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第306話

Author: 歩々花咲
万世グループとの契約式は順調に進んだ。

江口社長は熱心にプロジェクトの計画を紹介し、和樹も昨日現場で発見した問題を指摘した。

双方は快諾に修正に応じ、それぞれ署名した。

苑は終始静かに隣に立ち、記録を取っていた。

式が終わると、江口社長が昼食を共にしようと提案したが、和樹に丁重に断られた。

「会社にまだ用事がありますので、直接空港へ向かいます」

空港へ向かう道中、苑の携帯が一度震えた。

美佐子からのメッセージだった。

【今日、首都へお帰りになると伺いました。道中ご無事で】

苑は美佐子とは本当に親しくない。

この心配りのメッセージは特に意味はないが、彼女たちの関係からすればまったく必要ない。

だがそれも他人からの好意だ。

苑は返信した。

【ありがとうございます】

少し迷って、付け加えた。

【昨夜のお酒は美味しかったです】

美佐子はすぐに返信してきた。

【次回はもっと良いものをご馳走します。あるいは私がそちらへ伺った時に、あなたがご馳走してくださってもよくてよ】

苑は軽く口元を引きつらせた。

この高橋美佐子という女は、美穂の性格とよく似ている。

人懐っこくて遠慮がない。

【期待しております!】

苑はそれだけ返して画面をロックした。

空港は人でごった返していた。

苑と和樹が空港に着いた途端、聞き覚えのある声が聞こえた。

「あら、奇遇だね」

美穂はシャネルのスーツを着て、限定版の鞄を提げ、サングラスを頭の上に押し上げ、にこにこと彼らを見ていた。

「美穂さん」

和樹が自ら挨拶した。

苑は少し意外だった。

「お義姉さん、奇遇ですね」

「考えすぎよ。私がここへ来たのは、気に入った宝石があったから」

美穂は手の中の買い物袋を振った。

「あなたたちは……一緒に出張?」

そう言いながら、美穂の視線は二人の間を行ったり来たりし、からかうような笑みを浮かべていた。

「仕事で来ました」

苑は説明した。

美穂は指先でサングラスのつるをくるりと回し、不意に真面目な顔つきになった。

「あなたたちのこの出張は、無事に終わったのでしょう?」

和樹は頷いた。

「今朝、契約を終えたところです」

「それならちょうどよかった!」

美穂は突然苑の手首を掴み、和樹を見た。

「御社の苑さん、数日お借りしても?ヨットクラブで一艘予約
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