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第4話

Author: 安田徹
「そう。そうだ、おばさんが帰ってきてる間は、できるだけどこにも行かないで、そばにいてあげな」

「そんなに気が利くなら、ご褒美あげないとね。ほら、口開けて」

和歌奈は身を寄せ、みかんを一房、翔悟の口に運んだ。

唇がふと彼女の指先に触れる。

静野は、彼が名残惜しそうに唇をわずかに開き、まるでその指先に口づけしようとしているかのように見えた。

和歌奈も一瞬固まり、すぐに頬を赤らめる。

翔悟は彼女を見つめ、やわらかな声で言った。

「おばさんが食べさせてくれるみかん、すごく甘いよ」

女は軽く彼の肩を叩き、甘えるように耳元の髪をかき上げる。

「もう、何言ってるの、みかんは同じでしょ」

その瞬間、静野の胸の奥に、抑えきれない嫌悪感が湧き上がった。

あれほど愛していた男が、ここまで気持ち悪く感じるなんて――思いもしなかった。

――

幸い、ほどなくして「緋色」に到着した。

中に入ると、個室はすでに人でいっぱいだった。

翔悟と和歌奈の姿を見るや、皆が騒ぎ立て、罰ゲームだと酒を勧めてくる。

「久しぶり、和歌奈さん!やっと帰ってきたな!」

「和歌奈さん、遅刻だぞ!罰として酒な!」

「そうだそうだ、飲め飲め!」

周囲の煽りに乗せられ、ウイスキーのグラスが和歌奈の前に差し出された。

彼女は微笑み、あっさりと受け取る。

「わかった、罰なら受けるわ」

「ダメだ。おばさんは胃が弱いんだろ。酒は俺が飲む」

翔悟は彼女の手からグラスを奪い、そのまま一気にあおろうとする。

静野は思わず止めた。

「翔悟も胃痛、やっと治ったばかりでしょ。もう忘れたの?」

「一杯くらい平気だ」

彼はそのまま飲み干し、周囲はさらに盛り上がる。

「相変わらずいい格好しやがって!」

「3年経ってもまだ和歌奈さんのこと守ってるのかよ!」

「そういや3年前のこと覚えてるか?和歌奈さんが急に海外行ったとき、翔悟めちゃくちゃ落ち込んでさ、酔い潰れて大雨の中に飛び出して、俺らが止めても全然聞かなくて、そのあと――」

その先の言葉は、静野の耳にはもう届かなかった。

目の前の男の顔を見つめながら、意識が遠のくような感覚に襲われる。

3年前の、あの雨の夜。

彼があそこまで酔っていたのは――和歌奈が海外へ行ったから?

静野はふっと笑った。

出会いさえも、結局は和歌奈がきっかけだったのだ。

「なあ翔悟、和歌奈さんのこと、まさかまだ諦めてないんじゃないだろうな?」

話がどんどん行き過ぎるのを見て、和歌奈が慌てて止めに入る。

「その話はもうやめて、みんな。今回帰ってきたのは、翔悟くんの結婚があるからよ。休みを取って早めに戻ってきただけ。これ以上言うと、静野さんが嫌な気持ちになるでしょ?」

和歌奈が口に出さなければ、その場にいる誰も――翔悟ですら、静野の存在を忘れていたかもしれない。

一人が慌てて取り繕う。

「静野さん、今のは冗談だよ、いつもこういうノリなんだって!」

「誰だよ彼女連れてきたの。今日は身内だけの集まりなのに、これじゃ気軽に冗談も言えないじゃん」

「おい、声デカいって。静野さん、結婚おめでとうな!」

その場しのぎの言葉を浴びせられても、静野は何も言わなかった。

ただそこに立ち尽くし、胸の奥が締めつけられるように痛む。

「座ろう」

彼女の様子に気づいたのか、翔悟が手を取ってソファへ連れて行こうとする。

だが彼女はその手を振り払い、無理に笑みを作った。

「ごめん、ちょっとトイレ」

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