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交際6年、最初から私が「浮気相手」だったなんて

交際6年、最初から私が「浮気相手」だったなんて

Par:  九月待ちComplété
Langue: Japanese
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私の名前は春日井朝(かすがい あさ)。遠距離恋愛が始まって、今年で6年目に入った。 仕事が忙しいという言い訳をして、彼氏である桐生颯哉(きりゅう そうや)の誕生日を一緒に過ごせないと伝えた。 だが陰では、不動産の権利証を持って、こっそり飛行機に乗って数時間もかけて彼の暮らす街へたどり着いた。 友人たち皆の前でプロポーズをして、彼を驚かせるつもりだった。 タクシーを待つ間、仕事用のアカウントでいくつかメッセージを返し、そのままインスタを開いた。 目に飛び込んできたのは、親友の森田玲子(もりた れいこ)の投稿だった。 【親友に子どもが生まれた!おめでとう~女の子、4.2 キロだよ。こっちまで嬉しくなっちゃうなあ】 写真をタップすると、映っていたのは恋人の颯哉と見知らぬ女性。彼女の名前は、どうやらは神崎陽菜(かんざき ひな)っていうみたいだ。二人の間には、赤ん坊が抱かれていた。 頭の中が一瞬で真っ白になった。 玲子の他の投稿も次々と開いてみると、そこには颯哉とその女の日常だ。出会いから恋愛、結婚、出産……6年前から今日に至るまで、一つも欠けることなく記録されていた。 結婚式の集合写真には、私の一番親しい友人たちの顔まで写っていた。 心が、すっと冷えていく。そうか、皆がずっと知っていたのだ。 まる6年間も知らなかったのは、私だけだった。

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Chapitre 1

第1話

私の名前は春日井朝(かすがい あさ)。遠距離恋愛が始まって、今年で6年目に入った。

仕事が忙しいという言い訳をして、彼氏である桐生颯哉(きりゅう そうや)の誕生日を一緒に過ごせないと伝えた。

だが陰では、不動産の権利証を持って、こっそり飛行機に乗って数時間もかけて彼の暮らす街へたどり着いた。

友人たち皆の前でプロポーズをして、彼を驚かせるつもりだった。

タクシーを待つ間、仕事用のアカウントでいくつかメッセージを返し、そのままインスタを開いた。

目に飛び込んできたのは、親友の森田玲子(もりた れいこ)の投稿だった。

【親友に子どもが生まれた!おめでとう~女の子、4.2 キロだよ。こっちまで嬉しくなっちゃうなあ】

写真をタップすると、映っていたのは恋人の颯哉と見知らぬ女性。彼女の名前は、どうやらは神崎陽菜(かんざき ひな)っていうみたいだ。二人の間には、赤ん坊が抱かれていた。

頭の中が一瞬で真っ白になった。

玲子の他の投稿も次々と開いてみると、そこには颯哉とその女の日常だ。出会いから恋愛、結婚、出産……6年前から今日に至るまで、一つも欠けることなく記録されていた。

結婚式の集合写真には、私の一番親しい友人たちの顔まで写っていた。

心が、すっと冷えていく。そうか、皆がずっと知っていたのだ。

まる6年間も知らなかったのは、私だけだった。

……

玲子のいる病院を調べ、私は取るものも取りあえず病室へと向かった。

ドアを開けたその瞬間、颯哉が愛おしそうにその女性の頬にキスを落としているところだった。

生まれたばかりの赤ん坊の周りには、大小様々な贈り物が積み上げられていた。

その幸せな光景は、私が足を踏み入れた瞬間、跡形もなく崩れ去った。

見覚えのある顔が何人もそこにいる。玲子だけでなく、他の親友たちも何人がいる。

私を見た瞬間、皆が息を呑んだ。

ベッドの上の女性が、怪訝そうに私を見た。

「あなたは……?」

私は何か言おうとしたが、颯哉が鋭い視線で私を制した。

「昔の同級生だよ。久しぶりに会っただけ」

私は思わず自嘲の笑みを浮かべた。

10年も付き合ってきたのに、颯哉は私という存在すら、認めようとしなかった。

その時、玲子が私の手を引いて、病室の外へと連れ出した。

「朝、陽菜は出産したばかりなんだから、彼女の休息を邪魔しないで。話なら、また今度にしましょ」

見慣れた彼女の顔を見つめながら、この十数年、数えきれないほど交わしてきたビデオ通話や、夜更けの打ち明け話を思い出していた。

私が家を買うために、一日4時間しか眠らなかったことも、目を輝かせながら颯哉との未来の計画を語っていたことも、彼女は知っていたのに。

それなのに、私の期待が結局、全部無駄になることを一度も教えてくれなかった。

無理やり病室から連れ出されて、まさか彼女が最初に発した言葉は、労いの言葉ではなく、警告だった。

「陽菜、産んだばかりなんだから、彼女の前で騒がないでよね」

「いつからなの?なんで教えてくれなかったの?」と私は聞いた。

彼女はしばらく黙り込んでから、ようやく口を開いた。

「6年前から、もう付き合ってたの。皆知ってた。

朝に言わなかったのは、あなたが騒ぐと思ったから」

胸が締めつけられて、息をするのもやっとだった。

颯哉とは10年間付き合っていて、そのうち6年は遠距離恋愛だった。

私は何度も入籍させようと言い出した。でもそのたびに彼は、距離が離れすぎているとか、まだそのタイミングじゃないとか、言い訳ばかりだった。

彼はかつて、こう言っていた。

「朝、家を買ってからじゃないと、結婚できないよ」

だから私は必死に働いた。

徹夜を重ねて成果を出し続けたのは、少しでも早く家を買って、彼と結婚するためだった。

この6年、颯哉はいつも忙しいという口実で、帝都に来ようとはしなかった。

何度も休みを取って彼に会いに飛んだけれど、そのたびに仕事で忙しいと言われ、慌ただしく顔を合わせるだけで終わっていた。

私は疑ったことなど一度もなかった。ただ、本当に疲れているのだと思い込んでいた。

まさか、この6年間、彼の思いやりも優しさも、すべて別の誰かに注いでいたなんて。

玲子は、私の手にある不動産権利証に目を留めた瞬間、表情を変え、開き直ったように言った。

「10年付き合ったって、それがどうしたの?颯哉が本当に好きなのはずっと陽菜のほうよ。

じゃなきゃ、あの人が社長だってこと隠して、あなたの前でわざわざ貧乏なふりする理由なんてないでしょ。

あなたが必死に働いてる間、颯哉は陽菜を連れてオーロラ旅行してたのよ。

いい?男というのはね、相手のために金をかけるこそ、本気で愛してるというんだよ。もういい加減、目を覚ましたら?」

彼女はスマホを取り出し、二人が愛し合っている証拠を私に見せつけた。

オーロラの下でキスを交わす二人。

砂漠で手をつなぐ二人。

雪山で寄り添う二人。

どの写真にも日付が入っていた。一番古いものには、6年前の3月と記されていた。

あの頃、私は一番追い詰められていた時期だった。正社員になれる見込みは立たず、母は病に倒れ、いくつものプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

颯哉に電話をかけても、いつも繋がらなかった。

あの頃にはもう、二人は付き合っていたのか。

スマホが震えた。颯哉からのメッセージだった。

【先に戻ってて。あとで説明するから】

私は玲子の手を振り払い、もう一度病室のドアを開けた。

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第1話
私の名前は春日井朝(かすがい あさ)。遠距離恋愛が始まって、今年で6年目に入った。仕事が忙しいという言い訳をして、彼氏である桐生颯哉(きりゅう そうや)の誕生日を一緒に過ごせないと伝えた。だが陰では、不動産の権利証を持って、こっそり飛行機に乗って数時間もかけて彼の暮らす街へたどり着いた。友人たち皆の前でプロポーズをして、彼を驚かせるつもりだった。タクシーを待つ間、仕事用のアカウントでいくつかメッセージを返し、そのままインスタを開いた。目に飛び込んできたのは、親友の森田玲子(もりた れいこ)の投稿だった。【親友に子どもが生まれた!おめでとう~女の子、4.2 キロだよ。こっちまで嬉しくなっちゃうなあ】写真をタップすると、映っていたのは恋人の颯哉と見知らぬ女性。彼女の名前は、どうやらは神崎陽菜(かんざき ひな)っていうみたいだ。二人の間には、赤ん坊が抱かれていた。頭の中が一瞬で真っ白になった。玲子の他の投稿も次々と開いてみると、そこには颯哉とその女の日常だ。出会いから恋愛、結婚、出産……6年前から今日に至るまで、一つも欠けることなく記録されていた。結婚式の集合写真には、私の一番親しい友人たちの顔まで写っていた。心が、すっと冷えていく。そうか、皆がずっと知っていたのだ。まる6年間も知らなかったのは、私だけだった。……玲子のいる病院を調べ、私は取るものも取りあえず病室へと向かった。ドアを開けたその瞬間、颯哉が愛おしそうにその女性の頬にキスを落としているところだった。生まれたばかりの赤ん坊の周りには、大小様々な贈り物が積み上げられていた。その幸せな光景は、私が足を踏み入れた瞬間、跡形もなく崩れ去った。見覚えのある顔が何人もそこにいる。玲子だけでなく、他の親友たちも何人がいる。私を見た瞬間、皆が息を呑んだ。ベッドの上の女性が、怪訝そうに私を見た。「あなたは……?」私は何か言おうとしたが、颯哉が鋭い視線で私を制した。「昔の同級生だよ。久しぶりに会っただけ」私は思わず自嘲の笑みを浮かべた。10年も付き合ってきたのに、颯哉は私という存在すら、認めようとしなかった。その時、玲子が私の手を引いて、病室の外へと連れ出した。「朝、陽菜は出産したばかりなんだから、彼女の休息を邪魔しないで。
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第2話
颯哉が眉をひそめた。「朝、いったい何のつもりだ」私はご祝儀袋を取り出し、赤ん坊のそばにそっと置いた。「長年の同級生でしょ。子供が生まれたんだから、お祝いくらいするのが当然じゃない」次の瞬間、私のメールに秘密保持契約が届いた。内容はこうだ。もし私と颯哉の関係が陽菜に知られたら、母の治療にあたっている医療チームを解散させる、と。さらに背筋が凍ったのは、母の名前がすでに署名欄に記されていたことだった。母は肝癌が再発し、癌細胞は急速に広がっていて、医師たちもお手上げの状態だった。その時、颯哉が大学院時代の先輩を紹介してくれたのだ。難病を専門に扱うチームだと聞いていた。その先輩の力を借りて、ようやく母の容体は安定していた。まさか、颯哉に母を人質に取られるとは思ってもみなかった。陽菜が軽く颯哉を睨みつけた。「なんでそんな怖い顔するの。同級生さんだって、善意でやってくれたのに」彼女はベルベットの小箱を取り出した。中には、ハイブランドのブレスレットが入っていた。「颯哉の昔のお友達なんでしょ。これ、よかったら受け取ってください」隣で玲子が口を挟んだ。「もらっときなよ。こんなの、陽菜には山ほど持ってるんだから」陽菜がにっこりと笑った。「そうそう、遠慮しないで。うちの旦那ったら、しょっちゅうブランド品買ってくれるの。時々、セットで買っちゃうこともあって。ほんと、困ってたわ」胸の奥に、じっくりと苦いものが広がった。颯哉は、私と付き合っている間、ずっと貧乏なふりをしていた。以前、一緒に買い物へ行ったとき、私が気に入ったバッグがあった。颯哉は買ってくれようとした。でも私は、家を買うための出費を考えて、自分からメルカリで中古を探そうと言った。彼が「上司に歩合給をカットされた」とこぼしていたから、私はそれを真に受けていたのだ。親友たちの顔をぐるりと見回すと、皆それぞれに言い訳をつけて、次々とこの場を離れていった。颯哉が結婚したことだけじゃない。彼が貧乏なふりをしていたことまで、皆、口を揃えて私に黙っていたのだ。私の必死な姿を見て、面と向かっては同情するふりをしながら、陰でどんな言葉で私の愚かさを笑っていたのか、想像するだけで胸が痛んだ。ブレスレットを受け取り、私はぼんやりとした足取りで病
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第3話
夜、颯哉は私の泊まるホテルへやって来た。彼の顔を見た瞬間、涙がこみ上げた。「どうして、私を騙してたの?」彼がもっと早く打ち明けてくれていたら、私はここまで必死に家を買おうとする必要もなかったし、母に「彼氏を連れて帰る」なんて約束もしなかったはずなのに。颯哉が一枚の銀行カードを差し出した。「朝、このカードに4000万円入ってる。暗証番号は君の誕生日だ。せめてもの償いだと思って受け取ってくれ。俺と陽菜は……家同士が決めた政略結婚なんだ。いろいろ、俺にもどうにもできないことが多くて」以前は貧乏なふりを続けるため、振込は2万円を超えないようにしていたくせに、今になって4000万円をぽんと差し出してきた。見慣れたはずのその顔を見つめながら、この10年分の想いが、この瞬間、跡形もなく砕け散っていくのを感じた。颯哉の目に、一瞬哀れみのようなものがよぎった。「君さえ良ければ、これまで通り、俺のそばにいてもいいんだぞ。何もなかったことにして、今までどおりでいよう。陽菜にさえ知られなければ、それでいい。」答える代わりに、私は彼の頬を思い切り引っぱたいた。颯哉は、叩かれて痺れた頬を舌先で押しながら、暗い目つきで言った。「今回の件、俺のやり方がまずかったのは認める。でも本当に、朝のことを大事に思ってたんだ。この何年か、俺は君に対して冷たくしたことがあったか?君のお母さんの治療費だって俺が出したし、帝都の家賃だって俺が手当てしてた。昇進した時のあのプロジェクトだって、俺が人に頼んで話をつけたんだ。俺のそばにいてくれるなら、月に400万渡すことだってできる。俺名義の豪邸だって、好きなのを選んでいい」自分の努力だけで手に入れたと思っていたものは、まさかすべて裏で彼の手が回っていたのか。口では私が大事だと言いながら、結局、私に人の家庭を壊す不倫相手になってほしいんだ。颯哉を追い出したその夜、私は荷物をまとめて海市を発つことにした。保安検査を通ろうとしたその時、正面から水を浴びせられた。「あんたが義兄を誘惑した不倫女?いい歳して恥知らずね!」ずぶ濡れのまま、空港のロビーに立ち尽くす私に、周囲の視線が針のように突き刺さった。気まずそうな顔で立っている玲子を見つめ、私は聞いた。「玲子も、私が不倫相手だと思
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第4話
6年もの間、騙され続けていたのも、青春を奪われたのも私だ。なのに今度は、ネット中から不倫女と罵られているのも、この私だ。どうして逆に、私が謝らなきゃいけないの?「君の投稿のせいで、陽菜がひどく傷ついた。彼女はもう訴訟の準備をしてるって。君が謝らなかったら、俺だってもう君を守ってやれない!」私は目を閉じた。「分かった。謝るわ」配信を始めた途端、コメント欄は一瞬で罵倒の言葉で埋め尽くされた。私は口を開いて言った。「申し訳ありませんでした。10年間付き合った恋人がいつの間にか他人の夫になっていたことを、黙って受け入れられなかったことに謝ります。たとえ10年付き合ってきた彼氏が浮気しても、平然と受け入れるべきだったんですよね。寝取られでも、たいしたことじゃないですもの」颯哉が慌てて配信を止めた。だが【陽菜、不倫女】の文字は、すでにトレンド入りしていた。颯哉は怒りのあまり笑い出した。「朝、後悔するなよ」その瞬間、背筋がぞっとした。ちょうどそこへ、介護士からビデオ通話がかかってきた。通話に出た瞬間、彼女の取り乱した声が耳に飛び込んできた。「春日井さん、さっき大勢の人が病室に押しかけてきて、癌になったのは自業自得だ、死ねばいいってお母さんを罵倒して……お母さん、罵声に耐えられなくて、窓から飛び降りて……」電話の向こうには、介護士の声だけでなく、誰かの悲鳴や、看護師の慌ただしい足音まで混ざって聞こえてきた。それらの音が耳には届いているのに、頭では何ひとつ理解できなかった。颯哉が冷たく言った。「お母さんは三階から落ちてまだ息はある。うちの医療チームが近くにいるからな……」私は転がるように陽菜のところへ駆けつけ、皆の前で、陽菜に向かって額を地面に打ちつけた。「ごめんなさい、神崎さん。さっきは私が悪かったです!お願いです、母を助けてください」そばにいた秘書が、すかさずまた配信を始めた。血まみれの顔でカメラに向かって謝罪する私の姿が、そのまま流された。流れてくるコメントのひとつひとつが、すでにずたずたになった心臓に、刃物のように突き刺さった。颯哉ようやく表情を和らげ、母の様子を見に行くように人をやると、自分は電話を受けに外へ出ていった。彼が席を外したのを見たら、玲子が物陰
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第5話
意識が遠のく中、誰かに抱き上げられた気がした。おそらく颯哉だろう。耳元で聞こえた彼の声は、今まで一度も聞いたことのないほど震えていた。「朝、しっかりしろ!お願いだから……」皮肉なものだな。10年間付き合ってきたのに、あんな慌ただしい声を聞いたのは初めてだった。しかも、それを聞けたのが、私が死にかけていた時だったなんて。次に目が覚めると、目に入ったのは真っ白な天井だ。消毒液の匂いが鼻をついた。そっと指先を動かしただけで、胸に裂けるような痛みが走ってる。ベッドの脇では、颯哉が突っ伏したまま眠っていた。物音に気づいた彼は勢いよく顔を上げた。私と目が合った瞬間、彼の目がみるみる赤くなった。「朝……目が覚めたのか。先生から、あと少し遅かったら命を落とすところだったって聞いた。俺がどれだけ怖かったか分かるか?」私は顔を背けた。そんな芝居じみた顔なんて、もう見たくもなかった。「……母さんのお葬式は?」数秒黙り込んでから、彼が言った。「もう火葬は済んだ。遺骨は斎場で預かってもらってる。いつでも迎えに行けるよ」私は白い天井を見つめたまま、涙が勝手にあふれ出た。最後の別れさえできなかった。母は、あまりにもあっけなく荼毘に付されてしまった。涙を見て、颯哉は慌てて手を伸ばし、私の涙を拭おうとしたが、私はそっと顔を逸らした。宙に浮いたまま行き場を失った彼の手は、やがて力なく下ろされた。「朝……お母さんのことは、必ず俺がけじめをつけるから」私は目を閉じた。もう、彼と言葉を交わす気力すら残っていなかった。颯哉はしばらく病室に立ち尽くしていたが、やがて静かに出て行った。廊下から、言い争う声が聞こえてくる。それは陽菜だ。「颯哉、もう彼女には関わらないって約束したでしょ?なんで私を刺そうとした女を助けるのよ!」「母親を亡くしたばかりなんだ。今くらい静かにしてやれないのか」颯哉のその一言で、陽菜の声が鋭く跳ね上がる。「あの女を庇うの?颯哉、忘れないでよ?今のあんたがあるのは全部うちのおかげなんだから!」やがて足音は遠ざかり、病室は再び静けさを取り戻した。そのとき、スマホの画面が光った。玲子からのメッセージだ。【朝、ごめん】【あの時のことは本当に申し訳ないと思
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第6話
警察が口を開くより先に、颯哉の手がそっと私の肩に触れた。「朝、お母さんは病気で亡くなったんだよ。記憶違いじゃないか?」彼は警察に向かって言った。「すみません、母親を亡くしたばかりで、精神的に少し……」私は怒りに任せて、颯哉の頬を叩いた。「何を適当なこと言ってるのよ?母さんのことをちゃんと調べるって言ったよね?」颯哉は落ち着いた様子で私をなだめようとした。「ちゃんと調べたよ。でも、お母さんは病死だったんだ」背筋がぞくりと震えてる。そんなはずがない!あの日、介護士とビデオ通話をしたのだ。母さんが病院の下に倒れていたのを、この目で見た。震えてる手でチャットの履歴を探した。だが、絶望的なことに、チャットの履歴は空っぽで、動画も消え、通話履歴すら跡形もなく消えていた。顔を上げて颯哉を見ると、彼は落ち着き払っていた。「朝、最近疲れが溜まってるんだよ。ちゃんと休んだほうがいい」「あんたが消したのか?」彼は否定しなかった。「お母さんのことは残念だと思ってる。でも、人は前を向いて生きていくものだろ」再び感情が抑えられなくなった。枕を掴んで颯哉に投げつけた。「出ていけ、消えて!」颯哉は表情を曇らせたが、それ以上は何も言わなかった。「落ち着いたら、また話そう」彼が出ていった後、私は手の甲の点滴の針を抜き、無理やり体を起こして着替えた。看護師が止めようとしたが、私は残った力を振り絞って言葉をつないだ。「少し外を歩きたいだけ、それも許してもらえないか」看護師は、私の顔色が悪いのに、目つきだけは決して揺らがなかったのを見て、しばらくためらった後に言った。「春日井さん、まだ抜糸もしていないんですから、遠くまでは行かないでくださいね」病室を出て間もなく、思いがけず、そこで颯哉と陽菜が一緒にいる場面に出くわした。こみ上げる嫌悪感に、すぐにその場を離れたかった。だが、二人はちょうど言い争っている最中だった。陽菜が颯哉に指を突きつけて怒鳴った。「あんな野蛮な女のほうを信じて、私を信じないなんて、どうかしてるんじゃないの?」颯哉の声は、私が思っていたよりもずっと落ち着いていた。「君は朝の母親に手を出した。それがこのまま済むと思ってるのか」陽菜は怒りで全身を震わせた。「
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第7話
颯哉の瞳が、ふっと暗くなった。「朝、そんなこと言うなよ」私は力強く彼の手を振り払った。傷口から裂けるような痛みが走ったが、胸にぽっかり空いた穴に比べれば、到底及ばなかった。翌朝、医者の反対を押し切って退院手続きを済ませ、そして直に飛行機に乗り、母が昔入院していた病院へ向かった。病院の事務部門の職員は、私を見た瞬間、明らかに顔を曇らした。「春日井さん、お母様のカルテはすでに保管手続きに入っています。閲覧をご希望なら、正式な手続きが必要でして……」「構いません。必要な手続きなら全部やります」私はスマホを取り出し、彼らの目の前で、市の保健所へ電話をかけた。「もしもし。実名で通報したいですが、総合病院が、患者の監視カメラ記録を不正に削除しました。それに、医療トラブルおよび刑事事件の疑いがありますので、速やかに監査を入れていただくよう申請します」職員の顔がみるみる青ざめた。「春日井さん、どうか落ち着いてください。まずはお話を……」電話を切り、私は静かに彼を見つめた。「それなら、監視カメラの原本データを出してください。ないなんて言わせませんから」彼は唇を震わせ、ようやく小さな声で言った。「少々お待ちください……技術部門に確認してきます」三十分後、「誤削除・復元済み」と記された監視カメラの映像データを受け取った。証拠を手にした私は、すぐさま海市に戻り、以前対応してくれた警察官のもとを訪ねた。映像を見終えた警察官は、難しい顔をしながらパソコンを閉じた。「春日井さん、これは患者を意図的に刺激し、転落死に追い込んだことを示す間接的な証拠になります。というわけで、我々は本件を正式に受理いたします」スマホの画面に目を落とし、陽菜が娘の祝賀パーティーを開くと投稿したインスタを見て、思わず鼻で笑った。この証拠なら、陽菜を刑務所に送るだけで済んでしまう。けれど、それだけではまだまだ足りない。私は、彼女がこの海市で二度と顔を上げられないようにしてやる。陽菜の娘の祝賀パーティーは、海市で最も豪華な「雲頂ホテル」で開かれることになっていた。招待状は玲子から届いた、そして一言添えられていた。「陽菜が渡してほしいって。朝にも、来てもらいたいって言ってたよ」陽菜が私を招きたい理由は分かっていた。どうせ、み
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第8話
映像には、大勢の人が母の病床を取り囲み、ひっきりなしに罵声を浴びせている様子が映っていた。「あんた、あの不倫女の母親だよね?癌になったのは自業自得だ!」罵声はどんどんひどくなっていった。母は布団の中で身を縮め、小さく震えていた。骨と皮ばかりに痩せ細り、見る影もない姿だった。母は罵倒され続けてうなだれていたが、やがて病床の縁に手をついて立ち上がり、裸足で窓辺へと歩いていった。彼女たちは、母が今にも飛び降りようとしているのを見ても、悔いる様子どころか、むしろ煽り立てた。「跳べよ、くそばばあ。度胸があるなら跳んでみせろよ」次の瞬間、母はためらいなく、窓枠を越えていった。映像の中で、重い落下音が響き、続いて悲鳴が次々と上がった。誰かが慌てて電話をかけていた。だが、電話の向こうから聞こえてきたのは玲子の声だった。「何を慌ててるの。これから神崎家が守ってあげるから」宴会場は、一瞬にして静まり返った。陽菜の顔から血の気が失せていき、玲子はそれ以上に怯えた顔をしていた。現場に息を呑んだ人もいるし、口元を押さえて後ずさった人もいる。海市の政財界で活躍していたはずの有力者たちが、今は互いの顔を見合わせることしかできなかった。私はポケットから、あの保管手続きに入っていたはずのカルテの写しを取り出した。「皆様、楽しいところをお邪魔して申し訳ありません。ですが、この場にいる全員が、神崎陽菜さん、そしてそのご家族が、この一ヶ月の間に何をしてきたのかを知っておくべきだと思います。この映像に映っている人たちは、神崎陽菜さんの指示のもと、肝臓がんを患っていた私のお母さんに、40分にわたって言葉の暴力を浴びせ続けました。その結果、お母さんは飛び降りて命を落としました」陽菜はようやく我に返ったのか、勢いよく飛びかかってきて私の手からそれを奪い取ろうとしたが、私はさっと身をかわした。「嘘よ!あの映像は偽物!捏造したものだ!」私は彼女を見下ろすように言った。「本物か偽物かは、警察が判断することよ。それに、被害届も提出済みだ。故意に人を追い詰めて死に至らせたこと、証拠隠滅、司法妨害。さて、この三つの罪状で、いったい何年の実刑になると思う?」陽菜の父である神崎国雄(かんざき くにお)の目つきが、一瞬にして冷たく沈
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第9話
言い終えると、私はそのまま背を向けて歩き出した。背後から追いかけてくる足音があった。それは玲子だった。彼女は肩で息をしながら、私の袖をぐいと掴んだ。「朝、ごめん。陽菜がまさか……あそこまでやるなんて、本当に知らなかった。ただ少し脅すだけで済むと思ってたの……」私は足を止め、彼女に問いかけた。「あの時、私の手を強く捻ったのはあんただったかしら?」あの刃は本来、颯哉の胸に向かっていたはずだった。だが、あと一歩というところで、誰かが私の手首を強く捻り上げ、刃先は私自身に向かってしまった。玲子は小さい頃武道をやっていたと聞いたことがある。あれほどの素早い動きがあるのも納得がいった。みるみる青ざめていく彼女の顔を見つめながら、私はかつて彼女が私に言った言葉を、そのまま返してやった。「玲子。いくら仲がいいからって、あんたの肩を持つわけにはいかない。あんたは共犯者よ」二週間後、警察は正式に陽菜を逮捕した。罪状は、自殺教唆に準ずる傷害致死への関与、および証拠隠滅の教唆だ。神崎家の弁護団は「家族間の感情的なもつれによる一時的な情緒不安定」として減刑を狙ったが、保健所の介入によって、事件はすでに公共医療の安全問題として扱われるまでに発展していた。世論は完全に逆転した。一ヶ月前、私を不倫女と罵っていたアカウントの数々は、今では次々と投稿を削除して姿を消した。神崎家の建材事業と不動産事業は連鎖的に打撃を受け、取引先は次々と手を引いていった。たった一ヶ月で、かつての「海市の神崎家」は、もはや抜け殻同然になっていた。そして私は、新たな証拠を手に入れた。それは颯哉が渡してくれたものだった。「これには、神崎家の脱税や違法な資金集めの帳簿、それに何人かの官僚を買収した際の振込記録が入ってる」彼には眼の隈ができており、この数ヶ月、決して楽な思いをしていなかったのだろう。私はUSBメモリーを受け取り、彼に聞いた。「どうして今更、渡してくるの?」彼は顔を上げ私を見た。その目の奥には、これまで一度も見たことのない疲れ、そして正直さがあった。「神崎家の不正の証拠を完全に掴むまで、6年かかった。朝。俺が6年間、神崎家で耐え忍んできたのは、親父の会社を取り戻すためだったんだ」彼は語り始めた。桐生家はもともと海市で老舗の建材会社
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