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第40話

Author: 歩々花咲
「蓮!」

琴音は洒落た薄いベールのついた帽子を被り、上品なシャネルのスーツを身にまとい、完璧な笑みを浮かべていた。

蓮が苑の手を掴んでいるのを見ても、まったく動じた様子はない。むしろ穏やかな口調で笑みを浮かべた。「あなたのパスポート、私が見つけておいたわ。もう白石さん……違うわね、今は天城さんの奥様だったかしら。もうあなたの秘書じゃないものね」

琴音の視線は蒼真に向く。「天城さん、ご夫婦でハネムーンですか?奇遇ですね、私と蓮も行くんです」

蓮は無言で苑の手から力を抜いた。冷たい目で琴音を睨む。彼女は自然に蓮の腕に絡みつき、まるで仲睦まじい夫婦のように振る舞った。「私と蓮はセドナに行くんです。天城さんたちはどこへ?」

蓮の表情がピクリと引き攣る。視線が琴音に集中した。蒼真が苑を連れて行く予定の場所は、まさにそのセドナだった。琴音はそこへ彼女を連れて行こうとしている。彼女は何を企んでいる?

この結婚は、愛よりも憎しみに満ちている。琴音は彼を愛している。けれど、それ以上に憎んでもいる。そして苑のことも。

蒼真も琴音も、苑に対してそれぞれ別の意図がある。だから、彼は見張っていないと安心できなかった。

蒼真は苑の手を取った。薄くタコのある指先で、蓮に強く掴まれてできた跡を優しく撫でる。「行こう、もうすぐ搭乗だ」

琴音には目もくれず、蓮にも一瞥もせずに、彼は苑の手を引いて歩き出した。

「見た?天城蒼真の方がよっぽど男らしいわね」琴音は嫌味をこめて言い放った。まるで、どこが痛いかわかっていて、そこを正確に突き刺すように。

飛行機に乗り込んでも、蒼真は何も言わなかった。けれど、一度も苑の手を離さなかった。

蓮と琴音も同じ便で、しかも同じクラスの座席だった。距離もそれほど離れておらず、苑たちの左後ろ三列目に座っていた。

すべては琴音の仕掛けだと、苑はすぐに気づいた。

結婚した今でも、琴音はなおも苑を警戒している。苑には、それが愚かにしか思えなかった。

でも、琴音がどう思おうが苑にはもう関係なかった。彼女と蓮の関係はすでに過去のものだ。今、苑が知りたいのは、蒼真がなぜ自分と結婚したのか。そして、佳奈に会うこと。できれば元気な姿を見たい。

窓側の席に座った苑は、ずっと外を眺めていた。離陸の瞬間、手が急にぎゅっと握られた。苑は驚いて横を向いた。蒼真は眉をひそ
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