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第14話

Author: 元気
純也が目を覚ましたとき、アシスタントが一台の携帯電話を持ってきた。

「社長、鹿野さんの携帯が見つかりました」

死体安置所は異様なほど冷え込んでおり、このときの純也の顔色は土気色で、唇は蒼白に乾ききってひび割れ、惨めな姿はかつての自信に満ちた様子とはまるで別人だった。

彼は震える手で携帯を受け取った。

ロック画面は指紋認証だった。彼は洋子の手を取ってかざしたが、「認証失敗」と表示された。

純也は呆然とし、取り憑かれたように何度も試し続けた。見かねたアシスタントが小声で言った。「社長……鹿野さんには、指紋がないようです……」

まだ意識が朦朧としていた彼は、その言葉に動きを止め、慌てて視線を落とした。

今まで気づかなかったが……洋子の肌は一見すると白く見えるものの、広い範囲が何かに侵食されたように損傷しており、指紋も掌紋も完全に消えていた。見聞の広いアシスタントが息を呑み、震える声で言った。「これは……硫酸で腐食されたように見えます……」

純也の顔色はさらに蒼白になった。

硫酸……いったいどこで洋子の指紋や掌紋をすべて腐食させるようなことができるんだ!?

純也は勢いよく立ち上がり、アンロックされた携帯にも目もくれず、大股で外へと足早に向かった。声は低く沈んでいたが、よく聞けば震えていた。

「……負傷の検査をしてくれ。どんな些細なことでも、すべて明らかにしたい!

今すぐ、ボディーガードを集め、今すぐ帝京市療養所へ向かえ!」

深い悲しみの中で、純也が気づかないはずがなかった。洋子がこんな状態になったのは、あの療養所に重大な問題があるからに違いない!

すべての元凶はあそこにある。彼は自ら真相を突き止めに行くつもりだった。純也は一切口外せず、ひっそりと療養所に足を踏み入れた。中に入った瞬間、彼は何かがおかしいと直感した。

空気にはかすかに血の匂いが漂い、昼間だというのに人の気配がほとんど感じられない。たまに数人が姿を見せても、まるで操り人形のように、決められたルートを機械的に歩いているだけだった。

これは、所長が彼を見学に招いたときの様子とはまるで違っていた。

あの事件の後、洋子はまるで強いショックを受けたかのように、ぼんやりとして誰が話しかけても反応せず、まるで悪夢に囚われたようだった。ただ、突然泣き出したり笑い出したりすることはあった。

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