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第10話

Author: ふなみ
あの夜を境に、恭弥は姿を消した。

店先の折り畳み椅子だけが残され、うっすら埃が積もっていた。

おばちゃんによると、彼が出ていったのはまだ夜が明ける前だったという。

車はゆっくり走り、路地の出口で長いこと停まったあと、ようやく角を曲がっていったらしい。

私は折り畳み椅子を片づけ、物置へしまった。

日々は再び静けさを取り戻した。

1か月後、おばちゃんがテレビを見ながら突然私を呼んだ。

「幸子、ちょっとおいで。この人、前にあんたの家の前に座り込んでた人じゃないかい?」

画面の中では、裁判所の前に立つ恭弥が記者たちに囲まれていた。

痩せ細り、スーツはだぶついていたが、目にははっきりとした光が戻っていた。

ニュースの見出しには、こう表示されていた。

【神宮寺グループ社長が妻・桐島真奈を自ら告発性的暴行の教唆および傷害の疑い】

映像は法廷内の様子に切り替わった。

被告席の真奈は、急に老け込んだように見え、疲れ切っていた。

法廷で取り乱し、恭弥を指さして叫んだ。

「恭弥、正気なの!?死んだ女一人のために、私の一族を潰すつもり!?」

恭弥は傍聴席に座り、無表情のまま一言
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  • 愛は檻の中で死んだ   第10話

    あの夜を境に、恭弥は姿を消した。店先の折り畳み椅子だけが残され、うっすら埃が積もっていた。おばちゃんによると、彼が出ていったのはまだ夜が明ける前だったという。車はゆっくり走り、路地の出口で長いこと停まったあと、ようやく角を曲がっていったらしい。私は折り畳み椅子を片づけ、物置へしまった。日々は再び静けさを取り戻した。1か月後、おばちゃんがテレビを見ながら突然私を呼んだ。「幸子、ちょっとおいで。この人、前にあんたの家の前に座り込んでた人じゃないかい?」画面の中では、裁判所の前に立つ恭弥が記者たちに囲まれていた。痩せ細り、スーツはだぶついていたが、目にははっきりとした光が戻っていた。ニュースの見出しには、こう表示されていた。【神宮寺グループ社長が妻・桐島真奈を自ら告発性的暴行の教唆および傷害の疑い】映像は法廷内の様子に切り替わった。被告席の真奈は、急に老け込んだように見え、疲れ切っていた。法廷で取り乱し、恭弥を指さして叫んだ。「恭弥、正気なの!?死んだ女一人のために、私の一族を潰すつもり!?」恭弥は傍聴席に座り、無表情のまま一言も発しなかった。判決は、懲役15年。桐島グループも全資産を清算し、完全に破綻した。その1週間後、また新たなニュースが流れた。恭弥は神宮寺グループの全株式と相続権を放棄。個人名義の資産はすべて、各地の児童養護施設と女性・子どもの支援団体へ寄付したという。ニュース映像の中で、彼は何一つ持たずに会社のビルを出てきた。ただ、スーツの内ポケットだけが、小さな四角い何かで膨らんでいた。一枚の写真だった。私はテレビを消した。おばちゃんは何か言いたげに、私を見た。「幸子、つらくないのかい?」首を振った。あの出来事が残した心の傷は、とうに何の痛みも感じなくなっていた。「つらくないよ。おばちゃん、今日は私が夕飯を作るね」それから半年が過ぎた。ある日、裏庭で布団を干していると、家の中でテレビを見ていたおばちゃんがため息をついた。「ああ、この前までよく店の前に座ってた、あの男前の人……まだ若いのに、亡くなったんだねえ」シーツを持つ手が、一瞬止まった。家に入ると、テレビでは短い訃報が流れていた。【神宮寺恭弥、28歳。長期にわたる重度

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    恭弥は町に居座り、帰ろうとしなかった。彼はおばちゃんから店を買い取った。代金を受け取ったおばちゃんは、複雑そうな顔で私の肩を叩いた。「幸子、あの人があんまり大金を出すから、断れなかったよ。でも、ここで働きたくなくなったら、いつでも辞めていい。私が面倒を見るから」私は大丈夫だと答え、そのまま働き続けた。店の持ち主は変わったが、商品は同じで、私も変わらずレジの後ろに座っていた。違うのは、店先に折り畳み椅子が一脚増えたことだけだった。恭弥は毎日、朝から晩までそこに座った。よく手に、私が以前好きだった食べ物を持っていた。中へ入ろうとはせず、ただ店先で小さくなっていた。近所の人たちは噂し始めた。「あの男、幸子とどういう関係なんだ?」「金持ちそうなのに、どうして毎日店の前にいるのかね」「まさか、人さらいじゃないだろうね?」彼のせいで、静かだった生活はすっかり乱された。7日目の夜、とうとう耐えきれず、勢いよく玄関を開けた。彼は段差にしゃがみ、温かいうどんの入った器を手にしていた。私を見上げる目は、機嫌をうかがうように揺れていた。「栞、会ってくれるのか?」「神宮寺恭弥」その言葉を遮った。「ひざまずいて泣いて、お金を渡して、大学院の推薦をどうにかすれば、昔に戻れるとでも思っているの?」彼は器を置いて立ち上がり、必死に首を振った。「違う……栞、俺が間違ってた。償いたいんだ。頼むから、機会をくれ……」彼は手を伸ばし、私の服の裾をつかんだ。その手を見下ろした。手の甲の歯形は、薄い傷痕になっていた。「償う?何をどう償うの?」1年間、誰にも話せずに胸の中にため込んできた怒りが、一気に込み上げた。「私が身寄りのない人間だって、知っていたでしょう」声は震えていたが、一語一語をはっきりと言った。「私には父も母もいない。この世界で、家族と呼べる人はあなただけだと思っていた」恭弥の顔から、少しずつ血の気が引いていった。「大学で過ごした3年間、私はあなたにすべてを預けた。あなたは、自分には何もかもそろっている。ただ、私だけが足りないと言った。私は、それを信じた。それなのに、あなたは何をした?」首を指さした。あの夜、地面に押さえつけられたときについた傷痕が残っていた。

  • 愛は檻の中で死んだ   第8話

    外は数秒ほど静まり返った。そのあとすぐ、拳で鉄板を叩く鈍くせわしない音が響いた。「栞!」ひどくかすれた声だった。「栞、開けてくれ。頼む……」私はレジの後ろの椅子に座り、手元の小銭を数えた。彼はいつまでもシャッターを叩き続けた。やがて音がやみ、代わりに額を鉄板に押し当てたような鈍い音がした。「死んでなかった……本当に、生きてた……よかった……」彼は泣いていた。小銭を分け、レジのそれぞれの仕切りに収めた。おばちゃんが裏口から入ってきて、シャッターと私を交互に見た。「あの人……あんたを捜して来たのかい?」「知らない人」彼女はもう一度シャッターに目をやり、何か言いたげなまま裏へ行った。恭弥は午後いっぱい、店の前にいた。日が暮れても帰らなかった。私は裏口から遠回りして、借りている小さな平屋へ戻った。その夜は激しい雨が降り、空気には土の匂いがほのかに混じっていた。翌朝、仕事へ行こうとドアを開けると、恭弥が玄関先の段差にうずくまっていた。全身ずぶ濡れだった。目を真っ赤に腫らし、書類の束と黒いカードを握り締めていた。私を見るなり勢いよく立ち上がり、ふらついて転びそうになった。「栞!」「人違いです」淡々と彼を見た。「私は幸子です」髪を短く切り、日に焼けて痩せ、身につけているのはおばちゃんの娘の古着だった。それでも彼は、私から目を離さなかった。「栞、まだ俺に怒ってるんだな」声が震えていた。私は答えず、彼を避けて歩き出した。恭弥はあとを追い、書類の束を差し出した。「このカードに200億円入ってる。それと……大学院の推薦資格も、元に戻した。大学とはもう話がついてる。大学へ戻らないか?」これ以上ないほど低姿勢で、その目は私の反応を恐れるように揺れていた。結婚式でカードキーを私の手に押しつけた、あのときの姿とは別人だった。大学の公印が押された、大学院への推薦資格の回復を証明する書類。彼は、たった一言で私の資格を奪った。そして今度は、また一言で返そうとしていた。私の人生は、すべて彼の気分一つで操られていた。私はその書類を受け取った。彼の目が輝き、半歩近づいた。私は彼の目の前で、紙を一枚ずつ、ゆっくりと破いた。紙片が宙を舞い、青

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    恭弥は、証拠品袋に入った靴を一目で見分けた。栞が大学へ入った年の秋、大学近くの小さな店で買ったものだった。2000円の靴だったが、栞は1週間ずっと喜び、毎晩古い歯ブラシで靴底の縁を磨いていた。その後、数万円から数十万円もするハイヒールやスニーカー、特注品も数え切れないほど買い与えた。栞はどれも受け取ったが、引っ越すたび、荷物の一番上には必ずこのキャンバスシューズを載せていた。恭弥が貧乏性だとからかったとき、栞は靴箱を抱えて離さず、ひどく真剣な顔で言った。「あなたが初めてくれたプレゼントなの。ほかのものとは違う」恭弥は手を伸ばし、証拠品袋越しに靴の表面に触れた。指の震えは、どうしても止められなかった。警察官が取調室のドアを開けた。「神宮寺さん、容疑者が供述しました」マジックミラーの向こうでは、男が三人、金属製の椅子に座っていた。一人は頭に包帯を巻き、右手の小指を途中から失っていた。取調官が尋ねた。「誰の指示だ?」主犯格の男は、乾いた唇を舐めた。「最初に頼んできた男は、平手打ちを何発か食らわせて脅せばいいって。報酬は100万円だった。そのあと女から電話が来て、報酬を600万円まで引き上げるから、もっときつく痛めつけろって言われた」「どんな女だ?」「名前は知らない。甘ったるい声で、自分は神宮寺夫人だと言ってた」恭弥の顔から血の気が引き、呼吸が荒くなった。男の供述は続いた。「あの女、最初は暴れて、スマホで誰かに電話してた。でも、つながらなかったみたいで。俺たちがその……やろうとしたら、急に人が変わったみたいに抵抗して、仲間の小指を噛みちぎった。それから川へ飛び込んだんだ。流れが速くて、引き上げられなかった」恭弥は、怒りで全身が冷たくなるのを感じた。あの夜、彼はバスルームにいて電話に出られなかった。真奈が出た。だが報酬を上乗せした張本人だったため、その場で切ったのだ。あれは、栞からの救いを求める電話だった。恭弥は立ち上がった。目は真っ赤に充血していた。警察署を飛び出し、車のドアを開けた。助手席では真奈が口紅を塗り直していた。戻ってきた彼を見ると、かすかに笑った。「どうしたの?顔色が悪いわよ」言い終える前に、恭弥の手が真奈の首を締め上げた。恭弥は真奈をシー

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    (恭弥視点)恭弥は、スマホに表示されたニュース速報を見つめたまま、親指を宙で止めた。突然、激しい胸騒ぎに襲われた。「恭弥、もう見なくていいじゃない」真奈は気だるそうに言った。「あの子があなたのものだって、みんな知ってるのよ。手を出す人なんているはずないわ。考えすぎよ」恭弥は返事をせず、栞に電話をかけた。【おかけになった電話は、電源が入っていないためかかりません】眉を寄せた。ついさっきまで呼び出せたのに、そのときは電源が切られていた。もう一度かけたが、やはり同じだった。3回、4回と繰り返すうちに、無機質な自動音声が耳にこびりつき、頭が痛くなるほどだった。真奈は気にも留めずにリンゴの皮をむき、顔も上げなかった。「あの子は意地っ張りだから、わざと出ないであなたを困らせてるだけよ。この前と同じ。恭弥、忘れたの?おとといだって、あなたの手を噛んだじゃない。飼い主を噛んだくせに、よく拗ねていられるわね」恭弥は複雑な顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。スマホをソファに放り投げ、苛立たしげにつぶやいた。「そうだな。あいつはいつまでたっても、言うことを聞こうとしない」そう言いながら、親指で無意識に手の甲の傷をなぞっていた。そして、あの夜の光景を思い出した。栞はかわいかった。怒って噛みついたときでさえ、追い詰められた子羊のようだった。真奈は、彼が上の空になっていることに気づいた。リンゴを置くとするりと彼の胸に身を寄せ、爪で何度も胸元をなぞった。「恭弥、あなたと正式に結婚した妻は私よ。まさか、本気になったの?愛人一人のために私と険悪になるつもり?そんな話が広まったら、世間の笑いものよ」恭弥の顔つきは、すぐに和らいだ。「真奈は心が広いな。さっきは俺が悪かった」そう言って身をかがめ、真奈を強く抱き締めた。やがて広いリビングに、艶めいた声が響き始めた。夜、真奈が眠ったあと、恭弥はどうしても気になり、車であのマンションへ戻った。エレベーターの扉が開いた瞬間、かすかな腐敗臭が漂ってきた。眉をひそめながら中へ入った。部屋は無人で、寝室にもバルコニーにも、誰かが暮らしている気配はなかった。冷蔵庫の扉は少し開いたままで、中のものには一切手がつけられていなかった。自分で用

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