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10.佐奈と璃子、二人との出逢い

last update Last Updated: 2025-10-16 18:02:49

颯side

頭の中には、佐奈の笑顔が浮かんでいる。佐奈との出会いや璃子と初めて会った日のことを思い出していた。

――――佐奈と付き合ったのは、五年前、俺がまだ役職のない平社員の頃だった。

「あー英語でのビジネスメールって緊張するんだよな」

俺が小さく呟くと、隣の席の木村佐奈が覗き込んで文章を見てきた。

「松田さん、この表現なんですが現地では違うニュアンスに捉えられることもあり避けた方がいいかもしれません。単語もこちらの方がビジネス向きかと……」

俺のことをサポートしてくれる後輩だったが、ビジネス向けの英会話や文書作成は佐奈の方が遥かに優れていた。それからは、先方に送る前に事前に佐奈にチェックしてもらうようになり、お礼に食事に誘ったのがきっかけで仲良くなっていった。

一緒に働いていればお互いの性格も大体わかる。佐奈はどんなに忙しくても温和で、俺の苦悩や弱さを誰よりも理解してくれる。その包容力に惹かれていき、とんとん拍子で付き合うことになった。

そして、付き合って四年目になる先日の交際記念日に俺からプロポーズをし、お互いの両親にも挨拶へ行こうと思っていた矢先の事だった――――――

総務部の七

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    佐奈side​璃子と颯の動揺に気がついた玲央もこちらに視線を向け、私と目が合うとにこやかに話しかけてきた。玲央は、自らを璃子の婚約者だと名乗り、璃子と結婚するはずだったのに颯が地位のために璃子を奪略したと暴露してくる。​(何それ?どういうこと?颯は、私を振っただけでなくて、璃子に婚約者がいても奪って一緒になったっていうの?そこまでして璃子と一緒になりたかったの?)​出世のために私を捨てて、璃子と婚約者の中まで引き裂いたという話に、唖然としている。この醜い言い争いに巻き込まれたくなくて、玲央に一言「私には関係ありません」と言ってからその場を立ち去った。毅然とした態度を努めたつもりだが、実際は、一刻でも早くこの場を逃げたくて仕方がなくて、あの強気な態度は半ば負け惜しみだった。​「待って―――――」​私を追いかけて呼び止める声がする。声の主は、颯ではなく璃子だった。璃子は、童話に出てくる意地悪な魔女のような作り笑顔で私に話しかけてくる。​「何故あなたがここにいるの?どうやって忍び込んだの?」​「忍び込んだ?」

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