悟――」

「目が覚めたか?」

彼女が起きたのを見ると、顔色の異変にも気づいたのか、翔悟はすぐに電話を切って歩み寄る。

「静野......子どもはもういない。今朝、急に出血して倒れたから、病院に運んだんだ。医者は、もうダメだったって......」

彼は彼女の手を強く握り、心底心配しているような表情を浮かべる。

「でも安心して。先はまだ長い。またいくらでも子どもはできる」

静野は何も言わず、ただ彼を見つめた。

その視線は刃のように冷たく、彼を突き刺す。

――自分を馬鹿だと思っているのか。

こんな嘘までつくなんて。

「それと結婚式のことだけど、君の体調が戻ったら再開しよう。すでに連絡して、数日延期してある......お腹空いただろ?何か買ってくるよ」

それ以上視線を受け止められないのか、彼はそう言い残して足早に部屋を出て行った。

静野はそっと腹部に手を当てる。

――そこには確かに命があったが、もういない。

どうしてこんなにも愚かだったのか。

どうして、彼が変わると信じたのか。

どうして、彼が本気で自分と結婚しようとしていると信じたのか。

「あら、かわいそうに」

病室のドアが開き、和歌奈が腰をくねらせながら入ってきた。

「ごめんなさいね。まさか翔悟が私のためにここまでやるなんて。気の毒なことね。たった一つの命が、こんなふうに消えちゃうなんて」

「全部、あなたのせいよ......!」

静野はふらつく体を引きずりながら駆け寄り、その偽善に満ちた顔を引き裂こうとする。

だが、逆に強く突き飛ばされ、床に倒れ込んだ。

「その状態で、まだ私に逆らうの?」

和歌奈は冷たく見下ろす。

「言ったでしょ、あなたじゃ私には勝てないって。あの人とは何年一緒にいたと思ってるの?たった3年の分際で、何様のつもり?翔悟があなたと結婚するのは、私たちの関係を隠すためよ。最初から最後まで、あなたはただのカモフラージュなの」

彼女はかがみ込み、静野の顎を強く掴む。

「そうそう、まだ知らないこでしょう?翔悟、結婚式はしてあげるけど、籍は入れないの。だって、私たちはもう入籍してるもの。今朝、あなたが中絶手術を受けている間にね」

婚姻届を取り出した瞬間、静野の涙は堰を切ったように溢れ出した。

――自分は一体、何をしたというのか。

どうしてここまで踏みにじられなければならないのか。

「この数日、翔悟が優しかったの、本気だと思ってたの?あれは全部、あなたをなだめるためよ。あの人が毎日作ってた料理、全部私の好物なの。あなたのためじゃないわよ。

それにね、あの人、毎晩あなたが寝たあと、こっそり私の部屋に来てたのよ」

その言葉を聞いた瞬間、静野は理性を失ったように、彼女に向かって拳を振り上げる。

「消えて......!今すぐ出ていって!」

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