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第4話

Author: タカラくん
奈々は信じられない気持ちで手を上げ、呆然と自分のお腹に触れた。

多嚢胞性卵巣症候群で妊娠しにくい体だと分かっていたのに、まさかこんなタイミングで妊娠するなんて……

七年もの間、どんなに願っても授からなかった子が、よりによって彼のもとを去ろうと決めたこの時期にやって来るなんて。

これは、運命が私にここに留まれと言っているのだろうか。

時宗は険しい表情で診察室に入り、颯人に奈々を被験者に使うのをやめるよう説得した。

一方、奈々の妊娠を知った詩織は、泣きながら颯人の胸に顔を埋めて訴えた。

「颯人くん、お願い、もうやめて。私の脳腫瘍は末期でもう助からない。

でも、あなたの子は……かけがえのない命なのよ」

颯人の冷たい瞳に葛藤と痛ましさの色がよぎったが、それでも掠れた声で詩織をなだめた。

「君がいたからこそ、今の俺の医学があるんだ。どんなことがあっても、君を死なせはしない」

奈々の胸には、大きな穴が開いたような痛みが走った。

彼女は最後の望みを託すように、懇願するような眼差しで呟いた。

「颯人、私がこの子を授かるのがどれだけ難しかったか、分かっているでしょう……」

颯人は感情を読み取らせない深い眼差しで奈々を見つめ、きっぱりと言い放った。

「医学の世界では、出産よりも個々の生命が優先される。子供は、またきっと授かる」

その有無を言わせぬ態度に奈々はなすすべもなく、込み上げる苦しさを押し殺して小さな診察台に横たわった。

鍼の実験の途中、下腹部に鈍痛を感じ、はっとして手を当てた。

颯人は眉をひそめ、即座に彼女の手首に指を当てて脈を取った。

「心配するな。子供は大丈夫だ」

一瞬、彼の顔に苦渋の色が浮かんだように見えたが、奈々が捉える間もなく消え去った。

「今日はここまでにしよう」

颯人は突然振り返り、時宗に告げた。

頭の鍼がすべて抜かれた後、奈々はバッグを肩にかけ、東洋医学クリニックの入口へと歩いた。

すると、颯人がベビーカーの前で片膝をつき、優しい表情で小さな赤ちゃんをあやしている姿が目に入った。

その光景に、奈々の胸は甘酸っぱさと切なさ、そして言いようのない感情でいっぱいになった。

彼がそんなに子供好きなら、どうして私たちの子は愛してくれないの?

きっと……颯人は私を愛していないからだ。

もしこの子がいなくなったら、私にはもう、彼のそばにいる理由なんてなくなってしまう。

翌朝。

颯人は珍しくクリニックへ早出せず、ソファに座って医学雑誌を読んでいた。

「お前の検診結果を全部持ってこい。一緒に病院へ行って、母子手帳の手続きをするぞ」

奈々は驚きと期待で胸が高鳴り、一瞬息が止まるほどの思いで聞き返した。

「もう被験者やらなくていいの!?」

本当は、彼がこの子を産むことを許してくれるのか、それを確かめたかった。

颯人は何気ない口ぶりだったが、その言葉には熟慮の跡が感じられた。

「まずはこの子を無事に産むことを考えよう。詩織のことは、俺が別の方法を考える」

その瞬間、奈々の全身が喜びに震えた。

颯人を待たせたくない一心で、彼女は急いで部屋に向かったが、クローゼットの前で突然足が止まった。

途方に暮れた表情で立ち尽くす。

さっき颯人が何を準備しろと言ったのか、病院で何の手続きをするのか、どうしても思い出せなかったのだ。

仕方なく、奈々はクローゼットや机の引き出しを開けて書類を探し回り、ついでに大切な証明書類をまとめ、キャッシュカードには暗証番号を書き添えた。

「検診結果を探すのに、何をそんなに手間取ってるんだ?」

颯人が部屋に入ってきて急かした。その視線が、ふと机の上の一枚の振込明細書に吸い寄せられた。

日付は十二年前。匿名の振込で、金額は174万4260円。

備考欄には「学費援助」とあり、受取人は颯人となっていた。

颯人はその明細書に釘付けになり、震える手でそれを拾い上げると、信じられないといった様子で呟いた。

「どうしてお前がこの振込明細書を持っているんだ?」

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